53話 三種の神器
「兄様、何を…?」
カルサが不安そうに問いかけてくる。
魔法王のために流したのだろう、目には涙の跡があった。
かわいらしい顔が台無しだ。
「カルサ、俺はお前の兄だ」
「う、うん」
「お前が泣かなくてよい世界を、俺が作ってやる」
不思議そうな顔をするカルサ。
その顔から涙を拭き取り、俺は先程まで魔法王、馬路倉が立っていた窓際へと移動する。
トテトテとカルサも後ろからついてきた。
遥か地平線の彼方にいる魔物たち。
あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、魔物たちは態勢を立て直しつつあった。
欲望のまま、力任せに行動する普通の魔物たちとは一線を画すこの動き。
おそらく優秀な指揮官がいるのだろう。
この大群を統率できるほどの”魔王”が。
そして眼下の魔法国。
先程までの馬路倉とは違う、杖が放つこの圧倒的な光に民がざわついている。
馬路倉が命をかけてでも守ろうとする魔法国の民。
さて、まずは彼らを安心させてやろうか。
「カルサ。アレ、できるか?」
「う、うん。もちろん」
「さすがカルサだ。頼む」
二重の意味でさすがだ。
アレの一言で俺の意図を察してくれるとは。
カルサに頼んだのは放送魔法。
ラジオやテレビのように一方的に声を届ける代物だ。
いつか使うかもと思って開発をお願いしていたのだが、まさかこんな早くに役立つとは。
準備完了と目で合図をしてくる。
それでは、始めようか。
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「聞くが良い、魔法国の民よ」
俺の頭にも自分の声が響く。
「諸君らが奉ずる魔法王の力により、魔軍の足は止められた」
やっぱ自分の声ってなんか違和感あるよね。
「しかし、それは一時的なもの
やつらは間もなく再び動き出す
諸君らを、魔法国を、この砂漠ごと飲み込むために動き出す」
言ってるそばから動き始めてるよ。
「そして魔法王はその進撃を阻むだろう
己が命の火を燃やして戦い、燃え尽きるまで戦い続けるだろう
諸君らを守るため、魔法王は喜んで命を捨てるのだ」
あんな小さくて軽い体に、そんな重荷を背負ってあいつは生きてきたのだ。
「諸君らはそれを望むか?
魔法王の死を座視するのか?
幾百年も諸君らを愛し続け、その愛ゆえに命をも失おうとする魔法王の運命を許せるか!?」
こんなに離れているのに、魔法国の民の声が聞こえてくる。
「許せるはずがない!」
「魔法王陛下をお助けしなければ!」
「陛下、我らの命をお使いください!!」
馬路倉、お前たち相思相愛じゃないか。
そして俺も、お前の民と同じ気持ちだ。
「それが運命だというならば、神の意思というならば、そのようなもの、この私が許さない!!!」
魔法国が静寂に満ちる。
皆、俺の言葉を待ってくれている。
ではそろそろ、始めようか。
「我こそは神話を終わらせる者」
聞いたことがあるのか、街がざわつき始める。
「人は我を”神々の黄昏”と呼ぶ」
あまり好きなあだ名ではないが、知名度が役に立っただろうか。
「我が名は、リク・ルゥルゥ」
杖が俺の心に反応するかのように、輝きを増してくる。
「刮目せよ!この杖の輝きを!
諸君らの新たなる太陽を!!」
もはや杖の輝きは直視どころか目を開けることすら困難なまでとなった。
さあ、準備完了だ。
「我が魂の咆哮、とくと見よ!!」
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俺の叫びと同時に、たまりかねたかのように杖から光の柱が一斉に放たれる。
その量も大きさも、馬路倉に比べて比較にならない。
光の柱で、空が埋め尽くされた。
そう、空だ。
魔軍は地上にいるのに光の柱は空に飛んでいってしまった。
やつらの頭上を飛び越え、地平線の遥か彼方に行ってしまったのだ。
勢いだけで発射はできるのに、狙いまでは思い通りにはなってくれないらしい。
魔法の才能ゼロな俺にも魔法を使わせてくれるのだから文句は言えないが、どうせなら自動追尾機能とかもつけてくれればいいのに。
まあ文句を言っても仕方がない。
魔力なら腐るほどあるのだ。
なにせ首飾りにはアルカが三日三晩も魔力を込めてくれた。
「眩しすぎて眠れません…」と寝不足で苦しみつつもがんばって込めてくれたこの魔力。もはやどれほどの魔力が込められているのかは計測不能。
まさに、無尽蔵。
今の俺に弾切れほど無縁な言葉はない。
下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってな!!
再び光の柱が発射される。
アニメで見るようなレーザー光線で再び視界いっぱいに広がる。
今度は空の彼方とはいかなかったが、また魔軍には当たらなかった。
魔法国と魔物たちのちょうど真ん中あたりに命中してしまった。
真ん中、それはつまり砂漠のど真ん中。
砂漠の砂が巻き上げられる。
大量の砂が天まで届くかのごとく巻き上げられる。
それはもはや砂の壁。
圧倒的なスケールで、思わずため息がでる。
「なかなか絶景じゃないか?」
そう言って振り向くとカルサに肩を借りた馬路倉が俺のすぐ後ろに来ていた。
そしてただただ呆然とその光景を見つめている。
一言も発さず、凝視していた。
…あまり反応がなく、寂しい。
視線を魔物たちの方に戻す。
砂の壁はなくなり、巻き上げられた砂が空から落ちてきている。
多くの魔物は呆然と空を見上げながら砂を顔で受け止めていた。
しかし、一部の魔物は気づいたようだ。
眼の前の景色が一変していることに。
そこには、かつて砂漠があった。
いや、今でも砂漠はある。
しかし昔と同じ光景ではない。
大地を貫く裂け目が、そこにできていた。
突如砂漠の真ん中にできた断崖絶壁。
たった一度の魔法でそれは発生した。
たった一人の男の力で、地形が変えられてしまったのだ。
先程まで空を見上げていた大多数の魔物たち、そして魔法国の民もその変化に気づいたようだ。
もっと驚いてほしかったが、誰も何も言わずにその光景を見つめている。
「絶景かな絶景かな」
だから俺がみんなを代表して感想を言おうじゃないか。
一度使ってみたかったんだよこの言葉。
「せ、先輩」
少し復活したのか、馬路倉が話しかけてきた。
「先輩、そんなに魔力を垂れ流してたら、その、尽きてしまいませんか?」
「尽きる?」
「は、はい。だって、そんなふうに光らせるだけでも魔力、杖に吸い取られているでしょう?大丈夫、でしょうか?」
なるほど。杖がこんなふうに光るのはちゃんと理由があるわけか。
しかし止めようと思ってもどうにもならない。
攻撃したい!と思うだけで攻撃魔法は発生してくれたが、この光を止めるのにはテクニックが必要なようだ。
そして、俺にそのようなテクはない。
「馬路倉、心配はいらない」
だが、俺の自信はゆるがない。
「俺の魔力が尽きることなど、ありえない」
俺には、アルカの魔力がついている。
「お前が馬路倉ではなくランシェル・マジクとなったように、俺ももはや安藤陸ではない」
ミサゴがくれた魔法の首飾り
そこに込めてもらったアルカの魔力
そして馬路倉に借りた魔法王の杖
「我こそは、リク・ルゥルゥ」
これぞまさに三種の神器
「俺がいる限り、お前たちの安寧は約束されている」
この三種の神器があれば、俺は神すら凌駕する!
「お前もお前の国の国民も、みんなまとめて俺が守ってやる」
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今回もリクが大活躍?する話でした。本人は今までずっと異世界転移らしいことが出来なかったので、喜びではっちゃけてます。
もう少しリクのターンが続くますので、お楽しみいただければと幸いです。




