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幕間 パトリ視点(26話~34話)

 使者として反乱軍に行くことを命じられた時、要は私なら死んでも構わないからだとすぐに理解した。


 私はボード様と同じ貧民街の出身。

 あのごみ溜のような環境から立身出世を成し遂げ大臣にまで上り詰めたそのボード様に憧れ、私も宮仕えを志した。結果、ボード様のお近くで働けたあの短い期間は私の中の宝物だ。

 しかし、あのとき私はさらなる出世を目指すべきでなかっただろうか。より高い地位を目指すべきでなかっただろうか。そうすれば、ボード様が大臣から引きずり降ろされ、都から追われるようにして地方の代官に赴任したあの時、もっと何かできたのではないかと。もっとうまい立ち回りができたのではないだろうかと。

 そう、ずっと後悔してきた。


 そして、ボード様の帰ってくる場所をつくろうと偽王の下でも必死に働いてきた。

 その結果それなりの地位につくことはできたが、最後はこうして命を使い捨てにされるかと思うと、私の人生は何だったのだろうかと思う。


 まあ、最後にボード様にお会いできるなら、そして噂のリクという男を目にできるならそれでいいか、そんなことを思って私は使者の任についた。



 偽王に仕える者は反乱軍の首魁と呼ぶ男。

 民からは解放軍の指導者と仰がれる男。

 雲を貫くような大男。ギーマン砦の城壁を片手でなぎ倒す怪力無双。残虐非道で血に飢えた狂戦士。慈悲深い女神の化身。

 都で様々に噂される男を目にした私の第一印象は、特に何もなかった。


 威圧感は隣に控えるジェンガ将軍が圧倒的だ。

 理知的かと問われると、なくはないがボード様の方がはるかに勝っている。

 神々しさとなるといったい何者であろう、横の金髪と銀髪の姉妹にはとてもかなわない。

 男性的魅力はこの中ならナーラン様が一番だろう。

 王者の貫禄があるかというと特になく、むしろミサゴ様の方が偉く見える。

 視線の強さという点ではタント家の令嬢の方がよほど強い。


 何も一番がないこの男、全てにおいて部下に上回られているこの男が噂のリク?

 このような男にこの尋常ならざる面々が従っている?

 もしや影武者なのだろうか?


 多くの疑問を持ちつつ私は偽王、今の私が仕える王の言葉を述べた。

 内容は馬鹿らしいものだ。すでに都以外の全てを奪われた身でありながら、相手に降伏しろと迫る。しかも一人で自分の目の前に訪れて。そうすれば副王の地位を授けると言うのだ。

 赤ん坊でもわかる。どう考えても罠だ。


 偽王を口汚く罵る声が聞こえる。まあ、当然だろう。このまま私は切り捨てられ、この首を返事として都に送り届けられるのかと思っていたら、ボード様に声をかけていただいた。


 ボード様。私の憧れの方。

 最後にお会いしたときよりもずっとお元気になられ、まるで先王陛下にお仕えしていたときのように生き生きとされている。私ごときが居場所を作らずとも、貴方様はご自分で居場所を見つけられたのですね。ああ、さすがでございます。


 私はボード様の問に杓子定規な返答をする。

 我ら宮仕えの者に意思などは必要はない。ただ王のため、ただ民のため働くべしとかつてのボード様がおっしゃった言葉に従い、忠実にお答えする。

 それに気付かれたのだろう、ボード様は歯がゆいお顔をされた。

 私ごときのためにそのような表情をされ、たいへん心苦しい。

 最後に見るボード様がそのようなお姿で、たいへん悲しい。


 しかし、あの男からの返答は予想外なものだった。


「了解した。ご苦労さまでした 使者さん

 とりあえず偽王の要請は受け取ったよ

 返事はまあ、みんなでよく考えてみるよ

 決まったら回答するんで、そう伝えておいて」


 わざわざ何を考える必要があるのか?

 そもそもこのような侮辱にも等しい内容を届けてきた使者を無事に帰すのか?

 阿呆なのか大物なのか、いったいどちらなのだろう?

 この男は、いったい何を考えているのか?


 初めて姿を見た時と同じく、いやそれ以上に私の頭は疑問で満たされた。

 そしてそのまま全く予想外なことに、私は無事に都に帰ることができたのだ。



 あの男からの返事に偽王は狂喜乱舞した。降伏し、一人で来るというのだ。捧げ物まで持参して。

 結局、ただの阿呆だったのだろうか。

 私の疑問は解決しないまま、迎え入れる準備、あの男を殺す準備が始まった。


 朝早くから都中の民が広場に集められた。

 民の前で反乱軍の首魁を殺し、反乱の終結を宣言するという意図らしい。

 馬鹿らしい。そもそも指導者を殺された反乱軍がおとなしく従うと本気で思っているのがありえない。あの男の死の直後、怒り狂った反乱軍にこの都は血祭りにあげられるだろう。

 反乱軍が攻めてこようと降伏しようと、もうこの都は滅び去る運命でしかないのだ。


 あの男が現れた。

 何かを言っているようだが、もはや手遅れ。

 偽王の命により全身に矢を受けてやつは死ぬ。


 死ぬはずだった。



 放たれた矢は一本たりともあの男には届いていない。

 全て途中で叩き落とされている。

 あの男を囲む四人によって。


 国士無双とも呼べるその四人。

 その中心に立つのはあの男。いや、あの御方。


「俺の名前はリク!」


 さらに綺羅星のごとく精鋭たちが現れる。

 そして、やはり中心におわすはあの御方。


「お前を倒す男の名だ!!」


 リク王陛下。

 私はこのとき初めて、あの御方と出会ったのだ。



 ここから先の出来事はもはや私が語るまでもないだろう。

 都に住む者ならば子供だって知っている。皆我先にと語ってくれるだろう。

 そして都の外でも吟遊詩人が語ってくれる。今や国で一番人気のある物語だ。あのとき実際都にいた吟遊詩人など、多くの町や村から引く手あまたらしいで逆に断るのがたいへんらしい。


 そんな伝説のような光景の中、私の隣にはボード様がいてくださる。


「パトリ、これがお館様の答えです」

「偽王を自らの御手で倒す、ということでしょうか?」

「そうです。しかし、もっと大事なことが一つあります

 それは、皆を救うということです」

「皆を、救う…?」

「お館様は犠牲を最小限に抑えるため、都を火の海にしないため、この作戦を御自ら考え出されました。ご自身を囮として偽王の眼前にまで我々を招き入れたのです

 …先程も、我らが一瞬でも遅れていればすでにお館様の命はなかったでしょう。民を救うためならば自らの命すら投げ出そうとされる。それがお館様なのです」


 自らのために民を犠牲にしてきた偽王

 民のために自らを犠牲にしようとするあの御方


 その対比に、あの御方の偉大さに、私は涙が止まらなかった。


「そしてパトリ、お館様のお慈悲は当然あなたにも向いています」

「私にも、ですか…?」

「そうです。あなたが使者としてきた時の皆の敵意、気づいていたでしょう。私が差し出した手を振り払い、あなたは自ら死地に向かっているように見えました」


 たしかに事実だ。あのときの私は死を覚悟しており、自暴自棄になっていた。


「お館様は普段、ご自身では指示をされません。ご自分の口から発せられる言葉のお力をご存知だからです。しかしあなたの命を守るため、あのときは御自らご命令を発せられたのです

 皆の毒気も抜かれてしまう、あのさらりとした口調で」


 私の目から涙がとめどなく溢れてくる。

 あのときあのように失礼なことを考えていた私を、ご自分と何も関係のない私までも、あの御方は守ってくださっていたのだ。


「さあ、行きましょうパトリ

 お館様を追いかけるのです。お館様の歩まれる道、それが我らの進むべき道なのです」

「はいっ!!」


 

 やることは山のようにある。

 次の時代のため、我々文官には寝る暇など当分ないだろう。だが、今はそれが何よりの幸せだ。新しい時代のため、そして偉大なる我らが主のために働ける。その幸せを私は噛み締める。


 ただ、やはり即位宣言の時は足を止めて見入ってしまった。

 その神々しさの前に、私は子供のようにボード様の裾にすがりつきながら泣いてしまったのだ。




 国民の大歓声の中、陛下は威風堂々たる姿で広場を去っていった。

 そしてそのまま宮殿に入り、当然のように玉座にお座りになる。

 玉座はまるで、陛下のために誂えられたかのようであった。


 文武百官が平伏し、陛下のお下知を今か今かと待っている。

 そのような緊張感の中、陛下は妹君と楽しそうに談笑されていた。

 あの御方にとってこのような状況はなんでもないのだろう。

 これが、王者の貫禄。

 私の目は節穴だった。


 その後の陛下のご命令は我々の度肝を抜くものだった。

 史上初となる元帥と宰相の同時任命。

 我々を代表して問いかけるボード様に、陛下は優しく諭してくださった。


「前例を学ぶことは悪いことではない

 しかし、前例に縛られては本末転倒である

 これからの時代、何が一番良いかを己の頭で考えて成していかねばならない

 無論、己の目と耳で確かめることも忘れるな

 俺からは、以上だ」


 この言葉が元帥と宰相の同時任命にどう関係するか、浅学菲才な我が身にはわかりかねた。

 しかし陛下には何か理由がおありになる。

 ならばそれだけで充分だ。

 我らは陛下のご期待に答えるため、全力を尽くすのみ。




 陛下の改革は枚挙にいとまがない。

 だが代表的なものをあげるとしたらやはり後宮の廃止だろう。


 国家予算の数割を消費していた後宮。だがお世継ぎのために予算削減など誰も口にすることができなかった後宮。これを就任当日に廃止するなど、やはりあの御方は尋常ではなかった。

 後宮は男の憧れと聞くし、そして何より英雄色を好むというのは有名だ。

 だが国のため民のため、あの御方は自らの娯楽を真っ先に切り捨てられたのだ。


 その行為に男たちは己ではとてもできないと感嘆し、女たちはその貞淑さに憧憬の眼差しを送った。

 かくいう私も憧れた一人だ。このような偉大な御方にお仕えできる我が身の幸福を改めて感じ入る。




 そして…


「パトリ、頼んでいたものは?」

「ボード様、こちらです」


 中身を確認されるボード様。答案の採点をされているようで毎回緊張する。


「ありがとうございます。今回も完璧ですね」


 笑いかけてくださるボード様。

 安心すると同時に幸福感に包まれる。


 私は今、ボード様の秘書官、宰相秘書官という役目を仰せつかっている。

 ボード様の隣で働き、ともに陛下のため、民のために尽くすことができるという夢のような職場だ。


「パトリ、後宮の件について素案を考えておいてくれましたか?」

「もちろんです。ただまだ途中でして…」

「かまいませんよ。私が完成させ、陛下に奏上します

 それに後宮に関しては陛下の勅命ですからね。我々がどんなに頭をひねっても、陛下がより素晴らしい案を出される可能性もあります。早めにご相談に伺いましょう」

「はい!そのときはぜひお供にお連れください」

「そうですね。ちょうど今から陛下のところへお伺いするところです。一緒に行きましょうか」

「ありがとうございます!」


 充実する日々。

 陛下にお仕えできる日々。

 ボード様とともに働ける日々。


 つい先日までの暗澹とした日々がまるで幻だったかのように感じられる。

 長い長い冬が終わり、春が訪れたようだ。


 そう、季節は冬から春へと移り変わっている。

 春を運んでこられたのはもちろん、あの御方。


「陛下、失礼いたします」

「ボード、全部自分で判断してくれてもいいんだよ?

 って、今日はパトリも一緒か」


 我らが主、リク王陛下。

 我らが忠誠は、全てあなたのために。

次回更新は週末予定です。

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