真・エピローグ
それは、神と呼ばれる存在であった。
敬われ
崇めあれ
恐れられ
幾億年もの時の流れを生きてきた、超常の存在。
己が世界に君臨する、絶対者。
世界すら破壊する力を持つ者。
そんな存在が今うちに秘めるのは、生まれて初めての感覚だった。
口の中がカラカラに乾く
なのに汗はだらだら流れ落ちる
手が震え、足までもが震えて立つのもつらい
そして心の臓が爆発するかのごとく鼓動する
その音がうるさいと思ったのは、いまだかつてないことだった。
こんな感覚を、彼は知らなかった。
それが「緊張」と呼ばれるものなどとは、知らなかった。
緊張という言葉は知っていても、そんな感覚だとはつゆ知らなかったのだ。
緊張とは、彼とは無縁なもの。
緊張とは、彼に謁見する者がするもの。
緊張など、己がすることになるとは夢想だにしていなかった。
だが、彼は今緊張している。
生まれて初めて他者に待たされながら。
彼は今、ある存在に謁見するために待っている。
今まで己が待たせてきた下々の者達を、心底哀れに思いながら。
皆、このような思いをしていたのだろうかと。
超越者に待たされるとは、ここまでつらいものなのだと。
今からでも許してもらえるだろうかと。
彼は生まれて、初めて他者を哀れに思ったのだ。
多くの初めての感覚を覚えながら、彼は待った。
実際にはそれは、ほんのわずかな時間。
だが彼にとってこの時間は、生涯最長の時間。
己が生きてきた悠久の時
それがまるで一瞬に感じるほど、彼にとっては長い時間であった。
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この時間は永遠に続くのであろうか。
そう考えた瞬間、光が現れた。
彼が立つ虚無の間
全てを飲み込むような漆黒が、多くの光で照らされる。
その一つの一つの光はまるで、神々の放つ後光のようだった。
違う。
それは文字通り、後光であった。
後光を放つ神々で、今目の前の空間が埋め尽くされていた。
神。
神だ。
己と同格の神がいる。
己よりも格下の神もいる。
己より、遥かに格上の神もいる。
この場にいる、全てが神。
彼は、膝をついた。
緊張で足が震えても大地を踏みしめていた両の足。
それがあっけなく、崩れ落ちたのだ。
神々の数に圧倒された?
その視線に耐えられなかった?
違う。
誰一人としてこちらなど見てはいなかった。
彼ら彼女らは全て、ただ一方向を見つめていた。
ゆえに気づいてしまった。
己など、一顧だにされない存在であることを。
己など、この場で何の価値もないことを。
この神々の目的である存在の偉大を
間接的に、だが決定的なまでに理解させられたのだ。
己など、ただの神にすぎないと。
この神々が集まった理由、ただ一つ。
ただそこに現れるであろう御方を一目見るために。
ただそれだけのために、この神々は集まったのだ。
一瞬で星々すら創り上げる存在が
それこそ、星の数ほど集まったのだ。
自らが謁見する存在の偉大さを理解していたつもりだった。
ゆえに、あれほど緊張していた。
だが、全く足りていなかった。
これほどまでの存在などとは、ここまで圧倒的だとは。
彼の想像を、遥かに超えていたのだ。
立ち上がろうと脚に力を入れた瞬間、場が歓喜に満ちた。
誰も声一つあげはしない。
だが、雰囲気で察した。
今、偉大なる御方が降臨されると。
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まず階段が現れた。
彼が崩れおちた地面と神々の視線の先を結ぶ階段が。
そして彼は驚愕する。
その階段が、オリハルコンでできていることに。
オリハルコン
それは、神々のみが生み出せる金属
一人の神が生み出される量は刀一振り程度。
その貴重な金属を、階段に使うとは。
いや、階段を作れるほど集めるとは。
どれほどの神々が、我先にとこの御方にオリハルコンを捧げたのか
その御方が踏みしめる階段を自らのオリハルコンで埋めることに喜びを見出したのか
彼にはもはや、考えることもできなかった。
階段の終着点、神々の視線の先に玉座が現れた。
当然のごとく、素材はオリハルコン。
この玉座に座れる資格を持つ者は、ただ一人
玉座の傍らに立つ女神が、口を開く。
「神々を統べる御方、神の中の神にして、神々の王!」
場に期待が満ちる。
神々の表情が期待に満ち満ちている。
本来なら大歓声があがっていただろう。
だが、誰もが自制している。
神々が、自制しているのだ。
今から現れる御方の、邪魔をしてはならないと。
「神王陛下の、御成りである!!」
そして、その御方は降臨された。
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顕現の瞬間、何も感じなかった。
力の波動も
魔力の鼓動も
何の前触れもなく
その御方は、そこに在った。
まるでそこには何も存在していないかのよう。
だが、目には映っている。
目で見えるのに、何も感じない。
その矛盾に頭がついていかなかった。
混乱していた。
だが次の瞬間、そのような些末は吹き飛ばされる。
神威の爆発
それは、この場にいる全ての神々をあわせたものに匹敵するほど
もしくは、それ以上
それほどの神威が、神の威光が、その御方から放たれたのだ。
アリとゾウ
その程度の差ではない。
クジラとミジンコ
自惚れがすぎる。
神と、只人。
己など、この御方の前では只人にすぎない。
この御方の前では、神など跪かせる対象でしかない。
それほどまでに、圧倒的な存在。
それを、否応なしに確信していた。
御方が足を踏み出される。
ただ歩を進められる。
そんな何気ない光景すら、目を離せない。
そしてオリハルコンの玉座に、無造作に腰を下ろされた。
自分のオリハルコンの場所に座ってくださった。
手を置かれたのは己のオリハルコンだ。
そんな声が聞こえてくる。
誇らしげに、心から嬉しそうな声で。
だが今の自分にとって、そんなことはどうでもいい。
この圧倒的な超常の存在
それに今から話しかけないといけないのだ。
何と言おうとしていたかなど、全て頭から吹き飛んでしまった。
だが何か言わねばと、必死で口を開く。
「あ、あの…」
必死で絞り出したその一言
だがそれは容赦なく切り捨てられる。
「無礼者!」
それは、生まれて初めて使われる言葉
言われる立場になる日が来るとは、今の今まで思いもしなかった。
「貴様、誰の許しを得て口を開いている!?目の前にいる御方を、どなたと心得るか!?」
殺気
周囲の神々全てが己に発している。
これほどの悪意を向けられたのも、生まれて初めてだった。
神々の殺意で押しつぶされそうになったとき
救いの手が差し伸べられた。
「構わん」
威厳
まるでその言葉が音になったかのごとき声
「俺はこの者の言葉を聞きに来たのだ。遮ることなど、必要ない」
これが、あの御方の声なのだ。
次の瞬間、全ての殺気は消え去った。
そして女神が「出過ぎた真似を…」と謝罪する。
だがその会話も終わらぬうちに、口が勝手に喋りだした。
己の世界のこと
様々な星々で多くの世界を創り上げてきたこと
だがどの世界でも文明が発達すると戦争が起き、滅んでしまうこと
今発展している新しい文明も同じ結末へと向かっていること
今度こそ自分の創り上げた世界を救ってあげたいこと
それをありのままに、ぶちまけたのだ。
全てを話し、呆然とする。
無礼はなかっただろうか?
気分を害されていないだろうか?
本当に、救ってくださるのだろうか?
そう考えたとき、声が聞こえてきた。
「私のオリハルコンの上を歩いてくださってる!」
「おお、私のオリハルコンもだ!」
そして聞こえてくるのは、階段を降りる音。
顔を上げると、そこには超常の存在が目の前におられた。
思わず平伏する。
まるで少しでも距離をとるようにと、地面に密着する。
だがその御方は、自ら近づいてこられた。
自ら近づいてこられ、我が手を取り立つよう促してくださった!
「お前の望みは、理解した。我が名のもとに、お前とお前の世界を救うと、約束しよう」
その瞬間、己と己の世界の運命は、決した。
「ジェンガ、ボード。いるな?」
「もちろんです!」
「お側に」
「お前達に全て任せる。彼と彼の世界を、救ってやれ」
「「はっ!」」
ジェンガ、ボード
それは御方の両腕とも呼ばれるお歴々の御名。
人の身でありながら御方の側仕えとなり、ついには神へと昇りつめられたお方。
この方々が手を貸してくださる。
己と己が世界を、救ってくださる。
感謝で、言葉にならない。
「あ、あ、あ、ありがとう、ございます…!」
必死で絞り出したのは、精一杯の感謝の言葉。
初めて使った、言葉。
不安げに視線を送るこちらのことなどまるで意に介さぬように
まるでその不安すらすべて包み込むかのように
見上げたそのお顔は、優しい笑顔で満ちている。
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彼は、最初に一つの世界を救った。
憎しみの連鎖を止め、力による支配から解放し、世界を救ったのだ。
成功者たる彼に対し、他の多くの世界も助けを求める。
彼は、求められるがままに救い続けた。
世界を救う。
それはすなわち、その世界の神を救うこと。
世界を救い、神を救い
いつしか彼に下には、数多の神々が集っていた。
そして今、彼の下に新たな神が加わった。
彼は、あまねく世界を救う者
助けを求める全ての者に、手を差し伸べる者
人を救い、世界を救い、神々すら救う者
神々に傅かれる、神の中の神
そしていつしか、神々の王と呼ばれるようになる。
彼こそは、神王
その名は
リク・ルゥルゥ
次回、リク視点の幕間で最後です。




