117話 みんなの相談
今、この都はいつも以上に活気と熱気に満ちている。
聖王国で精製された火薬
ベガスで製造された銃
その他の様々な武具に兵站物資
それらが全てここに集約され、各地の軍へと振り分けられていく。
これは物だけにはとどまらない。
当然のように人も大勢集まってくる。
各地の指導者、要人たち
そして、兵士たち
特に銃はいかに扱いが容易いとはいえ訓練は必ず必要だ。
都で訓練を施し十分に習熟した者達を各地へ送り込む。
徒歩や馬では成し得なかった物と人の大移動
それを実現しえたのはひとえに移動魔法の力の賜物
都と各地を結んだ移動魔法陣
これこそ、いまだかつてない中央集権体制を築き上げた最大の要因
力の源泉
今俺たちは、文字通り全員一丸となり最終決戦へ突き進んでいる。
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さて、では俺本人が何をしているか?
答えは簡単だ。
特に、何もしていない。
当然だ。
俺にできることなど何があるというのか。
みんなの邪魔をしない。
これが俺のできる最大の貢献なのである。
へたに発言でもしようものならたいへんだ。
勅命として最優先事項で行われてしまう。
だからできるだけ自分からは発言しない。
ひたすらみんなを促すのだ。
「お館様、ご相談が」
ボードの相談内容はだいたいめちゃくちゃ重い。
今後の大方針に関わることばかり相談してくる。
いやボードは我が国の宰相で、俺が王様なのだから当然のことではあるのだが。
当然であろうとなかろうと、俺が答えられる内容でないことには違いない。
だが、もはやこの対応にも慣れたものである。
「まずは、お前の考えを聞かせてもらえるか?」
「承知しました」
ボードの案を聞く。
どれもこれも俺では思い浮かばないような素晴らしいものばかり。
むしろ俺には理解できないような案もたくさんある。
聞き流したいところだが、さすがにそれはボードに失礼だったから必死に耳を傾ける。
できるだけ理解しようと、たまに質問も挟みながら。
説明も上手なんですよ、ボードさんったら。
そして長い説明が終わる。
「これで、以上になります」
「そうか」
さて、ここからが俺の仕事だ。
「ボードは、どれが一番いいと考えてるんだい?」
「私は…」
この瞬間
ここが、最も重要な瞬間だ。
ボードは必ず回答してくれる。
ここで言いよどむような男ではない。
ただ、パターンがある。
俺はついにそのパターンにたどり着いたのだ。
パターン1
ボードがこちらから目をそらさず、即回答した場合
これはもう何も問題ない。
「俺もそう思うよ」
これで万事解決である。
パターン2
ボードが一瞬でも目をそらしたり、回答に躊躇した場合
これは、実は別の案がある場合だ。
そしてボードはそれが最も良いと内心思っている。
だが、もろもろの事情で言い出せないのだ。
だから、俺が促す。
「ボード、お前が本当にいいと思っている案を教えてくれないか?」
その案を聞き、俺が太鼓判を押して任務完了である。
パターン3
これが問題だ。
態度は平然としてるのに、実は腹案があるというパターン1・2混合版だ。
以前はこれを見分けることができなくてたいへんだった。
だが、成長した今の俺は一味違う。
俺にはわかるのだ。
”ボードの案は、こんなものではない”ということが。
ボートとの付き合いもずいぶん長くなった。
その長い期間、俺はずっとボードの素晴らしい案を聞き続けていた。
そしてある日、ふと気づいたのだ。
「この案、俺でも理解できるな」とか「もしかして、俺でも思い浮かぶかも」と
普通の人間なら「俺も成長したな」で終わるところだろう
だが、俺は違う。
俺は、確信している。
俺がボードに追いつくなどありえない、と
だからそんなとき、俺は問いかけるのだ。
「ボード、いつも言ってるよな?俺は、お前が本当にいいと思っている案を教えて欲しいと。教えて、くれるな?」
「お館様の目は、誤魔化せませんね…」
これでミッションコンプリート。
この瞬間は、俺も役に立ってるんじゃないかと思えてくる。
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「リク様!ご相談が!」
ジェンガの場合は簡単なものである。
自分の考えを全て口にし、「これでいいでしょうか!?」と聞いてくる。
それを承認して俺は任務完了。
さすがジェンガだ。
実にやりやすい。
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「陛下、ご相談が…」
ルゥルゥ国五天将が一人、イスター。
彼女はだいたい俺に会うことが目的なので、内容はないに等しい。
だいたい最後はカルサに引きずり出されていく。
「ああ、陛下~~~」
「とっとと出てく!時間厳守!」
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「陛下、ご報告です」
五天将ズダイスや右大臣マンカラ
彼らは俺にいちいち相談などしない。
それぞれの上役であるジェンガやボードに相談し、俺には報告だけもってくる。
そもそも老練な彼らはだいたいのことは己で済ましてしまう。
実に助かる人材だ。
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「陛下、内々にご相談が…」
「陛下、こやつの言うことなど聞く必要ございませんぞ!」
左大臣パータリ・サスコと五天将ナーラン・シスコ
二人はだいたいセットでやってくる。
パータリは仕事はできるが私腹を肥やすことが大好きだ。
逆に言うと、そこを脇において取り立てたくなるほど優秀なわけである。
この優秀な男は、上役のボードと同僚のマンカラがいれば何でもこなせる。
だからわざわざ俺に相談にくるのは、この二人には秘密の案件なのだ。
一度何も知らずに了承してしまったことがある。
それ以降、必ずナーランが付いてくるようになった。
「陛下がお優しいことをいいことに勝手なふるまい、もう看過できんぞ!?」
「おおナーラン、幼馴染の私をそんな悪しざまに言うとは…。私は悲しいですよ?」
「幼い頃から何度その涙に騙されたことか…。もうその手には乗らんぞ!」
そんなやりとりで謁見時間は終了し、無理やり退出されていく。
仲がいいようで何よりだ。
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「先輩、ちょっとお時間いいですか?」
「リク君、今ちょっといいかい?」
馬路倉に柊
我らが異世界転移仲間たち
彼女たちは相談や報告などをもってくることはほぼない。
何か命令して行動を縛るつもりはないし、やってることはだいたいボードやジェンガが報告してくれる。
彼女たちの目的は、だいたい雑談だ。
こちらの世界のことから元の世界のことまで。
彼女たちが読んでた漫画の続きを教えてあげたりもした。
「こんな会話ができるときが来るなんて、想像もしていなかったよ」
そんなふうに笑う柊は、心から嬉しそうだった。
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「」
俺はトトカの声を聞いたことがない。
むしろ聞いたことあるやつなどいるのだろうか?
一部礼儀にうるさい人間が難癖つけようとしたらしいが、発言しないことはむしろ奥ゆかしく礼にかなうということで断念したらしい。
難癖つけても俺が止めるけどね。
トトカはこれでいいのだ。
いつものようにわかりやすい報告書を読む。
「お疲れ様。いつもありがとうね」
無表情のトトカだが、最近は少し表情がわかってきた。
今は笑ってくれた。
間違いない。
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ぼちぼちミサゴが来る頃かなと思ったが、現れたのは全然別の人物だった。
「陛下」
ハンニバル・トニトルス
連邦軍の代名詞とも言える男で、今は俺の直属。
あまり自分から俺のところに来ることはないのだが、いったい何の用だろう?
「たいへん申し訳ございませんが、相談したい議がございまして…」
相談だったよ…
連邦軍を率いて大陸制覇の直前までいった男に俺が何が言えるというのか
だがせっかく俺のところに来てくれたのだ。
俺は俺の全力を尽くそう。
「全然問題ないよ。いったい、どんなことかな?」
どんなことであっても、俺には難しいと思うが
「実は…」
どきどき
「姫様の、ことでございます」
彼が姫様と呼ぶのは、この世でただ一人
それは彼の元主
ヒュドラ連邦最後の大王、クレス・ヒュドラ
俺にいったい、何をしろと?




