123話 ジェンガ
天を衝く巨人
噂には聞いていたが、これほどとは
以前だったら、ここで口元が緩んでいただろう。
見たことのないような化け物
地上最大の怪物
そのような相手と戦える喜びに、高揚していたに違いない。
ジェンガとは、そういう男だ。
男だった。
だが、今の彼が打ち震える理由は喜びなどではない。
自軍の兵士たちの命を、己の部下たちの命を
無残に無情に刈り取っていった眼前の敵に対して、
怒りで、打ち震えているのだ。
かつて力試しと称して魔界に単身乗り込んできたジェンガは、もういない
ここにいるのはルゥルゥ軍元帥、ジェンガ
今の彼にとって、目の前にいるのは部下の仇。
「俺の可愛い部下をあんな目にあわせた報い。死んで詫びろ」
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基本的に、魔王と戦える人間は限られている。
人類最強と呼ばれる四人
魔王と対抗できる力を持っているのは、彼らだけなのだから。
現在、ルゥルゥ軍には人類最強の内三名が在籍している。
”対人最強”ルゥルゥ軍元帥、ジェンガ・ジェンガ
”対国最強”魔法国魔法王、ランシェル・マジクこと馬路倉貝那
”対魔最強”聖王国聖王、アオバ・オウルこと柊伊弦
魔法王は転移直後の大魔法で戦線離脱が決定していた。
ゆえに魔王と戦える人材はわずかに二名。
ジェンガか柊か
どちらをどの魔王にぶつけるか、最終判断は俺に任された。
決断の内容は、単純だ。
「最初に遭遇した魔王とは、ジェンガに戦ってもらう」
どんな魔王であろうと、最初はジェンガをぶつける。
ジェンガ以外の皆が一瞬驚いた顔をする中、俺は理由を続けた。
「聖王が魔王と戦うのは、ある意味人類にとって当然のことだ」
人類の守護者、聖王国
歴代の聖王、その正体は全て柊伊弦であったが、彼女が魔王を倒すことはある意味当然のことだ。
魔王を倒し、魔軍を打ち払い、人類を守り続けてきたのが聖王国なのだから。
ゆえに
「聖王以外の存在が魔王を倒すこと、それが最初にすべきことだ」
聖王でも伝説の英雄でもない存在
そのジェンガが魔王を倒すこと
それはつまり、魔王を倒せるのは、聖王や伝説の英雄たちだけではないこと
その証明だ。
他の意味があることなどそのときの俺はまだ知る由もなく
名指ししてから一度も眉一つ動かすことなく
ジェンガは承諾した。
「お任せください、リク様」
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足を切られ、狼狽するガリバー
尻もちでもつくかと思ったが、そこは持ちこたえる。
困惑はすぐに怒りへと変わり
力任せに、巨大な手足を、小さな人間へ向け放ってくる。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
当たれば形も残るまい
かすっただけでも即死だろう
離れていても、衝撃波で吹き飛ばされる
全てが必殺の一撃
それがガリバーの攻撃
戯れでもなく
ただの移動でもなく
対象を敵と認め、確実に仕留める
そんな殺意のこもった一撃の数々
それら全てをかわしながら、ジェンガは突き進む。
「おうおうおう!威勢だけは一人前だな!」
剣をふるいながら、巨人の身体を駆け上る。
歩くだけで人を磨り潰すのがガリバーならば
走りながら魔王を切り裂く男こそ、ジェンガだ。
「いぃぃぃぃぃだあああああああいいいぃぃいいぃぃいいいい!!!」
巨人の咆哮が大地を震わせる。
ジェンガの攻撃が効いている、何よりの証拠だ。
巨体を振り回すガリバー
手を、足を、そして胴体も
まるで身体にとりついた害虫を振り払うかのごとく
表面にいる者にとってはたまらないだろう
暴風、竜巻、そんなもののど真ん中にいるようなものだ。
だが、ジェンガは離れない。
ガリバーの身体を
頭に向かって
一心不乱に、駆け上がる
赤い雨を降らせながら
「あらよっと」
ガリバーの肩の上
肩で息をしている現状、そこは嵐の中の船上より揺れているだろう。
だがまるでしっかりとした大地を踏みしめているかのように、ジェンガは揺るぎない。
「もう終わりか?デカブツ」
ガリバーが声の主へと顔を向ける。
岩のような顔が、真っ青になっている。
自分の肩に立つ男が何者か、理解しているのだ。
自分の運命を、理解してしまったのだ。
今まで刈り取ってきた、多くの魔物や人の命
己の番が来たのだと、理解したのだ。
「じゃあな」
今日一番の赤い飛沫が空を染める。
そして、今日一番の地響きを大地を揺らした。
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「ま、こんなもんかね」
ジェンガは息も乱していなかった。
彼にとって、この程度どうということもない。
彼が手を焼く相手など、この世界で数えるほどなのだから。
「ガリバー、苦しそうだな。余が楽にしてやろう」
気配を感じなかった。
ジェンガが、感じられなかった。
声の方へ振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
そして次の瞬間、ガリバーの首がゴロリと転がった。
音もせず、気配もせず、血飛沫も発生せず
まるで最初から首と胴が分かたれていたかのように。
ジェンガは瞬時に理解した。
このような芸当ができる者など、彼が知る限りこの世で唯一人
「逢いたかったぜ、じじい」
男は決してじじいなどと呼ばれる見た目ではなかった。
そして、その呼びかけで初めてそこに人がいるのに気づいたかのように
虫けらではない生き物がいると認識したかのように
返事をした。
「小僧、ジェンガに連なるものか?」
その言葉に、ジェンガは確信する。
そして今度こそ、口元が緩む。
「俺の名前は、ジェンガ」
「ほう?」
男が初めて表情を見せる。
少しだけ、驚いていた。
「てめえのバカ息子に、姓と同じ名をつけられた者だよ。ようやく、あのバカの親の顔が見られたぜ」
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「剣皇ルドルフ、姿を表しました!!」
魔王最強、ルドルフ
あのワーズワースをして、「絶対にかなわない」と言わせしめる男
「ガリバーを倒せたと思ったら…」
だが、驚異はこれだけでは終わらない。
「狂魔獣アズラット、視認できました!魔獣の群れを率いています!」
「な!?やつは魔軍の最後尾ではなかったのか!?」
「脚の速い魔獣のみ厳選し、一気に距離を狭めてきたようです!」
「人間界に侵攻している魔軍と開戦したと報が入りました!」
「トルストイ、魔軍本体を置いて先行して来ます!我軍との衝突まで、もう間もなくです!」
大魔王城まで、もはや目と鼻の距離
だが、ここからが長そうだ




