幕間 オウラン視点(後宮)
あちきが生まれたのは都のごみ溜め。
親の顔も知らなかったが、弟や妹はたくさんいた。
血の繋がりなんてたいそうなものは考えたこともない。
あそこに住んでるみんながあちきの家族だ。
だからあの子達は、みんなあちきの大事な弟と妹さ。
家族を食べさせるためなら、どんな嫌なことでも我慢した。
苦しいこと、痛いこと、みじめなこと、たくさんたくさんやらされた。
でもそれでお金をもらえるなら、みんなが飢えないですむなら、金を払ってくるクソ野郎どもに媚びだって売るし愛想も良くするし、どんな嫌なことだって我慢した。
「おなかすいたよ」って言いながら冷たくなった妹を抱きしめて泣いた夜に比べれば、どんな苦痛だってへっちゃらさ。
あちきはもう絶対に泣かない。
あちきは家族のためなら、なんだって我慢するんだ。
みんなの「姐さん、ありがとう!」の笑顔があれば、何だってできたのさ。
でも、兄貴分の一人が宮仕えで出世し始めてから、だんだんとみんなの見る目が変わってきたんだ。
色々噂されてるのは知ってたけど、あちきは別に気にしなかった。
誰にでも反抗期はあるものさって思ってたけど、ある妹がこんなことを言ってきた。
「ラン姐。あんな汚い仕事、もうやめなよ」
これを聞いて、家を出ることを決めた。
もちろんあちきは平気さ。
でも同じ仕事をしてた妹分達には耐えられなかった。
こいつらも、あちきが守ってあげないとね。
「そろそろ、巣立ちの時ってやつかね?」
こうしてあちきは住み慣れた家を出て、家族と別れたんだ。
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でも、家を出たからって仕事が変わるわけじゃない。
むしろそれ以外何もできなかった。
何を言われようと、どんな扱いをされようと、歯を食いしばって耐えた。
そしてそんなことをするクソ野郎共を喜ばせるために、何だってした。
自分たちが食べるため、弟や妹に仕送りをするため、そして付け回してくる官憲共にわたす賄賂をわたすため、必死でがんばったさ。
「姐さん、あたい悔しい!あんなにがんばって稼いだ金を、どうしてあいつらに渡さなきゃいけないんだよ!?」
涙を流して悔しがる妹分を抱きしめて寝た夜は、もう数え切れない。
もちろんあちきだって同じ気持ちだ。
家を出てからまともに寝れた夜なんてありゃしない。
でも、あちきが泣いたらこの子たちは誰に泣きつけばいいのさ?
あちきは絶対、泣いちゃいけないんだ。
あちきの腕前?ってやつは、都の裏社会じゃずいぶん有名になったらしい。
ある日官憲共が押し寄せてきたんだ。
「充分金は渡してるはずだよ?これ以上うちらから何を奪おうっていうのさ?」
背中で怯える妹分たちを勇気づけるため、精一杯強がったさ。
でも、返答は意外なものだった。
「オウラン、貴様のことに興味を持たれていらっしゃる方がいる。一緒についてきてもらうぞ」
どうやら縛り上げられる心配はなさそうだ。
じゃあ、ちょっとだけ強気に出てみようか。
「いいけど、もちろん妹分たちも一緒に行っていいんだろうね?」
「かまわん。早く準備しろ」
こうして新しい家へと、後宮へと移っていったんだ。
後宮の暮らしはあちきにとっては最高だった。
ご飯は美味しいし寝床はふかふかでぽかぽか。
官憲に追われて殴られて、金を奪われることもない。
ただひたすら王様ってやつを喜ばせていれば、何の心配もない天国のようなとこだった。
あちきにとっては天国でも、そうじゃない子もたくさんいる。
親から無理やり引き離された子はまだ幸せさ。
親に売られた子や捨てられた子、親の立身出世の道具にされたお姫様、こういった子たちは帰る場所も心の拠り所もない。
あちきは自分の生活が楽になった分、そういった子を気にかける時間が増えた。
あちきに、また新しい家族ができたのさ。
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後宮の暮らしにずいぶんと慣れたころ、王様が代替わりしたという話が舞い込んできた。
でもうちらのやることに変わりはない。
妹分を連れて新しい王様のところに出向いたんだ。
すると王様、逃げ出しちまうじゃないか!
慌てて追いかけたけど、何だか話は変な方向に転がっていく。
なんと王様が後宮の廃止を宣言しちまった。
そういうこともあるのかねと思ったが、後宮を住みよいと思ってたのはあちき達だけではなかったらしい。
詳しくは知らないけどずいぶん激しく抵抗してたみたいだ。
その抵抗がうまくいきそうになったら、そいつらはなんと後宮廃止の危機はあちきのせいなんて言い出しやがった。
あちきのせいで王様が後宮を廃止しただあ!?
ふざけんじゃないよ!
あちきが落とせないんだったら、この後宮で誰も王様を落とせやしないさ!
妹分たちも怒ってくれて、一緒に抵抗してくれた。
なぜかお姫様方の中にも味方をしてくれる子がいて、しまいにゃうちらが勝っちまったのさ。
しかし勝っても負けても問題ばかり。
今度は後宮の後始末っていう大問題が出てきちまった。
うちらは昔に戻るだけだけど、そうじゃない娘も大勢いる。
しかもそういった娘たちはなぜかあちきを頼りにするもんだから、放っておくこともできやしないさ。
王様の部下のお偉い官僚様方とバチバチにやり合い、時間だけが過ぎて行く。
そんな中、あの人が現れたんだ。
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相変わらず見た目は普通の男。
街中で見かけても素通りするような外見。
ギラギラした所はなく、威圧感もなし。
なんでこんな人が王様なんだろう?と不思議に思う。
でもまあ、あちきの流し目に反応しないのはたいしたもんだ。
これに耐えれるのはよほどの玄人か、気付けもしない全くの初心者ぐらいさね。
でも、あの人が来たらあっという間に話がまとまっちまった。
あちきの「街が欲しい」なんて途方もない願い事、まるでこどもにおもちゃを与えるみたいに簡単に叶えてくれちまったんだ。
しかもあちきなんかに街を統治させようなんて言い出す始末さ。
王様の考えってのは、とんとわかりゃしないよ。
でも、あの王様がいなくなるとまた話はこじれちまった。
お偉い官僚様にあちき達の考えがわかるはずもない。
今日も話し合いは喧嘩別れだよ。
血が上った頭を冷やすため、あちきはお気に入りの場所にきた。
この後宮で最も高い建物の屋根の上。
ここがあちきの特等席。
誰にも邪魔されないあちきだけの場所。
でも今日は珍しくお客さんが来たようだ。
「あなた、ずいぶんと危ないところにいらっしゃいますのね」
まさかこのお姫様がいらっしゃるとはね。
「ここまで来れるなんてたいしたもんじゃん?」
「ミサゴお姉さまに、鍛えられましたから」
そのお姉さまのことがずいぶん好きらしい。
ずいぶんと口元が緩んでるじゃないか。
そのまま一息ついて隣に腰を下ろし、夜景を見つめてる。
「あちきはここがお気に入りなのさ。ベルサもどうだい?いいところだと思わないかい?」
「まあ、たしかに絶景なのは認めますわ」
宮殿と都全体が見渡せる唯一の場所。
キラキラと光って宝石箱みたい。
あちきの大事な宝物。
そのまま黙って一緒に景色を見てた。
そこそこ時間が経った頃、ようやくベルサは口を開いたよ。
「…ずっと、お礼を言いたかったんですの」
「お礼?お礼を言うのはあちきの方さ。ベルサ達が助けてくれなかったら、あちきは今頃この世からおさらばしてるさ」
そう笑うあちきに、ベルサは真面目な顔を崩さない。
「違います。あれは恩返しだったのです。…後宮に来てすぐの私を助けてくれた、あなたへの恩返しです」
あちきがベルサを助けた?
いったい何のことだろう?
わけがわからないと考え込むあちきを見て、ベルサは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは、私以外の大勢の娘たちを助けていますもの。覚えてらっしゃらなくて当然ですわ」
「あちきが誰を助けたっていうのさ?さっぱり覚えがないよ」
「あなたにとっては何でもないことでも、私達にとっては大事なことだったんです」
「とてもとても大事なこと」とベルサが語ってくれたのは、別になんでもない話だった。
いつものように新しいお姫様が後宮に来て、初めて王様に呼ばれた。
喜んでいく娘もいれば泣いて嫌がる娘もいる。
その娘は嫌がっていた。
だからあちきが代わりに王様のところに行った。
ただそれだけの話。
あんなこと、泣いて嫌がってまでする必要なんてないさ。
あちきはなれちまってるからね。
そんな娘たちの代わりになるぐらいなんでもない。
あまりに普通のことすぎて、そんなことで感謝されてるなんて思いもしなかったよ。
「あんなことを恩に着て、わざわざあちきを助けてくれたってのかい?」
「あのことを恩に着てるから、私はあなたのことを助けると決めたのです」
「死んでたかもしれないのに?」
「命よりも大事な私の誇りを、あなたは守ってくれたのです」
真剣な目であちきを見つめてる。
「あなたに助けてもらって、心から感謝していますわ。ありがとうございます」
ベルサはほっと一息ついた。
「…ようやく、言えました」
「そんなに溜まっていたのかい?」
「ずっとずっとお礼を言いたかったんですもの。でも、ようやくちゃんと言うことができて満足ですわ」
その言葉の通り、清々しい顔をしている。
そんな顔を見てると、それだけでもあちきも嬉しくなっちまうよ。
「まあ、誇りと言ってももう貴族でも何でもないのですけれど。でも今さら、生き方を変えられません」
「あちきもだよ。後宮にいてもどこにいても、あちきはあちきさ」
「私達、似ているところもあるんですのね」
「全くだ。初めて知ったよ」
そんなことを言って、笑いあった。
そして取り留めもない話をした。
貴族のお姫様とこんなふうに話をする時が来るなんて、思いもしなかったよ。
「じゃあ、そろそろ交代しましょうか」
交代?とベルサが去る方向を見ると、一組の男女がいた。
男は足に吸盤でもついてるみたいに、この足場の悪い場所で悠然と立っている。
女はその男に支えられ、おっかなびっくり立っている。
「宰相様とその秘書官様が、あちきなんかに何の御用だい?」
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「ラン姐、お久しぶりです」
ずいぶんと久しぶりにその名で呼んでくれるじゃないか。
懐かしいねえ。
「いつから気づいてたんだい?」
「ラン姐の身元を確認して、ようやくです。すみません。見た目が全然変わってしまってるから…」
「じゃあボード兄も気づいてなかった?」
「パトリが気付かなったことに気付けるほど、女性に詳しくないんだよ。久しぶりだね、ラン」
二人して懐かしい名で呼んでくれるから、なんか昔に戻った気がするよ。
あのころは化粧もろくにできず、着の身着のままだった。
まあ今も色々着飾っちゃいるけど、中身はちっとも変わっちゃいない。
でもこの二人は外見も中身もずいぶんと変わったようだね。
ボード兄は昔から優秀だった。
頭も運動神経も仲間内じゃダントツだ。
「私がいつかこの国を変える」なんて言ってて、さすがにそれは無理だろなんて思ってたけど、いつのまにか宮仕えを始めてそのままどんどん出世しちまった。
一時期色々あったみたいだけど、今じゃ宰相様だ。
夢を実現させたんだ。
たいした男だよ。
パトリはどんくさい子だったけど、頭はとても良かった。
あちきが家を出てから、ボード兄の後を追って宮仕えをしていたらしい。
頭はいいんだけど融通きかないから、色々と敵が多いみたいだけどね。
でも今じゃ宰相様の秘書官様だ。
ラン姐ラン姐って泣いてた子とは思えないよ。
この子もたいしたもんさ。
「ランは、私達のことを覚えていたんだな」
ボード兄はずいぶんとすまなそうだ。
もしかして、自分は気付かなかったことを気にしてるのだろうか?
「あちきは頭悪いけど、家族の顔だけは忘れないからね。ひと目見て気づいたさ」
家族の顔だけは忘れない。
あちきの数少ない自慢の一つだ。
「でも確かにあちきは昔と全然見た目違うしね。気付かなくても当然じゃん?気にすることなんてないよ」
そういってニシシと笑ったが、二人共つらそうな表情だ。
どうしたんだろう?
家族がそんな顔してると、心配になっちまうよ。
「ラン姐は、まだ私達のことを家族と言ってくれるんですね」
「?当然だろう?あちき達はずっと家族じゃないか」
何を当然のことを言ってるんだろう?
そう思っていたら、パトリが突然泣き出したんだ。
あちきは慌てたよ。
昔から妹の涙には弱いんだ。
妹たちを泣かせないため、笑ってもらうため、あちきはがんばってきたんだよ。
「ごめんなさい。ラン姐。ごめんなさい」
そう言って泣き続けるパトリを、昔みたいに抱きしめて頭を撫でてやった。
怖くないよ、お姉ちゃんがついてるよ、怖いやつから守ってあげるよってね。
そしたら昔みたいに泣き止んでくれた。
なんだい。こんなに立派になったってのに全然変わってないじゃないかい。
嬉しくなっちまうよ。
「ラン姐、私、本当にひどいことを言っちゃった。本当にごめんなさい」
「かわいい妹に何言われたって、あちきはへっちゃらだよ。泣かれる方がよっぽどつらいさ」
あの日、うちらが家を出た日、パトリに言われた言葉。
そんなこと忘れていいのに。
ずっとずっと気にしてたんだろう。
パトリは泣き止んでからも、何度も何度も謝ってくれた。
そしてどれくらい経ったか、今度はお礼を言ってくれたんだ。
「姉さん、ありがとう。家を出てからも、私達のために仕送りしてくれてありがとう」
家を出てからもないしょでお金を渡してたのがバレてたらしい。
秘密にしろって言ってたのに、みんな口が軽いんだから。
「ラン姐、違うよ。みんなラン姐の言うこと聞いて秘密にしてた。でもわかっちゃうよ。あんな大金、ラン姐以外稼げるわけないよ」
それからパトリの話を聞いていた。
あちきが出て行ってからみんなで泣きあったこと
反省したから帰ってきてと、謝りに来たこと
でも妹分に門前払いされて会えもしなかったこと
仕送りもらうたびにみんなで泣いちゃって、あちきのためにも一生懸命がんばろうって誓い合ってくれたこと
パトリは勉強をがんばって、宮仕えできるようになったこと
他の弟や妹も立派に一人立ちしてること
偉くなってからあちきを探したけど、もう見つからなかったこと
「…もう諦めていました。二度と会えないって」
「後宮に来ちまってたからね。そりゃ探しても見つからないさ」
「じゃあ後宮のせいで会えなかったのに、その後宮で再会できたんですね。不思議です」
「確かに不思議だ!おもしろいもんさね」
二人で笑いあった。
いったい何年ぶりだろう。こんなに無邪気に笑えるのは。
ひとしきり笑いあってると、今度はボード兄が謝ってきた。
「すまなかったな。何もできなくて」
あのいつも自身に満ち溢れてたボード兄が謝るなんて珍しい。
明日は雪でも降るんじゃないか。
「ボード兄はたくさんのことをしてくれたよ。あちきが小さい頃は世話だってしてくれたし、大きくなったらみんなの目標になってくれた」
渋い顔を表情のままのボード兄。
あちきは「パトリを見てごらんよ」と続ける。
「ボード兄の大きな背中がみんなの目標になったんだ。パトリみたいに立派な子が育ったじゃないか。みんなあちきと同じ仕事をするしかなかった昔が嘘みたいだ」
「ボード兄はすごい人だよ」と笑いかけた。
そしてようやく、ボード兄も少しだけ笑ってくれたんだ。
「ラン、私達の家が今どうなってるか、知ってるかい?」
「…いや、残念だけど知らないね。当然今でもあるんだろう?」
「ああ、もちろんだ。私も昔から色々努力しているが、しょせん私一人では焼け石に水。何もできやしない」
かつて大臣にまで成り上がった男。
今や宰相にまで上りつめた男が何もできないと言うのだ。
きっと、誰にも何もできやしないのだろう。
まあ、当然さ。
ずっとずっと昔からあった都のごみ溜。
それを魔法みたいに解決できる人なんているわけがない。
「先日、お館様にお伝えしたんだ。私達の弟や妹たち、あの家のことを」
あの王様。
もしかしたら、と少しだけ期待してしまった。
「叱られてしまったよ。どうしてそんなことを聞くのかと」
ああ、やっぱり。
期待なんかしちゃいけなかった。
あんなごみ溜の話を、あんな高貴な御方に話してはいけなかったんだ。
そう、思った。
でも、違った。
「お館様はおっしゃられたんだ。”そんなこと、聞くまでもなく何とかすべきだろう”ってね」
あの王様は、違ったんだ。
「ご自分が羽織られている上着を私に渡され、”これを売れば一日分の食事代ぐらいにはなるんじゃない?”と言われた時は、さすがに我が耳を疑ったよ」
ボード兄が嬉しそうに笑ってる。
こんな表情を見るのは本当に小さかったころ以来だ。
いつも厳しい顔をしていたボード兄。
こんなふうに笑えるようになったんだ。
「お館様の上着だ。売れば一日どころか一年分の生活費になるよ。するとさらに驚かれて、本格的な改革をご指示いただいたよ。”飢える子供を放置するような国にしてはいけない”とね」
誇らしげに語るボード兄。
でも、その表情を見ることはもうできなかった。
涙がどんどん溢れ出て、もう何も見えやしなかったんだ。
そんなあちきを、ボード兄が優しく抱きしめてくれた。
「ラン。ずっと一人で、ずっと我慢して、ずっと頑張ってきてくれてありがとう」
そうやって昔みたいに抱きしめて頭をなでてくれる。
「もう、一人で頑張らなくていいんだ。我々にはお館様がいる。あの方は、私達の弟や妹たちを救ってくださる」
涙が止まらない。
子供みたいに泣きじゃくってしまう。
泣くなんて、いったい何年ぶりだろう。
「あの方は民のために立ち上がれた御方。
敵であった私とパトリも救ってくださった御方。
被害を最小限にと、敵味方関係なく慈悲深い御方。
そのような御方なのだ」
ボード兄は王様について話をしてくれた。
人々を救うため、小さな小さな村で立ち上がったこと
代官として偽王の手先になっていた自分を救ったこと
その慈悲深さにより多くの貴族たちも付き従ったこと
あの不敗神話を誇る、ギーマン砦をも打ち破ったこと
伝説となった偽王との一騎打ち、そして戴冠式のこと
前例に縛られず自らの道を切り拓けという訓示のこと
たくさんたくさん、話をしてくれた。
「あの御方は、私達みんなを救ってくださった」
そんな人がいるなんて。
そんな人が王様になってくれるなんて。
「あの御方は、全てを救われるのだ」
ありがとうございます。
王様、ありがとうございます。
誰も救ってなんかくれなかった。
だから、一人で必死にがんばってきた。
家族を守るため、どんなことでも我慢して生きてきた。
これからもそうやって生きていくしかないと思っていた。
でも、違うんだ。
これからは守ってくれる人がいる。
お優しい王様が、守ってくださるんだ。
今まで何度神様にお願いしても叶わなかった願い事。
もう絶対に叶いっこないって思っていた願い事。
そんな願い事を王様は叶えてくれた。
神様にもできないことをしてしまうなんて、王様は神様よりもすごい方なんだ。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなくて、あちきはそのまま寝てしまった。
王様の温かさに包まれて、家を出てから初めて、安心して眠ることができたんだ。
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その後、話し合いはトントン拍子に進んだよ。
あちき達の主張だって理由はちゃんとある。
今までは頭ごなしに反論されたけど、パトリ達はちゃんと根気強く理由を聞いてくれる。
それでできることとできないことをあちき達にもちゃんと説明してくれて、どうすればいいかって一緒に考えられるようになったんだ。
こうやって話し合いが進んだのも、全て王様のおかげ。
もう「前例がないから」なんて否定されることはない。
王様がみんなに教えてくれたんだ。
みんなが幸せにならなきゃいけないって。
そして今日、ついに新しい街へと旅立つときが来た。
まだ完成はしてないけど、あちき達が住む場所はもうできた。
じゃあ早めに行って、細かい内容は現地で決めようってことになったんだ。
立派な隊商があちき達を運んでくれるらしい。
これも王様のおかげ。
さらになんと、王様が見送りに来てくれたんだ!
「あー、君たちの新しい街にはたいへん大きな期待をしています。国としても全面的に手助けするので、どうか頑張ってください」
まるで緊張しているかのように話をされる王様。
あんな立派な御方なのに、可愛らしく思ってしまう。
「えー、新しい街の名前ですが、俺が決めなければいけないらしいので、ベガスとすることにしました」
ベガスか。珍しい響きだね。
「これから世界中の人々が”ベガス行こうぜ!”って君たちの街へ集まるようになるでしょう。いや、そうなるように期待しています」
そうなるといいねえ。
頑張らないといけないよ。
「というわけで、ベルサ。君は今日からベルサ・ベガスとなる。頑張ってくれ」
「はい。謹んでお受けいたします」
ベルサが王様から新しい名前を授かった。
元貴族だなんて言ってたのに、なんと領主様になっちまったよ。
「えー、ではオウラン。君は今日からオウラン・ベガスだ。頑張ってね」
「へ!?」
あちきが領主様!?
全然聞いてないよ!!
「ボード、パトリ、言ってなかったの?」
「はい。申し訳ございませんお館様。事前に伝えると絶対に受け入れられないと考えたため秘密にしておりました」
「ボードもたまにはお茶目なことするんだねえ」
王様は面白そうな顔をしてる。
いや、全然面白くないよ!?
「まあ、でもベガスの発案者はオウランだからね。君の街なんだから君も領主だ。前代未聞の二人領主体制ってのになるらしいから、二人協力しあって素晴らしい街にしてくれたまえ」
有無を言わさぬ王様のお言葉。
こうしてあちきはいつのまにか領主様になってしまった。
ボード兄は嬉しそうに笑って、パトリは申し訳なさそうにしてる。
妹分や後宮のみんなは大はしゃぎだ。
ベルサ、笑い事じゃないよ!
あちきと家族の街。
王様がくれた街。
あちきの大事な大事な宝物。
きっとこれからたいへんなことがいっぱいさ。
でも全然不安なんかない。
むしろ楽しみで仕方がない。
だって神様よりもすごい王様がついているから。
王様がいてくれれば、怖いものなんて何にもないんだ。
王様、絶対あちき達は幸せになるよ。
絶対、素晴らしい街にするよ。
だからどうか見守ってください、王様。
あちきの神様。
ずいぶんと長くなってしまいました。
幕間なのにすいません…。
都のスラム出身者にとって、リクはもう、大人気ですね。




