55話 導く者
「どうか、我らにその偉大なる御力の糧をお与えください」
跪きながらそんなことを言う魔王ワーズワース。
しかし俺は魔族への魔力供給の方法なんて知らないぞ。
少し逡巡するが、いつものようにやるしかないと開き直る。
「我は今まで人だけの王であった」
素直に質問するのだ。
「魔の王となる方法、教えてくれるか?」
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね。
ワーズワースが俺の手を握りしめる力が少し強くなる。
ちょっと痛い。
下げていた頭をあげ、俺の顔を見つめてくる。
その顔は、喜びに満ち満ちていた。
「喜んで!!」
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方法は実に簡単だった。
「ただ魔力を我らに授けるとお念じください。それだけで、十分でございます」
では言われた通りにしよう。
ポーズは指定されていなかったが、とりあえず杖を前に突き出してかっこつけてみた。
そして念じる。
みんなが魔力でいっぱいにな~れ。
その瞬間、杖が今日一番の輝きを発した。
そんな気がしたからちゃんと目をつぶっていた俺にぬかりはない。
というかまぶたを閉じてもわかるぐらいの輝きってやばいだろ。
光を直視しないよう、空いてる手で隠しながら薄目を開ける。
杖の魔力を受け取っているのだろう、魔族や魔物たちがうすぼんやりと光っている。というか眼の前にいるワーズワースも光っている。
しかも表情がすごい。なんか宗教画に描かれてる神を仰ぐ人たちと同じような顔で俺のことを見つめててちょっと怖い。
ごめんなさい。これ、俺の魔力じゃないんです。
そろそろいいかなと思って杖の構えも解き、改めて空中仁王立ちをする。
杖の光がやんで魔物たちも光らなくなった。
しかし、様子がちょっとおかしい。
何か違和感がある。
その違和感は、次のワーズワースのことでなんとなく察した。
「これほどの力を手にするのは、初代大魔王様以来にございます!!」
おそらく魔力を与える主の力量によって魔族や魔物の力も増減するのだ。
となると初代大魔王とやらはアルカなみの力を持っていたというわけか。
恐ろしすぎる。
俺が地味に戦慄しているのは対照に、ワーズワースは感激冷めやらぬ感じだ。
「貴方様こそ大魔王にふさわしい御方!我々を率い、偽りの大魔王を討ち滅ぼしください!!」
そんなとんでもないことを言ってくる。
こんな魔物の大軍団が恐れをなして逃げてくるような相手と戦うなんて冗談ではない。
しかもなぜ俺が大魔王なのか。
全然全くふさわしくない。
そもそも一国の王でも荷が重すぎて困っているのに、ここに魔族や魔物まで加わっては俺が押しつぶされてしまう。
だからといって無下に断るのもかわいそうだ。
しょうがない。折衷案だ。
「ワーズワースよ、我は大魔王ではない」
「しかし、貴方様ほどの御力をもった方が…」
「二度は言わぬ」
「は、ははっ!」
議論したくはないので切らせてもらった。ごめんね。
「我こそは王を従える王」
俺の変なあだ名がまた役に立った。
「お前も魔王として、我が配下に入ることを許す」
「恐悦至極!!」
よし完璧!
これで俺の配下には入るけど、俺は管理する必要から開放された!
今まで通り魔族や魔物についてはワーズワースにしっかり管轄してもらおう。
あとは今後のことだな。
魔界に戻すわけにはいかないけど街中に入れるわけにもいけないし…。
「お前らはこの砂漠の環境、どう思う?」
「は?少々暑く乾燥しておりますが、魔界に比べればたいへん温暖な環境かと存じます」
マジか。魔界ってどんだけ過酷な環境なんだ。
まあ、俺にとっては都合がいい。
「この崖より北をお前らの住処にするよう魔法王にかけ合おう。ここならば大魔王の手も及ぶまい」
「こ、このような快適な場所を…」
ずいぶんと俺たちとは感覚が違うようだ。
まあ、砂漠ぐらい馬路倉も快く譲ってくれるだろうさ。
あとは大魔王だな。
適当なこと言って勇気づけてやろう。
言うだけならタダだ。
「大魔王も、我の前では恐るるに足らぬ」
ワーズワースが力強く頷いている。
実際は全然逆なんだけどね。
「やつが魔界を統一するというならば、我は人を統一して迎え撃とう。然る後、雌雄を決する」
今度は絶句している。
ちょっとリップサービスしすぎたかもしれないが、まあいいだろう。
「お前は初代大魔王の時代から生きているようだが、この世界を統一した者は今までいたか?」
「い、いえ、おられません」
「その理由はわかるか?」
「強き者はさらに強き者に倒される。それを繰り返してきたからかと」
「それは違う」
ピシャリと否定する。
驚くワーズワース。
俺が発する次の言葉を一寸たりとも聞き漏らすまいと顔が引き締まる。
「我が、今までいなかったからだ」
ワーズワースは息を呑む。
「お前にも見せてやろう。この世界の歴史が変わる瞬間を」
その顔が歓喜に満ち溢れる。
「我こそは導く者。人と魔も、全て我についてくるが良い」
言葉もなく、ただ俺の前に跪いた。
言葉以上に、その姿がすべてを伝えてきた。
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「また来る」とだけ言い残してカルサとともに馬路倉のところに戻る。
ちょっと飛行がフラフラしていたのだが、砂漠の熱気にやられたのだろうか?
帰ったらよく休ませてあげないと。
馬路倉は俺が一人で魔物の大軍団を抑え込んだのにあっけにとられているようだ。
「馬路倉、あの崖から北をあいつらに貸しちゃっても大丈夫?」
こくこくと頷いてる。
「またすぐここへ来れるように転移魔法陣描いといていい?」
こくこくと頷いてる。
「…大丈夫?」
こくりと頷く。
大丈夫らしい。
「そうだ、杖。勝手に借りちゃってごめんね。これに懲りずにまた貸してくれると嬉しいな」
でも借りすぎると俺が調子に乗っちゃうから気をつけよう。
「へ?それ、もう先輩のじゃ…」
とんでもないこと言ってきた。
俺は借りパクするような男ではない。
「この杖は魔法王の杖だろ?お前が持つべきものだ」
「いえ、ならば最強の魔法使いたる先輩こそが…」
俺の魔力は俺のものじゃないんだよね。
でもそんなこと言えないし、それに何より
「魔法王はお前だよ、馬路倉」
「先輩?」
「魔法王とは最強の魔法使いなんかじゃない。最も魔法使いに愛される人間が魔法王だ。それは魔法使いのために国まで作り上げたお前以外にいないんだよ、馬路倉」
本心からそう思う。
そして馬路倉がいつか心から王位を継がせたいと思った者、それが次代の魔法王だ。
それがカルサだったら、個人的には誇らしい。
転移魔法の魔法陣も設置終えたし、そろそろ帰ろう。
そう思っていると、設置を完了させたカルサがトコトコと馬路倉のところに向かっていった。
そしてペコリと頭を下げる。
「魔法王陛下、ありがとうございます」
「どうしたの?カルサちゃん」
「あたしは生まれつき魔力が多い体質でした。ちょっと昔だったら、魔法王陛下が魔法使いの地位向上を成し遂げていただけなければ、きっと忌み子として殺されていたでしょう」
マジか
「魔法王陛下はあたしの命の恩人です。ずっとお礼を言いたかったです。本当に、ありがとうございました」
そう言ってもう一度頭を下げる。
そんなカルサを慈愛に満ちた顔で馬路倉がぎゅっと抱きしめる。
「感謝してくれてありがとう。でもいいんだよ、私は自分がしたくてしただけなんだから。それなのにカルサちゃんみたいな可愛い子にそんな感謝されちゃったらもう、贅沢すぎだよ」
はにかむような笑顔。
カルサもぎゅっと抱きしめ返す。
しばらく二人はそうしていると、カルサの方から離れていった。
「また来て、いいですか?」
「もちろんだよ。また来てね、カルサちゃん」
「…魔法王になってとか、もう言いません?」
「ははは!うん、もう言わないよ。時間ができたから、またゆっくりと探させてもらう」
「よかったです」
あら残念。
でもカルサが嬉しそうにしてるからいいか。
あんなに無邪気に笑うなんて珍しい。
「兄様、帰りましょ」
「ああ、帰ろう」
俺たちは魔法陣の上に乗る。
「じゃあな馬路倉、また来るよ」
「はい先輩、ご武運をお祈りいたします」
ん?
「兄様、行くわよ」
「お、おう」
「あと、ごめんなさい」
ん?
俺の思考は断ち切られ、転移が行われた。
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「おかえりなさいませ、リク様」
眼の前に広がるのは見慣れた謁見の間。
しかしいつもと少し様子が違う。
具体的には人がいっぱいだ。
「お館様のお言葉、我ら皆一言一句漏らさずお聞きいたしました」
ボードとジェンガは当然として、我が国の幹部が勢揃いしている。
「陛下の御下知があれば、我らは今すぐにでも行動を開始いたしましょう」
ゲンシンを初めとして配下に入った各国の王も揃ってる。
しかしこいつらはいったい何を言っているんだ?
混乱する俺に、カルサが申し訳なさそうに囁いてくる。
「兄様ごめんなさい。放送魔法の範囲、間違えちゃったの…」
俺の顔面から血の気が引く。
まさか、魔法国とうちの国全土に伝わってしまったとか?
「大陸全土に、伝わっちゃったみたいなの…」
この日、俺は世界に宣戦布告した。
以上で第三章の本編完結となります。
お読みいただきありがとうございました。
二章完了時に比べて話数は倍、しかしブックマーク数や評価数はそれ以上に跳ね上がりました。
さらに最近は感想やレビューもいただけており、とても励みになっております。
皆様のおかげでここまで話を進めることができました。本当にありがとうございます。
幕間を少し書いてから次章へと移ります。
お楽しみいただければ幸いです。




