38話 任命式(後半)
さて、五天将のうち四人の任命は終わった。
ここで本来なら最後の一名の任命に移るわけだが、その正体がアルカであることは極秘事項である。知っているのは俺とジェンガとカルサ、そして本人であるアルカの四名だけだ。
当然公表などしない。
しかしだからといってこの式典で言及もしないとなると、箔付けができない。
他国にも恐れられる五天将筆頭!と盛り上げるため、俺は一計を案じることにした。
「ではそろそろ皆に我が五天将筆頭を紹介しよう」
広間にざわめきが起きる。すでに五天将筆頭は秘密という話が知れ渡っているため、驚いているようだ。
謎の人物だからこそ、やっぱみんな気になるんだろうな。いい傾向である。
「だが、皆も知っての通りあやつは我が国の最高武力にして奥の手。残念ながらその顔を晒すことはできぬ
そのことを本人も気にしていてな。挨拶代わりということで、これを託してきた」
俺は準備していたものをアルカに持ってきてもらう。そのアルカが丁重に差し出してきたものを見て、広場のざわめきはさらに大きくなった。
皆驚いているのだろう。この引き千切られた剣に。
「剣の刃が欠けることは、ままあることであろう。そう珍しいことでもない
では意図的に剣を叩き割ることはできるだろうか?まあ、百発百中とはいかないでも不可能ではないはずだ
それではこの剣のように、引きちぎることは可能であろうか?
諸君らの中には達人も多い。その点は私よりも詳しかろう」
そう。この引き千切られた剣を見て誰もが驚いているが、特に武官の驚きようは強い。剣に自信のある者ほど衝撃を受けている。
彼らは気づいたのだ。己の愛刀を飴細工のように引きちぎる存在がいることに。
彼らは恐怖した。己が武器が、腰にさす相棒が、全く通用しない存在がいることに。
「かの者が敵に回ったらと思うと、私もゾッとする。しかし、味方であればこれほど心強い者もいはしない」
驚いていた武官たちも同意するかのように安心した顔になった。敵となれば絶望的だろうが、味方にそのような強大な存在がいることは実に頼もしい。
逆に青い顔をしたままなのが他国の外交官たちだ。自分たちの軍があの剣のように引き千切られる姿を想像したのだろう。剣を持っているのが美少女だから、それとの対比でより一層剣が映えて見える。
…まあ、実際にその美少女が笑顔で剣を引きちぎったんですけどね。
「五天将筆頭に部下はおらぬ。あやつただ一人で一軍の働きをするがゆえだ
いつかどこかの国と開戦した時、改めてその力を我らに見せてくれるであろう」
威嚇のために言葉を付け加えておいた。
うちと戦争すると痛い目見ますよ?と。
以上で五天将の任命が終わった。
”烈火の戦士”ナーラン・シスコ
”元帥の懐刀”カルバナ
”不敗の宿将”ズダイス
”用兵の天才”イスター
”五天将筆頭”アルカ
なかなかいい感じである。
さて、次は文官の任命式だ。
まずは左大臣パータリ・サスコ。威風堂々と俺の前に現れた。
「パータリ。お前を左大臣に任命する
これからも我が国のために力を尽くしてくれると期待しているぞ」
「承りました。陛下。これからも誠心誠意、真心を尽くして陛下の祖国ために奉仕させていただきます」
一見するとたいへん心のこもった挨拶だが、今の俺にはわかる。全く本心ではない。しかしまあ、そこは問題ではない。実際優秀な男だし、自分の利益とこの国の利益が一致している間はちゃんと仕事をしてくれるだろう。
そっちがこちらを利用する気なら、こっちもそちらを利用してやるさ。お互いWin-Winでいこうじゃないか。
次は右大臣のマンカラ。地下牢に幽閉されながら偽王のために強制労働させられていた男。ブラック企業も真っ青だ。
しかしその事務能力の高さはまさに折り紙つき。反乱軍はあっという間に都から各地を結ぶ道を寸断したのに、偽王側が最後まで兵糧に困ることがなかったのはこの男の手腕だ。それを今後は俺たちのために生かしてもらおう。
「マンカラ。お前を右大臣に任命する。
かつて我らの前に立ちはだかったお前の力、今度は我らのために使ってもらおう」
「本来なら罪人として罰せられるべき我が身を、このような望外な地位にまで召し上げて頂き感謝の言葉もございません。我が全身全霊、陛下のためにお捧げいたします」
ズダイスもそうだけど、やっぱ幽閉されてた人たちは重みが違うな。しかし、だからこそ頼もしい。
彼らの国を想う心を、なんとかいい感じに使ってあげたいものだ。
以上で武官と文官の任命が終わったが、大事な人物が残っている。
「ミサゴ、我が前に」
そう、ミサゴだ。
かつてのこの国の王、今では俺の部下となったミサゴが俺の前に現れる。一張羅を着てくるとは言ったが、まさかドレスとは思わなかった。いつも動きやすい格好してるから、こういうのを見るとドキッとする。
「ミサゴ。お前を近衛大将に任命する
我が直属として、存分にその力を奮ってくれ」
近衛大将という単語に多くの人が反応した。
「噂は本当だったのか…」「元帥と近衛大将が両立するときが来ようとは」「ミサゴ様にふさわしい地位となると、やはりこれぐらいは必要か」「その決断を平然と下されるとは、さすが陛下」「しかしミサゴ様、なんとお美しい…」「まるで女神のようではないか」
なんか後半はミサゴの外見の話になってる。それぐらい今のミサゴは目立つ。元がいいのと、普段が普段というのが合わさって、尋常でないくらいの存在感を放っている。
「謹んで拝命いたします、陛下」
おお!なんか言葉遣いもいつもと違う。言い方もしおらしいし、すごいぞミサゴ!
この思いを共有しようとカルサの方を向いたら「ちゃんと集中してなさい」と睨みつけられた。ごめんなさい。
じゃあ、あとは一言かけて肩ぽんで終わろうか。
「これからも期待している。我が半身として、活躍してくれ」
「比翼の鳥がごとく、陛下に尽くすことを誓いましょう。我が心身は陛下とともに」
ざわめきが大きくなってきたが、さっさと式典を終わらせるために俺が口を開く。
「では最後に、我が妹カルサを紹介しよう
さあカルサ、皆に挨拶を」
カルサがぎょっとした顔をする。ふっふっふ。俺はこれだけがんばったんだ。カルサも頑張ってくれたまえ。
「…カルサ・ルゥルゥと申します。兄を支え、国を支え、皆様とともに歩んでまいります。どうか皆様も、我ら兄妹にお力をお貸しください」
美少女がたどたどしく話す姿は誰が見ても微笑ましいものだ。
今日一番暖かな拍手で広間が包まれた。
「あと、私の姉も紹介しますね
我が国随一の治癒魔法使い、アルカお姉さまです」
カルサがアルカを道連れにした。しかしさすがアルカ。この程度では動じない。
「アルカと申します。まだまだ修行中の身ではございますが、私の力が皆様のお役に立てれば嬉しく思います。
どうかよろしくお願いしますね」
にっこり笑って挨拶終了。美少女姉妹の挨拶に広間は盛り上がったようだ。
こうして式典は終了した。ただ、残念ながら無事終了とはいかなかった。
ミサゴとアルカが俺の嫁ではないかという噂が広まってしまったのだ。
ミサゴの場合は俺の”我が半身”という発言が余計だった。これにミサゴが比翼の鳥と答えたせいで、まるで俺がプロポーズしてミサゴがYesと答えたかのように受け止められてしまった。
そしてアルカの場合、カルサが俺とアルカ共通の妹である点から誤解が生まれた。俺とアルカが夫婦であり、そのためカルサは二人の妹であると思われてしまったのだ。
「人を呪わば穴二つってやつね、兄様」
「まあ、人の噂も七十五日と言いますし、大丈夫じゃないですかね?」
「妾はてっきり本当に求婚されたかと思ったぞ。リクよ、あのような言葉がさらりと出るとは、なかなかやるではないか!」
俺が後宮を廃したのは、愛する妻のためだったという噂も発生しているらしい。
愛妻家の国王陛下。なんとお優しい国王陛下。国王陛下のような夫がいるとは、ミサゴ様もアルカ様もお羨ましい。などと話で宮中のメイド達は大はしゃぎである。
女性陣はどこの世界でも色恋話が大好きらしい。
「大丈夫ですよ。噂なのが問題だったら、事実にしてしまえばいいんですし」
「「お姉ちゃん・アルカ、何言ってるの!?」」
アルカの大胆な発言に俺とカルサが同時に反応する。
え?もしかしてアルカさんそれって?
「だって、リクさんは優しい方ですから。形だけそうしても、私達が嫌がることは絶対しませんよ。大丈夫です!」
「確かにリクなら嫌がる娘を手篭めにしたりはせぬであろうな。もちろん妾ならいつでも大歓迎である!」
人畜無害という点でたいそう信頼されてたようだ。
むしろミサゴのようにウェルカムな女性にも手を出せないチキン野郎なので、否定しようもない。
カルサも安心したようだ。
「兄様は兄様としては好きだけど、お姉ちゃんの旦那さんとしてはちょっとね…」
ちょっと、何なんだろう。
今回から会話の間にあった空き行をなくしてみました。
明日が三連休だと今さっき知りました…。すみません。私の週末は今日までです。




