50話 いざ魔法国へ
つけることで魔力を手にすることが魔法の首飾り。
ちょっと悲しい思いはしたが、これで俺が魔法国へ入国することに障害はなくなった。
カルサは宣言通り三日後には転移魔法を完成させていた。
一日は俺を慰めるのに消費したから、実質二日だ。我が妹ながらその仕事ぶりに惚れ惚れするね。
これで魔法国で何かあってもすぐ戻って来られる。
いつでも行けるし、いつでも無事に帰れる。
これで準備は整った。
さあ、来やがれ魔法国!
---
「お迎えに上がりました」
約束通り五日後の早朝、謁見の間に置いた魔法陣の上に魔法国宮廷魔術師筆頭、エド・クレディが現れた。今回はお供はおらず、一人だけのようだ。
「時間通りの到着、礼を言う」
待たされてもつらいだけだからお礼を言う。
しかしエドは俺の言葉よりも床に描かれた魔法陣の方が気になるようだ。
「この、魔方陣は…?」
エドが出現したのは彼らが置いていった魔法陣。
しかし今謁見の間いっぱいに描かれた魔法陣は全くの別物だ。
「うちのカルサがつくった魔法陣だ。なかなかのもんだろ?」
大きさはでかいし携帯もできないが、その代わりカルサがいればいつでもどこでも道具なしに帰ってこられるという代物だ。だから魔法国で何があっても速攻で逃げてこられる。
そして同じものを別の場所に描けば、一気に数百人単位で移動ができる。
向こうの広場に描けば一気に増援を送り込んでもらえることだってできちゃうのだ。実に便利。
この傑作にエドも絶句している。
俺の妹はすごかろう?
俺はそんなすごい妹のお兄ちゃんなのだ!
「…では陛下、そして殿下もどうぞ我が魔法陣へ」
苦虫を噛み潰したような顔でエドが声をかけてくる。
俺とカルサは手をつないでエドの隣に立つ。魔法での移動中に何か罠が仕掛けられて離れ離れにないようにと魔法で結びつけてある。
「じゃあみんな、行ってくるよ」
見送りのために来てくれた面々に声を掛ける。
「リクさん、カルサ、いってらっしゃい。夕飯はこちらで食べるんですよね?」
「リク様、ご武運を祈っております!」
「お館様、どうかご無事で」
「リクよ、土産話を楽しみにしているぞ」
「姉上、お御髪が乱れております」
心配してるんだか何だかよくわからんな。
カルサは緊張しつつ嬉しそうに手を降ってる。
「では、参ります」
エドのその一言で、目の前の景色が一瞬で変わった。
徒歩でも自転車でも車でも電車でも飛行機でもない。
俺は生まれて初めて魔法で移動したのだ。
周りを見渡す。
広さは謁見の間の方が広い。
装飾の豪華さも謁見の間が上。
たださすが魔法国というべきか、照明は炎ではなく魔法の光らしい。窓がないのに蛍光灯がついた室内ぐらい明るい。
そして多くの人たちがいる。
杖を構えた多くの魔法兵たちが。
---
「ようこそ魔法国へ」
口ではそんなことを言ってるが、エドの顔は全く笑っていない。
今魔法兵たちが攻撃すればエドも巻き添えを食らうが、死なばもろともで攻撃しかねない雰囲気だ。
請われて来たというのに、いったい何なのだ?
「俺達は客人だと思っていたんだがな?」
いつでも逃げられるという事実が俺に余裕をもたらしてくれた。
カルサを俺の背中に隠しつつ、手はしっかりと握りしめる。
「失礼いたしました。皆、下がれ」
魔法兵たちが杖を下ろし、数歩下がっていく。
しかし敵意丸出しの目はそのままだ。
いや、この目は敵意ではない。何というか、恐れている感じだ。
なぜカルサを恐れる?こんないい子なのに
「陛下、殿下、失礼ですが入国審査手続きを行わせていただけますか?お二人が魔法使いなのは自明のことでございますが、それが我が国の決まりなのです」
理由はわからんが、俺は魔法使いと誤解されていたらしい。
罠で殺そうとしていたわけではないようだ。
しかし、いったいどうやったらそんな誤解をするんだろう?
「じゃあ、先にあたしが」
カルサが小声で「先に試してみる」とささやいてくる。俺のために名乗り出てくれたわけだ。
ありがとう。
「殿下からですね。ではこちらの水晶に手をかざすようお願いいたします」
用意されたのは仰々しい台座に置かれた水晶。
俺が魔法用リトマス試験紙と命名したあの式神のような紙は使わないらしい。
「人の魔力によってこの水晶は反応が変わります。私ならばこのように」
エドが手をかざすと、水晶は燃えさかる炎のように真っ赤になった。熱がこちらまで伝わってくるようだ。
さらに稲妻のようなものも走っている。
なるほど、こいつは炎と雷の魔法使いというわけか。
そして自らの魔法の種類、すなわち手の内を先に明かした。
まあ、とりあえず仁義はきったということだろう。
エドが下がり、カルサが水晶に手をかざす。
すると水晶は闇夜のように深い深い黒色になった。
「兄様の髪の色みたい」
「俺の髪はこんなきれいな黒じゃないよ」
「王妹殿下は万能型でいらっしゃるのですね。見事な深淵でございます」
魔法用リトマス試験紙と結果は同じか。
カルサは何でもできるからな。
「では陛下、お願いいたします」
さあ、おれの番だ。
カルサが下がり、今度は俺が前にでる。
アルカの魔力様、お願いします!
「な!?こ、これは…!!」
エドが声を出して驚いてる。
俺は驚いて声が出ない。
なにせ水晶が太陽のようにとんでもない輝きをしたのだ。
太陽を直視したらどうなる?
眩しくて目が潰れそうになる。
俺は今まさにその苦しみを味わっていた。
カルサが手を引っ張ってくれたおかげで水晶から手が外れ、光がやんだ。
俺は驚きすぎて眩しすぎて動けなかったからありがたい。
少し目が治って目を開くと、魔法兵たちも皆苦しんでいた。君たちは仲間だよ。
部屋の中ではカルサとエドだけが直立で立っている。
カルサはおそらく何かあると考えて水晶を直視していなかったのだろう。そしてエドは単にすごいから大丈夫だったのだろう。
敵に回してはいけない男だ。
「さて、試験は合格かな?」
まだ目がチカチカするけど強がってみる。
エドの表情も全然見えない。
「お戯れを。文句のつけようもございません」
声が引きつっている。光には耐えられても驚きからの回復は難しいらしい。
「どうぞこちらへ。魔法王陛下がお待ちです」
まだ苦しんでいる魔法兵たちを置いて部屋を出た。
俺も本当はフラフラだが、カルサが手を引っ張ってくれるおかげでまっすぐ歩ける。
迷宮のような廊下を進んでいく。
たまにエレベーターのようなものがあり、上下にも移動する。
方向感覚は完全に狂い、先程の部屋より地下へ進んでのか屋上に向かっているのかもわからない。
魔法の光で明るいことだけが救いだ。これで暗かったら完全にダンジョンである。
どれくらい歩いただろう、立派な扉の前についた。
それなりの距離を歩いたはずなのに不思議と疲れはない。
これも魔法の力だろうか?
「この先に、魔法王陛下がおられます」
そう言って俺達が部屋に入るように促す。
「あんたは入らないの?」
「はい。お二人だけを部屋にお入れするようご命令を受けております」
魔法王は俺達とだけ会いたいらしい。
宮廷魔術師筆頭ともなれば魔法王の右腕のような存在だろう。
俺にとってのカルサやミサゴ、ジェンガとボードのようなものだ。
みんながいないなんて俺には考えられない。魔法王はよほど己の力に自信があると見える。
「兄様、準備はできてるから」
カルサが囁いてくる。
中に罠があってもすぐに逃げられるということだろう。
これで安心だ。
「では、入らせてもらおうか」
俺がそう言うとひとりでに扉が開き始める。
どんな仕掛けかはわからんが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
行ってやろうじゃないか!
---
俺は扉の中へと足を進める。
カルサも俺の隣に並んで入っていく。
部屋の中に入ると、廊下よりもさらに明るい。
これは魔法の光ではなく自然の光だ。
部屋の周りがガラス張りになっており、四方から太陽光が入ってきている。
そして中心には御簾に囲まれた大きなベッドがある。
これは天蓋といった方がいいのだろうか?
お姫様が眠るような立派なベッドだ。
ベッドには上半身だけ起こした人物がいる。
大きな枕をクッション代わりにしてこちらを見つめている。
これが、魔法王。
「ようこそいらっしゃいました。リク王陛下、そしてカルサ王妹殿下」
女性の声
「私はランシェル・マジク。この魔法国の王、魔法王と呼ばれている者です」
いや、これは少女の声
「失礼いたしました。御簾があっては話しづらいですね。」
御簾が開く。
中にいるのは少女。俺と同じ黒い髪と瞳の少女だ。
驚きすぎて声もでない。今度はカルサも同様だ。
「魔法王がこんなに若くて驚かれましたか?これでもそれなりに歳はとっているのですよ」
枕や布団などを整えながら、少し笑いつつそんなことを言っている。
場所が決まったのか、顔を上げこちらを見つめて口を開く。
「改めましてはじめまし…」
今度絶句したのは少女、魔法王の方だった。
俺を見つめる顔は驚きに包まれている。
…なんだ?俺の顔って驚かれるようなものなのか?
「安藤、先輩…?」
安藤陸。それは、俺のかつての本名だ。
エドはリクの魔力に驚きすぎて、移動中一言も話せませんでした。
次回は魔法王との対談です。




