43話 新通貨と王様選び
戦争して勝ったはずなのに、なぜか将軍たちが辞意を申し出たり自刃しようとしたりする。
そんな訳のわからないことがあってから数日が経った。
今日は午前中は執務室でボードの報告を聞き、午後は謁見の間で客を迎える。
そんな簡単なスケジュールだ。
式典がないのは素晴らしいね。
最近はやれ閲兵式だの落成式だのと色々出向く度に挨拶させられて嫌になっていたのだ。
参加すること事態は物珍しさもあって楽しいのだが、ありがたいお言葉なるものを言わなければならないのがたいへんつらい。
何回参加してもなれない。
毎回頭が真っ白になる。
やはり俺には王様の才能がないのだろうな。
そもそも王様の才能ってなんだろう。
そんなことを考えていたらボードの話を思いっきり聞き逃していた。
「…とこのように、お館様のご指導のもと万事予定通り事が進んでおります」
俺が指導した案件など一つもないのだが、全て順調らしい。
なにせ心当たりが一つもないので予想することもできやしない。
仕方ないので聞きなおすことにしよう。
「すまないな、ボード。もう一度説明をしてくれないだろうか?話を聞く中で何か違和感があった。その違和感が何か、もう一度話を聞いて確かめたい」
「…はっ!ありがとうございます!」
ボードは真剣な顔で再度説明を始めてくれる。
「聞いてなかったからもう一度おなしゃす」ではかっこがつかないので少し言い方を変えたのだが、余計だったろうか。
ボードが説明してくれた案件は三件。
一件目は貧民街の子どもたちについて。
子どもたちは国が運営する孤児院に入れられ、今までのような食うや食わずで犯罪に手を染めないといけないような生活から解放された。
なんとか一安心だ。
俺も別にこの世の全ての子供を救えるなんて思っちゃいない。
これがどこか遠い国の話なら「かわいそうだなあ」で終わっていたよ。
しかしこれは俺の国、俺が王様やってる国の話なのだ。
そこで子供が飢えているとなっては、罪悪感で食事が喉を通らない。
今日の昼は久々にお腹いっぱい食べられそうだ。
二件目はオウランとベルサの新しい街、ベガスのこと。
ギドが用意してくれた隊商は完璧に仕事をこなしてくれ、数千人の人々が移動するという大仕事は無事完了した。
建物はほぼ完成してあとは装飾を残すのみ。
宮殿の後宮跡から色々持っていきたいというお願いがあったので、快く許可した。
俺には不要なものだから有効活用してもらいたい。
今は街の制度について議論を深めているらしい。
三件目、最後は貨幣についてだ。
金貨と銀貨は世界共通規格みたいなものがあり、金属の比率や価値が固定されてるらしい。
しかし銅貨は各国でデザインはもちろん価値も決められる。
だから俺の横顔をデザインした銅貨を流通させようとしてるとか。
…マジか。
「…マジか」
「お館様?」
いかん。口に出ていたらしい。
「お館様、やはり何かご懸念が?」
ボードがさっきよりさらに真剣な顔をして迫ってくる。
この雰囲気で「銅貨に俺の横顔を彫るのはやめて」とは言いづらい。
「いや、ベガスの新しい制度について考えていてな」
「引退した遊女たちへの待遇の話でしょうか?」
そうそう、そんな話だ。
若いうちしか稼げない仕事だから、いつかは引退の時期が来る。
そのとき別の仕事ができる人はいいが、そうでない人も大勢いる。
今まではそういう人々はたいていが長生きできず、生き残ってもひどい生き方しかできなかった。
そういった人々をどう救済するか、そこが話し合われているという。
まあ、要は年金が必要というわけだろう。
ジェンガに提案してみたが、反応がそれほど良くない。
「確かに興味深い制度でございます。しかし恐れながら、私にはいつか破綻するようにしか思えず…」
さすがボード。
給付金額が減って、かつ給付年齢が引き上げられるどこかの国のような未来が見えているようだ。
しかし、俺にはコインのデザインに俺の顔が使われることを阻止するという使命がある。
ここは適当なこと言って切り抜けさせてもらう!
「全てを完璧にしようなどとは、傲慢だとは思わんか?」
「傲慢、でございますか?」
「そうだ。確かにお前の言う通り、年金という案にはいくつもの穴がある。いつか危機が訪れるだろう。しかし、いつか終わりが来るからと始めないことが正しいのか?」
「!?」
よし。ボードが何かに気づいたらしい。
よくわからないがもう少しだ。
「人はいつか死ぬ。だからこそ、今この一瞬一瞬を光り輝こうとするのだ。…お前なら、今の最善を作り上げることができると俺は信じている。そしてお前も信じてくれ。俺たちの未来の世代を」
自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。
しかし、ボードの顔は晴れ晴れしくなってる。
話してる本人にも気づかない何かに気づいてくれたようだ。
「お館様のお話を聞くと、いつも自分の小ささに気付かされます。しかしそんな私を、お館様は信じると言ってくださる。本当にありがとうございます」
いや、十分にでっかいですよ。
「お館様のお気持ち、確かに受け取りました。今の私の最善、尽くさせていただきます!」
やった!
これで本題に移れる!
「わかってくれて嬉しいよ、ボード。ところで銅貨に俺の顔を掘るという話だが…」
「はい!その点は紋様について多くの意見が集まった結果、ほぼ全員一致でお館様の横顔となりました」
マジで?
「一部でお館様のお姿を掘るのは不敬ではないか、という意見もあるのですが、いかがでございましょう?もちろんお館様がご自分のお顔を掘ることが無礼とお考えなら、即刻中止させますが」
つまり、俺の顔のデザインを中止させることはできる。
ただしそれは俺の顔のデザインを掘るなど不敬であると俺が認める、ということ。
どちらに転んでも地獄ではないか。
少し迷ったが、俺の願望でみんなの意見を潰すことはしたくない。
おとなしく諦めよう。
「皆の思いに感謝する。予定通り進めてくれ」
「お館様に喜んでいただけで光栄です。皆も喜ぶでしょう」
これで俺の顔が銅貨となって流通することが決まってしまった。
あの計算のめんどくさい銅貨に俺の顔が…。
ん?銅貨?
「銅貨の価値って国ごとに自由なんだよね?」
「はい。ご認識通りでございます」
「じゃあ、今回意匠変更するついでにちょっと変えようか」
俺が先生になったきっかけ。
つまり俺が王様になったきっかけである銅貨の計算。
小銅貨25枚で中銅貨1枚
中銅貨8枚で大銅貨1枚
大銅貨5枚で銀貨1枚
このわかりづらい両替計算を直せるチャンスがきたわけだ。
「新しい銅貨は、小銅貨10枚で中銅貨1枚、中銅貨10枚で大銅貨1枚、そして大銅貨10枚で銀貨1枚にしてくれ」
きれいに十進法だ。
これで計算がわかりやすくなる。
「お館様のご命令ならば喜んで。お任せください」
ボードは簡単に了承してくれた。
あまり意味を理解してくれてはいないようだが、仕方ないだろう。
ボードの立場ではいちいち自分で買い物なんかしないだろうし、国家予算とかだと桁が違うからね。
でもきっと一般国民は楽になるだろう。
最初は戸惑うだろうけど、きっとすぐ気づいてくれるさ。
銅貨のデザインを変えることはできなかったが、価値をわかりやすくすることはできた。
きっとこっちの方が皆のためになる。
残念ではあるが、良しとしよう。
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久々にお腹いっぱいご飯を食べれて幸せな昼食だった。
最近は食欲がなくて料理長やアルカに心配かけてしまったが、ようやく安心させることもできた。
さあ、午後もがんばろう。
「陛下の御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
まずい。
すでに謁見が始まっていたのに余計なこと考えてしまっていた。
今挨拶してる人が誰かの説明、聞き逃していたぞ。
色々時候の挨拶やら俺への賛美やらを述べてくれているが、いったいこの人は誰なんだろう。
仕方ないのでちょっと話を止め、もう一度名乗ってもらおう。
「挨拶は不要」
ちょっと言い方が強かったか。
俺の一言で謁見の間に緊張が走ってしまった。
しかし今さら引き返せないので、名乗りをお願いする。
「我が前で名乗ることを許す」
王様モードだとどうしても偉そうになってしまうな。
話をしてた青年を少しビックリさせてしまったようだ。
「どうした。名を名乗らんのか?」
急かしてみると、少し深呼吸し始めたぞ。
ずいぶん緊張してるな。
「…ゲンシン・タキダと申します」
あー、あのうちに攻めてきた国の人ね。
唯一制圧されず、自主的に降伏してきたのがタキダだったはず。
「タキダ王、ゲンシンだな。過去のことは水に流そう。今後の活躍、期待している」
「ははっ!!」
これでこの青年の話は終了で、そのまま数人ほど話を聞き今日の午後の仕事は終わった。
仕事終わりの解放感に包まれながら謁見の間を出ると、ボードが走り寄ってきた。
「お館様、よろしかったのでしょうか?」
「へ?何が?」
「説明不足で失礼いたしました。タキダ王の案件にございます。あの王子ではなく、まだ赤子の弟を王にすべきかと議論していたと認識しておりましたが…」
そういえばそんな話があった。
あのゲンシンってのはなかなかの切れ者らしく、おとなしくうちに従うとは限らない。
だからまだ赤ちゃんの弟をあえて王にしようかって話になって俺もそれでいいと思ってたんだが…。
「ゲンシンはお前から見ても優秀か?」
「はい。直に話をして確信いたしました。あの男はかなりのものかと存じ上げます」
ボードが言うなら間違いないんだろうなあ。
「お前が言うなら、間違いなかろう。だがだからこそ、だ」
「だからこそ、でございますか?」
「そうだ。優秀な男だからこそ王位につかせる。やつが王になればタキダは発展するだろう。そしてそれが我が国の貢献につながる。お前も認めたその力、存分に奮ってもらおうではないか」
「確かにお館様ならばあの男を御すなど訳もないでしょう。愚見、大変失礼いたしました」
全然訳もあるんだよなあ。
まあ、どうにかなるだろう。
俺が王にしたってことになるわけだし、少しは恩に着てくれるだろうさ。
少し話を聞いてないだけで色々困ってしまう。
やはり王様はたいへんだ。
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無事新しい銅貨が発行されたと聞き、サンプルを見てみると俺とは似ても似つかない美形が描かれていた。
「いやー、リク様そっくりですね!」とはジェンガの意見。
ボードも同意してたが、こいつらには俺がどう見えてるんだ?
新銅貨の流通には時間がかかるかと思ったが、俺の顔がデザインされた貨幣は予想を遥かに上回る人気っぷりであった。
あっという間に旧貨幣と置き換わり、その便利さに国民はいたく喜んでくれているらしい。
”銅貨に描かれている通り理知的な御方”
”常に国民のことをを想われる慈悲深き王”
”我らが偉大なるリク王陛下万歳!”
そんなふうに噂されているらしい。
…やはり泣きついてでもデザインを変えてもらううべきだったか。
火水木と自分の時間が全く取れなさそうなので、なんとか今日書き上げました…。
貨幣の話の続きを書けて嬉しいです。
ありがとうございます。
次回は週末を予定しております。




