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114話 火薬と銃

「量産ってことは、火薬の原料を大量入手できるってことだよね!?」


 さてどうするか…

 なんて考えてる間もないほど、柊の反応は劇的だった。


「どうやって!?どうすればいいんだい!?」


 近い近い近い!


 キラキラした瞳が目の前に押し寄せてくる。

 期待と希望に満ち溢れている。


 しかしどうしたものか。

 いくら問われようとも答えなどもっていない。


 ここで「実は嘘でした」なんて言えるような男だったらこんな立場になってはいない。

 辺境の村の居候で一生を終えていただろう。


 だが今は何も答えようがない。

 なにせ俺は火薬の材料が何かすら知らないのだ。

 たしか便所とか臭いものが関係してたとは思うのだが、詳細な知識は全くない。


 この万事休すの場面

 これは逆に逆手に取るチャンスでは?と思い至ったのである。


「待て待て待て、柊。周りを見ろ。ズダイスもハンニバルも全くついてきてないぞ。まずは二人にもわかるように説明してやろう」

「おお!これは申し訳ない。私の頭を何百年も悩ませていた問題が解決するということで、ついつい興奮してしまったよ。いやいや、年甲斐もなく恥ずかしい」


 興奮か恥ずかしさか、若干頬を赤らめながらそんなことを言う。

 だがさすがは伝説の英雄。

 すぐに取り直して二人に解説を始めた。


 まずは大砲、銃といった火器の概要。

 それは扱い方さえ覚えれば、ただの市民を瞬く間に兵士へと変えてしまうもの

 そして全身を鋼鉄で身にまとおうと、鎧ごと吹き飛ばす力をもつもの

 戦争を訓練された兵士の専任事項ではなくしてしまう兵器であることを、簡潔明瞭に伝えていた。


 ズダイスとハンニバルが息をのみ、そして瞳がギらりと光る。

 最大の懸念であった人と魔の戦力差。

 それを一気に解決する手段が見つかったとでもいうように。


 この火器の力の源泉こそ、火薬。

 だが火薬の材料はどれも入手が難しく、大量生産は困難だった。


「せっかく大砲をつくったんだけどね。肝心の火薬がないからバカスカ撃つこともできず、フラストレーションがたまるったらありゃしないよ」


 大砲のことを花火みたいに言うね。


「その火薬の材料というのは、そんなに入手が難しいのでしょうか?」


 ズダイスの問い。

 それに柊は苦虫を嚙み潰しきったような顔で答える。


「難しい。主に木炭と硝石に硫黄なんだが、硝石と硫黄がうちの国では入手困難なんだ。連邦みたいな大人口の場所なら硝石も大量に生産可能だろうけど、今から始めても手に入るのは何年後になるやら…」


 なるほど。

 便所が硝石で、くさいのが硫黄か。


 ただ今の話だと便所から硝石を取るのは時間がかかるらしい。

「連邦が仲間となった今、その問題は解決する」なんて口が裂けても言えないな。

 危なかった。


「硝石とは肥料に使われる、あの硝石でしょうか?」

「え?うん、そうだよ」


 ハンニバルと柊が何か話をしている。

 だが詳細は全く耳には入ってこない。

 どうすればこの場を乗り切れるかに脳をフル稼働させてるが、解は一向に見つからない。


「硝石でしたら、西方がいくらでもご提供可能ですぞ?」


 マジで!?


 思わず叫びそうになった言葉を抑え込み、声の主へと顔を向ける。

 そこには


「西方の特産物が聞こえたと思ってきてみれば…。英雄王陛下に解放王、ズダイス将軍にハンニバル卿と錚々たる顔ぶれですな。こちらにウェルキン殿がいなければ、とても話に入れませなんだ」

「ハッティ殿、お戯れを…」


 西方最大国家ハッティの王、ハトゥッシャ・ハッティ

 南方戦士団が戦士長、ウェルキン・ゲトリクス


 かつて不倶戴天の敵だった二人が、仲良く連れ立っていた。



 ---



「西方に、硝石あるの!?」


 二人の確執を知ってが知らでか、意にも介さず柊が食いつく。


「は、はい」


 その勢いにハトゥッシャはドン引きだ。

 ドン引きしつつもちゃんと説明するのは解放王への敬意がなせるものだろうか。


「西方の乾燥地帯では硝石が自然に取れるのです。英雄王陛下による統一前は他地域への輸出は厳禁でしたが、今は当然そんなことはございません。むしろ西方の特産品として売り込みを行っているぐらいでして…」

「すごいすごいすごい!硝石問題、一気に解決じゃん!」


 柊が飛び跳ねて喜んでいる。

 そして尊敬するご先祖様のそんな姿に圧倒されるハトゥッシャ。


 面白い光景だ。


「あとは硫黄か!硫黄は東方で少しとれるよね!?」


 硫黄といえば温泉

 確かに東方には温泉が少しあるから、とれないことはないと思うが


「硫黄でしたら、南方がご提供できるかと。南方火山地帯でしたら、それこそ腐るほど硫黄がございますので」


 さらりとしたウェルキンの答え。

 それとは対照的に柊の反応は情熱的だった。


「ぬおおおおおおお!?」


 ウェルキンを抱きしめ、筋骨隆々のその体が軋むかと思うほど締め付けたのだ。


「ありがとう!ウェルキン君!私は今、とても感動しているよ!」

「お、お放しくださいぃぃ」


 必死の形相のウェルキン

 あの戦士長をここまで苦しめるとは、さすが人類最強が一角…!


「おお、悪かったね!ついつい感動しすぎて申し訳なかったよ!」


 柊は爽やかな笑顔でウェルキンを解放した。

 それと同時に二人に硝石と硫黄の収集を指示する。


「最優先事項で頼んだよ!」

「ははっ」

「御意」


 連れ立ってきた二人は去る時も一緒だった。

 こんな日が来るとは、ちょっと前まで大陸中の誰も想像できなかっただろう。


 南方と西方の憎しみが完全になくなったとは言わない。

 だが間違いなく、少しずつだろうと、改善は進んでいる。

 そしてその結果


「西方の硝石に南方の硫黄、これでほぼ火薬の材料は揃った!」


 今、俺たちは新たな力を手に入れる。


「火薬の調合だったら聖王国に任せてくれたまえ!うちの職人たちの腕は確かさ!」


 魔軍との戦いの切り札、銃火器を。



「さて、リク君!では次の話に移ろうか」


 おや?


「火薬の目途は立った。では肝心の銃と大砲の大量生産について、教えてくれたまえよ!」


 話は、まだ続いていた!



 ---



 考えれば当然である。

 そもそも最初に話をしているのは銃の話だった。

 量産化というのは銃の量産化のことなのだ。


 柊にとってその最大の障害は火薬だったから火薬の話を最初にしただけで

 それが解決以上、銃の話に移るのは当然なわけである。


「もったいぶらないで、早く教えてくれよー」


 さっき以上にキラキラした瞳。

 長年の懸念である火薬があっさり解決した今、彼女の俺への信頼度はさらに増してしまっている気がする。


 さっきも近かったが今度はもっと近い。

 吐息がかかるどころかいい匂いまでするじゃないか。

 ミサゴと少し似てる気がするぞ。


 そうじゃない!


「まあ、落ち着け。椅子に座って茶を飲め」

「ぶーぶー」


 仲良くなったと言うべきかなつかれたと言うべきか

 よい傾向なのだとは思う。

 たぶん


 椅子に座り、四人でテーブルを囲む。

 その上にはさっき柊が出した銃が一丁。


 見るだけで思わずため息が出てしまう。


 これの量産化。

 そんな知識や能力があったら俺は普通に自力で成り上がれただろうに。

 できないからこそ悩みが多いのだ。


 ハンニバルに目を向ける。

 彼の元上司であるエキドナなら、異世界転移して一国の大将軍にまで成り上がった彼女なら何とかできたのだろうか?


 そして俺は気づいた。

 そう、エキドナなら何か試している可能性があると。


「ハンニバル」

「はっ」


 真剣な眼差し。

 俺の次の言葉を一字一句聞き逃さんとしている。


 頼む…!


「これとは違う、もっと長い筒状のものをエキドナは試作していなかったか?名前そうだな…ライフル、とか」


 エキドナ、信じてるぞ…!


「もしや…」


 もしや?


「しばしお待ちください!」


 ハンニバルが飛び出していく。

 老人とは思えない素早さどころか、人とは思えない俊敏さだ。


「なるほど、エキドナか…。元連邦大将軍エキドナ。彼女も私たちと同じなんだっけ?」

「ああ」


 その一言で柊は納得してくれた。

 一方、俺は背中が汗でびっしょりだ。


 おそらくハンニバルが戻るまでに要したのは数分

 俺には筆舌にしがたいほど長く感じられた、針の筵のごとき数分間だった。


 だがハンニバルがもってきたものを見た瞬間、その苦しみは全て昇華された。


「陛下、どうぞこれを」


 細長い包みから取り出されたそれは、まごうことなき火縄銃!

 遠足で行った歴史博物館で見たのとそっくりだ!


「大将ぐ、いえ、エキドナの命で連邦の職人につくらせたものでございます。大しょ、エキドナは”ライフル”と呼んでございました」


 エキドナはやはりライフルをつくろうとしていたのだ!

 俺は君を信じていたよ!


「ありがとう、ハンニバル。そしてお前のエキドナへの敬意は理解している。大将軍と呼ぼうと、俺は気にしない。好きにするといい」

「…!ははっ。ご配慮、ありがとうございます」


 むしろ今は俺が彼女を大将軍と呼びたいぐらいだ。

 いやーよくやってくれた。

 大逆転勝利だよ。


「連邦が銃を開発しているとはね…」


 柊が感心している。


「これはどのように使うのでしょう?」


 ズダイスの問いに対して、ハンニバルが説明する。

 火薬を入れて玉を込め、火縄で爆発させて発射する、その原理を。


「つまりそれらさえできれば、誰でも戦場に立てるわけですな」

「いかにも」

「素晴らしい」


 ズダイスの瞳が爛々と輝いている。

 なかなか怖いぞ。


「では陛下、つまりこれを量産化するわけですな?」


 さあ、〆の時間

 と思ったが、ふと気づいた。

 なぜエキドナはこれを試作品だけにとどめていたのかと。


 なぜ彼女は、これを量産化していなかったのだろうと。


「連邦の技術では、この試作品をつくるのが精いっぱいでした」


 その答えはハンニバルの口から語られる。


「幾百幾千の失敗からようやくできたこの一品。量産化は労力と費用に見合わないと、計画はやむなく中止となったのです」


 量産化しなかったのではない、できなかったというその事実。


 今日何度目だろう。

 何度、俺は絶望すればいいのだ。



 火薬は手に入る。

 大砲も問題ないだろう。

 だが肝心の個人用武器である銃の量産化。


 俺が大言壮語して実現すると豪語したこと

 それがかなわなければ、問題は何も解決しない。


 目をつぶり、天を仰ぐ。

 もはやこれまでかと瞼を上げると


「ふむ。それが銃とやらか?」


 そこには見事な双丘が


「どれ、妾に貸してたもれ」


 この膨らみにこの声、そして柊そっくりのいい匂い


「リクよ。これを作れそうな職人、そなたなら心当たりがあるであろ?」


 ミサゴがニヤリと笑う。

 まるで俺が大手柄でも立てたかのように


「そなたが後宮から解放し、今はベガスにて腕を振るう数々の職人たち。彼らなら、これを作れる。そうであろ?」


 南方と西方によって火薬の大量生産が可能になった。

 銃は連邦がすでにつくってくれていた。

 人類世界が統一したことで、これらの問題が一挙に解決した。


 そして残された唯一の問題

 銃の量産化


 大陸東方の国家、ルゥルゥ

 その職人たちが、最後のピースとなってくれそうだ




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