そしてそれから④(ラング)
「では、全て順調ということですね。さすが旧連邦のお歴々はたいへん優秀でございます。まことに重畳」
そう笑顔で語るのは、パータリ・サスコ
かつてルゥルゥ国左大臣だった彼は、今や人類統一国家の行政府の長となっていた。
「パータリ卿にお褒めいただくとは恐縮ですな。これは一層身を引き締めませんと」
笑顔に笑顔で返す男の名は、ドルバル
旧ヒュドラ連邦の官僚機構を支配していた彼は、今もほぼ同じ職務を行っている。
変わったのは役職名ぐらいだ。
腹に一物も二物も含んだ二人の会話
それを彼らの部下たちは胃に穴が開く思いで聞いていた。
早く終わってくれと心から神に祈る。
だが神は彼らの願いなど叶えはせず
彼らを助けたのは、同じ人間だ。
「パータリ、ドルバル殿もお忙しいのだ。そして貴様も国に帰れば山のような仕事が待っているのだ。お暇するぞ」
「ナーラン…。あなたという人はもう少し情緒というものをですね…」
パータリにこのような口をきける者などそうそういない。
彼はその例外の一人。
ルゥルゥ国五天将として最終決戦にまで同行した男、ナーラン・シスコ
人類統一国家の武官の頂点に立つ男だ。
誰にでも一線を引くパータリだが、幼馴染でもある彼にだけは心を許していた。
「私ごときより、お二人の時間の方がよっぽど貴重でしょう。わざわざご足労いただきありがとうございました」
ドルバルは優秀な男だ。
この二人の関係など当然理解している。
そしてこの訪問は建前はどうあれ事実上は監査だ。
それが早くに終わるのならそれに越したことはない。
さっさとお暇願うため、促す。
そうはさせまいとパータリが口を開こうとする。
だが、ナーランが先んじた。
「では遠慮せずそうさせていただきましょうか」
パータリはうなだれそうになった。
調べたいことはあったが、次回に持ち越しだ。
「話は変わるがドルバル殿、エキドナ殿は息災か?」
「ええ。もちろんでございます」
旧ヒュドラ連邦大将軍、エキドナ・カーン
現在は大陸中央警備隊総司令だ。
彼女の周囲の金や人の動きに怪しい動きがある。
それが今回の訪問の本題だ。
持ち越しどころか、一気に核心ではないか
パータリの心が踊るその瞬間、ナーランが再度口を開く。
「ゲンシンがたいそう会いたがっておりました。ベガスに訪れる機会があればぜひ、とお伝え下さい」
「…承知しました」
パータリは今度こそうなだれた。
疑惑の追及どころかただの世間話ではないか。
ドルバルも驚いているぐらいだ。
彼の様子を見ればわかる。
やはりエキドナ周辺にはなにかあるのだ。
その後ナーランは今や引退した右大臣のマンカラ、五天将のズダイスの近況について嬉しそうに語っていた。
お前がお暇すると言ったのに雑談してどうすると思うが、口にはしない。
人の裏ばかりを見てきた
人を常に疑って生きてきてきた
そんなパータリにとって
このナーランという真っ直ぐな男はやはり、どこまでも眩しいのだ。
「帰ったら、たっぷり働いてもらいますからね…」
そう決意しながら、笑顔の友人を見守っていた。
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監査終了後、ドルバルはすぐにエキドナのもとへ向かった。
「ベガスが大将軍のことを怪しんでいるもようです。都にも話が行っている可能性もございます。しばらくの間はご自重ください」
「今の私は大将軍ではなく総司令なのだがな…」
だが当の本人は悪びれる素振りもせず、呼び名などを気にしている。
「紹介した私が言うのもなんですが、動きが派手すぎるのでは?」
先日、彼はエキドナから相談を受けた。
相談内容は単純だったが、彼女の口から出てくるものとしては意外な内容だった。
曰く、「拷問の専門家を教えてほしい」
ドルバルは少し気にはなった。
だがそこで詮索するような男であれば伏魔殿である連邦官僚機構で出世きるはずもない。
返事は依頼と同じく、単純明快
「お任せください」
そう一言伝え、彼はエキドナの願いを叶えた。
そしてそれは、彼の想像以上にエキドナを喜ばせた。
彼は思い出す。
あれから数日後にエキドナが笑顔で話しかけてきたときのことを。
そう、笑顔
エキドナが彼に笑顔で話しかけるなど、作り笑いを含めて史上初の出来事だった。
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「ドルバル、先日はありがとうな!あんな優秀な人材を紹介してくれるなんてさすがだよ。お前に頼んで本当に良かった!」
人の笑顔を見て心臓が止まるかと思ったのは初めてだ。
「…お褒めに預かり光栄です」
「もっと誇ってもいいんだぞ?いや、本当に素晴らしい腕前だ!」
「…はあ」
腕の良い拷問官を紹介できることを誇ることなど、どこでできるのだろう?
今この瞬間ぐらいだ。
「まあ、彼らも失業しかかっておりましたから、渡りに船ではないかと」
「あのような才能と技術を損失させるなど、世界の損失だ!私が絶対に守ってみせる!」
拷問がない世界というのは悪くない世界だと思うのだが…
大将軍は違う考えらしい。
「ところでドルバル」
「はい」
大将軍の笑みが深まる。
闇の色に彩られた笑みが。
「復讐は無駄だと言う輩がいるが、お前はどう思う?」
とんでもない質問をぶつけられた。
ここでの正解は考えるまでもない。
彼女の考えこそが正解だ。
意に沿わぬ回答だったら今この場で両断される可能性すらある。
うぬぼれではなく、私は強い。
私より強い者など人類では数えるほどだ。
だが彼女は、その数えられる方なのだ。
彼女に確実に勝てると断言できる者など、今やこの世界にはいないのだ。
生殺与奪の権を握られ、蛇に睨まれた蛙のごとく脂汗が流れ落ちる。
そしてだした結論
「大将軍は、どう思われたのですか?」
逆質問
本来ならば禁じ手であろうこの一手
だがエキドナの顔が教えてくれる。
彼女の真の目的は、語ること。
己の想いを語ることなのだと。
ゆえに今だけは許される。
この、禁じ手が!
「ん?私かあ?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔
私は勝ったと、心のなかで拳を握りしめた。
「復讐って実に非生産的だ。何も生み出さない」
そんなこちらに気づくことはなく、大将軍は語りだす。
「だが、実にスッキリするんだよ。復讐する理由なんて、これで十分じゃないか?」
本当にスッキリした笑顔で
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「まあ、もう心配には及ばんよ」
あのときの笑顔が嘘のように、エキドナは無表情だ。
いつもドルバルに向ける顔だ。
「人材と道具を揃えるのに少々派手に動いてしまったが、もう完了済みだ。今後は気取られるようなことはあるまいよ」
「承知しました」
エキドナは短慮なところがあるが無能ではない。
彼女がそう言うのならば大丈夫だろうとドルバルも納得した。
「では、そろそろ?」
「うむ、当然だ」
エキドナの顔に笑みが浮かぶ。
これはドルバルに向けられたものではない。
二人が歩みを進め、扉を開ける。
この扉の向こうにいる存在に向けられたもの。
「エキドナ!」
花のような笑顔で迎えたのはクレス・ヒュドラ
旧ヒュドラ連邦三代目大王にして、現在は大陸中央大総督。
武のエキドナと文のドルバルに支えられ、旧ヒュドラ連邦領を統治している。
今度こそ民を幸せにすると誓って
「大将軍」
そして優しい笑顔で迎える老人
エキドナの師にして旧ヒュドラ連邦の全大王に仕えた歴戦の勇士
公職は全て辞し、クレスの護衛として側に侍っている。
今度こそこの少女を守ると誓って
「姫様!先生!お待たせしました!」
そんな二人に向けるエキドナの笑顔は、まるで太陽のようだった
年末年始に更新できておいてよかったです。
なかなか時間がとれず…。
今回はヒュドラ連邦の三人が中心の話でした。
エキドナもスッキリしたようで良かったですね。良かった?




