幕間 トトカ視点(117話)
「お疲れ様。いつもありがとうね」
その言葉を聞いて、私は天にも昇るような心持になる。
思わず嬉しさで顔が緩んでしまう。
笑顔が止まらない。
だが、今はリク様の眼前。
こんな緩み切った顔を見せては失礼にあたる。
そもそも私は思ったことが顔にすぐ出てしまう。
父にも母にも子供のころから隠し事などできたためしがない。
今もミサゴ様やカルサ様には心の仲まで見透かされてしまう。
リク様なら私ごときの心の内など文字通り筒抜けだろう。
ならばせめて、表面だけでも取り繕わねばと顔を引き締める。
そのまま一礼し、部屋を出る。
飛び上がりたいような気分だが、まだ我慢。
なにせここはリク様のお住まい。
宮殿の奥深くのそのまた奥、ごくごく限られた人物しか入ることのできない特別な区域。
だからここでの行動が人に見られることなどほとんどない。
ただ、人目につこうものならば
「おや、トトカではありません」
それは、確実にこの国の最中枢の要人に他ならない。
「トトカもリク様にご報告かい?」
ボード宰相にジェンガ元帥。
ルゥルゥが誇るリク様の両腕。
それはすなわち、全人類の導き手だ。
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「リク様からお礼の言葉をいただいたのですか。それは、私でも浮かれてしまうでしょうね」
そう言われて安心する。
ボード様ですら浮かれてしまうのだ。
私がこうなっても仕方がない。
また顔が緩んでしまう。
「リク様は謙虚でいらっしゃるからなあ。村のみんなにもよくお礼を言ってたよ。かくいう俺も、言われまくったぜ!?」
ジェンガ様は心から嬉しそうだ。
リク様の配下の最古参、腹心中の腹心たる自負であふれている。
「お前はあからさますぎる。褒めてくださいと言わんばかりの報告ばかりではないか」
「んなこたーない。それにリク様が褒めたくなるような報告ということは、いい報告ってことだ。お前みたいに辛気臭い相談ばっかもってくよりよっぽどいいだろう」
「し、辛気臭いとはなんだ!人類を、この世界をどうするか決める重要な判断だぞ?リク様のご意向に沿うよう相談して何が悪い!?」
「だったらちゃんと腹割って話せよ。お前、たまにリク様にも隠し事してるだろ?」
痛いところをつかれた、というようにボード様が押し黙る。
「お前、昔からそういうところあるよな。本当に一番いいと思ってる案があっても、他のもろもろのこと考えて押し隠そうとするとこ。良くないと思うぞ」
「…政治とは、複雑なのだ。正しいことを正しいと言うことがいかに難しいか、わかるのか?」
苦り切った表情のボード様とは対照的に、ジェンガ様はあっけらかん
「戦場でそんなくだらんこと言うやつは死ぬだけだ。下手人は敵ではなく、味方かもしれんがな?」
無能な上官は何故か戦場での致死率が高い。
そしてなぜか、傷は背中にあるという。
戦場でよく語られる、噂話。そう、噂だ。
「戦場では、そうだろうな。だがお前も私も、先王陛下亡き後、その政治によって宮殿を追いやられた身だろうに」
先王陛下亡き後、若くして取り立てられたボード様とジェンガ様は都を追いやられた。
ジェンガ様は全ての職を辞して旅に出た。
ボード様は地方の一代官として、それでも官として働き続けた。
お二人の運命は、そこで分かたれてしまった
「だが、だからこそリク様に出会えた。そうだろう?」
だが、こうしてまた巡り合った。
「…ああ。その通りだ。リク様の、おかげで」
リク様の下で
「そして、今は私はリク様に導いていただいている」
ボード様が胸の前で拳を握りこむ
まるで大切何かを掌中で包み込むように
「少しは素直になったのか?」
「まだだ。だが、リク様には全てお見通しだ。今日も、見破られてしまったよ」
「それで?」
「その案が一番だと言ってくださったよ。リク様のそのお言葉があれば、私は万の敵でも怖くはないとも」
「そりゃ、よかった」
ジェンガ様の笑顔
どんな負け戦でも皆に元気を与え、共に戦う勇気を与えてくださる。
こんなすごいお二人に慕われるリク様
そんな御方にお仕えできる私は、なんと幸せ者なのだろう。
その場を静かに去りながら、私はまたさっき「ありがとう」を反芻する。
今度こそ周りに誰もいないのを確認して
私は、少しだけ飛び上がって喜んだ。
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「トトカは、行ってしまったのか?」
「みたいだな」
「ところでジェンガ、聞きたいことがある」
「奇遇だな、俺もだ」
「「お前、トトカの言ってることがわかるのか?」」
「「まったく、わからん」」
「さっきは足の筋肉がよく動いてて、今にも飛び上がりそうな勢いだった。だから喜んでいると判断したのだが…」
「俺も同じことを思った。だから「リク様にお礼でも言われたのか?」って聞いたが、当たってたようだな」
「まあ、違ってても正直わからんのだが…」
「たまーに、なんとなーく、わかるときもあるんだが、かなり稀だ」
「ミサゴ様やカルサ様はたまに会話しているが、どうやっているんだ?」
「それを言うならリク様もだ。俺はトトカの報告されても理解できるとは思えん」
「彼女の報告書は完璧だ。それを読めば内容は把握可能だが、報告者の感情や意思といったこと重要だろう。リク様はいったいどうやっておられるのか…」
「俺には、さっぱりだ…」
「私にも、まったくわからない…」




