116話 試し打ち
火薬の材料は揃った。
銃の量産化も目途がついた。
では早速実戦配備!と思ったが、少し拙速ではないだろうか?
なにせ銃というのはこの世界にはなかったものだ。
その威力や効果が知れ渡っているわけではない。
俺が「銃ってすごいよ」と言うからみんななんとなく信じてしまっているだけだ。
これは実に危ない。
なにせ俺の意見である。
元の世界のイメージで「銃ってすごい」と言ってるだけだなのだ。
裏付けなどないに等しい。
そこで俺は言ったのだ。
「銃の威力、みんなで確かめてみたいよね」と
みんなで確かめれば怖くないの精神
命令ではなく、あくまで希望
だがそれでも、うちのみんなならすぐに対応してくれるだろうと予測して
発言したのは朝食の場
昼に計画が報告され、明日には開催というスケジュールだろうか?
だが、俺の想像以上にみんなの動きは早かった。
朝食後、昼一にはできると報告されたのだ。
裏で準備してくれていて、あとは俺の指示待ち状態だったらしい。
すげえ。
銃よりうちのみんながすげえ。
というかやはり、俺って別にいらないんでは?
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「闘技場かあ」
ベガス最大の施設、闘技場
戦士同士の戦いだけではなく、模擬合戦すら行われるという。
ここなら銃の使用も全く問題ない。
今日は観客がいないため席はガラガラだが、関係者はたくさん集まっている。
みんな銃の威力の確認ができると高揚しているようだ。
しかし見ない顔もいるな。
闘技場の関係者っぽい。
だが、どうも見たことある顔がいる気がする。
あれはえっと…そうだ!前ここに来た時だ!
「君君、普段はここで解説?実況?やってるよね?」
「は?は、ははははははははははははははは、はい!!!」
とんでもない声量だった。
でもただの大声ではなく、洗練された大声。
そもそも声質がいいのだろう。
そしてよく訓練されている。
こんな咄嗟のことなのに、決して聞き苦しくないとはたいしたものだ。
「以前、俺がここに来たとき君が実況してたんだよ。熱がこもってて、臨場感あって、よかった。これからも、がんばってね」
俺の評価は過大評価というか勘違いだが、この彼女の実力は本物だ。
内心では「俺なんかに評価されても…」と思うが、他人の評価はそうではない。
俺の評価は、非常に価値がある。
なら、俺がそれを惜しむ必要などはない。
俺が評価して喜んでくれるなら、どんどん評価してあげるべきだ。
それで喜んでもらえて、さらに正当な評価がされるなら、それが何よりじゃないか。
「あああああ、あ、あ、ありがとう、ございます!!!」
そこからはまるで決壊したかのように語り始めた。
名前はガルガということ。
南方が戦争で負けた際に母親が奴隷となり、奴隷の子として生を受けたこと。
母だけが自分を愛してくれたのに、幼い頃に亡くなったしまったこと。
そのまま、ゴミのように捨てられたこと。
だが、オウランが拾ってくれたこと。
そして、オウランと共にこのベガスのために働いていること。
決して短い話ではなかった。
銃の試射の準備が進む中、日程にそれほど余裕があるわけではない。
だが、俺は彼女が話す話を全部聞いた。
そんな俺を、誰も止めようとはしなかった。
「英雄王陛下のおかげで、今の自分がいます。オウランの姐さんも、仲間たちもそうです。ずっと御礼を申し上げないと思っておりました。ありがとうございます。ありがとうございます…」
涙交じりの声
よく通るいい声がだいなしだ。
正直、俺よりオウランが彼女の恩人だとは思う。
だが、彼女が俺のことを恩人だと思ってくれているのなら
「今まで、よく頑張ったね。お疲れ様。君の未来がさらに明るくなるために、俺は、俺たちは、頑張るよ」
手を握り、目を見つめながらそう語る。
その手は小さかったが、固くぶあつい、働き者の手だった。
その後さらにガルガは大泣きし、オウランに慰められている。
なぜかそこにウェルキンも加わっていた。
南方の戦士団の戦士長が、なぜベガスの人間と関係あるのかさっぱりわからん。
だが、それより今は
「お館様、準備が整いましてございます」
「了解。ありがとう」
銃だ。
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標的は敵に見立てた鎧兜
それに相対するは10丁の鉄砲隊。
「構え!」
合図とともに一部の乱れもなく銃が標的に向けられる。
10人が10人ともルゥルゥ軍の選りすぐりの精兵。
彼らができなかったら、他の兵が銃を扱うなど絶望的。
そう言われるほどの者たちだ。
彼らはまだ知らない。
自分たちが今使おうとしている武器のことを。
この実験が終わった時、彼らはどう思うのだろうか?
今はわからない。
だが、すぐわかる。
覚悟を決めて、手を振り下ろす。
「撃て!!」
轟音が響きわたる。
文字通りの爆発音。
ある者は耳を抑え、ある者はその場にへたり込む。
鼻を衝くような硝煙の匂い。
その音と匂いに、皆ただただ衝撃を受けていた。
いや、皆ではない。
一部のメンバーは微動だにせず、その結果を注視している。
先ほどまで新品同然だった鎧兜
騎士がその身にまとい、敵の攻撃から命を保護する装備の数々
それが、ガラクタになっている様を
ある者は驚嘆しながら
ある者は淡々と
そしてある者は笑みを浮かべながら
見つめていた。
「見事なものですな」
最初に口を開いたのはハンニバルだった。
結果を淡々と受け止める、そんな口調だ。
「これは、我が騎士団は戦法を考え直さねばなりませんな」
対して驚きに満ちているのはゲンシンだ。
彼の率いる騎士達にとって、銃は間違いなく脅威だろう。
長篠の戦いが彼らで再現されるなどご免被る。
「音が良いですな。ときの声にふさわしい。この音と同時に敵がバタバタと倒れれば、兵の戦意も高揚するでしょう」
今度はズダイス。
こちらも淡々とした口調。
彼の戦術に活用できそうならば何よりだ。
「音もいいし匂いもいい。だが、一番はなにより射程と手軽さですね。指を動かすだけで遠くの敵を殺せるとなれば、命を奪うという罪悪感はほぼなくなるでしょう。これで、虫も殺せないお嬢様だろうと、兵士になれる」
笑いながらそんなことを言うのは、ジェンガだ。
うすうす気づいてはいたが、そうはっきり言われるとこちらに罪悪感が生まれてしまう。
とんでもないものを作ってしまったのではないかと、そう、思ってしまう。
だが
「これが、銃の威力だ」
だからこそ、今の人類に必要なのだ。
魔軍と戦うため。
生物としての圧倒的なまでの戦力差を、埋めるために。
威力の確認はできた。
有効性も確認できた。
これで、実戦配備が決定だ。
さあ、準備を始めよう。
と、思ったのに
「リク様、もう一回試し打ちお願いできますか?」
ジェンガがそんなことを言ってきた。
「別にいいけど、もっかい鎧兜を撃つの?」
何か再確認したいのだろうか?
「いえ、俺を撃って欲しいんです」
は?
「威力を、直接確認したいので」
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「いつでも大丈夫でーす!」
ガラクタとなった鎧兜の横で、ジェンガが元気よく手を振っている。
もうすぐ自分が横のガラクタのようになるかもしれないのに、なんであんなに笑っていられるんだろう?
誰も止めないどころか、当り前のようにこの現状を受け止めている。
理解できない。
「リク様!俺が合図しちゃいますねー!」
え?ちょっと待
「撃て!!」
そして響き渡る轟音。
二回目となれば少し慣れたか、倒れこむ者はいない。
いや、そんなことよりも
ジェンガは!?
「10ぐらいなら、余裕で斬り落とせますね。できれば、このさらに10倍ぐらいで試したみたい」
そもそも、弾が届いていなかった。
銃から放たれた弾丸は全て彼の周囲に落ちている。
切り裂かれ、バラバラになって。
これを確認するために、撃たせたと?
いったい何を考えてるんだ…。
でもまあ、自分が撃たれて威力を確かめないだけマシか
さすがに銃で撃たれるのは、ねえ?
「じゃあ、もう一回!今度は威力確認だから、みんな外すなよー」
おい!?
だが止める間もなく合図が行われ、轟音が再度響き渡る。
煙が晴れ、視界が開けたそこには
「おー、けっこう効くねえ」
銃の一斉掃射を受けながら、平然と立つジェンガの姿があった。
「いかがですかな?元帥」
「ズダイスはやめときな。お前だったらそれなりに怪我しちまう。ハンニバルやゲンシンは大丈夫だと思うが、試してみるか?」
「では儂ものちほど」
「私もぜひ。自分の体で確認させいただければ、対策も立てやすい」
…なんか試す気満々な人が他にもいるんですけど
「えっと、その、ジェンガ達が撃たれて大丈夫だとすると、魔物も大丈夫だったり、しない?」
ジェンガの反応はあっさりしたものだ。
「普通の魔物の毛皮は鉄と同程度か若干劣りますからね、ほとんどは銃で殺せますよ。一部の強力な種族や突然変異を除けば、問題はないかと。俺より丈夫なのがいるとすれば、まあ、魔王ぐらいじゃないですか?」
「あ、そう」
この世界で銃が発展しなかった理由がわかってきた気がする。
化け物は、化け物にしか倒せないからだ。
銃使うより、直接殴った方が強い奴らがいるんだね。
「前使ってたゼンマイ、あれで発射を連続にできないかな?」
「火薬補充が難しいかと…」
「逆に、連射できるような構造にしてしまうとか?弾丸本体に火薬を備え付けておくとか」
「…!火薬は難しいですが、錬金術師の扱う薬品の中にそのようなものがあるかもしれません」
「たしかに!ちょっと調べてみましょう!」
そしてこっちでは、うちの妹が銃を機関銃にすべく動いてらっしゃいますよ。
完全に好奇心とかそっちが目的なんだろうな。
そんな目を爛々と輝かせて、まあ…。




