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108話 兄妹

「この家もずいぶん久しぶりねえ」


 今俺たちがいるのは王宮ではない。

 それよりずっとこじんまりとして、はるかに質素

 でも、とても温かい場所。


「前はちょこちょこ帰ってこれたけど、最近は忙しかったもんね」


 カルサが生まれ育った家

 俺がこの世界で初めて住んだ家

 そして


「思い出すなあ。お姉ちゃんが兄様を運んできたときのこと。まるで、昨日のことみたい」


 俺たちが、出会った家



 ---



「さ、行きましょ」


 狼狽する俺の返事を聞きもせず、カルサは動いていた。


 まるで散歩にでも行くように気軽な口調で

 王宮の警備網も結界も全て乗り越え

 俺を外へと連れだしていた。


「か、カルサ?」


 大丈夫なの?と口に出す前に、返事が返ってくる。


「王宮の魔法に関する対策の製作者兼最高責任者があたしなのよ?そのあたしがやるって言うんだから、大丈夫に決まってるでしょ」


 そこには発見されるや追い付かれるといった心配は微塵も感じられなかった。

 そんなものなのか、とさらに遠くへと連れていかれる。


「一応小刻みに転移して、移動するたびに偽情報もまぎれさせてるから安心して。魔法王陛下ならいつか見つけられるかもしれないけど、時間はとんでもなくかかるから」


 一気に移動しないのには理由があったらしい。

 絶対の自信があるにもかかわらず対策も打っておく。

 この態度は見習いたい。


 そして俺はただカルサに手をひかれるまま連れてこられたのだ

 この、懐かしい村へと

 懐かしい、家に



 村は、きれいに整っていた。

 ただ、人の気配はほとんどいない。


 以前来た時になぜかと聞いてみた。

 曰く、「みんな都で出世しちゃったからね」とのこと。


 確かに村人はほとんどが反乱軍のメンバーとなっていた。

 反乱後は村に帰ることなく、そのまま都に居ついたのだろう。

 思えば王宮でも知った顔をよく目にした。


 自警団の面々なんて、ザドのように将軍クラスにまでなった者までいる。

 ただの子供だったケアルも今じゃ都の学院の教授様だ。

 本人たちの才覚や努力の結果とはいえ、大した出世だ。


 それに比べて俺は…

 何もしてないのにこんな地位に…


 自己嫌悪でまた気が沈む。


 そんな俺の浮き沈みを察してか、カルサが明るく話しかけてくる。


「みんな、たまにこの村に帰ってくるんだよね。ここで昔のように語らって、笑って、そして手入れして都に帰ってく。いくらでも贅沢できるはずなのに、こんな辺境の村が忘れられない変人ばかり」


 そんな風に笑いながら。

 村長の家の手入れも一緒にやってくれているらしい。

 おかげで無人の家だとは思えないぐらいきれいだった。


 この机でアルカがつくってくれたご飯を食べていたのが昨日のように思い出される。

 途中からミサゴとハイロも加わり、賑やかになったものだ。

 少し思い出し笑いをする。


 そしてカルサがまた口を開く。


「じゃあ兄様、ちょっと出ようか」



 ---



 村の中を見て回るのだろうか。

 そんな俺の予想は裏切られ、村の外へと連れていかれる。


 そもそもこんな簡単に王宮を抜け出ていいのだろうか。

 みんな心配してるかもしれない。

 でもその心配は俺が立派な人間だと勘違いされているから。


 本当の俺はそんなたいそうなもんじゃない。

 心配されるになんて値しない。


 でもだからと言って逃げていいわけではない。

 なのにカルサは俺をこんなとこまで連れてきてくれた。

 逃がしてくれた。


 そんな思いが、ついに口に出る。


「俺を、責めないのか?」


 口に出して気づいた。

 俺は、責められるのが怖かったのだと。

 それを恐れて、逃げ出したのだと。


 恐る恐る聞く俺に、カルサは笑顔で答えてくれた。


「なんで責めるの?兄様、あんなにがんばってたのに」


 まるで俺の不安を払拭するかのように

 それは、とても明るい笑顔だった。


「なんでって…」


 思わず絶句する。

 まるで逃げるのが当然のような反応。

 罪悪感にさいなまれている俺がおかしいかのような口調。


「いや、俺って王様だし、王様は責任があるし…」

「王位なんてミサゴとハイロに押し付けられたようなもんでしょ?別に兄様の意思でも何でもない。それとも何、兄様。もしかして王様やりたかったの?」


 全力で首を振る。

 生まれてこの方王様になりたかったことなど、一度もない。

 自分が人の上に立つような器だなどと奢ることなど、ありえない。


「でしょ?無理やりやらされてたものを辞めて、何が悪いのっていうのよ。そんなの押し付けた人たちの責任。兄様が後ろめたく思う必要なんて、欠片もないんだから」


 即位したときのことを思い出す。

 皆が俺に期待の眼差しを送る中、カルサだけはずっとあわれんでくれていた。

 身に余る地位へと昇りつめる俺を、ずっと気にかけてくれていた。


「でも、だからって…」


 逃げていいのだろうか?

 そんなふうに考えてしまう自分がいる。


 それに、


「そもそも、逃げるって、どこへ…?」


 これから始まる戦争は史上空前絶後の規模となる。

 大陸中を巻き込んだ、人類と魔族の戦争。

 今日の安息の地が、明日は戦場になるかもしれない。

 そんな時代の幕開けなのだ。


 だがカルサは動じない。

 慎ましい胸をそらしながら自慢気に宣言する。


「そんなの、あたしの転移魔法なら問題にならないんだから。いつまででも、どこまででも、救ってあげる」


 その瞳は、決意に満ちている。


「今度は、あたしが」



 ---



 気づくと、そこは崖の近くだった。

 危ないなと思うと同時に、既視感があった。


「ここ、覚えてる?」


 その言葉で一気に記憶がよみがえる。


 村に現れた魔物の群れ

 俺がでっち上げた作戦で行われた魔物退治

 無事に終わると思ったそのとき、窮鼠猫を嚙むがごとく襲ってきた一匹の魔獣


 狙いを定められたのはカルサ

 それを身を呈して守り、死にかけたのが懐かしい


 あれは本当に死ぬかと思った。

 魔獣が魔物の突然変異で、まともな刀がなければジェンガでもてこずる相手などとは露ほども知らなかった。

 まあ、知っていたとしてもとった行動が変わったとも思わないが。

 あのときは、無我夢中だったしね。


 懐かしくそんなことを思い出している中、カルサはずっと黙っている。

「なんでここに?」と問いかけようとしたとき、先に口に開いたのはカルサだった。


「兄様は、あんなに兄様のことをさげすんだあたしですら、命懸けで守ってくれた」


 月を背にして立つその姿は、見たこともないほど幻想的だった。


「そこに、何の恩義もなかったのに。見返りもないのに」


 銀髪が月の光を反射し、まるで後光が照らすかのよう。


「初めてだった。うれしかった。こんな人がいるなんてって、世界がひっくり返ったみたいだった」


 誰かが言った。

 アルカは女神のようだと。


 でも俺には、今のカルサこそ女神に見える。


「だから、今度はあたしが守ってあげる番」


 慈愛に満ちた笑顔

 決意に満ちた瞳


 これこそ、人を救う女神そのもの



 そんなカルサを見て

 俺は、胸が張り裂けそうだった。




お待たせしてすいません。

まだ風邪が続いているのですが、二週連続更新なしはさすがに…と思いなんとか勢いで書き上げました。

風邪が治らなかった場合、申し訳ありませんが来週もまた休ませていただきます。


皆さんはどうか体調にお気を付けを。

豪雨にもどうかお気を付けください。

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