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109話 リク・ルゥルゥ

 全てが嫌になり、逃げてきた。

 自分一人では逃げることもできなかっただろうに、カルサが連れてきてくれた。


 それだけでなく、どこまでも俺について来てくれると言う。

 彼女も全てを捨てることになるというのに。


 俺のために。

 俺なんかのために。


 本当に逃げていいのかと自問する。

 だが自分に何ができるのか?

 何もできはしないではないか。


 考えても考えても、結論は変わらない。

 ひたすら続く堂々巡り。

 何も決めることができない。


 そんな俺を、カルサは先ほどの笑顔のまま黙って見守っている。

 全く動じずに。

 優しい瞳で。


 きっと、俺がどんな結論を出そうと受け入れてくれるのだろう。

 そう考えると、胸が張り裂けそうだ。


 だから俺は、腹をくくった。


「カルサ、お願いがある」

「なあに?兄様」


 優しい声。

 例え全てから逃げようと、この声だけは裏切れない。


 だから


「人間界と魔界の境って、行ける?」


 まずは前へと、逃げてみることにした。



 ---



「これが、魔界か…」


 聖王国の北端。

 万里の長城と呼ばれ、かの戦闘国家が築き守り続けたマジノ砦を中心とした世界最大最長の防衛線。


 その向こう側に広がる広大な土地。

 極寒の大地とそこに適応した動植物。

 ただの人間が踏み込もうものなら、半日と経たずに屍をさらす羽目になるだろう。


 この更に先に、いるのだ。

 大魔王が。


「カルサ、少しだけ魔界に入れるかな?」


 俺の問いに、カルサは少しだけ顔をしかめる。


「本当に、少しだけ?」


 寒そうに両手にはーと息を吹き当てながら。

「奥まで行きたいなんて言わないでしょうね?」と怪訝そうな顔で。


「もちろん」

「はーい。仕方ないんだから」


 できるだけ平静を装って。

 それに合わせるようにカルサもいつもの調子だ。


 そして俺たちは、魔界へと足を踏み入れた。

 まるで散歩にでもでるかのような気軽さで。



 ---


 魔界へと足を踏み入れる。


 そこには、魔軍がいた。


 おびただしい数の魔物たち。

 統率がとれ、粛々と進められる戦争準備。

 これを見ればかつて魔法国に攻めてきたワーズワースの軍が苦し紛れの大脱出だったことがよくわからる。

 それほどに、この魔物たちは軍隊として洗練されていた。


 その標的はもちろん


「人間界に攻め入る準備、かね?」

「でしょうね」


 人間界に攻め入る準備。

 それしか考えられない。


「準備は始まったばかりって感じかな?まだ時間はかかりそうね」


 正直俺にはよくわからない。

 カルサが言うならそうなのだろう。

 すぐにというわけではないようだ。


 だが、それはその未来が近いか遠いかだけの違い。

 間もなく魔軍が攻めてくる、その事実は変わらない。


 一目で人の脅威とわかるこの魔物たち


 人の倍の大きさはあるもの

 鋼のような外骨格をもつもの

 剣のように鋭い爪や牙をもつもの


 ただの人間なら勝負にもならない。

 なすがままに蹂躙されるだけだ。


 徴用されただけの一般兵も同様だ。

 武器を持っているかいないか、それだけの違いだろう。


 では志願し、訓練された兵ならば

 数人がかりで囲めばかろうじて、といったところか。

 同数での戦いとなれば、目も覆わんばかりだろう。


 聖王国聖騎士団、タキダ騎士団、魔法国宮廷魔術師団

 彼ら精兵達ならばどうだろう

 これでようやく互角

 五分五分に戦える。


 人と魔物

 この二つの生き物、種族としての差

 それはここまで圧倒的だ。


 それが集団で

 かつてない規模で

 人間界へ雪崩れ込んでくる。


 もしまだ人間同士で相争っている状態だったらと思うとぞっとする。

 協力も連携もできず、仲間割れに血道をあげていただろう。


 滅びゆく運命にも関わらず、自国の権益を守るために。

 断頭台に昇るのが少し遅れるだけなのに。

 国が亡びるそのときまで、認めることができずに。


 だが今、そんなことは起きない。

 なぜか?


 それは、人類が統一されたから。


 一人の王の下、人類は今、一つになったのだ。


「…カルサ」

「なあに?兄様」


 さっきと同じように

 カルサは優しく俺に応えてくれる。


「俺って、強くないよね?」

「そうね。むしろ下から数えた方が早いくらい?」

「だよねえ」


 俺は強くない。

 剣も魔法もからっきし。

 喧嘩なんて生まれてこの方勝てた記憶がない。


「俺って、別に賢くないよね?」

「別に悪いとも思わないけど。そうねえ。戦術戦略、国家の運営、ここらの才能はあたしが知る限り、見たことないかな?」

「うん。俺もそう思う」


 俺は知恵者じゃない。

 軍の指揮も国家の統治も、自分でなどできはしない。

 一生懸命勉強して平均点より少し上。

 その程度の男だ。


「そう、俺は強くもないし賢くもない。先頭に立って戦うことなんてできないし、奇跡のような作戦で戦争を勝利に導くこともできない」


 一般的に思い浮かべる英雄像

 それらは何一つ満たすことができない


「だけど、気づいたんだ。たった一つだけ、できることがあるって」


 俺に、できること


「そしてそれは、他の誰にもできないことだって」


 俺にしか、できないこと


「それは、人類を一つにまとめあげること」


 何の因果か、運命の皮肉か


「俺だけが、それをできるんだ」


 何もできない、俺だけが



 ---



「たいした自信ね?」


 口調は茶化すように

 だが真剣な瞳でカルサが問いかける。


「自信というか、事実かな。今までさんざん見ないふりをしてきたが、さすがに認めざるを得ない」

「実は生きてた解放王。彼女にもできそうな気がするけど?」

「一瞬それは考えた。でも無理だ。今の彼女は聖王だ。たとえ彼女が解放王だという事実が知れ渡ろうと、それだけで従うほど人の心は簡単じゃない」


 もちろん頭は下げるだろう。

 だがその腹の内はどんなものやら。

 面従腹背の未来が目に見えるようだ。


 解放王は過去の伝説

 権威付けとしては最高だろうが、人が本当に従うのは権威ではない


「今を生きる人々を動かせるのは、今を生きる人間だけだ」


 現実に自分たちを導いてくれる存在に、人は従うのだ。


「今を生きる伝説、それが英雄王ってこと?」


 英雄王

 誰かがそう呼び始め、まるで俺の二つ名のようになっている。


 辺境の村から兵を起こし、悪しき王を誅した男

 瞬く間に東方各国を従えた、百戦百勝の名将

 西方の覇者たる魔法王を跪かせ、魔王をも征する新たなる伝説

 西方と南方の憎しみの連鎖を止めた、慈悲深き王者

 世界最大最強たる連邦をも併呑し、人類統一を成し遂げた王の中の王


 英雄王、リク・ルゥルゥ


 実像と違いすぎて笑ってしまう。


 なぜか反乱軍の指導者に祭り上げられた。

 周囲の活躍で反乱を成し遂げ、場の雰囲気にのせられて即位した。

 東方各国になんて何もしてない。

 勝手に戦争を吹っ掛けられ、相手が勝手に負けたのだ。

 魔法王は実は高校の後輩だった。

 貸してもらった魔力でどや顔してたら、魔王ともども跪かせてしまった。

 連邦との戦争だって何もしていない。

 俺以外のみんなが頑張って、彼らが勝利に導いたのだ。


 自分で頑張ったと言えるのは南方の件くらいだろうか?

 俺がやったことと言えば、ただ殴られるのを我慢したことぐらいだが。


 だが、それでも


「英雄王。それだけが、人類を導ける」

「他人事みたいに言うのね?」

「そりゃ俺本人とは全然違うからね。正直、別の人の話にしか聞こえないよ」


 だが、それでも


「リク・ルゥルゥが、英雄王なんだよ」


 その事実は、変わらない。


「安藤陸はただの一般人だ。だが、リク・ルゥルゥは違う。この英雄王と呼ばれる男なら、全人類の頂点に君臨し、大魔王に立ち向かうことができるんだ」

「それが、勘違いから生まれたものだとしても?」


 カルサの瞳は、真剣そのもの

 俺の本心などすべて見透かすように、問いかけてくる。


 だが、それでもなんだよ。カルサ


「たとえ勘違いだったとしても、その結果から生み出されたものは、現実なんだ」


 勘違い


 会う人会う人みんな俺のことを大人物だと勘違いしてくる。

 本当の俺を見てくれているのは、カルサだけかもしれない。


 皆が俺に期待の眼差しを向ける中、彼女だけが心配そうに見つめてくる。

 そんな彼女が見ているのが、真実の俺なのだろう。


 だが、皆の瞳に映っている俺こそが、現実の俺なのだ。

 俺に、求められている姿なのだ。


「兄様、これが最後の機会よ?」


 だからカルサは、最後の最後まで俺を心配してくれている。

 彼女の知る俺は、これから起きる重責を担えるような男ではない。


 俺もそう思う。

 本当は逃げたい。

 カルサと一緒に。


 それでも、否定する。

 最後に、もう一度だけ。


「だけど、俺だけなんだよ、カルサ」


 そう、俺だけ


「俺だけが、みんなを救える」


 人類統一王として、大魔王に立ち向かえる。


「だったら、やるしかないじゃないか」


 やってやろうじゃないか。



 ---



「りょーかい。兄様が決めたなら、あたしはついてくだけだから」


 俺の言葉を聞き、カルサは大きく息を吐いた。

 口調も態度も完全にいつも通りだ。


「ありがとう」

「いいのよ。個人的には逃げるのって性に合わないから、別に嫌じゃないし」

「負けるかもしれないのに?」

「呆れた。負けるつもりでいるの?」


 カルサの目が座っている。

 慌てて首を振る。


「いやいや、万が一って話ね。俺は王様だから責任取らないといけないけど、カルサはどうかなって…」

「そんなこと言ったらあたしだって王族、王妹でしょ?一蓮托生だから今さら気にしないで」

「そ、そうか、な?」

「そうなの。じゃあ、そろそろ城に戻る?ちょうど明け方だし」


 東の空が赤くなっている。

 いつの間にかずいぶん時間が経っていたようだ。


「これで大魔王も倒したら、これ以上ない英雄譚ね?」


 カルサが軽口をたたく。

 少し楽しそうだ。


「解放王以上の英雄譚かね?」

「もちろん。史上最高の英雄譚でしょ!」

「全部勘違いなのに?」


 月光に照らされたカルサは、まるで女神のようだった。

 だが朝日に照らされるその姿は、さらに神々しい。


「勘違いの英雄譚!兄様とあたしたちの、物語!」



お待たせしました!体調不良が続いていましたが、ようやく更新ができました。

そして最終回のような終わりになっていますが、まだ完結ではありません。

次から最終章が始まり、この章で完結を予定しております。


最近体調が良くなく、今後は更新がさらに不定期になるかもしれません。

そこで今回は物語としてキリがいいということもあり、一旦完結とすることも考えました。

(完結させて「最終章」だけ別に更新してくという形です)

ただ自分としては中途半端に感じられ、完結とはせずにこのままで更新することにいたしました。


今後もリクたちの物語にお付き合いいただければ嬉しいです。

体調と相談しながらですが、完結まで頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで来たで〜 タイトル回収あざっす(*^ω^*)/ [一言] 今週は、この物語に首っ丈ですわ。 いい物語を、ありがとうございます(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ
[良い点] タイトル回収おめでとうございます。
[良い点] 作者様の執筆に対する姿勢。 [一言] 遅ればせながら、更新ありがとうございます。 リクとカルサのコンビが尊い、良いお話でした。 当初は正ヒロインぽかったはずの姉以上にヒロインしていて私は大…
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