表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/191

39話 後宮の後始末

 カルサに嫌われないためと勢いで廃止した後宮。

 このことが意外と大きな問題になっているらしい。


 ボードとパトラが持ってきた後宮問題に対する素案。

 ここに書かれているのは衝撃的な内容だった。


 まずは後宮の説明。国の予算の三割強も消費する、その実態。

 大貴族の娘達、そしてその配下による形成される強大な後宮勢力。

 贅を尽くした住まいに衣装。

 厳格な階級社会と大勢の召使いたち。

 女の園と言えば聞こえはいいが、そこはもはや伏魔殿。

 数多の王族や貴族と繋がりを持ち、その影響力は果てしない。

 陰に陽に宮廷を支配し、代々の王すら手出しできなかった聖域。

 もはや一つの国家の体を成すその存在。

 その恐るべき姿が克明に記されていた。


 …俺はこんなものをあんな簡単に廃止したのか。


 資料の内容も後宮廃止の話へと移っていく。

 後宮勢力は偽王に与していたこともあり、なんと俺の命令直後あの夜のうちにボードたちは行動を開始していたのだ。


 俺はぐっすり寝ていたのに。ごめんなさい。


 なりふり構わず、あらゆる手段で抵抗する後宮勢力。

 それに対抗する武官と文官の共同戦線。

 しかし彼らは宮中にアリの巣のように張り巡らせられた後宮勢力の力を見せつけられた。

 私兵を使った実力行使に、ありとあらゆるコネを使った妨害活動。

 大貴族たちからの嘆願状に明白な脅迫。

 食事には毒をもられ、寝室には暗殺者が潜む。

 一分一秒たりとも気が抜けない戦いに、ついに和解もやむなしとの声が挙がり始める。

 しかし、それを叱咤激励するリク王陛下。

 その言葉に奮い立ち、彼らの迷いは消え去った。

 後宮内の良心的勢力も味方につけ、開始された大反抗。

 ついに後宮勢力は敗北し、偉大なるリク王陛下のもとに宮廷は一つになったのだ。


 …俺、叱咤激励なんてしたっけ?

 もしかしてあのことだろうか?



 ---



 あれは任命式の日の夜。

 ずいぶんと疲れた顔をしたボードがやってきた。


「お館様、ご相談が」


 任命式で上がりきったテンション、終わったことで一気に下がったのだろうかと心配になってしまった。


「俺でわかることなら」


 だからいつものようにすべて任せてるよなどと言わず、ちゃんと話を聞こうと思ったのだ。


「お恥ずかしい話ですが、今あることで悩んでおります

 お館様のように迷いなく歩んでいきたいのですが、私ごときではいつその境地に達せられるのか…。面目次第もございません」

「俺も迷ってばかりだよ。で、どんな悩みなんだ?」

「懸案はご存知の通りあのことなのですが、今二つの案のどちらを選ぶかで悩んでおります。それぞれの案の内容なのですが…」


 ご存知の通りと言われても全く心当たりがない。

 そして具体的な話をされてもいいアドバイスが思い浮かばない絶対的な自信がある。

 だから俺は自信満々に言ったのだ。


「いや、それだけで充分だ。なあボード、お前そのどちらが自分がやりたい案かは決まってるか?」

「…はい。決まっております」

「よろしい。じゃあ、お前はそのどちらがより国のためになる案かわかってるか?」

「…はい。確信を持っております」

「その二つは一緒の案かな?」

「はい。一緒です」

「なるほどね。その案というのは、もう一方に比べてより困難な案だろ?」

「はい。その通りにございます」

「だろうな。だからお前は悩んでいたんだ」


 ここまで聞けば俺でもわかる。

 ではアドバイスの基本、背中を教えてあげるとしよう。


「よりいい案だとわかりきってるのに難しいからという理由で避けるのは簡単だ」

「…」

「こういう言葉を知ってるかな?”艱難汝を玉にす”」

「いえ、初めて耳にいたしました」

「大賢者の国のことわざでな、人は苦労を乗り越えることでより立派になれるみたいな意味だ」

「おお、大賢者様の…」


 この世界に文字を伝えた大賢者先輩。

 やっぱこの人の影響力はさすがだ。


「ボード、俺はお前の今みたいな疲れ切った顔は反乱中でも見たことなかった。だから、もしかしたらこれはいい機会なのかもしれないぞ。お前がもっと成長するための好機かもしれない」

「…!」

「ボード、今お前はつらい状況にいるんだろう。だが、それを乗り越えればきっと今まで見たことのない新しい景色が見える。そうすればお前は今までより一回りも二回りも大きくなっているだろうさ」


 ボードの顔が輝き出した。いい傾向だ。


「そんな、さらに大きくなったお前の姿を俺に見せてくれ」

「はっ!!」


 ボードの顔がやる気に満ち満ちている。

 アドバイス大成功のようだ。


 何度もお礼を言いながら去っていくボードを見送り、俺はこの夜もふかふかなベッドでぐっすりと眠ったのだった。



 ---



 つまり俺のあの言葉で後宮勢力と和解するという楽な案を捨て、より困難な全面対決の道を選んだというわけだ。

 失敗していたら俺どう責任取れば良かったんだろう。


 まあ、成功したんだからもう細かいことは考えない。

 しかしよくできた資料だった。読んでて面白い資料というのはすごいと思う。


「この資料は誰がつくったの?」

「は、はい!私でございます!」


 キャリアウーマンな美人さん、パトリだ。

 ボードの秘書官になったらしく、最近はよく連れだって歩いている。


「よくできた資料だね。お疲れ様」

「いえ、とんでもございません。後宮の今後についてまだ完成できておらず、お恥ずかしい限りです…」

「お館様、パトリには私が多くの仕事を任せているため時間がとれなかったのです。どうかお許しください」


 むしろ俺が君たちに仕事を任せ過ぎなんで、それで怒ってたら俺なんて逆さ磔ですよ。

 というか今後についてって、この一人ひとりの名前と経歴と対応案が書かれている資料だろうか?めちゃくちゃ量があって一人ひとり丁寧に記載されている。数百人できかないんじゃないの?


「…後宮って何人ぐらい人がいるの?」

「数千人だったと思いますが…。パトリ、把握していますか?」

「2835名でございます。人数構成についてご説明いたしましょうか?」

「いえ、結構です」


 一桁まで覚えてるのか。すごすぎだろ。

 それら全員を細かに調べ上げつつ他の仕事もしてるとか、この二人っていったいいつ寝てるんだろう?


「本当にお疲れ様。しかし、俺にはほとんど後始末も終わってるように見えるんだけど、まだ何かあるの?」

「はい…」


 パトリが悩んでいるのは、後宮の人員を6分類に分けそれぞれの対応をどうすべきかということだった。


 第1は抵抗を行った中心メンバー。偽王の片棒をかついで悪逆非道を行っていた者も大勢いる。彼女たちは対応はもう決まっている。他の領主や官僚たちと同様、厳しく罰せられるのだ。


 第2は後宮で一般的な業務についていた者たち。しかし彼女たちは特に問題ない。このまま宮殿で雇い続けてもいいし、もう宮仕えはこりごりと出ていっても腕は確かなものばかりだ。新しい職場でも活躍してくれるだろう。


 第3は後宮にいたお姫様方で実家が健在な人たち。基本実家に帰っていただくが、どこかの貴族の側室として紹介することも検討中である。すでに何人かの大貴族は自ら手を上げているとか。


 第4は後宮にいたお姫様方でかつ実家が偽王についてて取り潰されちゃった人たち。こういった姫様はだいたいが第一に分類されるが、例外もいるらしい。さすがに偽王派の貴族の娘をもらおうという貴族はいないようだ。


 第5は後宮の特殊業務についていた人たち。汚れ仕事の人たちは国がそのまま雇ってまた裏方でがんばってもらう。しかし女性の世話や王様を喜ばせる手ほどきを教えてた人たちなどは行き先がない。大貴族ならばそういったものを必要とするかもしれないが、さすがに全部受け入れるのは不可能だ。


 そして最後の第6。彼女たちは王様を喜ばせるためだけに働いてた人たち。帰る家もなければ手に職もない女性たちばかり。自分たちはどうなってしまうのかと途方に暮れているようだ。



 特に問題なのが、後宮の良心的勢力としてボード達に協力してくれた人たちの対応。

 実はその中心メンバーが第4と第6のまとめ役でもあるらしい。

 もちろんその中心メンバー本人だけを優遇するのは簡単だ。

 しかしそれを受け入れるような人物ならまとめ役などやっていない。

 みんなが納得するような案を出せと息巻いているらしい。


 まあ、信賞必罰は世の常だ。

 後宮という俺は存在すら知らなかった巨大な敵。それを対峙するのに役立ってくれたのなら、ちゃんと報われなければならないだろう。


 そして今回は珍しくボードやパトリが困っているようだ。

 ジェンガはこういうのは苦手だろうし、たまには俺も仕事をするか。


「よし、俺が彼女たちと直接話をしよう」


 俺の言葉に二人は驚き、全力で止め始めた。

 危ないだの、何をされるかわからないのだ、俺が出る幕でもないと、翻意させようと必死だ。


「でもいい案がないんだろう?

 話し合ってもダメなら俺が直接謝るよ。王が頭を下げれば、むこうも少しは考えてくれるかもしれない」


 俺みたいなお飾りの王様にできるのは頭を下げることぐらいだからね。


 善は急げと俺は後宮へと歩き出す。

 慌ててついてくるパトリと、人を呼びに行くボード。



 いざ後宮へ。

 ボードの背中を押した責任、ちゃんととろうじゃないか。

すみません…。次回に続きます。

この土日の間に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ