61話 魔法国からの帰還
ランシェル・マジク
およそ六百年前、その名は突如歴史書に登場する。
曰く、史上最強の魔法使い
曰く、世界への反逆者
曰く、神の御使い
曰く、大魔王の落とし子
書き手の立場によって多種多様な表現をされたが、そこにはただ一つだけ共通点があった。
それは”魔法使いのために戦った”ということ。
そのために、そのためだけに、世界を相手に戦い抜いたのだ。
人ひとりの寿命を遥かに上回る長い長い時間、魔法使いを救い続けたのだ。
数百年後、ついにその名は歴史の表舞台に現れる。
大魔王を倒した三傑の一人として。
反逆者ではなく英雄として。
魔法使いだけではなく人類全てを救った勇者として登場したのだ。
栄光を手にしたかつての反逆者は夢を叶える。
魔法国の建国。
魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いのための国家。
魔法使いの理想郷。
”魔法王”の誕生だ。
ヒイラギ・イヅルによる人類解放以降、初めて彼の血を引かない王が即位した瞬間である。
始まりは砂漠のオアシスにある小さな村だった。
しかし世界中から魔法使いたちが集まり村から町へ、さらには都市へと瞬く間に発展していく。
それは砂漠だからと静観していた諸国が食指を動かすにあまり有るもの。
口実をつくった周辺諸国が攻め入るのに時間はそうかからなかった。
そして、これこそが魔法国が世界へ自らを喧伝する最大の好機となる。
倍以上の兵力を壊滅させた魔法国魔法兵団。
その名は世界に轟いた。
この力に恐れおののき諸国の王は魔法王へと頭を垂れる。
この西方事変を境に、魔法国の地位は確固たるものとなったのだ。
それからさらに数百年。
魔法国は西方諸国の盟主となっていた。
そこに君臨するのは魔法王。
六百年、世界中の魔法使いから畏敬の念を集め続ける偉大な王者。
建国以後一度たりとも国外には出ず、魔法国の民すら姿を見る機会がない謎多き王。
魔法王、ランシェル・マジク
それは、生ける伝説
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「おかえりなさいませリク様!!」
さっきまで噂してたジェンガだ。
尻尾があればきっとブンブン振り回されてるような勢いだ出迎えてくれる。
やはりどこからどう見ても立派な服着た気のいい田舎の兄ちゃんだ。
「お館様、お客様でしょうか?」
ボードもいた。
さらにミサゴとハイロ、アルカもいる。
我が国の元帥
我が国の宰相
我が国の諜報機関のトップ兼俺の親衛隊長&その弟
我が国の秘密兵器
俺が戻ってきたときに出迎えられるよう誰か一人は必ずいるとは言っていたが、まさか全員勢揃いしてるとは。
これは実にちょうどいい。
馬路倉のことをみんなに紹介してしまおう。
「えーっと、みんな紹介するね。魔法王の馬路倉じゃなくて…」
「魔法王、ランシェル・マジクです。みなさんはじめまして」
こっちでの名前を忘れてた俺に代わって本人が自己紹介してくれた。
「こちらこそはじめまして」なんて返事が来るかと思ったが、全然違っていた。
ジェンガとボードとハイロは殺気むき出しで剣の柄をを握りしめている。
ミサゴは「なんと…」とか言いながら珍しくガチで驚いてる様子。
アルカだけが呑気に「ああ、カルサが尊敬してる方ですね」とか言ってる。
馬路倉は馬路倉で挨拶をしたときの笑顔を崩さないまま杖を構えている。
その杖の先には魔力が集まっていて、いつでも発射できそうな感じ。
何この一瞬即発状態。
俺の執務室で喧嘩なんかしないで。
「…お前たち、俺の客人に無礼は許さんぞ」
本気でやばそうなので、王様モードで命令する。
「「し、失礼いたしました!」」
ボードとジェンガは慌てて構えを解く。
ハイロは黙って構えを解き、ミサゴを守るように態勢を変えた。
「いや、リクよ。さすがにこの状況でジェンガとボードを責めるのは酷というものだぞ」
「初対面の人間に殺気向けるのが非常識じゃないと?」
俺の若干不機嫌な回答にミサゴは苦笑している。
「そなたにとってはこの場にいる者同様、部下の一人なのだろうさ。庇護の対象ですらある。だが、妾たちにとっては違うのだよ」
そこで俺は冒頭の話を聞かされた。
馬路倉がこの世界においてどれだけ重要人物であるかを改めて思い知らされたのだ。
そんなすごいやつだとわかっていれば、ほいほい連れて来なかったのに!
「先輩、私こそ失礼いたしました。少し自重すべきでしたね…」
「そ、そんなことはないぞ。俺がちゃんとみんなに説明しなかったのが悪いんだ。馬路倉が気にする必要はない」
内心同意したかったが、真因は俺の確認不足。
謝るべきは俺なのだ。
「リク様、”先輩”とは…?」
「リクよ、”馬路倉”とは魔法王のことを言ってるのか?」
おお、確かにそこはわけがわからんか。
今度はちゃんと説明するぞ。
「そうそう、説明が遅れてすまんな。実は俺と彼女は元々知り合いでな。先輩後輩の間柄だったんだよ。だから以前通り”先輩”と呼んでくれと俺が頼んだんだ。気にしないでくれ。あと馬路倉というのは、昔の彼女の呼び名でな…。そこもまあ、気にしないでくれ!」
ぼかしまくりで結局わけがわからない。
当然こんな説明を聞いても理解できないのであらう、みんなポカンとした顔をしている。
カルサだけは頭を抱えているな。
「お館様、その、詳細をお聞きしても…?」
詳細となると元の世界の話とかになってしまうし、さすがにな…。
「詳細はまあ、気にしないでくれ!」
「それは、リク様がうちの村に訪れる前の話につながるから、でしょうか?」
さすがにそこは気づくか。
みんな頭いいし、もしかして俺が異世界から来たってことに気づいてしまったのだろうか。
「まあ、そうだ。もしかしたらお前たちの想像通りかもしれん」
「やはり…!!」
「これで全て合点が…」
「ようやくそこまで話をしてくれたか…。妾たちへの信頼、感謝するぞリク」
三人とも納得し、感謝してくれた。
やはり秘密を共有するのって大事だね。
しかしどうしてみんなが集まってたんだろう?
「連邦に何か動きがあったの?」
「さすがカルサ、察しが良いな。北の国境沿いに戦力が集まってるらしくてな。その件について話し合っていたんだ」
「…連邦の本軍が到着するのにはまだ時間があったはずだけど?」
「ああ。だからこれは連邦軍の一部にすぎない。だがそれでも我が国にとっては十分な脅威だ。だからやつらの状況をこの目で確かめるためにも、俺が行くことになったんだ」
ちょうどその方針が決まったと同時に俺たちが帰ってきたらしい。
ジェンガの口調からするとおそらく戦端が開かれるだろう。
とんでもなく強いと聞いたばかりだが、実際に最前線に行くとなると大丈夫かと不安になってくる。
俺にできることというと…。
「ジェンガ、これを預ける」
俺は腰にさしていた剣をジェンガに渡す。
「り、リク様!?これは…」
「預けるだけだ。ちゃんと返すんだぞ。それは、村長が俺にくれたものなんだから」
「ははっ!!必ず、命に変えてもお返しいたします!!!」
いや、だから死ぬんじゃないよ。
「ではリク様、行ってまいります!早馬を乗り継いで行くのであっという間に帰ってきますよ!!」
こいつ、元帥なのに単騎で行くつもりだ。
まあ、ジェンガらしいか。
「いってらっしゃい」と言うとジェンガはそのまま風のようにすっ飛んでいってしまった。
「ちょ、転移用魔法陣持ってってよ!」とそれを追いかけるカルサ。
微笑ましい。
さて、こちらはこちらでやることが山盛りだ。
「ボード、馬路倉のことをみんなに紹介するから準備を進めてくれ。その場で今後の方針についても話し合おう」
「はっ。お任せください」
さあ、そろそろ本番だ。
戦争が、始まるんだ。
魔法王との再会編、これで一段落です。
ようやくそろそろ戦争が始まります。なかなか話が進まず申し訳ありません。
リクの斬鉄剣、本当はミサゴの家の家宝ですがもはやリクのものになってますね。




