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そしてそれから⑤(魔界)

 魔界に数多存在する魔物の群れ

 その中の一つ

 今そこで、一匹の魔物が出産の時期を迎えていた。


 ごくありふれた光景

 毎時毎日起こっている魔界の一風景

 命の神秘とはいえ、決して珍しいことではない。


 だがこの出産は、特別だった。


 それは、生まれる赤子が突然変異であること

 魔物の突然変異、すなわち魔獣

 尋常ならざる力と狂気を併せ持って生まれる存在


 誕生と同時に群れを滅ぼす、魔界の忌み子


「グァガアアアアアアアア!!!」


 赤子とは思えぬ、大地を揺るがす咆哮

 今、新たな悲劇が、産み落とされる


 はずだった。


「ソコマデダ」


 何かが突如現れる。

 そして同時に、魔物たちは本能で理解した。


 自分たちがかなう存在ではない、と。


 それは生まれたばかりの魔獣も同じだった。

 誰にも教わったことがあるはずもないのに

 まるでそうするのが当然だとでもいうように

 地面に這いつくばる。


「賢イ子ダ。強キ者ヲ理解シテイル」


 その存在は満足そうに頷く。


「我ラノモトニ来ルガ良イ。親ガ恋シクナルホド知恵ガツケバ、マタ会ワセテヤロウ」


 そう言って、姿を消す。


 残された魔獣の母親と群れの仲間達

 だが多産な魔獣だったのが幸いしてか、母親は他の子供の世話にすぐ忙殺される。


 悲劇は、起こらなかった。



 ---



「今回もうまくいったようですね」


 満足そうに自慢気に笑う少女の本名は、馬路倉貝那。

 だが今この世界でその名を呼ぶのは、柊伊弦とエキドナ・カーンの二人だけ。

 同郷の、彼女達だけだ。


 今の彼女を表すのに最もふさわしい名は別にある。

 全ての魔法使いの庇護者、魔法王

 魔法王、ランシェル・マジク

 それが、今の彼女の名前だ。


「アア、完璧ダ。恐レ入ル」


 それに応えるのは先程の赤子の魔獣を連れ去った存在。

 魔法王の倍以上の体躯をもつ彼の名は、アズラット

 狂魔獣、魔王アズラットである。


 魔王の遠慮のない称賛に、逆に怯む魔法王。


「そ、そうですか。まあ、私は人間界でも魔力のある赤ちゃんたちをチェックしてましたし、まあ、慣れてますからね!」


 魔王アズラットは強大な魔王だ。

 もはや世界に三人だけとなった魔王の内、戦闘力だけならば最強の存在だ。

 魔法王はそんな彼と、かつて何度も死闘を演じた。

 ゆえに彼のことをよく知っているつもりだった。


「ソレデモ、タイシタモノダ」

「…あなたがそんなに褒めるなんて、ずいぶん珍しいですね?」

「ソンナツモリハナイガ、ソウカ?」


 知っているつもり、だけだったらしい。


「少なくとも私は、初めての体験です」

「我ラノ出会ウ時ハ命ノ奪イ合イ。相手ヲ褒メル余裕ナド、アルマイ」


 言われてみれば当然だ。

 魔法王はアズラットの強さは知っていても、彼の人となりはほとんど知らない。

 こんなちゃんとした普通の会話することすら、今まではなかった。


「何年生きても、学ぶことはどんどん出てきますね…」

「?当然ダ」


 当たり前のようにうなずくアズラット。

 それを見て魔法王は苦笑する。

 自分の何倍何十倍も生きている彼がそうなのだから、自分などまだまだなのだと。


 だがそれゆえに誇らしい。

 そんな彼にも成し得なかった偉業を成したことを。


 全ての魔獣が背負う一族殺しという宿命。

 それを救う手段を生み出した。

 そして、その手段を仕組みとして確立したのだ。


 まず人間界に張り巡らせていた魔力探知網を大陸全土に広げた。

 これにより強い魔力を持つ存在を胎児のうちから見つけ出す。

 魔獣も例外なく、生まれる前に探知が可能になったのだ。


 もちろんこれだけでは片手落ちだ。

 出産直後に魔獣は同族を殺し尽くす。

 そこで、アズラットの出番である。


 魔獣は例外なく彼に従う。

 上下関係を本能が理解しているように。

 そんな彼を、魔獣の出産時に強制転移させる魔法を構築し、生み出したのだ。


「出産時、母親の胎内から出ようとすることで魔獣の魔力は一時的に増大します。その増幅加減を感知し、感知と同時にその場所へ転移させる。そもそも魔王という強力な魔力保持者の転移を他者が実行するのはなかなか難しいのですが、そこはアズラット本人の魔力を使用することでクリアしました。まあ、そもそもサーチエリアを大陸全土に広げること自体が難事業ですが、そこは私の魔力量でなんとかカバーできたってところですかね!」


 アズラットは魔法に関する知見はあまりない。

 そして魔法王は興奮するとよくわからない単語も使う。

 だから魔法王が自慢げに語る言葉が彼にはさっぱりわからなかったが、それでも嬉しかった。


 もう魔獣の悲劇は二度と起こらないことがわかったから。

 そして自分がそれの一助になることができるのだから。


 魔獣なのに理性があるという、異端の中の異端。

 忌み子の中の忌み子。

 そんな自分がこの世に生まれたのは、このためだったのではないかと思えたから。


「心カレ礼ヲ言ウ。アリガトウ、馬路倉貝那」


 それは極稀に耳にする、彼女の別名

 おそらく、これが彼女の本当の名前


 自分がこれを呼ぶような立場ではないことはわかっているが

 心からの礼を言うため、あえて口にする。


 狼狽する魔法王の姿に、アズラットも気恥ずかしくなってくる。

 そして彼女の言葉を思い出しながら、姿を消した。


「魔獣を助ける方法?なかなか難しいことを言ってくるのね…」

「あー、ちょっと待ちなさい。やらないなんて言ってないでしょ」

「魔法使いを助けた私に任せない。魔獣だって助けてあげるんだから」

「だって」

「誰もやらなかったんだからね。だったら、私がやるしかないでしょ!」



 ---



「あー、びっくりした」


 魔法国の己の自室。

 逃げ戻るようにアズラットから去った馬路倉は大きく息を吐き出した。


「アズラットは元々素直な性分ですからね。敵味方ではなくなった今、彼の性格にもう少し慣れたほうがよろしいかと」


 そしてそこには一人の男が立っていた。

 呼ばれもしないのにこの場にいることに、別に注意する気も起きない。


「ご忠告、ありがとう。で、そんな忠告するためだけにここにいるわけじゃないでしょ?」


 アズラットと自分の個人的な会話を知っている理由を追求する気も起きない。

 この世で彼が知らないことの方が少ないのではないか

 そんなふうにすら思えてくる男


「もちろんでございます」


 常に薄く笑みを浮かべている顔

 その笑みをさらに深める男の名は、ギド

 大陸一の大商人


「こちらでございます」


 その正体は、天地創造の時代に生を受けた原初の魔王の一人

 ワーズワースやアイスキュロスの同輩

 にもかかわらず魔王という存在に飽き、その地位を捨て商人となった例外中の例外


 彼は正体を知られても馬路倉への態度を変えなかった。

 ゆえに馬路倉も、今まで通り商人として扱っている。

 評価と警戒心はより一層上げながら


 そんな馬路倉の態度と依頼を、ギドは殊の外喜んでいた。

 だから彼女の期待に今回も応える。


「原書がすべて揃いましたので、お持ちしました」

「本当に!?」


 魔法の原書。

 それは神の手によって生み出された、魔法の真髄が記載された書物。


 大半は己とギドが所持していたが、残り数冊が見つかっていなかった。

 世界が統一された今、世界中を血眼になって探していたそれがついに見つかったという。


「大魔王城の宝物庫の隠し部屋に一冊、都の玉座の裏に一冊、いや探しても見つからないわけでございます」

「…今でも十分見つけるのが難しいと思うけど」

「そこはまあ、アイスキュロスとトルストイですからね。二人ともお願いしたら前者はため息交じりに、後者は二つ返事で了承いただけましたよ」

「まあ、あなただからね…」


 人徳ではない。

 何度断ってもいつか根負けするのが予想できるからだろう。


 だが手段はどうあれ手に入れたのは事実だ。

 これで魔法の真理に一気に近づくことができる。


 それはつまり


「魔法文明で科学文明を上回ることだって、夢じゃない…!」


 馬路倉は己の野望に一歩近づいたことを実感する。

 胸の鼓動が抑えられないほど興奮する。


 そんなふうに目を輝かせる馬路倉を見て、ギドは目を細める。


「今後もあなたのお力になれること、本当に楽しみですよ」


 本当に。

 心から。

 これだから人間は面白い。


 それに馬路倉は満面の笑みで応える。


「もちろん!たっぷり働いてもらうんだからね!」


 二人の瞳が交差する。

 だが心にあるのは、別の存在。

 同じ存在を思いながら、高らかに宣言する。


「先輩がびっくりするぐらい素敵な世界にするんだから!」


 それは今はここにいない、一人の男。


「見ててくださいね!先輩!!」



馬路倉はリクの意思を継いで頑張ろうというやる気に満ち満ちています。

アズラットは魔獣の悲劇がなくなって嬉しくてたまりません。

ギドはリクがいなくなったらそろそろ消えてもいいかと思っていましたが、馬路倉と世界の行く末を見るのが楽しみになってきました。


魔法国も魔界も活気が湧いてきてますね。

魔物や魔族への魔力供給は女神がするようになったので、彼らも人間を襲う頻度は激減しました。女神仕事してます。

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