119話 結婚
話は少し前後する。
「おめでとう!!」
「おめでとうございます!」
「二人とも、どうかお幸せに!」
多くの笑顔と拍手と花々に囲まれ、新郎新婦が歩を進める。
「ありがとうございます。みなさん、本当にありがとうございます」
「…」
新婦は涙で瞳を潤ませるほど喜びながら
新郎は似合わない緊張した面持ちで
新婦は南方大首長、アスパシア・ペリクレス
史上最年少で大首長に選ばれた類まれなる才女
そんな彼女の心を射止めたのは…
「大戦士!もっと笑って!」
「笑顔になりましょう!え・が・お!!」
大戦士、ウェルキン・ゲトリクス
南方最強の戦士にして、他の全戦士から畏敬の念を抱かれる偉大な益荒男
そんな彼だが、今日だけは勝手が違うらしい
いつも厳しい顔をしているが、より一層厳しくなっている。
普段はその顔を見るだけで縮こまる戦士たちだが、彼らも今日は勝手が違う
むしろ喜んではやしたてている
その中には戦士だけではなく、南方出身者たちも含まれる
かつて南方から連れ去られ、奴隷に追い落とされた者たちの子孫
いまや自由人として開放され、多くはベガスで働いている者たち。
「旦那!せっかくそんな美人さんをもらったってのに、そんな顔はねえんじゃないかい?なあ、リクス?」
「そのとおりだともガルガ姉!大戦士、もっと笑顔ですよ!にーっこり!」
ガルガとリクス
ベガスの闘技場の凄腕審判と人気戦士
イヅルで生まれ育った二人だが、ウェルキンと縁があり仲が良いらしい。
他にも多くの人々がウェルキンに声をかける
決して侮られているわけではない。
むしろ親愛の情の現れだろう。
そう思ってみると、ウェルキンのしかめっ面も実に愛嬌があるじゃないか。
「ウェルキン、おめでとう」
「え、英雄王陛下。恐縮です…!」
俺の前ではいつも恐縮して縮こまるウェルキン
今日はひとしおだ。
「まあ、あんまり緊張せずに。な?」
「ぎょ、御意」
全く緊張は解けてないが、仕方ない。
さて、次は新婦だ。
「アスパシアも、おめでとう」
「ありがとうございます。これも全て陛下のおかげです」
美女に心からの笑顔でお礼を言われる。
本来なら喜ばしいところだが、ことアスパシアとなるとなかなかそうはいかない。
なにせこの結婚、全てアスパシアの策略によるものなのだ。
生涯未婚を貫こうとしていたウェルキン
だがそんな彼にアスパシアが想いを抱いていたのは周知の事実
なお俺は気づいていなかったのだが、カルサ曰く「兄様にそんな感性期待してないから」とのこと
問題はない。はず。
アスパシアの政治力は伊達ではない
まず南方諸部族の有力者たちに自分たちの結婚の利点を理解させ、同意を得る
そして他地域の権力者たちにも手を回し、またたく間に外堀を埋めた。
西方の雄、ハッティ王国国王ハトゥッシャ・ハッティ
彼に至ってはいまや友人となったウェルキンの結婚の可能性を、自分のことのように喜んだ。
嬉々としてアスパシアに協力し、彼女の陰謀の最大の加担者になったという。
今もウェルキンにニッコニコで声をかけているが、ウェルキンとの表情が対比的で面白い。
そしてついにボードやジェンガといったルゥルゥの最有力者の同意も得たアスパシア
まるで決定事項のごとく俺に「ウェルキンとの婚姻ですが」などと報告に来た。
そして事情を全く知らない俺は、「へー、おめでとう。式はいつ?」などと返事をしてしまう。
これでチェックメイト。
人類における絶対的権力者であるリク・ルゥルゥの同意
これにより、アスパシアの悲願は結実したのであった。
「まあ、ウェルキンだったら嫌なら嫌って言うでしょ。まんざらでもないのよ、ああ見えて」
カルサは相変わらず淡々としている。
興味ないことには本当に興味もたないな。
女の子的には銃の改良なんかより花嫁さんの方がよっぽど興味深いと思うのだが。
「ウェルキンもアスパシアも好きよ?でもやっぱ結婚となるとねえ…。色々考えちゃうのよ」
え?
「あたしもそろそろ決断しないとなあ、結婚」
えええええええええ!!??
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ということがあったのだ。
大魔王との決戦が決まって以後、婚姻数は明らかに激増している。
アスパシアもいい例だろう。
戦争が始まればウェルキンは最前線に行くことがほぼ決まっている。
「帰ってきたら結婚しよう」
こんなの間違いなく死亡フラグだ。
ならば今しかないと形振り構わないのも当然だろう。
同じように考える人間は多く、史上類をを見ない結婚ラッシュが始まっている。
だが、だからと言ってカルサまでが?
男のおの字も感じさせなかったカルサが?
カルサが認めるような相手ならば、俺は認めざるを得ないだろう
だが、そんな簡単に認めていいのだろうか?
いやでも、カルサの想いを俺なんかが止めていいのだろうか?
そんなふうに悶々とする中、その日は来た。
「兄様、結婚相手のことなんだけど」
思わず椅子から滑り落ちそうになった。
なんとか態勢を整えカルサに目を向ける。
どんな男だ!?と思ったが、誰も連れてきてはいない。
むしろ書類を持っている。
「あたしが見繕った兄様の結婚相手、説明するわね」
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「あたしが結婚?兄様、自分が何言ってるか、理解して口にしてる?」
いや、でも…
「いやでもでもでもないの。あたしが結婚するなんて、最低でも兄様とお姉ちゃんの結婚を見届けてからに決まってるでしょ。二人とも目が離せないんだから」
ええ…
「当たり前でしょ?おばあちゃんの名を冠する我がルゥルゥ家。その当主として当然のことよ」
当主、カルサなんだ…
「他に誰ができるっての?お姉ちゃんは抜けてるとこあるし、兄様は兄様だし、あたしがやらなきゃ誰がやるのよ。兄様は人類統一王かもしれないけど、我が家では話は別なの。文句があるならどうぞ」
いえ、ないです…
「ならばこの話は終わりね。じゃあ、本題。兄様の結婚相手の話に移りましょうか」
はい…
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いろいろ考えたんだけどね、そもそも一人に絞るのは無理なのよ。
だって兄様の子供は次代の人類統一王。
その母親と一族は外戚として圧倒的権力を握ってしまう。
未来を考えると、それは絶対に防がないといけない。
だからやはり、ここは複数人を娶るしかないわけ。
ここまではいいわね?
まず一人目
癪ではあるけど、ミサゴ・イヅル
イヅルの直系にして現当主
いまだ解放王の血筋がもつ神通力は侮れない。
彼女を妻にすることで、兄様の正当性はさらに際立つことになるわけよ。
そして二人目
旧ヒュドラ連邦大王、クレス・ヒュドラ
旧連邦領の民衆からの評判は散々だったけど、最近は改善傾向
なにより支配層は同情的で、むしろ好意的な感情が大半
大陸中央の支配確立のためにも、ヒュドラとの婚姻は確実に利益となるわ。
三人目
南方の巫女姫、シェザ
兄様の奴隷として差し出された娘。覚えてるわよね?
彼女こそ南方の民から崇められる巫女の家系、その唯一の生き残り
南方はすでにほぼ平定完了済だけど、これでより一層強固になるわ。
アスパシアでもよかったけど、まあ、ウェルキンと結婚したしね。
四人目
西方カランダール国が姫、アミナ
以前の歓迎会で見てるわよね?
彼女、実はハッティ国からカランダール国へ養子に出されてるの。
彼女と婚姻することで、西方の雄であるハッティ国と強固な繋がりがもてるってことね。
兄様、まさか西方からは魔法王陛下とか考えてなかったわよね?
…そう。ならいいの。
五人目
五天将が一人、イスター・ロブズ
旧イヅルの名門貴族出身で兄様を悪くないと思ってる適役ね。
東方からはミサゴがいるけど、彼女はあくまでイヅル直系として
もう一人ぐらい東方がいないと、東方出身者の不満がたまっちゃうのよ。
この五人は確定として、他をどうしようか悩み中でね…。
兄様の意見を聞きたいんだけど、教えてくれる?
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まるで確定事項のように言われてしまった。
色々疑問はあるのだが、とりあえず。
「…以前後宮を批判されたように記憶してるのだが、一夫多妻はいいの?」
「兄様、まさか後宮がいいの?」
剣呑な声
思わず首をブンブンと振る
「そう。まあ、あのときはまだ私も子供だったしね。いまなら後宮の価値も少しはわかるわよ?ただ今あたしが提案してるのは、あくまでお妃のこと。兄様の未来と人類の未来、両方を見据えた正式な婚姻のことなんだからね」
なるほど。
カルサの中では何か落とし所があったらしい。
一夫多妻はこの世界では当たり前っぽいし、ちゃんと結婚すればいいのだろう。
「わかってくれた?じゃあ他の候補の話をしましょうか」
でもね、カルサ
「俺は、結婚しないよ」
そう、断言する。
「そう。なんで?」
俺の本気度を察したのだろう。
カルサは書類を手早くしまい、問いかけてくる。
「みんなが結婚して幸せになるのはいいよ。見ていて嬉しくなる。でも俺がそうなるのは、違うと思うんだ」
カルサが選んでくれた女性たち
結婚すればきっと幸せな生活が待っているのだろう
だがそれは、まだ俺には許されない。
多くの顔が頭に思い浮かぶ。
村長の家で決起したとき
偽王を倒して即位宣言をしたとき
連邦との開戦宣言のとき
そして陣中見舞いで会った、多くの兵士たち
今では二度と会えなくなった者たちも大勢いる
彼らの中には、そんな幸せを味わえずに逝ってしまった者たちもいるだろう
そんな彼らに報いるためにも
彼らと共に歩むためにも
俺は、そんな普通の幸せを手に入れてはいけないんだ
それが、何もできない俺にできる数少ないことの一つ
それぐらいしか、俺にはできないから
「俺は、結婚しないよ」
そう、断言するんだ。
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「わかった。ごめんね兄様、変な話して」
カルサはずいぶんとしおらしくなってしまった。
彼女なりに頑張って考えてくれたろうに、申し訳ない。
実際、普通に考えたら結婚したほうがいいのだ。
王様になって周囲を見て、改めて実感する。
婚姻で結ばれることで家同士や地域同士の関係は深まる。
そうしてこの世界はできているのだ。
これを有効活用するのは当然だ。
俺は王様なのだから、そうするのはむしろ義務と言っていいだろう。
色々葛藤があっただろうに、カルサは頑張ってくれたのだ。
それを俺のワガママで全否定してしまった。
こうして目に見えて落ち込んでる姿を見ると、いまさらでも考え方を変えたほうがなんて思ってしまう。
だが
「でもね、兄様」
カルサは、それでも
「あたしとお姉ちゃんは、兄様の家族だからね?」
俺を支えてくれるんだ
「あたしたちは家族だから。兄様は、ひとりじゃないんだよ」




