101話 聖王
アオバ・オウル
この名は、多くの意味を持つ。
まず、当代の聖王。
解放王ヒイラギ・イヅルから脈々と受け継がれてきた名門中の名門の当主。
人類の守護者たる聖王国に君臨する、絶対王者だ。
そして、聖騎士団団長。
国民皆兵の聖王国
その最精鋭で形成される聖騎士団。
人望でも政治力でもなく、ただただ強さのみで選ばれる団長職。
対魔最強、と呼ばれる所以である。
そう、対魔最強。
人類最強の一角として、人間界でその名を知らぬ者はいない。
魔界にすら名を轟かせる、魔族の天敵。
先代大魔王を倒した、生ける伝説。
ただ先代大魔王は彼女一人で倒したわけではない。
彼女には三人の仲間がいた。
一人目は、イヅルの先王。
偽王の兄にしてミサゴとハイロの父親。
すなわち事実上のイヅル最後の王。
生まれながらの王者の風格で、個性あふれるメンバーをまとめあげたという。
二人目は史上最高の治癒魔法使い、ルゥルゥ。
アルカとカルサの祖母で俺の命の恩人、我らが村長だ。
攻撃魔法も使いこなし、多くの魔物を薙ぎ払った。
その強く美しいき姿に、敵も味方も見惚れたという。
三人目は名もなき剣士。
パーティーメンバー最強と言われた男。
名前すら残っていない、謎多き存在。
嘘か誠か、神へと至る力を持っていたという。
時は流れ、三人ともこの世にはいない。
今や彼女こそ唯一の生ける伝説。
魔族との戦いを宿命づけられた一族の当主
大魔王を滅した生ける伝説
誰もが認める、真の英雄
それが聖王、アオバ・オウルなのだ
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そんな彼女が、俺に服従を誓うと言ってるらしい。
良くて同盟、友好的中立ならば上出来。
戦火を避けるためならこちらが頭を下げるのも全然OKだったのに、まさから向こうが下げてくるとは。
急転直下すぎて脳みそがついていかない。
頭が真っ白で狼狽えることすらできない。
だから狼狽えられてる皆はやっぱり俺よりすごいのだろう。
次から次へと驚きながら部屋に飛び込んでくる。
まずカルサ
「ににに兄様!せ、聖王が、聖王がいらっしゃったって!」
魔法王、馬路倉以外では誰にも動じてこなかったカルサ
だがさすがに聖王は衝撃的らしい。
「おばあちゃんの仲間だったって人よね!?すごいすごい!若い頃のおばあちゃんのこと、教えてくれるかな!?」
…目的は聖王本人ではないらしい。
そして妹の次は姉
アルカがやってきた。
「リクさん!?リクさん!聖王がいらっしゃったって本当ですか!?」
あまりの勢いに若干引いてしまう。
だがそんなことは気にもせず、アルカは目を輝かせている。
「聖王っていったらおばあちゃんと一緒に大魔王を倒した人ですよ!きっとおばあちゃんの若い頃を知ってるはずです!色々聞けちゃうかもしれませんね!?」
お前もか!
姉妹揃ってどれだけおばあちゃんっ子なんだ。
おばあちゃんのこと好きすぎだろ。
俺も村長のこと大好きだ。
村長の話へと期待で盛り上がる姉妹
二人でキャーキャー騒いでる。
この姉妹だけは例外で、他はもちろん聖王で驚いてる。
「先輩。聖王が、来訪したそうで…」
馬路倉
驚きよりも困惑が勝った顔だ。
「ルゥルゥちゃん達が私を訪問してくれた際に一度だけ会ったことがあります。エキドナと同じく魔法にも剣にも秀でた使い手です。かなり負けん気が強かったと思うのですが、まさか自ら膝を折るとは…」
なるほど
実際に会った印象となると、貴重な意見だ。
「我らと戦えば聖王国に勝ち目はございません。それを悟ったのでは?」
「それでも同盟など他の手もあったはず。服従、というのが解せないのです」
「確かに…」
馬路倉の副官、魔法国宮廷魔術師筆頭のエドも一緒だ。
傍らにいるのはその弟子のベイジーだったか
カルサを招待しに来た面々である。
あのときは俺は東方の一国家の王だったのに。
思えば遠くまできたものだ。
「英雄王陛下。お聞き及びと存じますが、聖王が、参ったとのことです」
大戦士ウェルキン・ゲトリクス
巌のごとき肉体
その眉間には深いしわが刻まれている。
「引き連れてきた親衛隊は城外に待機しております。一見致しましたが、いずれも一騎当千の強者揃い。さすがは聖王国、さすがは聖騎士団、といったところでしょうか」
聖王国聖騎士団、親衛隊
精鋭揃いの聖騎士団
その更に選りすぐりのみで構成される最精鋭部隊
聖王が単騎で来るはずもないが、親衛隊を引き連れるか
城外とはいえ周辺に待機されてるとなると、なかなかに落ち着かない
「人類最強が一角、対魔最強聖王!そして音に聞こえる聖騎士団!ですがこちらにもウェルキン殿と南方の戦士団がおるではありませんが。あなた方にかかれば、聖王はまだしも聖騎士団ならばそこまで恐れるほどではございますまい?」
「とんでもございません。我ら戦士では、聖騎士団、ましてや親衛隊相手では鎧袖一触にされますでしょう。とてもとても…」
「またまたご謙遜を!」
西方最大国家ハッティの王、ハトゥッシャ・ハッティ
ずいぶんとウェルキンをよいしょすると思ったが、どうも顔を見る限り本心からっぽい。
ダラスの戦いで命を救われてから態度が180度変わったという噂は聞いていたが
まさかここまでとは…
ウェルキンがドン引きではないか
「ハッティ殿、ウェルキンの言う通りです。我ら南方戦士団では、聖王国の親衛隊相手では役者不足でしょう。それより今は聖王来訪のことを気にするべきかと
大首長アスパシア・ペリクレス
ウェルキンと一緒に来ていたが、陰に隠れていたようだ。
聖王だけでもたいへんなのに、ハトゥッシャの言動で更に困ってしまっている。
理知的な美人だが、困惑顔は珍しい。
「奥方様もご謙遜がすぎますぞ!南方戦士団の力は私がよーく存じておりますとも!」
「おおおおおお、奥方!?」
そんな困惑を無視して話を続けるハトゥッシャはなかなかの大物だ。
そして無遠慮なハトゥッシャの発言で狼狽えまくるアスパシアも面白い。
他人が困惑する姿見ると、逆に冷静になるね。
三人はそのまま結婚してないだのいやいやもうすぐするでしょうなどと騒ぎ始めている。
あれほど敵対していた西方と南方の指導者がこれだけ交流を深めるとは。
初めてウェルキンと対峙したときとは隔世の感だ。
これについては俺も少しは貢献できたのではないだろうか?
きっと、たぶん
そうだといいな
「”人類最強”最後の一人、というわけですな」
元連邦大将軍、ハンニバル・トニトルス。
今は俺の直属として仕えてくれている。
「出迎えはミサゴ様と儂にて行いましたが、一分の隙もない御仁です。聖法具も愛刀も全て城外に置いてきたようで、身一つでの参内でございました。徒手空拳であろうと、並の者では相手にもなりますまいが」
そう言うハンニバルは完全武装だ。
それほど警戒しているというわけか。
「将軍、ミサゴ様。近衛、そして都の守備兵は全て配備完了いたしました」
「ご苦労。だがハミルよ、儂はもう将軍でないと何度言えば…」
「私にとってハンニバル将軍はいつまでも将軍であらせられます!むしろ大将軍と呼ばないだけでも褒めていただきたいぐらいです!」
「おぬしは、本当に気が強いのう…。大将軍と競り合うわけだ」
「ハンニバル、そなたの負けだ。諦めるがよいぞ。そしてハミル、ご苦労であった。すぐに他の皆と合流し、謁見の間の周りを固めよ。向こうが一分の隙もないのなら、こちらは一厘の隙もつくるでない」
「ははっ!」
ハンニバルの副官、ハミル。
今では近衛としてミサゴの配下として活躍してくれている。
しかしミサゴ
自分の叔母に対してずいぶんと容赦ないな。
以前の口調だと慕ってるような印象だったのだが。
「どいつもこいつも狼狽えすぎなんだよ」
冷静な口調
大勢の人間が部屋に入ってきた中の唯一の例外。
「リク様の御威光の前では、聖王も形無し。ただそれだけだ」
ジェンガ
こいつの俺への過大評価はとどまるところを知らんな。
俺の威光で皆が頭下げてくれたらどんだけ楽か。
そもそも威光なんかどこにあるのやら。
教えて欲しいくらいだ。
「確かに…」
「でもあの聖王が」
「だが英雄王陛下ならばありえましょう」
「現に、陛下だけは全くもって冷静なまま」
「お館様にとっては当然のことだった、というわけですね」
「陛下の御威光はとどまるところを知りませんな」
それで納得するのか!?
冷静どころか、驚きすぎて声も出ないだけである。
この中で一番驚いている自信があるぞ。
だが否定しても否定し返されるに決まっている。
もはやこの勘違いは許容するしかない。
ならば、俺が打つ手は一つ。
椅子から腰を上げ、部屋の出入り口へと向かう。
部屋中にひしめいた人々が自然と壁際へと避けていく。
俺のための道ができる。
「リク様、行かれるのですね?」
「お館様、行かれるのですか?」
ジェンガは我が意を得たりとばかりに笑いながら
ボードはまだ困惑の色を残しながら
俺に問いかけてくる。
「俺への客人がいるなら、会うのが礼儀というものだ。それに」
右の拳を掲げ、握り締める。
「罠があるなら、罠ごと食い破る。それだけだ」
歓声が上がる。
そんな歓声を背に受けながら、部屋を出た。
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豪奢で長い廊下。
謁見の間へと続く道。
この先に、聖王がいる。
真の英雄たる聖王。
村長たちとともに大魔王討伐を成し遂げた人物。
そんな英雄が俺に頭を下げるために来たなんて全く現実感がない。
何故俺なんだろう
もはや数えきれないぐらい考えた疑問がまた頭に浮かぶ
今回も答えは思いつかず、ただ時間だけを浪費した
いっそこの廊下が永遠に続けばいいと思う
そうすれば聖王に会うこともない
だが無情にも謁見の間へとつながる扉が目の前に来てしまった。
この扉を開ければ聖王がいる。
深呼吸
全然落ち着かない
そういえばここを最初に通ったのは任命式だっけか
あのときは
「兄様!」
腕に体重がかかる。
息を切らしながら俺に追いつき、飛び込んできたのだ。
「兄様、一緒に行きましょ?」
任命式のときと同じ
カルサが一緒にいてくれる
これでもう大丈夫
カルサの前で、カッコ悪いことはできないからね。
俺は、お兄ちゃんなんだから。
「もちろんだよ、カルサ。一緒に行こう」
「うん!」
そして、二人で扉を開く。
その扉がどこへつながっていくのか
俺はまだ知らない。
第五章となります。
無事連休中に更新できました。
久々に登場した面々が多いですが、覚えていらっしゃるでしょうか。
登場人物の幕間がありますので、その前後の話を読んでいただければ「ああ、あのキャラか」と思い出していただけるかと思います。
時間があればぜひ。
緊急事態宣言が伸びそうですね。
いつまで続くかわかりませんが、皆さんもどうかお気を付けください。




