幕間 リク視点(エピローグ)
どうしてこうなった
もはや数え切れないほど自問した言葉を繰り返す。
だが答えが出ることはなかった。
もちろん経緯は知っている。
実体験したのだから当然だ。
だがそれでも、理解など全くできない。
ただ原因ははっきりしている。
「神王陛下、ご気分が優れないようですが…?」
それはこいつだ。
俺がこうなってしまったのも
俺の気分が優れないのも
全部、この女神のせいなのだ。
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俺は大魔王を倒し、女神との邂逅を果たした。
女神を導くと約束したが、俺のすることなど今まで通り。
みんなに全て任せてうなずいてるだけだ。
ただここで女神様が大活躍。
自分の世界が平和になったことを他の神々に吹聴しやがったのだ。
そしてどうなったか?
俺はその神々に、彼らの世界を救うよう懇願されたのだ。
なぜ俺がそんなことをしなければならないのか?
そうも思ったが、助けを求める声を無視することはできやしない。
だが俺には何もできない。
ならばどうするか。
答えは一つ。
全部、ジェンガとボードに丸投げしたのである。
正直、とんでもないことをしてしまったと反省した。
二人とも無事に帰ってこれるだろうかと眠れない日々を過ごした。
食事も喉を通らず、衰弱して死にかかったところで二人は帰ってきた。
世界を救って、帰ってきたのだ。
すごすぎる。
まずジェンガ
彼が救った世界は宇宙戦争が起きるようなすごい文明のとこだったらしい。
宇宙を埋め尽くす大艦隊
世界を滅亡へと追いやる最終決戦
ジェンガの次元斬が銀河も星雲も切り裂き、それを寸前で止めたという。
何が起きたか全くわからないが、事実としてその世界は救われた。
何も理解はできないが、とりあえずみんなが救われてよかった。
帰還してきたジェンガに意気揚々と
「リク様のご指導のおかげです!」
なんて言われたが、指導なんてした覚えはまったくない。
「あのとき踏み込みが甘いと言ってくださらなかったら、次元斬は生み出せませんでした!」
踏み込みを指摘したらなんで次元を斬れるようになるんだろう?
考えても仕方ないので、「ジェンガならできると信じてたよ」と言っておいた。
そしてボード
彼は卒なく任務をこなしてきたらしい。
世界を救うのを卒なくこなすって、おかしくない?
しかもボードは世界を救うのをマニュアル化してしまった。
「お館様が今回の機会を与えてくださったおかげです」
とか言ってたが、全くそんな気はなかった。
むしろ罪悪感で死にかかっていた。
無事に帰ってきてくれてありがとう。
丸投げしてごめんなさい。
こうして俺は、俺達は、他の世界を救った実績をつくってしまった。
これが苦難の始まりである。
女神はあろうことか、調子に乗ってさらに多くの神々に俺のことを吹聴するようになったのだ。
しかも新しく救われた世界の神々もそれに同調する。
そして俺のところにはさらに多くの世界を救う依頼が舞い込み
ボードのマニュアルによってみんなが次々と世界を救う
救えば救うほど俺の名声は否応なしに高まり
いつしか、それは指数関数的に激増してしまっていた。
そして、あるときから呼ばれ始めたのだ。
”神王”と。
神の中の神にして、神々を統べる者
神々の王
すなわち、神王
神王、リク・ルゥルゥ
誰だよ、そいつ
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改めて思い出したが、やはり理解できない。
世界なんてこうもポンポン救えるもんじゃないだろうに。
しかもなんで俺が神々の王なんだよ。
ありえんだろうに。
どうしてこうなった。
再度その問を繰り返し、心配する女神を部屋から追い出して盛大にため息をつく。
「兄様、大丈夫?」
カルサが苦笑いしながら聞いてくる。
「…大丈夫だと思う?」
「もちろん、思わない」
「そうゆうこと…」
当然カルサは全てを理解している。
俺なんかが神の中の神と呼ばれる存在であるはずがないことも。
そして、俺が人間のままであるということも。
ジェンガやボード、彼らは神になった。
世界を救った礼にと、神々によって神へと昇華させられたのだ。
トトカや他のみんなも、神になった。
もちろんカルサも神になっている。
だが俺はどうだろうか?
俺はそもそも神だと勘違いされていたので、誰も神にしてくれなかった。
ゆえに、俺は今もただの人間である。
俺が住んでる空間は時間の流れを超越してるため、歳はとらない。
でも俺だけ人間ってのも…と思ってカルサに相談したが、そう簡単な話でもなかった。
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「兄様を神にするのは、まあ、今のあたしなら簡単よ」
さすがカルサ!
神としても優秀!
「でも、別の問題があるわけ」
問題?
「そう。神になると、兄様は他の神々に”認識”されちゃうの」
え。
まさか、今はそもそも認識されてないとか?
「察しが良くて助かるわね。兄様のそういうとこ好きよ」
え。
いや、でも、今でも認識ぐらいはされるでしょ…
「されない。神にとって人間なんて塵芥みたいなもの。兄様、そこらのホコリ一つ一つを認識できる?」
…できません
「でしょ?もしできるとしたら、他の誰かが”このホコリは特別なものです”って言ったときぐらい。つまり、今はあの女神が兄様を認識してるから、兄様は人間だけど他の神々にも認識されているだけなの」
でも、それなら神になったほうがちゃんと認識されて便利なんじゃ…?
「逆。今の兄様は神々の認識によって作り出された存在なの。それはつまり、兄様を偉大だと認識する神々が増えれば増えるほど強大になる空想上の怪物みたいなもの。それが神になったら実態をもつでしょ?ただの神になって、ありがたみが減っちゃうのよ」
神になった方が、ありがたみもないって…
「違和感だらけだけど、事実だからしょうがないでしょ。鰯の頭も信心からって言葉、あるじゃない?信仰の対象にされたモノって無敵なんだから。逆にそれがただの鰯の頭だと認識されちゃったら、どうなると思う?」
残飯は、捨てられる…
「そゆこと」
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こうして、俺は今も人間のままである。
だがそれが逆に俺に神威をまとわせているというのだから、よくわからない。
むしろ違和感しかない。
今、俺の部屋にはメイドさんがいる。
ちなみにメイド長はトトカで、扉の影からメイドさんを応援している。
そしてこのメイドさん、何を隠そう神である。
しかもただの神ではない。
俺のお側仕えになれるほどの格式をもった、神様である。
俺のお側仕えに何で格式が?と思うが、周りが必要だと言うんだからしょうがない。
俺にできるのは従うことだけだ。
このメイドさんの世界は魔法文明ながら恒星間移動もできるほど発展したらしい。
ちなみに俺たちは何も手を貸していない。
「偉大なる神王陛下の配下に、自分も加わらせていただきたい」と言ってきたらしい。
意味がわからない。
なぜ好き好んで俺の配下になりたいのだ。
世界がうまくいってるなら、そのまま自分で頑張ってくれればいいのに。
ちなみにこうして自力で世界を繁栄させてる神は格式が高いらしい。
どうして俺に最初に救われたあの女神がでかい面して俺の側近のようなことをしてるのか、不思議でならない。
この基準なら、あいつはむしろ格式低いだろうに。
そんな格式高い神様の淹れてくれたお茶を見ながらトトカのつくってくれた書類を読む。
神様はだいたいスーパーすごいから、お茶も当然うまい。すごい。
そして当たり前のように絶世の美男美女である。
自分のお茶が俺の口に合うか不安げに見つめる姿が儚げすぎて心がつらい。
だが俺が直接声をかけるのはあまり良くないことらしい。
カルサが代わりに口を開く。
「兄様は満足しておられますよ」
その言葉にメイドさんは満開の花のような笑顔をつくり、扉の向こうへと消えていった。
トトカと何か話してるようだ。
ちなみに神になったトトカはみんなとテレパシーで会話できているらしい。
実に楽しそうだ。
ちなみにただの人間である俺は、いまだに会話できていない。
寂しい。
最後の書類に目を通す。
どれも進行中の世界救済状況やら、新しい神の救援要請だ。
こういう場合は当然のように神本人がやってくる。
神の降臨だ。
すごいことなのに、もはや珍しくもなんともない。
最近はいちいち俺が会うこともない。
さくっと誰かに任せてしまう。
人間のくせに実に生意気な対応だと思うだろう。
でも仕方ないのだ。
俺が出ると、俺をひと目見ようと神々が集まってしまうのだ。
たかが俺に会うために
わざわざ神様が
集まってくる!
むしろその方が問題じゃないだろうか。
そう思って会う回数を減らしてきた。
すると必然、俺が顔を出す機会は貴重になってしまった。
それで最近では俺が神に会うと、俺の配下を自称する神々が全員集合してしまうのだ。
他にどんな予定があろうと、俺の方を優先する。
別に会話があるわけでもなく、ただ俺の姿を見るだけなのに。
勘弁して欲しい。
だから今回も当然会うつもりはなかった。
そもそも椅子が硬いのだ。
階段も硬い。
なんで斬鉄剣の材料になったような、オリハルコンなんて鉱石で椅子や階段をつくったんだ。
椅子は当然硬くて座ると痛いし、階段も硬くて歩くと膝に響く。
最初は嫌がらせかと真剣に疑ったぐらいだ。
実際は俺への最大限の敬意だった。
一柱の神がわずかに生み出せる、この世でも最も貴重な鉱物。
それを俺に献上することが、彼らにとって最大限の敬意の表明だったのだ。
そんな大事なもの、もっと有効的に使って欲しい。
俺の椅子と階段とか、無駄遣いも甚だしすぎる。
まあそういうわけで、今回も会うつもりなどなかった。
だが、その書類を読みすすめるうちに考えが変わる。
全身から血の気が引きながら。
「…カルサ」
「何?兄様。どうせ今回も会わないんでしょ?」
「いや、今回は、会う」
「え?何か、あったの?」
心配そうなカルサ
自分でもわかる。
今の俺の顔は、真っ青だ。
「この神様、俺が生まれた世界の神様かも…」
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俺は親の顔を知らない。
だから親に何かされたこともない。
だがなんとなくわかる。
今の俺の気分は、親に土下座されているような気分なのだ。
地平線の彼方まで埋め尽くす神々など気にもならない。
俺の意識を支配するのは地面にひれ伏す一人の神。
おそらく、俺の元の世界の神。
すなわち、正真正銘俺にとっての神様。
彼のことだけだ。
なんで俺は自らの創造主にひれ伏されているのだろう。
頭が痛すぎる。
俺の登場を声高に宣言して嬉しそうにしてる、脳天気な女神の頭を張り倒したい。
小心者の俺にそんなことができるはずもなく、とりあえず椅子に座る。
相変わらずお尻が痛いが、今はそれも気にならない。
神々に注目を浴びてるのもどうでもいい。
いやでも待てよと考え直す。
彼が俺の神様だと決まったわけではなく。
ちゃんと確かめないといけない。
さてどう聞こうかと思ったら、むこうから口を開いてくれた。
これはチャンス
なのにまたこの女神が邪魔をしやがった。
しかもそれに他の神々も乗っかる。
勘弁してくれ
「構わん。俺はこの者の話を聞きに来たのだ。遮ることなど、必要ない」
むしろお願いだから遮らないでくれ。
珍しく俺が機嫌悪い声を出したので女神が慌てて謝罪してくる。
だがそんなことはどうでもいい。
話し始めた神様の言葉を、一言一句漏らさぬよう耳を澄ます。
そして俺は脱力する。
確定した。
この神様、間違いなく俺の世界の神様です。
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俺の世界の神様
俺の創造主
そんな神様に頭を下げられる日が来るなんて、想像したこともなかった。
いろんな神様が配下に加わったのだから、いつかこんな日が来てもおかしくはない。
だが意図的か無意識か、俺はこんな自体は夢想だにしなかったのだ。
それでも、起きてしまったことは仕方がない。
やるしかない。
天を仰ぎ、もはや神に祈ることもできなくなった自分を呪い、大きく息を吐く。
そして、階段へと足を踏み出す。
本当に硬い階段だ。
踏みしめる一歩一歩が重い。
だが今はこの一歩が、神へと近づく一歩だ。
それにふさわしい重さじゃないかと思えてくる。
俺が近づくと、神様はむしろ頭を地面に擦り付ける。
つらい。
そんな姿は見たくないので、手を取って立ち上がってもらう。
周囲の目があるので、いつものように偉そうな発言もした。
何が俺の名においてか。
いったいどんな意味があるというのか。
だが俺自身は空っぽだろうと、俺の仲間たちは本物だ。
ジェンガとボード、うちの最精鋭二人を送り込む。
これで心配はないだろう。
もはや帰ることもない世界だが、きっとこれで平和になる。
そして俺に感謝の言葉を述べる神様
呂律がまわっていないながらも、ひたすら「ありがとうございます」と繰り返している。
別に俺は何もしてないしそもそもできもしない。
だが、これで彼が満足してくれるのならそれでいいだろう。
引きつりながらも笑顔を返す。
これが俺にできる、精一杯だ。
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「お疲れ様、兄様」
部屋に戻ってきてベッドに倒れ込む。
カルサはそんな俺の隣に座り、優しく頭をなでてくれた。
「まあ、自分の世界の神様だろうと、そのうち慣れるわよ」
「カルサが言うと、説得力あるね…」
女神はカルサにとって創造主だ。
だがカルサは女神に容赦がない。
俺が遠慮するようなことでもバシバシ発言する。
正直、助かってる。
「なんで俺、こんなことになっちゃったんだろ…」
また疑問を口にする。
永遠に答えの出ない問い。
「そんなこと考えても、しょうがないでしょ」
カルサの回答は明瞭だった。
「兄様は今の生活、いや?」
トトカ達が身の回りの世話をしてくれて
ジェンガやボード達と一緒に仕事をして
アルカやミサゴ達がサポートしてくれて
そして、カルサが隣りにいる。
そんな生活
「いやじゃない」
むしろ
「楽しい」
心から、そう思う。
「じゃあ、それでいいじゃない」
カルサがニコニコ笑っている。
こんなに笑っているカルサを見るのは久しぶりな気がする。
「なんか、楽しそう?」
カルサは軽やかにベッドから飛び降り、こちらを振り向く。
「もちろん!」
手を広げ、満面の笑顔で宣言する。
「兄様の勘違いが続けば続くほど、ずっと続くんだもの!勘違いの英雄譚が、ずっとね!」
以上で勘違いの英雄譚、完結です。
最後のエピローグと幕間は、連載開始当初から決めていたものでした。
書き進めていくうちに途中の話は色々変わりましたが、この結末だけは変わることはありませんでした。
ここまで書ききることができ、本当に嬉しいです。
これでもみんな皆さんが読んでくださったおかげです。
ありがとうございました。
リクは最初から最後までただの人間で、それはこれからも変わりません。
でも彼の活躍はこれからも続きます。
何の理由もなく、ただの勘違いで。
本当は一年ちょっとで完結させるつもりでしたが、3年近くかかってしまいました。
私の中で傑作の出来であった南方編。
それを書いたのがもう二年も前ということで驚いています。
お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
最後まで楽しんでいただけたのなら幸いです。
途中体調不良になったりしましたが、無事完治して今は元気に過ごしております。
ご心配いただいた皆様、ありがとうございました。
皆さんに読んでいただききっと楽しんでいただけたであろうことが一番の喜びです。
完結まで書き上げることができ、本当によかったです。
途中で読むのをやめてしまった方も、戻ってきて読んでいただければ嬉しいです。
もし新作を書く時があれば、また少しだけ目を通していただけくことをご検討ください。
更新速度はゆっくりになりそうですが、自分のペースでまたやっていければと思ってます。




