表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/191

幕間 エキドナ視点(95~99話)

 ハンニバル墜つ


 その報告を最初に聞いたとき、私は頭が真っ白になった。

 先生が敗北したなんて、ましてや死んだなんて、とても信じられなかった。


 だからどちらもでもない聞いたとき、少し安心してしまったのだ。


 もっと残酷な真実など、知る由もなく。



 ---



「ラング包囲が、完了したようです」

「そうか」

「こちらの準備も滞りなく。”ラングは百年籠城できる”という言葉が誇張でも何でもないこと、やつらに教えてやりましょう」

「そうか」

「ただ軍人や官吏は良いとして、問題は城下の住民たちですね。一部は恐慌状態になっているようです」

「そうか」

「一罰百戒として見せしめに処刑してしまおうかと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「好きにしろ」


 許可をくれてやったというのにピクリともしない。

 祖国が滅びる間際だというのに身だしなみはいつも通り完璧。

 憎らしいぐらい全くスキのない怜悧な表情。


 ドルバル


 こいつは死ぬ間際でもこうなのだろうか

 そんなことを、ふと思った。



「で、他に何か用でも?」


 今この城は全てこいつの支配下にある。

 私の許可など必要ない。

 むしろ私が拒否しても、止めることなどできはしない。


 そもそも、もはや私には連邦などどうでもいいのだ。


 信じていた先生には裏切られた。

 多くの部下たちも裏切った。

 結局最後まで私は軍の信頼を得られていなかった。

 彼らは先生が支持する私に従っていただけだったのだ。

 竜騎兵の生き残りは付き従っているが、それもいつまで残るやら。


 私に残されたのは陛下だけ。

 陛下の御身をお守りすること

 陛下と共にあり続けること


 それだけが、今の私の生きる意味なのだ。


 さっきの返答でも私がルゥルゥのことなど気にもしていないと良くわかっただろう。

 なのにドルバルはまだ目の前にいる。

 何も変わらず、今まで通りに。


 それがまた、私をイラつかせる。


 そんな私の考えなど気にもせず、ドルバルは口を開く。


「ええ。お察しの通りです」


 そして、一枚の書類を差し出してきた。


「大臣達が連名で出してきたものです。全員の総意、とのことでした」


 大臣の総意ということでだいたい理解できた。

 あの俗物たちが今考えることなどただ一つ。


 ルゥルゥへの降伏

 国を売り渡し、己の安全と財産を担保すること

 それしかない


 内容に目を通すと、やはり降伏文書であった。

 ここは大当たり。

 ただ条件が、予想を遥かに超えていた。


「私と、陛下の首を、差し出すと?」

「そう、書かれていますね」


 怒りで頭がどうにかなりそうだ。

 私だけならまだしも陛下までも?


 私が無気力になったからと、どこまで調子に乗るのか。

 今すぐ大臣どもを血祭りにあげよう。

 そしてこんな国を捨て、陛下と二人で生きるのだ。


 私なら、それができる。

 瞬間移動を可能にする、この縮地の靴の持ち主である、私なら。


 あらゆる追手から逃げ切って、いつまでも陛下と二人きりで。

 あの御方を守るため、この命を費やすのだ。


 そのためには、まずは目の前の男を始末しなれば…


「私を殺し、大臣たちを殺し、陛下と二人でお逃げになられると?」


 それは、まるで私の心を読んだかのようだった。


「大臣どもはあなたの陛下への想いを知りません。むしろ大将軍のことを想っていたと誤解している節すらある。ラクス陛下亡き後、官僚の質の低下は本当に甚だしいことこの上ない」


 大きなため息

 そして首を振る


 ただただ彼は嘆いていた。

 自分の部下たちのレベルの低さを。


「私に言わせればあなたほど心が読みやすい人間はいませんよ。ですがその強大な力に惑わされ、皆あなたを深読みしすぎてしまう。最初は作戦かとも思いましたが、それが素なのですね。ラクス陛下は逆にそれを好意的に受け止められていたようですが、私には今に至っても理解できません」

「な、な…!?」


 この男に私の考えは読まれていた?

 全て?


 事実ならば、顔から火を噴くほどの恥ずかしさ

 だがそれ以上に問いただしたいことがある。

 恥ずかしさを振り切り、何とか口を開く。


「貴様は、それがわかった上で、そのような戯言を私のところに持ってきたのか!?」


 私の陛下への想い

 私の実力

 それらをわかっていながら、何故なのか。


「もちろんです」


 激昂するこちらとは対照的に、ドルバルは冷静だった。


「私は人類の未来のために、提唱しに参ったのですよ」


 人類の、未来?


「あなたが大将軍の地位を陛下に返上し、陛下は大王兼大将軍となられる。そうすれば、首を差し出すのは陛下お一人のみ。ゆえにあなたは助かる」


 陛下の首を差し出し、私だけ生き延びろと?

 この場でこいつを切り刻まなかった自分の理性を誉めたいぐらいだ。


 それは、次の言葉を聞くため。


「人類最強の一角たるあなたはここで死ぬべきではない。あなたの力は、間もなく始まる魔界との最終決戦にて必要となる。あなたはそこで、全人類のために戦わなければならないのです」


 全人類のために陛下を差し出せと。


「人類の未来のために、陛下を切り捨て生き延びる。それが陛下の育成を失敗したあなたにできる、最後の御奉公です」


 ドルバルは、そう言っているのだ。



 ---



 ラクス陛下は偉大な方でした

 万能の天才たるヘラス陛下には及ばずとも、哲人といっても過言ない御方だったでしょう。


 娘の育成に失敗した点を除けば、ですが。


 クレス様のために行ったこと自体は間違いだったとは思いません。

 中央集権化を推し進め、連邦はより強大となりました。

 ただクレス様への対応は間違っていたと、断言できます。


 陛下は聡い方です。

 娘を見る目は曇っても、娘を見る周囲の目からその事実には気づいていたでしょう。

 だから、あなたが大将軍に任じられたのです。


 自分の命よりも娘を優先する人間として

 絶対的な守護者として

 あなたは、選ばれたのです。


 あなたは陛下の期待には完全に応えてきました。

 今も応えようとしています。


 そして同時に、そのあなたの態度が、クレス様の成長を妨げてきたのです。


 私が中央を追い出されたときのことを覚えておいでですかね?

 陛下の御命令通りに我らが政策を実行し、失敗したときのことです。


 あのときも、あなたは盲目的にクレス様を擁護した。

 クレス様の見通しの甘さ、知識の浅さ、経験のなさ、これら全てに目をつぶった。

 全責任を我らに押し付け、私を含め多くの官吏を追放いたしました。


 そしてあなたは奪ったのですよ?

 陛下が自らの失敗を反省し、成長する機会をね。


 クレス様は自分が失敗を犯すとは思わなくなりました。

 己が陛下と同じく、無謬の存在だと勘違いするようになった。


 多くの間違いを犯すにも関わらず己が正しいと勘違いした絶対権力者

 そのような存在を、あなたは生み出したのです。


 悪夢ですよね。

 私も悪夢だと思いましたよ。

 だから私は最初に会ったときからあなたを危険だと感じ、追い落とすために全力を注ぎこみましたのえすし。


 全て失敗に終わりましたがね。

 それほどあなたの力は圧倒的でした。

 心から称賛いたしますよ。

 ゆえに人類の未来のためにあなたが必要なのですし。


 何故私が人類の未来をそんな気にするか?

 ああ、そこが気になりましたか。

 私にとっては当然すぎて何でもないことなんですがね。


 私にとって重要なのは人類そのもの。

 そもそも連邦の官吏となったのも人類最強国家だったから。

 それだけなのです。


 ダラスの戦いまでは全力で連邦の勝利に貢献いたしました。

 連邦こそが人類を統一すべき存在だと信じておりましたから。


 ですがあの敗戦で、私は悟りました。

 リク・ルゥルゥこそが人類の頂点にふさわしいと。

 彼の周りには力をもつ存在が綺羅星のごとく集まっている。


 そんな人々を侍らす男。

 彼こそが、真の王者です。


 そこからはご存じの通りです。

 鬼畜と言われようと市民を酷使し、ルゥルゥ軍の足を止めました。

 そして中央に復帰し、全権を掌握。

 市民生活は守りましたが国土は守らず、ルゥルゥ軍はあっという間にここラングまでたどり着いたわけですね。


 ここまでは私の思惑通り。


 これから先どうなるかは、あなた次第ですよ。



 ---



「で、私に陛下を売れというのか。この、私に」

「ええ、そうです」


 顔色一つ変えず言ってのける。

 私の想いを知った上で、己の想いを全て語りつくし、断言してくる。


「陛下を売って救われた命を使い、大魔王と戦えと」

「まさにその通りです」


 陛下

 私の愛

 私の全て


 全てを失った私に、全てを与えてくれた御方


 ゆえに私が選べる選択肢は、これしかない


「陛下はお助けする。我が命に代えても」


 黒剣を振りかざす。


 そんな私を見るドルバルの目は


 全てを見通しているかのようだった。



 ---



「エキドナ!エキドナ!」


 陛下の私室

 入ると同時に、私の胸に飛び込んでこられた。


 抱きしめ返したそのお体は

 まるで花のようにたおやかだ。


「エキドナ、大丈夫よね?あなたがいるものね?侍女たちが言うの。ルゥルゥ軍がもうすぐここまで来るって。でも大丈夫よね?あなたがいるものね?」


 大丈夫よね?

 あなたがいるものね?


 何度も何度も繰り返されるその言葉。

 自分が必要とされている。

 自分が認められている。


 そう感じられ、まるで天にも昇るような心地となった。


 だから私は笑顔で返答するのだ。


「もちろんですよ、陛下」


 笑顔になる陛下。


 その笑顔を目に焼き付け、魔法をかける。

 それは眠りの魔法。

 安らかな眠りに導かれ崩れ落ちる陛下の体を優しく受け止める。


「お前ら、これからも陛下を頼むぞ」


 私の運命を悟ったのか、頭を下げる侍女たち。

 陛下を決して害さないという互いへの絶対的な信頼。


 自分も侍女であれたならと、心から思った。



 王の間


 マントを敷いた上に優しく陛下をおろす。

 許されぬことだとはわかっているが、優しく口づけた。


「エキ、ドナ…」


 寝言に胸が締め付けられる。

 だが、もう決めたこと。


 これが、私の選択だ。


 玉座に座る。

 王だけが座ることを許された場所に鎮座する。


 さあ来い、リク・ルゥルゥ



 我が名はエキドナ。連邦の新たな主、エキドナ・カーンである



エキドナの幕間でした。

ドルバルの幕間でもありましたね。

ドルバルは、まあ、こういうやつでした。


次回はエキドナとの決戦を書きたいと思っていますが、予定は未定で…。


ついに全国に緊急事態が発令されました。

皆さんもどうかお気をつけください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ