勘違いの英雄譚 序文(英雄歴301年初版)
昨年壮大に開催された英雄歴300周年式典は、読者諸兄の記憶にも新しいことだろう。
遠く離れた世界四大聖地
降臨の地、ルゥルゥ
即位の地、都
鎮座の地、ベガス
昇天の地、大魔王城
四箇所同時開催という過去に例のない催し。
そしてその全ての式典内容を全世界に配信するという前代未聞の挑戦。
これぞ魔法王陛下、そして学院の俊才達が生み出し練磨した魔法科学の結晶である。
声も映像も世界中に届けるという偉業。
今までは魔法王陛下ただ一人しかなし得なかった奇跡。
それを誰もが享受できる時代が訪れたのだ。
新たな時代の幕開けに歓呼の声が上がる中、魔法王陛下は懸念の声をあげられた。
「映像はわかりやすい。ゆえに誤解も広めやすい」と。
まるで未来を見てきたかのような確信を持ったそのお言葉。
本書を手に取られた読者諸兄は心に残っているのではないだろうか。
人が無意識にそして意図的に生み出す誤解、勘違い。
いまや正史とされてしまったものすらあるそれらを正すことこそ、本書の目的である。
この世界で最も偉大なる時代
偉大なる御方が降臨し、天へと帰られるまでの期間
悠久の歴史の中ではほんの瞬きほどの短さ
しかし史上最も濃密な時代
最終戦争期
わずか数百年前に実際に起きたことにも関わらず、もはや神話として語られる時代だ。
そして神話の例に漏れず、事実と虚偽が織り交ぜられてしまっている。
玉石混交の噂話が加えられ、虚偽が事実を上塗りしている場合すらある。
実に嘆かわしいことだ。
あの時代に関する有名な勘違いを一つ一つ訂正し、正しい知識を広める。
それこそ、あの時代に生まれた魔族の一人である筆者の使命だと考え、筆をとった次第である。
この序文では、中でも最も有名な勘違いについて言及しよう。
それは、以下である。
「トトカ・タントは無口であった」
最初これを聞いたときの筆者の気持ちは筆舌に尽くしがたい。
空いた口がふさがらないとはこのことだ。
最終戦争期という、映像も音も記録できないあの時代
それでも我々がその詳細を理解することができるのは何故か?
理由は一つ。
トトカ様が残した文書のおかげである。
彼女が残した文書、報告書から命令書、走り書きのようなものまでが非常に貴重な資料である。
特に報告書の文書は現在も学院の試験に毎年取り上げれるほど文書としての質が良くて有名だ。
読むだけで、その情景がまるで目の前に浮かび上がるような心持ちとなる。
それほど情緒豊かなトトカ様が、無口であったというのだ。
驚くよりも呆れ返り、なぜそのような誤解が広まったかを調べ上げた。
結果、以下の二つの理由が判明した。
1.タント家では稀に無口な女性が生まれることがある
2.魔法王陛下が「トトカちゃんの声を聞いたことがない」と発言された
まず1について解説しよう。
タント家といえば都の名門。
代々近衛の幹部を輩出する武の名家だ。
タント家で稀に無口な女性が生まれるのは事実であると文献から確認できた。
だがそれは数代に一人生まれれば珍しいという頻度である。
当代当主にも確認したが現在無口なタント家の女性おらず、彼の曾祖母を最後にそのような子供は生まれていないとのことだった。
そしてなんと、トトカ様の母親こそ、その無口な女性でであったとタント家の記録に残っていたのだ。
二代続けて無口な女性が生まれたということは考えづらく、母君の無口が何らかの要因でトトカ様のことになってしまった、
それがこの勘違いの真相でないだろうか?
ではなぜそのような勘違いが発生したのか。
次はそれを究明していこう。
そもそもトトカ様は近衛の幹部であらせられた。
偉大なる御方の信頼厚く、最側近の一人であった。
むしろ彼女の声を聞けるような立場の方の方が珍しい存在であり、そのような方々は全て昇天された。
声を聞けないことが、普通な存在であったのだ。
そしてそれが2の解説につながる。
魔法王陛下が彼女の声を聞かれたことがないという発言だ。
だがこれも調べてみると実に単純である。
これこそまさに、切り取られた発言なのだ。
発言の全文は以下となる。
「そういえば、私はトトカちゃんと会話したことないんだよ。馬路倉ちゃんは?」
「いえ、実は私もトトカちゃんとは全く。声も聞いたことないんです」
「そうなの?」
「はい。彼女は近衛の中でも先輩のお気に入りだったみたいで、ほぼ先輩に張り付きっぱなしでした」
「なるほどね。いつも厳しい顔してて笑顔とかも全く見なかったよね」
「そう思うじゃないですか?でもカルサちゃんやミサゴさんの話だと、少しおっちょこちょいな部分もあったらしいですよ。ミサゴさんとはよくおしゃべりしてて、カルサちゃんが「うるさい!」って怒るときもあったとか」
「へー!戦争も佳境でピリピリしてただけだったのかね。お話してみたかったなあ」
これは英雄歴80周年記念式典で交わされた、解放王陛下と魔法王陛下お二人の会話である。
全文を読めば全く印象が変わることであろう。
魔法王陛下の言葉の一部分だけが切り取られた。
それが、2の真相である。
魔法王陛下が懸念されていた誤解の広まり
それがまさに現実になった実例である。
陛下の先見性には頭が下がる思いだ。
このように、現在世間に広まっている話には多くの誤解がある。
それを一つ一つ詳細を明らかにし、証拠をもって反証すること。
繰り返しになるが、それこそ本書の目的である。
本書で取り上げる勘違いを何件か下記に記載する。
信じられないような内容も含まれているが、なぜそのような勘違いが広まったかも含めぜひ内容を確認いただきたい。
・エキドナ総司令は拷問官を保護していた
・オウラン・ベガス卿は貧民街出身であった
・パータリ・サスコ卿は私腹を肥やしていた
最終戦争期の正しい知識が世界に広まれば、それこそ筆者にとって望外の喜びである。
本書を偉大なる英雄たちに捧ぐ
アストラル・ワーズワース(学院歴史学部学部長)
皆さんご存知かとは思いますが、実際のトトカは無口です。
幕間では饒舌ですが、本編では一言たりとも口を開いたことはありません。
勘違いって恐ろしいものですね。
ちなみに学部長はワーズワースの子供です。
54話で泣き叫んでいた子ですね。大きくなりました。
父親はリクの真相にたどり着きましたが、彼はこれからどうなるのか?
なお他の人物についても補足します。
・エキドナ総司令は拷問官を保護していた
→事実ですね。活用しまくってました。
でも今ではドルバルがやったことになってます。双方合意の上です。
・オウラン・ベガス卿は貧民街出身であった
→事実です。オウランは親の顔も知りません。
本人は隠すつもりなかったのに、勝手に周りがご落胤設定つくってそっちが正史になってしまいました。
・パータリ・サスコ卿は私腹を肥やしていた
→もちろん事実です。設定上、彼は本作で最も私腹を肥やした男です。
私腹も肥やすけど寄付もするので、後者が強調され前者がかき消されてしまいました。
残り二話です。
作者的にも名残惜しいですが、もう少しで完結です。
今しばらくお付き合いいただければ嬉しいです。




