113話 老将達と茶飲み話
いかにうちの皆が優秀とはいえ、昨日の今日で戦争ができるはずもなく
「各国への転移用魔法陣の配置を最優先に。これで兵士の移動経路は確立できます」
「旧連邦の民への配慮は最大限で。いくら大陸最高の穀倉地帯とはいえ、負担を一身に受けては不満もたまるでしょう。陛下より賜った親書、必ず各地に届けるように」
「西方からの軍馬の調達は順調ですか?よろしい」
「聖王国のマジノ砦の定時連絡は、問題なしですね。定時連絡が1秒でも遅れたら直ちに確認に向かうように」
様々な命令が飛び交い、それに伴って人も物も大移動だ。
準備はまだまだかかりそう。
俺もさすがに学習し、自分も何か…なんてことは言わない。
明らかに俺でもできそうなこと、例えばお願いの手紙を書くとか、ぐらいしかやっていない。
俺の手が必要になればきっとみんなから話しかけてくれるだろう。
余計なことをして余計な混乱を起こすのはこりごりだ。
何もしないのが一番の手伝いなのである。
そんな風に周囲の忙しさとは対照的に無為の時間を過ごしている。
今も城の中を適当にぶらついているのだが
「あのときは誠にしてやられました」
「とんでもない。たまたま運が良かっただけですとも」
「幸運があれほど連続するとも思えませんが…。まあ、此度の戦いではそうなってくれることを切望いたします」
「まことに。心より女神に祈りますとも」
珍しい組み合わせ
一人目は旧ヒュドラ連邦の将軍、ハンニバル
二人目は我がルゥルゥ五天将が一人、ズダイス
そして三人目は
「いやいや、さすが歴戦の勇士たるお二人の話は染みるねえ。この歳になってもまだまだ学ぶことばかりだよ」
聖王国国王、アオバ・オウル
その正体は悠久の時を生きてきた人類の解放者、解放王。
柊伊弦
いったい何の話をしてるんだろう?
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「「陛下」」
二人の将軍は俺に気づいてすぐに直立不動して最敬礼
「おや、リク君じゃないか」
柊は笑いながら手を振ってくる。
後者の対応のほうがありがたいのだが、なかなかままならんのう。
「珍しい組み合わせだね」
「確かにこの場に陛下がいらっしゃるのは初めてですな」
この場にってことは、もう定番の会合なのか。
たまたまそこに俺が鉢合わせただけと。
「元々はハンニバル将軍とズダイス将軍が茶飲み友達だったんだよ。この老練な組み合わせに、不詳ながら私も入れてもらったってところさ。しかしさすがは二人とも大陸に名をはせた名将。いい勉強になってるよ」
「お戯れを…。伝説の体現者たるお方の前では我が戦歴など些末事。恐縮の至りです」
「まことに。むしろ魔軍の戦い方などこちらが教わってばかり。感謝の言葉もございません」
そんな風に三人が三人ともお互いを褒めあって恐縮しあってる。
まあ、おそらく全部本当なんだろう。
向上心に満ち満ちたこの三人は、自分よりも優れた部分のある他二人の知識をどん欲に吸収し、さらに自分の知識や経験を共有して高めあっているのだ。
すごい。
「ハンニバルとズダイスは結構昔からの知り合いなの?」
ハンニバルがうちの国に来たのは最近だ。
でもさっきは思い出話をしてたようだし、古い知り合いなのだろうか。
「私とハンニバル将軍と数十年の付き合いになりますな」
「はい。ただこのように顔を合わせたのは私がルゥルゥ国に来てからになりますが」
いったいどういうことだろう?
その答えは、実に単純だった。
「戦場では、あれほど相まみえたというのに不思議なものです」
二人は、好敵手だったのだ。
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俺の即位前、ルゥルゥ国がイヅル国だった時代
ミサゴの父親、ファルコンがイヅル国の王だった時代
ファルコンは戦国時代を、解放王ヒイラギ・イヅルの子孫である各地の王が相争うこの時代を憂いていた。
なんとか戦乱の時代に抵抗しようと、各地に援軍を送って戦火を抑えようとしたのだ。
「焼け石に水、でしたが…」
不敗の宿将たるズダイスはどこの戦場でも負けなしだった。
だがそれはしょせん戦場の勝利に過ぎず
いかに戦術的に勝利しても、戦略的な勝敗を決するまでには至らなかったのだ。
「そのころから、ハンニバル将軍とは何度も戦ったものです」
「ラクス大王陛下はあなたを蛇蝎のごとく嫌っておられましたよ。「ズダイスさえいなければ、もっと容易く勝てたのに」とね」
「ファルコン陛下も同じですね。将軍さえおられなければラクス大王の野望を潰えさせれるのに、と嘆いておられました」
二人とも朗らかに笑っているが、そんな話題なのだろうか?
お互いの主君が心から消し去りたいと思ってたい相手なのに
名将の考えることはわからん。
「そんな関係も、ファルコン陛下の崩御とともに終わると思っていましたが…」
「ラクス陛下はさぞや喜ばれたのでは?」
「それはもう。あの笑顔は忘れられませんよ。「これで二度とズダイスの名を聞くことはないだろう」とそれはもうお喜びでした」
「ラクスちゃんには数回会ったことあるけど、なかなか難しい子だったからね…。その笑顔が頭に思い浮かぶよ」
「…ただ残念ながら、そうはなりませんでした」
ファルコンの死後、イヅルの王としてミサゴが即位した。
だが後の偽王、ファルコンの弟が彼女を宮殿の奥深くに追いやり政治へと遠ざける。
兄を殺し、姪を幽閉し、己が摂政となって国家に君臨したのだ。
「かつて戦火を止めるためと派兵された我らでしたが、今度は逆に戦争を糧とする傭兵として、大陸中を駆け回ることとなったのです」
戦争に次ぐ戦争
各地の戦場を転々とし、金のためなら昨日までの友軍にすら剣を向ける日々
だが皮肉にも、その戦いが彼の名を大陸中に轟かせた。
どのような負け戦からでも依頼人を救い出し
どんな不利な戦場だろうと撤退戦を成功させる。
絶対勝てない戦いだろうと、決して敗北することはない。
”不敗の宿将”ズダイス
「なんとか負けないよう、部下と共に生き残るよう、必死だっただけでございます。この身には、過ぎた二つ名です」
決して負けない
それがどれだけとんでもないことか、想像に難くない。
本人は謙遜するが、その偉業に改めて俺たちは感嘆するしかない。
「セーケの戦いなど、儂は今度こそ勝てると確信したのですがな…。まさかあのような手を使ってくるとは、感心するほかありませぬ」
「いやいや、しょせんは奇策にすぎませんとも。あのような邪道、再び成功させるなどとうてい不可能です」
「一回でも成功させれば大したものだよ。あの戦いの顛末を聞いたときは、何の嘘か冗談かと疑ってしまったものさ」
一歩間違えれば自分が死んでたのに、よくこんなに笑顔で話せるなあ
思考回路がわからん。
「これから始まる魔軍との戦い、奇策で勝利を得るようでは先がありません。正面からでも戦って勝てる力、戦術、戦略、それらが求められるでしょう」
「その通りです。ゆえに魔軍との戦いにおける第一人者、イヅル様。そのご経験と知識は人類の宝と言うほかないでしょうな」
突然話をふられた形となった柊。
照れくさそうに苦笑いしている。
「そんな大したもんじゃないんだけどね…。勝ったり負けたりしながら、なんとかやってきただけだよ」
だが、その瞳は真摯に二人の老将へ向けられている。
「ただ、経験だけは間違いなく人類一番だ。それを君たちに伝え、これからの戦いに生かしてくれるなら、嬉しいことこの上ない。頼んだよ」
「御意」
「恐悦至極」
二人の受け答えは真剣だ。
邪魔して悪かったかな、なんて思いながら席を立とうとする。
だがハンニバルに呼び止められた。
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「陛下、実はご相談したい議がございまして」
「昔話に花が咲いてしまっておりましたが、元々今日はそのことを陛下にいつご相談するかが主題だったのです」
「そこにリク君が自ら来てくれるとは、文字通り渡りに船ってやつだよ。気が利きすぎじゃんね」
しまった!
とんでもないタイミングで来てしまった!?
俺の手が必要ならいつでも手を貸そう
命の危険があろうと全力で立ち向かう覚悟はできている
ただ、それはあくまで俺にできることならば
この三人が困るような難題、俺が解決できるはずがないだろうに!
蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
その沈黙はYesだという誤解を生んだのだろう。
ハンニバルが口を開く。
「問題というのは魔物と我らの間に聳え立つ、圧倒的なまでの差にございます」
ハンニバルが言う圧倒的な差というのは、量と質のことだった。
以前言及したことがあるが、質の差は圧倒的だ。
標準的な魔物と一対一で戦えるのは兵士の中でも精鋭クラスのみ。
一般的な兵士では数名がかりでようやく互角。
民間人では肉の壁にもなりはせず、一瞬で命を散らされるだろう。
そしてそれは数の差にもつながる。
魔物は猛獣と同じように、雌雄の別なく年齢もさほど影響なく戦うことができる。
それに対して人類で戦えるのは兵士だけ。
しかも数人がかりでようやく魔物一匹と対峙できる。
この圧倒的なまでの二つの差
そこが今回の戦争の一番の肝なのだ。
正直、「そんなこと言われても…」という感じだが、頼られた以上は黙っているわけにはいかない。
元の世界のなけなしの知識をフル動員し、必死で考える。
ここで一つの光景が頭に浮かぶ。
先日行ったマジノ砦。
あそこで目にした、あるもの。
かつて本や映画の中でよく目にした、黒くて長いもの。
「大砲。あれをもっと小さくして携帯できるようにして…。そう、銃!銃を量産すればいいんだ!」
これぞ天啓!
俺の記憶力が久々に活躍してくれた!
「銃?」
「それはいったい…?」
不思議そうな顔をする二人。
さてどう説明したものかと思うと、残念そうな声が聞こえてくる。
「もちろんそれは考えたよ。だから私も四苦八苦しながらも大砲をつくって、マジノ砦に設置したんだから」
声の主は柊
そしてその発言内容は考えれば当然のこと
だってマジノ砦の主は、彼女なんだから
「ただ量産化が難しくてね…。銃に至っては構造の複雑さに加えて小型化が難しくて難しくて…。ずいぶん前にこの試作品を作って以来、何も先に進んでないんだよ」
そして懐が取り出されるのは一丁の拳銃
俺は異世界転移の大先輩の前で、とんでもないことをを口走っていた。
俺が名案だと思ったのは
当り前にも当り前すぎる
転移者なら誰でも思いつくような
至極、単純なことだったのだ。
「でもリク君が口にするほどだ。何か、考えがあるんだよね?」
少し声が明るくなり、問いかけてくる。
先ほどが蛇に睨まれた蛙なら、今は象の前の蟻だろうか。
圧倒的な存在感を前にして、もはや自分が消えてしまいたくなる。
あ、これはただの願望だった。
何か言わなければ
でも何を?
起死回生の一言
この場を解決し、人類の未来も解決する案
そんなアイディアは思い浮かぶはずもなく
「りょ」
「りょ?」
ただの願望を、口にする。
「量産化の問題は全て解決できるんだよ。今の、俺たちならね」
柊の目が輝く。
それにつられ、二人の老将の表情も希望に満ちる。
久々にぶちまけた大法螺
さて、どうやって話を収束させようか?




