そしてそれから⑥(元の世界)
目を覚ますと、そこは森の中だった。
そこが魔界の森ではなく、見慣れた山中だと気づくのに時間はかからなかった。
そして同時に記憶も呼び覚まされる。
薄れゆく意識の中で見た、忌々しい記憶が。
「神よ、この者はいかがしましょう?」
「え?あー、どうしよう…」
「必要であればこの世界に留めますし、不必要であれば元の世界に戻しますが?」
「あ、それなら返しといて。ぜひ」
「承知しました」
「あいつら、この俺様をモノみてえに…!」
謎の男に女神
死んだほうがマシだと、命乞いしたくなるような目に合わせてやる。
だが、世界が違ってはどうしようもない。
命拾いしたなと毒づき、立ち上がって居住まいを正す。
そして男はある方向へとあるき出した。
そこに何かがあるのかを知ってるかのように。
「やっぱり、ここかよ」
男の名は、彫亥善田
異世界で悪逆を尽くした、大魔王と呼ばれた存在
そして、ここは彼が生まれ育った村の裏山
自ら捨て去った故郷に、善田は帰ってきたのだ。
---
「善田、お帰りなさい」
父も祖父も、彼の親の世代はほぼみんな鬼籍に入っていた。
当主は善田の弟が継いでいる。
そして目の前にいるのは善田の実母。
当代当主の母親として、そして何よりその人柄から、村人の尊敬を集める存在。
生前の夫と過ごした屋敷をそのまま維持しており、善田一人が転がり込んでも全く問題はなかった。
「実に都合がいいじゃねえか」
生まれ育った村に住み慣れた我が家
忍び込むのにワケはなく、しかも自分に甘い母親だけときた。
まさにおあつらえむき。
まるで自分のために全て準備されていたかのように。
涙で目をうるませながら「お帰りなさい」などという母。
金品を盗んで逃げ出した息子にそんな顔をするなど、いったい何を考えているのか。
だが自分にとってこれほど都合がいいことはない。
「まあ、またせいぜい使ってやろうじゃねえか」
そんなことを思いながら、母が準備した膳に手を付ける。
薄味で全く自分好みではない。
ファーストフードが懐かしい。
だが腹が減っているのでこんなものでも十分だ。
歯の浮くような世辞を言いながら食べ尽くす。
腹が膨れ、人心地ついた。
茶でも飲もうかと湯呑に手を伸ばす。
そして、そのまま倒れ込んだ。
「な、え…?」
体が動かない。
まるで、一服盛られたかのように。
必死で顔と目を動かす。
そこには先程と同じように涙を流す母の姿があった。
そして、隣には見慣れた男の姿
「久しぶりだなあ、善田。元気そうで何よりだ。ただなあ」
その男は、かつての自分の上司
「こんなに何度も簡単に罠にかかると、元上司として悲しくなるぜ?」
自分を嵌めた男が、立っていた。
---
別に不思議な話じゃないだろ?
お前があのガス欠トラックでどう逃げ切ったかはわかんねえ。
でも金もねえ、コネもねえ、そんなお前が逃げられる場所なんてどこにある?
お前を受け入れてくれる場所なんて、どこにある?
答えは簡単。
どこにもねえ
ただ、唯一残った可能性。
それがここ、お前の実家というわけだ。
なんで実家を知ってるのかって?
むしろなんで知らないって思ったの?
お前の上司、俺だぜ?
部下の素性なんて、調べ尽くしてあるに決まってんじゃん。
まあ、そんなわけで消えたお前を追ってここに来たわけよ。
そしたらまあ、驚いたよ。
お前、ここでも蛇蝎のごとく嫌われてんのな。
お前が帰ってきたらむしろ自分たちの手で殺しかねない勢いだったよ。
その理由が村の尊敬を集めるお前の母ちゃんを泣かせたからってのがまあひどいよな。
もちろんひどいのはお前よ?
そしてお前の母ちゃんに会ったらまあ、これまたすごい。
菩薩みたいな優しい人なのに、お前の話題になると姐さんより迫力あんの。
「私が生んだ子です。私が、責任をとらせます」
なんて言うのよ?
さすがの俺でも心が痛みかけたよ。
まあ、相手がお前だから大丈夫だったけどな。
---
ニヤついた顔に虫酸が走る。
今すぐその顔面を土足で踏み抜いてやりたいのに、体が一歩も動かない。
こっちの世界に帰ってきて能力もなくなったのだろうか。
能力さえあれば、チートさえあれば、こんな目にあわずにすんだのに!
「いや、そんなことねえぜ?」
全く声を出していないのに、返事が返ってきた。
「お前がもらったチートは残ってるよ。いやすごいね。”相手が強ければ強くなるほど、強くなる”なんて、すげえチートじゃねえか」
「チャカ持ってきてたら俺殺されてたかもね?」
そんなふうに笑っている。
もしかして、こいつも?
善田がそう思うと同時に、男はニヤリと笑う。
命のかかった修羅場を何度となく生き延びてきた男だけができる
そんな、酷薄な笑みで。
「ランシェルは元気だったか?あいつを残して俺だけ帰ってきたのが、唯一の心残りだ。まあ、あいつなら何百年何千年経っても生き残ってると思ってはいるんだが」
ランシェル
「ま、ほうおう?」
魔法王、ランシェル・マジク
魔王の誰かが名前を口にしていた。
人類最強の一人だと。
「魔法王?あいつ、そんなふうに名乗ってんの?まあ、やっぱ元気だったな!いや、これで心残りは消えたよ!」
「ありがとな」などと言いながら嬉しそうに解説する。
かつて自分も異世界に行ったことを。
そこで「人の心を読み取る力」を手にしたことを。
魔法王達とともに当時の大魔王と戦ったことを。
最終決戦前に魔法王は魔軍の足止めで別れ、彼女を残して自分たちだけで大魔王を討伐したことを
そして、魔法王を残して帰ってきたことを
「大魔王の心の中を読み取るために、仲間全員で俺を守りながら戦ってくれてな。俺だけ生き残って、俺だけ帰ってきたんだよ」
仲間の屍を踏み抜いて生き残った男だと。
そう、自嘲した。
心から、己自身を呪うような口調で
「お前、大魔王になってたんだな。ってことは、まあ、世代は違えど、俺の仲間の仇ってわけだ」
男の目に、暗い炎が灯る。
「弱っちい俺だけで来たことがまさか功を奏するとはねえ。この薬は、昔の仲間が調合してくれた特注品だったんだが、使ってよかったよ」
薬師の才能をもらった仲間が生み出したという、あらゆる生物の動きをとめる薬
「油断はせずに、常に全力で。俺があっちの世界で学んだことだよ」
吐き捨てるように男は言う。
その記憶全てが呪いであるかのように。
「じゃあ、行くぞ」
首根っこを捕まれ、引きずり出される。
「お母さん、では、息子さんは預かっていきますので」
「ご迷惑をおかけしました。どうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる母親
かすれた声で繰り返される「たすけて」という声など届いていないかのように微動だにしない。
その後、彫亥善田の姿を見たものは、どこにもいない。
色々ありましたが、なんとか更新できるようになりました。
とはいっても次回もまた間が空きそうですが…。
次回から元々予定していた最後のエピローグに入る予定です。
予定では、残り三話。これで本当の完結です!




