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100話 聖王国

 エキドナの敗北

 これにより連邦は名実ともに滅亡した。


 だからこれは、事務的な報告にすぎなかった。


「連邦全土の制圧、完了いたしました」

「うん、お疲れ様」

 

 連邦首都ラング

 この西と南に位置する州や都市は我が軍の進軍経路から外れていた。

 ゆえに手続きが連邦滅亡後となった。

 ただそれだけだった。


「さすがは中央集権国家、連邦ですね。ラングには連邦全土の情報が集まっていました。これがあれば、連邦の再建にそう時間はかからないでしょう」


 むしろさすがなのはボードである。

 俺がエキドナの決戦時にお願いした「この場の最高責任者に任ずる」という言葉。

 あれは本当にあの場の対応をお願いしただけだった。


 だがボードはそう思わなかった。

 エキドナとの戦い以外の全て、それが自分に課せられた使命だと考えたのである。


 混乱していたあの場など瞬く間に鎮静化

 すぐさま俺たちの後を追って城内に突入した。

 そして混乱に乗じて重要な情報や宝物が散逸されることを防いだのである。


 ラングに様々な情報があったのは事実だろう。

 だがそれを手に入れた功労者は間違いなくボードだ。

 彼がいなかったら俺たちはそれを取り逃す恐れもあった。


 なのに


「全てはお館様の思惑通りでございます。ご慧眼、感服いたします」


 こんなこと言ってくるから困る。

 むしろ俺が君に感服しっぱなしですよ。


「ところで、元大王、クレス姫なのですが」


 訂正する間もなく話が変わる。

 聞き捨てならない話題へと。


「少しは、落ち着いたか?」

「いえ、いまだ泣き暮らしておられます。お付きの侍女たち、そしてハンニバル将軍以外とは会話もままなりません」


 王の間で倒れていた女

 彼女こそ連邦の()大王、クレス・ヒュドラその人だった。


 エキドナとの戦いが終わったのち、息があるのを確認して陣地へと連れ帰った。

 特に外傷もなく、気絶していただけだった。

 ただ起きてからずっと、彼女は泣き続けていた。


「エキドナが行ってしまったの」

「もう私を守ってくれないの」

「私はどうすればいいの?」


 そう言いながら、赤ん坊のように泣き続けていた。


「ハンニバルは、何か聞き出せたか?」

「いえ、何も。ハンニバルと共に過ごした思い出話には花が咲くのですが、最後はいつもエキドナの話となり、泣き崩れてしまうようです」

「そうか…」


 彼女の扱いは難しかった。


 いまだに連邦の民の尊崇を集める二代大王ラクス・ヒュドラの一粒種。

 彼女が誕生したことで起こった大粛清も、民からすれば天上の別世界の話。

 むしろ特権階級である大貴族が廃されることで、胸がすくような思いをしていたようだ。


 さらに彼女は、お姫様という言葉が具現化したかのような外見だった。

 その美しさは国中で評判となっており、まるで国民すべての愛娘の如く愛されていたのだ。


 ゆえに戦争中の蛮行も、彼女の咎だとは考えられていなかった。


「お優しい姫様は騙されていらっしゃる」

「全ては私利私欲に満ちた官僚どもの仕業」

「そして…」


「「悪鬼エキドナの手によるもの」」


 そう、言われていたのだ。


「簒奪者どころか、悪鬼ねえ…」


 思わずため息がでる。

 真実を知ってしまった身としては、さらに。


 エキドナの簒奪

 最初は意味が分からなかったこの行為だが、今ははっきりと理解できる。


 簒奪することで、エキドナは姫を守ったのだ。


 全ては罪は簒奪者である己が被り

 姫を一人の被害者へと変貌せしめることで。


「これが彼女の狙いだったのでしょうが、何とも言えません…」


 ボードの表情も苦い。

 当然だろう、彼もエキドナの行為の恩恵を受けている。


 恩恵、それはエキドナがしてくれた大掃除

 腐りきっていた連邦の高級官僚達

 主君を売り、国を売り、自分たちの保身を図った彼ら


 彼女は自らの手を汚し、腐敗官僚を排除していたのだ。


「降伏の条件では彼らの地位も資産も保全されることとなっていました。もし存命でしたら、これほど連邦の併合が順調には行われなかったでしょう」

「そういう輩は、自分の保身には才能を発揮するからねえ」

「まさに。ただ、ドルバルだけは行方が知れないのが気がかりでございます」

「…ああ」


 ドルバル

 連邦官僚機構の頂点に君臨していた男

 連邦の民同士を相争わせ、それによって我が軍の進軍を阻んだ恐るべき男


 結局、やつの亡骸だけは見つからなかった。


「捜索は?」

「全土に触れは出しておりますが、芳しくはありません。他人の空似ばかりが集まっており、本人につながるような情報は現状、皆無かと」

「わかった。キリのいいところで終わりにしていいよ。一人では、何もできないだろうし。他に、することはたくさんあるしね」

「御意のままに」


 そう、たくさんある。

 最終目的は魔軍への勝利


 だがその前に


「聖王国は、どうなっている?」



 ---



 聖王国


 国の名称は存在しない。

 魔界と対になる存在として、聖の一字を関する無名の国家。


 聖者の国、などというものでは決してない。

 この国を一言で表すならば、軍事国家。


 人類最強の軍事国家

 それが、聖王国だ



 起源は解放王ヒイラギ・イヅルにまで遡る。


 彼が末娘に託した使命

”魔軍を阻む人類の防人たれ”

 この言葉を国是として建国され

 千年の長きに渡り、愚直にその使命を全うし続けている。


 人間界の北に鎮座し、建国以来ただの一度も魔軍の大規模侵攻を許していない。

 魔軍が侵入するのは常に西の砂漠地帯から。

 だが砂漠から抜け出た後は、必ず聖騎士団に殲滅されてきた。


 聖騎士団

 老若男女問わず兵士となる文字通りの国民皆兵である聖王国

 その中の精鋭中の精鋭のみが名乗りを許される聖騎士

 彼らによってのみ構成される聖王国最強集団

 それが、聖騎士団


 そしてその頂点に君臨する者

 聖王国最強の騎士にして魔軍を阻み続ける人類の守護者

 解放王ヒイラギ・イヅルのもう一つの直系


 聖王、アオバ・オウル


 現在人類で王を名乗るのは

 俺と、彼女だけだ。



 ---



「沈黙を、続けております」

「そうか…」


 思わずため息が漏れる。


 それも仕方がないだろう。

 連邦滅亡直前から使者を送っているのに、なしのつぶてなのだ。


 敵対するわけでもなく

 同調するわけでもなく

 何の返事もよこさない


 使者は害されることもなく

 ただ丁重にもてなされ

 手ぶらで帰されるのだ。


 連邦が滅亡したら反応も変わると思ったが…


「こちらに軍を向けるということは?」

「ございません。常の如く、全軍で魔界方面を警戒しているようです」

「それも、ないわけか」


 敵対行動をとってくれた方がまだわかりやすい。

 そうすれば戦いを避けるにはどうすればいいか

 戦いになったらどうするか

 それを考えればいい。


 だが何もしないとなると、こちらも打つ手がない。

 戦争をしかけるのは論外

 なんとか聖王国の戦力を味方にしたい


 最善は同盟を結ぶこと

 次点は友好的中立を保つこと

 魔軍という共通の敵がいるのだから、中立ならばお互い助け合うこともできる


 最悪は戦争になってお互いの戦力を削りあうことだ

 魔軍を利するだけで何も益がない


 それは聖王国もわかっているはずなのに…


 またため息が出てしまう。

 ボードも難しい顔をしている。


 さてどうするかと二人で考えていると、突然扉が開かれた。



「邪魔するぞ、リク」


 俺の執務室に許可なしで入れる人間は限られる。

 でもだいたい皆ちゃんとノックとかしてくれるので、本当に許可なく入ってくるのは二人だけ

 一人はカルサ


 そして今回来たのはもう一人


「聖王国から、使者が来た」


 解放王ヒイラギ・イヅルの本家本元の直系、ミサゴ・イヅル

 いつも活力に満ち溢れた彼女にしては珍しく、神妙な顔をしている。


「使者!?」


 思わず大声をあげてしまう。

 反応すらないと嘆いていたのに向こうから使者を送ってきたのだ。

 当然の反応だろう。


 こちらの大声に驚くこともなく、ミサゴは口を紡ぐ。


「すでに使者から要件は聞かされた」


 一瞬の間

 本当に彼女にしては珍しい


 だが、その疑問はすぐに氷解する


「聖王国は、ルゥルゥ国への服従を誓うそうだ」

「な…!?」


 驚かない方がおかしい。


 最善であった同盟

 それを簡単に超えてきたのだ

 それも、聖王国自身の提案で


「ミサゴ様、お言葉ですがそれは事実でしょうか?」


 ボードが口をはさむ。

 彼も驚いている。

 そして同時に、警戒している。


 こんなうまい話があっていいのだろうかと

 俺だって思うのだ。

 ボードが考えないはずはない。


 だが、ミサゴは静かに首を縦に振る。

 俺とボードの考え違いを正すかのように。


「使者は、叔母上ご自身」


 今度こそ驚きすぎて言葉も出ない


「聖王自ら使者として訪ね参り、そなたへの服従を誓ったのだよ。リク」


 聖王本人による宣言

 それは国家としての意思表示



 今この時をもって、人類は統一された


 この、俺の下で




以上で第四章・人類統一編の本編完結となります。

お読みいただきありがとうございました!


2019年丸々どころか2020年にまで突入してしまいました。

ローペースのため完結まではまだ時間がかかりそうですが、そこまでお付き合いいただければ幸いです。


この作品がStay at Homeの一助になれればいいのですが…!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これからクレス元お姫様がどのような人生を歩んでいくのか、わがままな性格から成長して立派な人間になってくれると嬉しいですね。 [一言] 第四章完結お疲れ様です! いつも楽しませていただ…
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