58話 東西会談
「まずは改めてお礼を」
初めて会った時と同じテーブルを三人で囲むと同時、馬路倉が深々と頭を下げてきた。
「先輩のおかげで私はこうしてまだ生きていられます。そして何より我が国の民には一人も犠牲は出ませんでした。本当にありがとうございます」
むしろ色々仕出かしてすいません。
「先輩に助けていただかなければ、魔軍を撃退しても連邦によって西方地域もろとも魔法国は併呑されていたでしょう。先輩は我が国だけでなく西方全域の恩人です」
ほうほう。漁夫の利を狙ってたわけね。
「我ら魔法国、そして西方地域は全て先輩に忠誠を誓います。これ以上連邦の好きにさせません。我らも共に戦います。すでに触れは出しており、おそらく先輩の国にも近いうちに届くのではないでしょうか」
すでに届いてます。
うちにはすごく耳の早い人達がいるんです。
しかし魔法国がうちに従うって話はマジだったのか。
何があった!?と思ったが、まあ聞いてみれば順当だ。
自分たちを狙う敵がいた。
しかしその危機から救ってくれた恩人が現れた。
すると敵はその恩人へと目標を変える。
ならば恩人と共に改めて敵と戦おうというわけだな。
問題があるとしたらその恩人というのが俺ということか。
しかもその危機から救ったという行為が単に調子に乗って引き起こした事態だということぐらいだろうか。
…まずいな。
調子に乗ってすいませんでした、と謝るべきだろうか。
世界に喧嘩売って戦争起こしてすみませんと。
どうすべきかと悩んでしまう。
すると馬路倉の顔が沈み始めた。
何だ。いったい何が俺の可愛い後輩を困らせるているのだ。
「そう、ですよね…。あのような偉大な御力を待つ先輩に、私達ごときが従っても足手まといなだけですよね。差しでがましい真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
犯人は俺だった。
「いやいやいやいや、そんなことはない。絶対にありえない」
全力で否定する。
「馬路倉が俺たちについてくれて嬉しいよ」
心からそう思う。
「世界がわかりやすくなったしね」
俺が即位したときより世界はずいぶんわかりやすくなったと思う。
当時はまだまだ群雄割拠でたくさんの小国があって国の名前を挙げられても全然わからなかった。
多すぎて覚えるのを諦めてくらいだ。
しかしそれが今や三カ国!
うちの国、連邦、そして聖王国。
魔法国を始め実際は他にもたくさん国があるけど、全て三カ国の勢力下にあるから特に気にする必要はなし。
うちに直接関係ある国だけを今までどおり夜な夜な一生懸命覚えればいいだけ。
この歳になってなんで受験勉強のごとく必死で机に向かわねばならないのかと悩む日々もようやく終りが見えてきた。
ただあれだな。
俺が戦争で魔法使うと思われてるのはまずいな。
「馬路倉、俺は戦争では戦わないよ」
あれは俺の力ではなくアルカの力だ。
「あの力は、皆を助けるためのものなんだ」
村長の言葉を思い出す。
「「アルカ、絶対にそんなことをしちゃいけないよ
あんたの力は女神様の力
神様の力ってのは、人にとっちゃ災害さ
災害が起きて幸せになる人間なんていやしない
・・・
今まではあたしがあんたの力の使いどころを決めてた
これからはリクが決めてくれるさ」」
アルカの力を全面的に押し出して戦えば、戦争なんてあっという間に終わるだろう。
反乱だってもっと簡単に勝てていたのは間違いない。
でも、それじゃいけないんだ。
村長はあの短い期間で俺なんかを信頼してくれ、可愛い孫の行く末を託してくれた。
ならば俺はそれに応えよう。
アルカの力を戦争では決して使わない。
今までも。そしてこれからも。
「だから、魔物も傷つけなかったのですか?」
なんのことだろう?
「先輩、魔法を二回放ちましたけど二回とも魔軍を攻撃しませんでしたよね」
その件か。
狙いが外れただけです。
しかも一回目がどうなったかわからないし。
「二回目は脅しだったのでしょうが、一回目がまさかあのような…。魔界の軍勢が砂漠を通して人間界に攻めてこれないよう大陸そのものを引き裂いてしまうなど、私の想像を絶していました」
加減もわからず放っただけなのだが、まさかそんなことになっていたとは。
大陸を引き裂いた?
何それ?
「大魔王の軍勢を傷つけず、ただ大陸を引き裂いただけ。確かに戦争はしていません。…なんだか先輩はもう、スケールというものが違いますね」
俺じゃなくてアルカのスケールが違いすぎる。
砂漠に断崖絶壁つくったのは地面がもろかったせいかと思っていたが、まさか大陸を引き裂いていたとは。
地形を変えるってレベルじゃねーぞ。
もはや災害というか天災というか、世界滅ぼせるんじゃないか。
力を使わせてはいけないと再確認。
「ま、まあ、そんな感じだ」
いったいどんな感じだ。自分でもわからん。
「そういうわけで、連邦との戦争には多くの苦難が待ち受けているだろう。だからこうやって西方諸国を束ねるお前と東方でそれなりの地位にいる俺が手を組むことはたいへん意義深いことなのだ。戦乱の時代を終わらせるため、ともにがんばろうじゃないか!」
「はい!微力ですが、全力を尽くして参ります!」
よくわからんがうまくまとまった気がする。
たくさん話しをして疲れてしまった。
そういえば喉が渇いたなと思ってふと横を見ると、カルサが頷く。
「お茶、淹れますね」
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カルサはどうやらティーセットを持参していたらしい。
「うちの同盟国自慢のお茶なんです」とか言ってる。
つまりお茶っ葉も持ってきてるのだろう。
何たる準備の良さ。
使い慣れた道具ということもあり、手際も完璧。
手ぶらでのうのうと来た兄は爪の垢でも飲むべきだろうか。
お茶が人数分テーブルに並び、カルサが「どうぞ」と勧めてくれる。
しかし誰も動かない。
カルサは馬路倉に気を使ってるし、馬路倉は俺に気を使ってるようだ。
俺は誰に気を使うわけでもないが、なんとなく動いていない。
しかしこのままではせっかくのお茶が冷めてしまうので、俺が先陣を切るしかあるまい。
「では遠慮なく」
お茶を口に含む。
うむ。我が家の味だ。
俺につられるように二人もティーカップを口に運ぶ。
「あら、おいしい」
馬路倉が感嘆の声を上げる。
その反応を横目でチラチラ見ていたカルサは、嬉しそうにはにかんだ。
そのまま女性陣二人はお茶やお菓子の話題で盛り上がり始めた。
女子というのはいつでもどこでもこういう話が好きなのだろうか。
しかし女子だ。
さっきまで目の前の女子が下着姿だったんだなあ。
下着姿の女子を見るなんていったいいつ以来だろう?
もしかしたら小学生の時にまだ男女が同じ教室で着替えをしてたとき以来だろうか。
そう考えると数十年ぶりの光景ということになる。
一周回って感慨深いぞ。
オウラン達が半裸で迫ってきたことがあるが、あれはノーカンだ。
あれはエロすぎる。
あの誘惑に耐えきった自分を褒めてやりたい。
実際はびっくりして逃げ出しただけだが。
それにしても馬路倉だ。
さっきまで下着姿だったのに今は何枚もローブのようなものを重ね着している。
俺のイメージする魔法使いの王様っぽい豪奢な服装だ。
この格好からではもはや体型など予想もつかない。
しかし俺は見てしまった。
俺は知ってしまった。
この服の下には引き締まってるが女の子らしい体が収まっていることを。
「…様」
いやいや、そんなことを考えてはいけない。
女子の下着姿を覗き見て、さらにはそれを思い出すなど紳士にあるまじき行い。
ちゃんと忘れるのだ、俺。
しかし下着姿の女子に跪かれるなんてレアすぎだろ。
いったいそんな経験をしたことある人間が世界にどれだけいるだろうか。
まあ、それを言ったら王様になった人間はほぼいないか。
別になりたくてなったわけでもないけどね。
「兄様!!」
大声で思考は強制終了させられた。
目の前にはジト目のカルサ。
これは俺の考えてたことに間違いなく勘付いてる。
一方の馬路倉。
こちらは状況が把握できておらず、少し戸惑いながら俺とカルサを見比べている。
まずい。
このままカルサに説教されては先輩としての沽券に関わる。
「ま、魔王のことをな。考えていたんだよ」
咄嗟に出てきたのは近くの砂漠で待機してるであろう一番新しい部下のこと。
「あいつがすぐそこにいるから、気になってな」
口からでまかせにもほどがある。
こんな話に惑わされるカルサではない。
どうしよう。
俺はどうすればいいんだ。
しかし裁きの雷は降ってこなかった。
代わりに、声が聞こえてくる。
「さすが主様。お気づきであらせられましたか」
聞き覚えのある声。
「透明化、気配遮断、魔力遮断、どれも完璧に施しておりました。いかようにして我が迷彩を見破られたのか…。やはり、我々とは存在としての格が違っておられる」
そこはさっきまで間違いなく何もなかった。
だが、今そこには…。
「お久しゅうございます、主様」
魔王ワーズワースが、そこにいた。
風邪が長引いております…。インフルエンザが流行ってるようなので、お気をつけください。
カルサは馬路倉の前だと緊張してなかなか声が出ません。
今回は自分のお茶を飲んでもらうのだとかなり気合を入れていました。




