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幕間 (ゲンシン視点)

私は王子として生まれ、王子として育てられた。

その為の努力は惜しまず、幸運にも才があったおかげで周囲は私に大変期待をしてくれた。

だから私は自分が王になることを疑いもしなかった。


あの日までは。


---


そもそもが無用な戦いであったのだ。


イヅル、現在のルゥルゥで暴虐の限りを尽くした偽王。

確かに父はあの男と懇意にしていた。

しかし暴虐に手を貸したわけでもなければ見返りを貰ったわけでもない。

恨まれるとしたら片棒を担いだホジョとイマワガだ。

我が国に負い目などはない。

だから堂々としておけば良かったのだ。


しかし、父はあの二カ国の誘いにのってしまった。

ルゥルゥの次は我が国と脅された?

冗談ではない!

そもそも我が国抜きでは戦いにもならないのだ!


我が国が誇る精強な騎士団。

やつらはこの力が欲しかっただけだ。


そしてあの日が来た。

三国による同時侵攻。

3正面作戦により戦力を分散させ、我が騎士団の突破力にて一気に都まで攻め入るという作戦。

ギーマン砦なき今、我が騎士団を止められはしない。

しかし、その作戦は漏れていた。


我が国に来ていた間諜には偽の情報を掴ませた。

しかし他の二カ国から漏れることはどうしようもない。

だから私は、独断で作戦を変更した。

進軍に適し、当初の予定でも行軍経路として設定されていた国境沿いの平原。

そこを避け、あえて騎馬では困難な山道に変更したのだ。


この作戦は漏れていなかった。

しかし、敵は対応していた。


我が国の前に立ちはだかったのは将軍ズダイス。

不敗の宿将などという二つ名をもつが、そもそもイヅルは攻められることがほとんどない。

どの将軍でも不敗を名乗れるだろうという私の考えは、早々に打ち砕かれた。


私が行軍経路に選んだ山道、ここにも分厚い防衛部隊が布陣していた。

攻め難いが守り難い山道をよくもここまでと敵ながら感嘆するような守備陣であった。

どうして我々の行軍経路がわかったのか?どこから情報が漏れていたのか?

様々な憶測が駆け巡ったが、全て違っていた。

やつは国境沿いの道を全て封鎖していたのだ。


全て守るなど、言うは易く行うは難し。

しかしズダイスはそれを実行し、実現している。

不敗の二つ名は決して誇張ではないこと、私は身を持って知らされた。


突破することはできるが、大きな犠牲は避けられない。

私は速やかに撤退した。

追撃したくなるようにあえて混乱してるように撤収したが、残念ながらそんな罠には引っかからない。

そのまま両軍による国境沿いでのにらみ合いが続いた。


援軍を待って一気に攻めようと考えていた私に思わぬ知らせが飛び込んできた。

まず同盟国であるホジョとイマワガの陥落。

そしてそれに慌てふためいた父があっさりと降伏を宣言したこと。

私はそれを聞いて膝から崩れ落ちた。


まだ我が国の騎士団は健在である。

さらにホジョとイマワガを併合するためにルゥルゥはしばしの間混乱する。

なのに降伏?

講話ではなく降伏?


立場を忘れ「ふざけるな!」と叫びそうになった。

必死で自制し、激高する騎士たちを抑えて父王の命令に従った。

本当は彼らと共に命を捨ててでもルゥルゥに一泡吹かせたかったが、彼らを無駄死にさせるわけにはいかない。

我が騎士団は、我が国の宝なのだから。


---


降伏後、私は城で軟禁状態に置かれた。

命を取られることはなく、むしろ丁重な扱いであった。

そして我が国も併合されて消え去るということはなかった。

多くの付帯条件はついたが、独立国として存続することになったのだ。


しかし当然父王は退位させられる。

そして次の王が選ばれる。

本来なら間違いなく私が即位していただろう。

しかしルゥルゥ側の意向により、私と生まれたばかりの弟のどちらを次代の王にするかが話し合われているらしい。


まあ、私が向こうの立場でも同じようにするだろう。

赤子の王をたて、そのまま傀儡にしてしまえば数十年は安泰だ。

騎士団長を務めていた賢しい王子をわざわざ王にする必要など無い。

このまま一生軟禁状態で生きるのかと半分諦めかけていたとき、あの方が現れた。


「久しぶりであるな、ゲンシン」


ミサゴ姉上。

悠久の歴史を誇ったイヅル、その事実上の最後の王。

新しい時代のためと自ら王位を捨てた御方。


血縁上は私のはとこにあたる。

幼い頃より遊んで頂いたせいか、どうもこの方には頭が上がらない。

理由を思い出そうとすると頭痛がするのだが、なぜだろう?


「ミサゴ姉上も息災そうで何よりです」

「そなたもと言いたいところであるが、この状態では嫌味になってしまうか?」

「いえ、勝敗は兵家の常。お気になさる必要はございません」

「ならば言わせてもらおう。そなたも息災そうで嬉しいぞ」


そう言っていつもの笑顔で笑いかけてくださる。

つらい軟禁生活が、少しだけ明るくなった気がした。

そのまま少し雑談をした後、ミサゴ姉上の表情が真剣なものに変わる。


「妾はこれからホジョとイマワガに向かう。そなたは都に向かえ」

「都、でございますか?しかし私は…」

「軟禁のことは気にするでない。話はつけてある」


すでに準備は整っている。

つまり姉上はこのために私に会いに来て下ったというわけだ。


「リクに会え、ゲンシン。会って話をせよ。さすれば新たな道が開けるやもしれぬ」


リク。

ルゥルゥ王国国王。

民のために立ち上がり、民に望まれて王になった男。

王さえ従わせようする、王の中の王。


「あの男に、ですか」

「そうだ。もちろんそなたが望まないのであれば無理にとは言わぬ。どうする?」


思わず息を呑む。

しかしそれは一瞬だけ。すでに私の思いは決まっている。


「会います」


力を込めた私の返事に、姉上は満足そうに頷かれる。

こうして私はリク王に会うこととなった。


---


ルゥルゥの首都、都。

子供の頃来たときも賑わっていたが、最近はさらに賑わっているようだ。

この街の貧民街ですらリク王の慈悲で満たされているという。

広場では王の寸劇が行われ、皆が王の偉大さを称え合っている。


こんな街を治める王。

いったいどんな男であるのだろうか。


謁見の間に行く前、宰相ボードと話す機会が得られた。

短時間であったが驚嘆すべき知性が感じられた。

あれほどの男が忠誠を尽くす王。

さらに興味が湧いてくる。


そして通された謁見の間。

先程会ったボード宰相が私を呼ぶ。


「先代タキダ王が長子ゲンシン殿、前へ」


私の姓が呼ばれなかった。

当主ならば必ず姓もつけて呼ばれるもの。

つまりこれは、私をタキダの当主と認めていないという意思表示なのだ。


わかっていたことだ。

屈辱ではあるが、耐えられないものではない。

私は淡々とリク王の前に立った。


リク王の姿を見つめる。

威圧感も迫力もなく、特段特徴といったところもない。

私の名が呼ばれた時も我関せずという顔をしている凡庸な人物。

しかし私の口上が始まるとその印象は一転する。


その視線は驚くほど鋭くなり、私をとらえる。

先程までの柔和な雰囲気が嘘のように、恐るべき迫力を醸し出していた。

これがこの男の、真の姿。


一代で王にまで上り詰めた男の重圧に押しつぶされそうになる。

思わず言葉が止まりそうになるのを自制し、なんとか口上を続けた。

そんな私の話を一言たりとも聞き漏らすまいとするリク王。

そして突然、その口が開いた。


「挨拶は不要」


謁見の間に緊張感が走る。

一部の近衛兵は腰の剣に手をやっている。

今にも私を切り捨てろという命令が下されるかもしれない。

しかし、それは違った。


「我が前で名乗ることを許す」


私自らに名を名乗らせる?

リク王の意図が全くわからない。

私の名前は先程宰相が紹介した。

だがもしかして…


「どうした。名を名乗らんのか?」


これで確信した。

リク王は私に覚悟を問うているのだ。

私にタキダを名乗る覚悟、王となる覚悟があるのかを問うているのだ。

ならば、私が名乗る名はただ一つ。


「…ゲンシン・タキダと申します」


名乗りなど数えきれないほどやってきた。

しかしこのときほど緊張した名乗りはない。

そしてこれからもないだろう。


私には永遠にも思えた間の後、リク王が再び口を開く。


「タキダ王、ゲンシンだな。過去のことは水に流そう。今後の活躍、期待している」


我が覚悟は受け入れられた!


私の返答を受け、颯爽と退場されるリク王陛下。

慌てるようにその後を追うボード宰相。

それを見て、これが陛下の独断だったことに気づく。

自らの目で私という人間を確かめ、王にふさわしいかを見定めようとされたのだろう。

そして私はそれに合格した。

あの底知れぬ御方の目にかなったのだ。


不思議な多幸感で私の心は満たされていた。



---



国に帰る前、ちょうどイマワガから帰ってこられたミサゴ姉上とお会いすることができた。


「良い顔になったではないか、ゲンシン」


その笑顔はまるで太陽のようだった。


「ありがとうございます。姉上のおかげで新しい道が開けました」

「馬鹿を申せ。そなたが自ら切り開いた道だ。誇るが良いぞ」


まるで自分のことのように喜んでくださる。

なるほど。このような姉上だから、私は頭が上がらないのだ。


「そなたの目から見たリクはどうであった?」

「…計り知れない御方。そうお見受けいたしました」


リク王陛下にお会いした時の話を正直に姉上へ伝えた。

聞き手に徹し、面白そうに私の話をお聞きになる。

そして全てを聞き終えると、いたずらが成功したかのような顔をされたのだ。


「リクに認められ、幸福を感じたのだな?」

「はい。その通りです」

「そなたもリクの王気にあてられたわけだ」

「王気、でございますか?」

「いかにもである。リクこそは王の中の王。王すら従える王である」


王すら従える王という言葉が私の中にストンと入ってくる。

その言葉で全て合点がいった。


「つまり、これが忠義という感覚なのですね」


王に尽くし、王の喜びが自らの喜びとなる感覚。

今の私の中にはそれがある。

だからあの御方に認められたとき、あれほどの幸福感を得ることができたのだ。


「自分で気付けるとは、さすがゲンシンである」


姉上が嬉しそうに笑っている。

私がリク王陛下に忠義を尽くしたくなると予想されていたのであろうか。


「妾は別に未来が読めるわけではないよ」

「…人の心は読めるようですが?」

「こんなのはただの大道芸のようなもの。自慢にもならぬ」

「しかしおおむね姉上の意図通りになったのは事実でございましょう。姉上は私に何を求めていらっしゃるのですか?」


私の真剣な問いに姉上も真剣に答えてくださった。


「力をつけろ、ゲンシン。来るべき日にそなえ、力を蓄えるのだ」


来るべき日。

詳細は明かせないだろう。

しかし、漠然と予想はつく。


「それが、リク王陛下のご意思だと?」

「それは妾にはわからぬ。だがリクを見ていると思うのだ。あの男は一国の王、数カ国を束ねる王、その程度で終わるような器ではないと」


王ですらその程度呼ばわりされる存在。

あの御方に会うまでなら笑い飛ばしていただろう。

しかし今ならわかる。

陛下は、それほどの御方であらせられるのだ。


「それ以上の存在になられる日が来る、というわけですね」

「然り。それがいつになるのか、どれほどの規模になるのかはわからぬ。だがその日がいつ来ようと、どれだけの敵がいようと、リクの命と同時に妾たちは立ち上がらなければならぬのだ」


全身が震える。

恐れている?いや違う。

武者震い?それとも違う。


喜びで体が震えているのだ。

あの御方とともにそのような戦いに挑めることが、ただただ嬉しいのだ。


「それが私と、我が騎士団の力が必要になるとき」

「此度の戦いではさぞ消化不良であったろう。大陸最強と名高いタキダの騎士団、その力を見せてもらう時が楽しみであるぞ」


「また会おう」と言い残し、姉上は去っていかれた。

私は一人部屋に残り、姉上との会話を反芻する。



いつか来るその日。

リク王陛下が立ち上がられる日。

そのとき陛下のお側に控える自分を想像するだけで全身の血が沸騰するように熱くなる。


そのために力を蓄えねばならない。

あの御方の足手まといにならないため、あの御方をお支えするため、今よりもさらに力をつけねばならないのだ。


もしも陛下に必要とされなかったら…と思うと焦燥感にかられ、早く国に帰って訓練へと繰り出したくなる。

そして鍛え上げられた我が騎士団を陛下にお褒めいただくことを想像し、また喜びに全身が震える。

上がったり下がったり、我ながら忙しいと苦笑してしまう。


これが忠義。

偉大なる御方に仕えることができる喜び。

少し前の自分には知り得なかったであろう新しい感覚。

それほどの御方に出会えたことに感謝の気持ちしかない。


前人未到?

馬鹿馬鹿しい。

今まではリク王陛下がいらっしゃらなかっただけだ。


これより先、前人未到などという言葉は死語となる。

陛下はこの世界の果てまで辿り着かれるだろう。

全ての困難に打ち勝ち、全てを成し遂げられるのだ。


そのときお側に控えるため

陛下の伝説をこの目に焼き付かせるため

陛下の伝説の一部になるという栄誉を授かるため

私はこれから一瞬たりとも無駄にすることはできない


全ては、偉大なるリク王陛下のために

総合評価1000突破いたしました。

本当にありがとうございます。

お礼は更新ぐらいしかできませんので、何とか幕間を書ききることができました。

これからもブクマ、評価、そして感想をいただけるよう頑張ってまいります。


リクが驕った態度をとってしまったと反省してる、ゲンシンの話でした。

お互い勘違いしてますが、距離は縮まっています。

風邪が治らず、次話は来週末になってしまうかもしれません。すみません。

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