102話 聖王と統一王
当然ではあるが、扉を開けた先には謁見の間がある。
謁見の間
他国からの賓客を出迎えるときや将軍などの役職に任命するときに使われる。
いつもいつも大勢の人々で埋め尽くされている。
一番多かったのは連邦への反転攻勢を宣言したときだろうか。
あのときは文字通り人が溢れかえっていた。
重要人物しか集まってないのに多すぎである。
このように謁見の間といえば人込みがセットだった。
だが今、謁見の間にいるのはわずかに数名。
一番目立つのは、一人の女
我が物顔で玉座の手前を陣取っている。
その床の上こそ、この部屋の主の場所であるかのごとく。
鋭い眼光に貫かれる。
まるで心臓を鷲掴みにされたかのような眼差しに息が止まる。
だが、それも一瞬
「おお?君が噂の英雄王かい?」
好奇心に満ち溢れた少女のような口調。
先ほどまでの雰囲気が嘘のように、声も表情も柔和なものとなる。
「ここに来る途中、ベガスって街で君の銅像を見たよ。姿かたちはちょっと違うけど、雰囲気は確かにそっくりだね」
ベガスの美化500%の銅像。
姿かたちだけでも違うと言ってもらえて変に安心した。
「道中、いろんな街に寄らせてもらったがどこの住人も皆笑顔だった。さすが英雄王と呼ばれるだけのことはあるね。たいしたものだよ」
俺ではなくボードをはじめとする官僚たちの頑張りだ。
だがそれよりも気になることがある。
それは、その女の腕の中
「女の子もとっても可愛い。この子なんて私の好みど真ん中。どう?このお嬢さん、うちにくれないかい?」
何が起きてるかわからない表情で
トトカが、捕まっていた。
「あげないよ!?」
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「一人ぐらい いいじゃんー。ケチー」
なんとかトトカを救出した。
こんな怯えてる姿見たことない。
出迎えてそのまま捕まってしまったらしい。
そのままずっとあの状態だったらしいからさぞかしたいへんだったろう。
だが決してトトカは弱いわけではない。
むしろ強い方だ。
その彼女が易々と捕まり、しかも逃げられなかったという。
やはり、ただ者ではない。
「叔母上、お戯れはそのへんで」
トトカと入れ違いにミサゴがやってきた。
後ろには他の皆もいるようだ。
「おー!我が愛する姪っ子!ミサゴ!ずいぶん大きくなったねえ。前会ったときはこーんなにちっちゃかったのに」
そう言いながら腰の下しか身長がなかったというジェスチャー。
けっこう久しぶりの再会のようだ。
「横にいるのはハイロかな?こっちも大きくなったねえ。しかもイケメンだ!私よりも背が大きくなって、嬉しいやら寂しいやらだ」
「叔母上は息災のようで何よりです。うちの部下が可愛がっていただいたようで、恐縮にございます」
「そーそー!せっかく可愛い子ちゃん見つけたのに、とられちゃったんだよー。おばちゃん悲しいよー」
今度はハイロを目標に定めたらしい。
ハグして頭なで始めた。
ハイロは諦め顔で好き放題やらせている。
「ねえねえ兄様」
袖を引っ張りながら小声でカルサが呼び掛けてくる。
「なんか、想像してたのとずいぶん違うんだけど…」
ずいぶんと困惑しているようだ。
俺も、困惑してる。
「俺もイメージとは全然違ってた。だが、ミサゴとハイロの叔母なのは間違いないらしい」
「う、うん」
「だから、彼女が聖王だ」
聖王、アオバ・オウル
世界に名を轟かせるその存在は
今、甥っ子を抱き寄せ頬ずりしている。
「たぶん…」
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「さて、と。では改めまして、私が聖王アオバ・オウルです。初めまして!」
「えっと。こ、こちらこそ、初めまして」
甥っ子を思う存分愛でて満足したのか、実にいい笑顔だ。
しかし俺が言うのもなんだが、めっちゃ軽いな。
格式ばったのは苦手だが、これだけ軽いとこれはこれでやりづらい。
「もう話は通ってるよね?私はあなたに服従を誓います。だから聖王国も丸ごとあなたに従います。ルゥルゥの属国にするか併合するかはお任せするので、好きに決めてください。あ、でも重税とかは勘弁してね?うちの国、そんな豊かじゃないのよー」
「年がら年中魔族と戦ってるから、むしろ他国の援助がないとやってけないレベルなんだよねー」と笑ってる。
笑いごとかどうかは置いといて、本当にノリが軽い。
交渉も何もなく服従を選択する理由は?
そもそも今まで静観してたのになぜ突然?
いったいどんな意図が?
「まあ、当然疑問に思うよね」
どれから聞こうか悩んでいると、先に口を開いたのは聖王だった。
「でも、うちの国からすると当然の選択なんだよ?だって我が国の国是は、”魔軍を阻む人類の防人たれ”なんだもの。だから」
空気が一変する。
先ほどまでの軽さが嘘のように
謁見の間全体が厳粛な雰囲気で満たされた。
全員が姿勢を正す。
正さざるを得ない。
この場を一新させた張本人
彼女も態勢を整え、口調を整え、その場に跪く
「人類の統一王として魔軍へ決戦を挑まんとする御方」
聖騎士という言葉が具現化したかのようなその姿
「リク・ルゥルゥ陛下。我ら聖王国の全てを、貴方に委ねます」
彼女こそ、聖王だ。
不思議とそう確信した。
「承知した。聖王国の全ては、これより俺と共にある」
自然と言葉が出てくる。
ああ、なるほど。
俺は今、ようやく実感できたのだ。
俺が、人類を統一したのだと。
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「謁見の場は広すぎだし、場所を変えようか」
確かに多少人が増えたとはいえ謁見の間の広さには全然足りない。
場所を持て余してしまう。
だからといって人が多すぎるのもなんだ。
適度な部屋で適度な人数で。
そして来たのは俺の部屋。
いるのは聖王と俺とミサゴ、あと数名。
いつもの椅子に座り人心地着く。
だが目の前にいるのは初めてこの部屋に入る人物。
「いい部屋だねえ」
初めてのはずなのに、どうしてこんなに部屋へ馴染んでいるのだろう。
まるで自室ではないか。
膝を組んで頬杖をつく
ちょこんと座ってる俺よりよっぽど様になっている。
「調度品は派手さはないが全て名のある職人の逸品ぞろいじゃないかい?センスがあるねえ」
「ありがとう。でも、俺が選んだわけじゃないんだけどね」
「部下が選んだとしたら、その部下に選ばせた君の甲斐性だよ。もしくはそんな部下を持ってる、君のね」
「あ、ありがとう」
ニコニコと笑っている。
ずいぶんと嬉しそうだ。
「ところで叔母上」
何か話そうとした
だが俺の言葉はミサゴに遮られた。
「そろそろお聞かせ願いたいのですが」
「なんだい?可愛い姪っ子の頼み事だ。なんでも応えようじゃないか!」
「では遠慮なく」
それは、いつになく真剣な声色だった。
「叔母上とお会いしたのは、私が幼い頃でした。あれからずいぶん時が経ちました」
「だねえ。ちっちゃかったミサゴは天使のように可愛かったよ。今はとても美人だ」
「過分な評価、痛み入ります。では叔母上、教えていただけますでしょうか」
聖王の笑顔がより深くなる。
「叔母上は、あの頃と一切お変わりない。これは、いったいどういうことでしょうか?」
聖王は、かつて村長と一緒に先代大魔王を倒したという。
その村長の外見はどうだった?
百人中百人が言うだろう、老婆だと。
ならば聖王は?
聖王の顔をもう一度見てみる。
若く、美しく、活力に満ちている。
それは、老婆とは程遠い。
しわ一つない顔
ミサゴが幼い頃と、寸分変わっていないという顔
その顔は、聖母のごとき笑顔だった。
「答えは簡単だよ、ミサゴ。本当は私はね、君の叔母じゃないんだ」
部屋の空気が緊張に満ちる。
だが聖王だけが、笑っていた。
「ただ安心して欲しい。君と私は血のつながりはちゃんとあるよ。ご先祖、としてね」
ご先祖
その言葉で、気づいてしまった。
彼女が、何者かを
「私の本名は、柊 伊弦」
それは、神話の存在
「解放王、と呼ばれている者さ」
神話が今、目の前に
ようやく、ようやく聖王を書くことができました!
ずっと設定として存在していたのに、たどり着くのにずいぶん時間がかかってしまいました。びっくりされた方も予想通りという方も、楽しんでいただければ嬉しいです。




