59話 魔王と魔法王
「ワーズワース、古馴染みは無視?」
自分の部屋に突然闖入者が現れたにもかかわらず、馬路倉はいたって冷静だ。
というか二人は知り合いだったの?
「久しぶりだな、ランシェル。息災そうで何よりだ」
「取って付けたようなご挨拶、どーもありがと。そちらこそずいぶんと元気そうじゃない」
目を細め、若干嫌味混じりな口調。
仲はあまりよくないらしい。
「当然だ。主様の偉大な魔力を頂いているのだ。今の我は初代大魔王様にお仕えしていた頃と同等。つまり、全盛期に等しい力を持っている!」
そんな嫌味を全く気にせずこちらは意気揚々だ。
女の子の部屋に勝手に侵入しながらこの態度、俺には一生できそうにない。
「今ならば貴様なぞ一捻りよ、ランシェル」
「それはどうかしらね?私だってあれからずいぶんと成長したの。以前の私と同じだなんて思わないほうが、身のためよ?」
二人共視線でバトルしてる。
居心地が悪い。
「前回も今回も、本気で我に勝つつもりだったわけか」
「当然。あのまま攻めてきたらあなた達、返り討ちで全滅してたんだから」
「たいした自信だ」
「自信じゃなくて、確信よ」
「ほう…。なかなか面白いことを囀る」
今度はワーズワースの目が細められる。
一瞬即発というやつだ。
どうしよう?そろそろ止めないとまずくないか?
とりあえず自分が落ち着こうとカップを口に運び、一口飲んで皿に戻す。
カチャン
いかん。緊張で手が震えてる。
全然落ち着けてない。
「ご無礼いたしました。お許しください、主様」
「申し訳ございません。先輩」
すると二人が同時に謝ってきた。
俺の心が以心伝心?
「主様の前では我らなど虫けらも同然。この世の高みにおられる御身には、我らの争いなど児戯に等しいことでしょう。お見苦しい真似をお見せいたしました」
「先輩、私からも謝罪を。先輩の前では私達など…どんぐりの背比べというやつでしょうね。低レベルの争いをお見せしてまい、恥ずかしいです。失礼いたしました」
俺より遥かに強大な二人が何か言ってるぞ。
怒ってわざと音を立てたと誤解したらしい。
実際はビビって音を立ててしまったの間違いだが、とりあえず結果オーライ。
「…すまんな、ランシェル」
「こちらこそごめんなさい、ワーズワース」
おお、謝罪し合っている。
なんと美しい光景。
「ふふふ…」
「ふははははは!」
今度は笑い始めたぞ。
馬路倉なんて笑いすぎて涙が出たのか、目頭を押さえてる。
「まさかあなたと、こんな風に謝ったり笑ったりするときが来るなんてね」
「同感だ。次に会うときこそどちらかが死ぬときだとばかり思っていた」
「私も。でも、もう違う」
二人とも実に清々しい顔だ。
「今や我らは同胞。偉大なる主様に仕える者」
「そう、私たちは共に同じ御方を戴く者」
馬路倉が立ち上がり、手を差し出す。
「これからよろしく、ワーズワース」
「こちらこそよろしく頼むぞ、ランシェル」
かつて死闘を繰り広げ、種族が異なり当然立場も異なる両者。
数百年の遺恨を持ち、つい数日前までは殺し合おうとしていた二人の王。
全てを乗り越え、今彼らの手は固く握り締められたのだった。
---
「あなたには私がお茶を淹れるわね」
ワーズワースのために椅子とお茶が用意される。
一切の躊躇なく彼はそれを口につけた。
「人の茶も、うまいものだな」
「お褒めに預かり光栄ね」
「以前なら貴様が出した食事など、絶対に口にしなかっただろう」
「あなたが毒で死ぬようなやつなら楽だったんだけどね。腹に風穴開けても平気な顔してるんだもん」
「…まあ、正直あれはなかなか効いたぞ。まさか腕を引き千切られながら攻撃してくるとは思わなかった。あのようなことをする女、人間でも魔族でもお前くらいだ」
「私だって腕の代償に何かしてやらないとと必死だったのよ。あれは本当に痛かった…でも効いてたんだ。それ聞いてちょっとうれしいかも。ふふふ」
命がけで戦った者同士でしかわからないこともあるのだろう。
内容は物騒だが雰囲気は和やか。
なかなかに盛り上がっている。
そして俺はカルサが淹れなおしてくれたお茶を飲む。
「兄様いなくても、何とかなってたかも?」
俺もそう思う。
ずいぶん長引いてるねとお医者さんも首を傾げていました。なお、インフルではなかったようです。
ワーズワースは大魔王の親衛隊長やってました。




