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幕間 魔法王視点(47~50話)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

「…了解しました、ギド。ご苦労でしたね」

「ご期待に添えられずたいへん恐縮でございます。全ては私の不徳の致すところ。申し開きの言葉もございません」


 本心はわからないが、顔だけは本当にすまなさそうだ。

 見飽きるぐらい見せられたこの顔だが、これが見納めかと思うと少々寂しくなる。


 大陸を股にかける大商人、ギド。

 この言葉に偽りはない。

 彼が扱わない商品は存在せず、彼の商圏は大陸全土を網羅する。

 だから私は手に入れるよう依頼した。

 魔王との同盟を


 数年前の私なら一笑に付していただろう、魔族との同盟。

 しかし今の私にはこれしか道は残っていなかったのだ。


 魔法国による大魔王への組織的抵抗。

 陰に陽に大魔王へ妨害工作を行い、時には魔界に魔法兵団を送ってまで大魔王の勢力拡大を防いできた。

 しかしついに限界が来たのだ。

 いかに我が国の精鋭といえど、大魔王の無尽蔵ともいえる魔力を供給される魔族達に長期戦は不可能である。

 兵力と兵站に困ることのない敵に勝利するなど夢物語に等しい。

 これだけの期間、抵抗を継続できたこと自体が賞賛に値する。


 魔界に数多いる魔族達。

 それぞれの主を魔王と奉じ、魔族同士の仲間割れに血道を上げている。

 共同戦線などという言葉はやつらの頭にはないのだろう。

 次々と各個撃破され、すでに大魔王はすでに魔界の半数を制圧した。

 残りももはや時間の問題である。

 今ならば危機感を持った魔王たちと手を組むことも可能かと思ったが、結果はさきほどギドが謝罪した通り。

 全て失敗に終わった。


 明日にでも大魔王に滅ぼされるかもしれない身の上だというのに、魔族共は挟持というものを捨てきれないらしい。

「人間ごときと手を組むなどありえぬ」と交渉の余地すらない者。

「我が下僕としてなら受け入れよう」とこちらに隷属を要求する者。

 そして法外な対価を要求する者。

 ギドでなければそもそも交渉に入ることすらできなかったのであろうが、結果は散々だった。


 唯一の収穫は、今にも大魔王から逃げるため我が国へと攻め入ろうとしていた魔王ワーズワースと七日間の休戦が成立したことであろうか。

 魔界に残った最後の魔法兵団による大魔王軍への妨害工作。

 これと引き換えに手にした、値千金の貴重な時間。

 七日後の正午、やつらは襲ってくる。

 それはつまり、七日後の正午まで我々は準備ができるのだ。


 本来なら他国に援軍でも求めるべきなのだろうが、それが無理ということは私が一番良くわかっている。

 大魔王がこの世界に転移して来てから、ほぼ世界は私の予想通りに動いていた。


 聖王国は人間界に攻め入る魔族をひたすら殲滅している。

 大魔王に恐れをなした魔王が押し寄せるという異常事態にも関わらず、攻勢に移る素振りすら見せない。

 国力を注ぎ込み、果てない防衛戦を続けている。

 使者を送っても返事は常に同じ。

「人間界に攻め入る魔族を殲滅する、それが我らの国是である」


 聖王国が魔族の障壁となっていることをいいことに連邦は領土拡大を続けている。

 すでに南方諸国はほぼ勢力下に治め、次は西と東のどちらに手を伸ばそうかと考えているようだ。

 しかし西には我が魔法国があり、その影響下にある国々がある。

 いかに連邦といえど安々とは攻め入れぬまい。


 そして東方には、あの子がいる。

 祖母譲りの美貌はまだ蕾であるにもかかわらず、すでにその可愛らしさは国境を超えて噂が聞こえてくる。

 その才能もまだ開花仕切ってはいないだろうに、次々と新しい魔法を生み出す若き天才。

 私に匹敵する魔力をもつ人類唯一の存在。

 その名は、カルサ。


 七日間。この貴重な時間を使ってなんとしてでもあの娘をここに連れ出し、魔法王を継いでもらわなければならない。

 現状、託せる人間はあの娘だけなのだ。


 一刻も早く呼びに行きたいが、事情があって安々とは近づけない。

 ただの村人だったのはずなのに、なぜか今では王妹という立場になってしまっている。


 彼女の兄が王となった国の名は、ルゥルゥ。

 突如として現れた東の大国。

 世界最古の国家たるイヅルを継承した、世界で最も新しい国。

 王の名前はたしか…


「東のことを、考えておられますか?」


 ギドの言葉で思考が中断される。

 しかしこうもズバリと当てられるとは相変わらず気分が悪い。


「この国は大陸の最南西にあります。北の話はすでに終わりました。失敗とね。だとすれば、考えるのは東のことぐらいでしょう」


 見破られたのではない、誰でも予想できる程度のことだと強がってみる。

 しかしそこで私は気づく。

 ギドの顔が、いつもの笑顔ではないことを。

 この男が、真剣な表情をしていることを。


「東の果ての国のこと、ご存知でございましょう?」


 ルゥルゥのことだ。

 この男も同じことを考えていたのか。


「かの国に、何かあるというのですか?」


 私の疑問にギドは直接は答えなかった。


「大魔王が現れた直後、私はたまたまあちらの方に用事がありまして…。いえ正直に申しましょう、ルゥルゥ老に用事があってイヅルにおりました」

「ルゥルゥちゃんに?」


 前回の大魔王を倒した橘くんのパーティメンバーであるルゥルゥちゃん。

 光り輝くような美貌をもった彼女と会った日が昨日のように思える。


「はい。まあ、その用事自体はつつがなく終わったのですが、私がお話したいのはそのことではございません。そのとき出会った、一人の青年のことでございます」

「青年?」

「はい。見た目はそうですね、凡庸という言葉がピッタリの方でした。魔力は持っておらず、体力は人並み以下、記憶喪失で知識はなく、ただ計算には秀でているお方でした」

「つまりは計算しか取り柄がないと?」

「いかにもでございます。しかし計算というものは我ら商売人にとっては非常に重要なものでして。せっかくなので我が商隊に入らないかと誘ったところ、けんもほろろにお断りされてしまいました。たいへん残念でございました」


 すでに表情はいつものギドに戻っている。

 そしていつものように本当に残念そうな顔をしている。


「しかしこれも何かの縁と考え、私はいつもの()()を行いました」


 ギドの言う試しとは、自分の商品の中から好きなものを選ばせること。

「その方が選ぶ者はその方自身の写し鏡にございます。何を選ぶかで、その方の真髄を私は拝見させていただいております」

 かつてギドはそう言っていた。


「で、その人は面白い物を選んだわけ?」


 私の問に、ギドは嬉しそうに笑いながら回答した。


「はい。あの方は選び取られました。()()を」


 私は思わず腰を浮かした。

 私とギドの会話で出てくる原書といえば、魔法書の原書以外にありえない。

 あの価値がわかるものなどこの世界にも一握り。

 ましてそれを見定めることができる者など両手の指に収まる程度だ。

 それを魔力をもたぬ男が選びぬいたと?

 そんなこと、ありえない。

 ありえるはずがない。


「しかし、事実にございます」


 私の思考を読んだかのようにギドが断言する。

 心から嬉しそうに、口元に笑みを浮かべている。


「もちろん偶然という可能性もございます。もしかしたらいるのかもしれません。私の金銀財宝に目もくれずに本を欲しがる方が。そしてその方がたまたま原書を選ぶ可能性も、万に一つもしくは億に一つでもあるかもしれません」


 砂漠の中からたった一つの砂金を見つけるようなものだろう。

 可能性はあっても起こりえない。そんな話だ。


「だから私は考えました。その方が再び奇跡を起こしたら、本物だろうと。一度だけなら偶然でも、二度続けばそれは必然であると、そう考えたのでございます」

「で、その結果は?」


 私の急かすような問いにギドは答えず、話を続ける。


「最初に会った時、あの方はただの村人でした。先程申し上げたとおり、何の変哲もないただの村人だったのでございます。しかし次に会った時、あの方は反乱軍の総大将となっておられました」


 記憶に新しいイヅルで起きた大反乱。

 その反乱軍総大将。

 つまりその男は…


「三度目に出会ったとき、あの方は玉座に座っておられました。季節が一つ巡る間にただの村人がここまで成り上がるなど、奇跡と言わずしてなんと言えば良いのでしょう?」


 その男こそ、ルゥルゥ国国王。


「あの方にとって奇跡は奇跡にあらず。()()であったのでございます」


 百戦百勝の智将、リク・ルゥルゥ。


---


 ギドが辞し、私は部屋で一人になった。

 彼が最後の最後に言及したルゥルゥ国国王のことは確かに気になる。

 しかし今は何よりもまず私の後継者候補たるカルサちゃんを呼び寄せるのが最優先だ。


 王妹たる彼女に接触すれば、兄である王も何らかのアクションを起こすだろう。

 そして彼が本物であるならば、私のエドなら見分けてくれるはず。


 私は宮廷魔術師筆頭であるエドを呼び出し、簡潔に要件を伝えた。

 七日後の正午に魔王ワーズワースが攻めてくること。

 私はその戦いで死ぬだろうということ。

 そのため後継者として、ルゥルゥ国王妹カルサちゃんを呼び寄せる必要があること。


 最近の魔界の情勢は当然エドも知っている。

 魔王が攻めてくることに動揺はない。

 防衛準備も順調で、七日あれば完璧にしてみせると確約してくれた。

 しかしやはり私の死という話になるとつらさを隠しきれない。

 自分の無力さを責め、後悔の念にかられている。


 私は昔のように彼をギュッと抱きしめて頭をなでた。


「エド、自分を責めないで。私なら大丈夫。私はあなた達のために戦うの。あなた達のために戦えて、とても幸せ。そんな幸せな気持ちにしてくれて、ありがとうね」


 決して納得はいっていないだろうが、エドは頷いてくれた。

 そしてカルサちゃんのことについても了承してくれた。

 昔から私が注目していることは知っているし、近年の彼女の活躍は目覚ましいものがある。

 エドが受け入れてくれたのなら国内はまとまるだろう。

 これなら心配はいらない。


 そして七日後の朝に我が国に連れてこれるように交渉をしにルゥルゥへ向かったエドだったが、帰ってきたらとんでもないことになっていた。


「我々が注目すべきは王妹カルサにあらず。リク・ルゥルゥにございます」


 そんなことを口走ってきたのだ。

 さらに彼は続ける。


「あのジェンガすら飼いならす実力の持ち主なのです。聖王具に身を包んだ聖王と刀一本で互角に戦った、あのジェンガを!」


 ルゥルゥ国元帥ジェンガ・ジェンガ。

 私と彼、そして他二人を加えた四人が”大陸最強”と呼ばれている。

 もちろん人類での話だが。

 その中でも一対一となればこのジェンガが抜きん出る。

 対人戦最強と呼ばれる彼を飼いならすほどの男となると、確かに恐るべき使い手だろう。

 私も戦って負けるとは思わないが、飼いならせるかと言うと自信はない。


 しかしエドがそこまで焦るようなものなのだろうか?

 一緒に行ったというエドの愛弟子であるベイジーにも問いかけてみる。

 その回答は、さらに仰天するものだった。


「か、神に匹敵するような男なのかと、思ってしまいました…」


 思わずガクッとなってしまった。

 あろうことか神とは。

 実際に女神に会った人間として、それはないと確信できる。

 神とは我々人間の物差しでは計り知れないような存在。

 いかにリク・ルゥルゥが強大な男だろうと、それはさすがに言いすぎだろう。


 そういえば巷ではあの男の立身出世が吟遊詩人によって色々と唄われているらしい。

 若いベイジーはその話に影響を受けてしまったのだろう。

 エドもおそらく一代で王に成り上がった男の迫力に気圧されてしまったのだ。

 一軍と対峙しても揺るぎもしないエドがそのように感じるとはよほどの男なのだろう。

 そういう意味ではリク・ルゥルゥは本物だったということか。


 私は二人に礼を言って下がらせた。

 カルサちゃんを呼び寄せるという目的は果たしてくれたのだから何も問題はない。


 そして五日後に向けた準備を再開する。

 もう、五日しかないのだ。


---


 そして、運命の日が訪れる。


 エドがすでに迎えに行った。

 間もなく二人をと共に戻り、形ばかりの入国審査が終わればすぐにこの部屋に連れてきてくれるだろう。

 警戒しているようだから迷路の道を使うかもしれない。

 本当は直通のエレベーターがあるのに。


「…え?」


 一瞬だが、とてつもない魔力の発動を感じた。

 太陽のような輝きをもつ魔力。

 それはまるで女神様の御力のような…。


 いや、そんなことがあるわけないと首を振る。

 決戦間近で私の気が高ぶってしまっているのだろう。

 このような幻を見るなど、まだまだ修行が足りない証拠だ。

 これからの戦いは一瞬たりとも気が抜けない。

 私の人生最後の戦いになるのだから。


 思えば遠くに来たものだ。

 ただの女子高生だったのに、何の因果か異世界に転移してきてしまった。

 女神様から貴重な杖と使命を授かり、魔法使いのために戦う日々。

 魔法国を建国してからの数百年はずいぶんと平和になったが、それまでは本当に血みどろの戦いに明け暮れていた。

 昔の生活からはとても考えつかないような毎日だった。

 つらいことも多かったが、それ以上に実りある日々だったと今なら断言できる。


 ふと元の世界で最後に会った、先輩のことを思い出す。

 誰もが嫌がる仕事を、誰にも褒められることもなく感謝されることもなく黙々とこなすあの背中。

 そんな仕事を誇らしげに見せてくれたあの笑顔。

 何もかもが懐かしい。


 と、考え事をしていたらそれなりに時間が経っていたようだ。

 客人が部屋の前まで到着したらしい。

 私が扉を開けると、二人が入ってくる。

 自動扉に驚いてはくれないとは残念だ。


「ようこそいらっしゃいました。リク王陛下、そしてカルサ王妹殿下。私はランシェル・マジク。この魔法国の王、魔法王と呼ばれている者です」


 二人から返答がない。

 そういえばお互い顔も見えないと今更ながら気づく。

 こうやって御簾越しに話をするのに慣れすぎてしまっていたようだ。

 私もずいぶんと偉くなったものだと苦笑する。


「失礼いたしました。御簾があっては話しづらいですね」


 御簾を開けて自分の姿を二人に見せる。

 魔法王は男性の老人と思われている例が多々あるらしいので、驚かせてしまったかもしれない。


「魔法王がこんなに若くて驚かれましたか?これでもそれなりに歳はとっているのですよ。改めましてはじめまし…」


 そこまで言って言葉が止まる。

 六百年生きてここまで驚いたことは数えるほどだ。


 先程思い出した顔が、少し老けてはいるが、そこにあった。

 忘れもしないあの人が、そこにいた。

 六百年ぶりの、再会だった。


「安藤、先輩…?」


---


 あの日、私の運命が変わった日に出会ったあの人。

 私が人生最後と覚悟を決めたこの日、彼によって私の運命は再度流転する。


 これは偶然なのだろうか?

 こんな偶然がありうるのだろうか?


 ギドは言った。

「一度だけなら偶然でも、二度続けばそれは必然である」と。


 ならば、これは必然なのだろうか。


 六百年の時を超え、世界の境界をも超え、私を死の運命から救い出すことは彼にとって必然だったというのだろうか。


 そのようなことを成し遂げるあの方は、いったい何物なのだろうか。


 女神様に匹敵するような、世界を変える力を奮う存在とは、いったい何物だというのか。



 この日、私は再び出会った。

 しかしそれは懐かしい先輩にではない。


 あの御方が何物なのか、私はまだ知らない。

久々のギドの登場でした。彼はリクのおかげで現在大儲けしています。

魔法王視点はこれで一段落となり、もう一話幕間を挟んで次章に入る予定です。

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