110話 魔界侵攻
創世神話曰く
神は最初に、人と魔を創りたもうた。
そして彼らが生きていくために、天や地、水に動植物を生み出された。
神は望まれた。
人と魔が共に歩むことを。
お互いが切磋琢磨し、手を取り合いながら世界を正しく導いていくことを。
だが、現実は違った。
皮肉なほどに。
魔は人を支配し、従属させ、奴隷とした。
種族としての差がもたらす力の差は絶望的なまでに圧倒的で
この階級社会は永遠に続くと思われた。
そう、解放王が現れるまでは。
魔族は大陸の北へと追いやられ、人類は魔の支配から解放された。
そして謳歌した。
自由と繁栄を。
もちろん、それを座視する魔族ではない。
一部の魔王や大魔王が何度となく人間界への侵攻を試みる。
そして、それらは全て阻まれた。
人類の守護者、聖王国の手によって。
こうして保たれてきた人と魔の均衡
悠久の時を経て今、ついにこれが破られようとしている。
初代大魔王の再来とも言われる、当代の大魔王
圧倒的なまでの力と残忍さ
古き魔王達すら物の数とせず、ある者は滅ぼし、またある者は隷属させた。
この大魔王が魔界を統一した今、人間界への侵攻は時間の問題だった。
誰もが確信していた。
人と魔の最終戦争が始まると。
誰もが疑いもしなかった。
その火ぶたは、大魔王の手によって切って落とされると。
だが、英雄王リク・ルゥルゥは言った。
今こそ、人類が魔界に攻め入る時だと。
史上初めて、人類が魔族に対して攻勢をしかけると。
そう、高らかに宣言したのだ。
史上初めて人類を統一した男が
史上初めて魔族へと宣戦布告する。
今、新たな神話が幕を開ける。
---
謁見の間を選んだことに、深い理由はなかった。
「普通に寝室に帰るでいい、兄様?」
「いや、馬路倉やボードが俺たちを待ち構えているかもしれん。寝室は避けるべきだ。帰宅早々怒られるのは勘弁願いたい」
「た、確かに…」
カルサも馬路倉の前ではおとなしくなるからな。
本気で怯えてる。
今夜の騒動が何事もなく終わるとは思えんが、帰ったらまずは休ませてほしい。
だから人のいなさそうなところがいい。
こんな早朝で人がいないところといえば
「謁見の間だな!あそこしかない!」
「そうねえ。こんな朝早くに謁見も何もないし、肝心の兄様はいないし」
カルサも納得の場所。
いいよいいよー
「じゃあ、行きましょうか」
そして俺たちは飛んだ。
謁見の間に。
そして驚愕した。
そこが人で埋め尽くされていることに。
「ど、どうして…?」
最前列には馬路倉にボードもいる。
馬路倉の姿を目にしたカルサは狼狽えてしまい、俺の方に少し倒れこんでくる。
だが、俺は動じない。
これだけの面々が揃ってるとなると、俺を叱るようなレベルの話ではない。
もっと大きなことが起きている。
皆揃って、何か大きな勘違いをしているわけだ。
俺の行動を深読みし、勘違いし、そしてここに集結した。
さすがにこれだけ勘違いされまくってきたらそれぐらい想像がつく。
こんなとき、俺がすることはただ一つ。
「皆、集まっているようだな」
現実をありのままに受け止めるのだ。
今ならば、まるでこの集結が当然であるかのように発言する。
指示していたわけでも意図していたわけでもないが、全力で皆の勘違いに乗っかるのだ。
それしかない。
だって、何が起きてるのかわかんないんだもん。
「お帰りなさいませ、リク様」
ジェンガの迎えの言葉
それと同時に皆が一斉に跪く。
謁見の間が揺れる。
この物理的な衝撃は何度体験しても慣れない。
内心震え上がりそうだが、足を踏ん張り耐え抜く。
そして考える。
次に何を発言すればいいのかと
これがボードだったら色々話してくれたのだろうが、ジェンガは具体的内容を口にしてくれないのだ。
どうも自分が出しゃばりすぎるといけないと思っているふしがある。
もっとヒントを与えてくれていいのよ?と思うが仕方ない。
なにせ勘違いされているのだから。
あまり考え込むのもいけないので、淡々と事実を言おう。
「少し、魔界を見てきた」
場がざわつく。
予想外の発言だったのだろうか?
だが悪い雰囲気ではない。
驚きながらも好意的に受け止めてくれているようだ。
では、この調子でいかせてもらおう。
「魔軍はこちらに攻め入る準備を進めている。準備は始まったばかりだが、悠長にしていられる時間はなかろう」
見てきた状況をそのまま伝える。
やつらの準備は始まったばかり、今こそ攻めるチャンスだと。
これで戦いの機運が高まり、攻め込む準備が始まるだろう。
そう思った俺の予想は、ボードの言葉で大きく裏切られる。
「では早速、こちらも準備を進めましょう。やつらに人間界に攻め入ることがどれほど困難かを、人間の力を、教えてやりましょう!」
ええ?
なんで攻め込まれるのを待つの?
もしかしてあいまいな言い方でわかりにくかったのだろうか。
いやいや、はっきり伝えたはず。
ならば珍しく悪い方向で俺の言葉が勘違いされてしまったのだろうか。
大いに盛り上がってるところ申し訳ないが、訂正させてもらおう。
「何か皆、勘違いしてるようだな」
いつも勘違いばかりだけどね。
「やつらの準備を待ってやる必要などない。準備が整う前に、横っ面を張り倒してやる」
場が静まり返る。
どうもまだ俺の考えが伝わってないようだ。
もう一度、はっきり言っておこうか。
「全軍でもって魔界に攻め入り、大魔王を討ち滅ぼす!」
ジェンガの目が輝く。
ハンニバルをはじめとして将軍たちが武者震いをしている。
どうやら理解してくれたようだ。
じゃあ最後にもう一度、盛り上げていこうか!
「総員、直ちに準備せよ!やつらに時間を与えるな!」
「「「ははっ!!!」」」
謁見の間が震える。
大歓声が上がり、我こそ一番槍とばかりに皆準備へと奔走し始めた。
瞬く間に謁見の間から人がいなくなる。
残ったのは、俺とカルサを除けばボードと柊だけだ。
「お館様」
ずいぶんと顔から血の気が引いている。
こんなボードを見るのが珍しいな。
「どうかご教示願えないでしょうか?」
俺が?ボードに?
何を?
「人類史上初となる、魔界への侵攻。作戦概要をどうか、さわりだけでもお願いいたしたく」
そう、俺は知らなかったのだ。
「地図がないどころか地形すら不明。そんな魔界へどのように攻め入るのか、どのような準備がいるのかを」
人類が、魔界に攻め入ったことなどないということを
「私も知りたいね。大軍が通あれるようなルートなんて、むしろ危なくて近寄ることもできない。そんな魔界へどうやって攻め込むのか。少なくとも私には、聖王国には、この千年、できなかったことさ」
魔界が、文字通りの人外魔境の地であることを
---
空を仰ぐ。
だが、天井しか見えやしない。
ボードは勘違いしていたわけではなく、当然の反応をしていただけだった。
むしろ俺が勘違いして、とんでもないことを口にしてしまったわけだ。
だが、一度口にした言葉がどうしようもない。
俺は、この責任をとらねばならない。
「柊、それは皆の前で話そう」
だからとりあえず今は
「ボード、会議の間へ皆を集めてくれ。細かい人選は、一任する」
こうして、時間を稼ぐ。
「魔界侵攻作戦、寸分たりとも間違いは許されない。二人とも、大いに働いてもらうぞ」
「ははっ!」
「それはもちろんさ」
二人が去って行ったあと、今度こそ俺とカルサしかいなくなった。
それと同時に玉座へ倒れこむ。
「カルサ、どうしよう…?」
カルサへ助けを求める。
可愛い妹はどうしようもない言わんばかりに首を振る。
だが
「頑張るしかないわね、兄様」
そう言って、頭をなでてくれた。
もう少しだけ、頑張ってみよう。




