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99話 決戦・エキドナ

「何故ですか、大将軍。何故、あなたが裏切るのですか?」


 何故こんな崩壊寸前の国を乗っ取るのか?

 何故たった一人で俺たちに立ちはだかるのか?


 色んな疑問が浮かび上がったが、ハンニバルの問いはどれでもなかった。

 ただ単純に、彼女が裏切ったことそのものを問うたのだ。


「まだ私を大将軍と呼んでくださるのですね、先生」


 エキドナの雰囲気が少しだけ柔らかくなる。

 先生、その言葉には師弟の情が感じられた。


 しかし、それはほんの一瞬だけ


「でも、それはこちらの台詞ですよ。先生」


 先ほどとは対照的に、先生という呼称が空々しい。


「私のようなどこの馬の骨ともわからない輩とは違う。三代の大王に仕え、二十余年にわたって大将軍に君臨し続けた連邦軍の支柱、ハンニバル・トニトルス。そのあなたが祖国を裏切ったことの方が、よっぽど”何故?”ではありませんか?」


 声に温度があるとすれば、これは絶対零度だろうか。


「あなたが裏切ったことで、多くの不忠者が()()国に剣を向けてきました」


 流れるような動きで黒剣を鞘から引き抜く。


「ですが、それも許しましょう。それは私が先生に与えられる最後の慈悲です」


 ふわりと

 まるで木の葉の如く滑らかに玉座のある壇上から飛び降りた。


 そして、エキドナの纏う空気は一変する。


「これより先、一切の慈悲はないと思え。このエキドナ・カーンが、貴様らに引導を渡してくれよう」


 木の葉のような雰囲気はもうどこにもない。

 全身に剣先を突き付けられるような殺気が場を支配する。


「大将軍…」


 まだ何か言おうとするハンニバル

 だが二の句が告げられることはなかった。


「やめときな。ごちゃごちゃ言う段階はもう終わったってことさ」


 ジェンガだ。

 とても臨戦態勢には見えないリラックスした姿勢と口調


 だが、その眼は獲物を狙う猛獣よりも恐ろしい


「口じゃなくて剣で語り合おうって言ってんだ。乗ってやるのが礼儀ってもんじゃないか?」

「私も同意見です」


 馬路倉も同意する。

 こちらはすでに臨戦態勢


 いつもの魔法王としてのローブは脱ぎ捨て、まるで格闘家のような恰好。

 全身が淡い光を放っている。

 これが、肉体強化魔法というやつか?


「私とジェンガ元帥とハンニバル将軍。この三人を前にしてその大口を叩いたこと、後悔させてあげましょう」


 拳と拳を叩き合わせる。

 それだけで衝撃波が生み出された。


「な!?ここは儂が…」


 うろたえるハンニバル

 当然だろう、彼としては自分だけで決着をつけるつもりだったはずだ。

 それが三対一となれば話が違う。


 それも他の二人は自分に匹敵する強者達。

 そんな三人がかりでなど、彼のような男にとっては心外だったはずだ。


 だが


「当然だ。まとめてかかってこい」


 対するエキドナは全く動じない。


「人類最強だか何だか知らんが、貴様らに見せてやろう」


 腰を落とし、剣を構える。


「このエキドナ・カーンの力をな!!」


 戦いが、始まった。



 ---



 それは俺の認識も理解も遥かに超えていた。


 戦っていることはわかる。

 鍔迫り合いだろうか?金属のぶつかり合う音が聞こえる。


 もちろん音だけではない。

 炎や氷、雷といった魔法が目の前に放たれては掻き消えていく。

 一瞬で人を死に至らしめる強力な魔法のオンパレードだ。


 ドンッ!!


 そして聞こえる轟音。

 巨大な音と同時に地面に穴が開く。

 攻撃だろうか、ただの移動だろうか

 大理石でできた床が豆腐のように砕かれていく


 目の前で起きている現実に、頭が付いていかない

 そんなボケっと突っ立ってる俺に横から声がかけられた。


「リクさん、失礼しますね」


 言うが早いか、アルカに首元を後ろに引っ張られる。

 その直後、さっきまで俺の顔があった空間が何かが切り裂いた。


「お、おう?」

「リクさんが狙われたわけじゃないですけど、ちょっと危ないですね」


 ちょっとか?

 ちょっとなのか?


「エキドナさんの剣は長いですからね」


 長いだけで俺は死にかかったのか

 流れ弾ならぬ流れ剣かよ


 何はともあれ、助かってよかった。

 そして俺には何が起きてるかわからない目の前の戦い、アルカにはちゃんと見えているようだ。


「どっちが優勢とか、わかる?」

「難しいですね…。互角、といったところでしょうか」

「さ、三対一なのに?」

「はい」

「マジか…」


 驚愕する俺に気を使ったのか、アルカが解説を始めてくれる。


「今カチンって音しましたよね?

 あれはハンニバルさんの剣をエキドナさんが受け止めた音です。

 そのまま二の太刀は放たず間を開けました。

 すぐに魔法攻撃が来るので警戒して距離をとったんです。

 剣だけならたぶんハンニバルさんの方が上ですけど、魔法との連携があって総合力ではエキドナさんが上ですね。

 一対一ならハンニバルさんはもう負けてると思います」


 ハンニバルの姿が消えたと思ったら壁際に出現して構え直している。

 この一瞬でそんな攻防があったらしい。

 

「言ってる間にエキドナさんがハンニバルさんを魔法で追撃しましたね」


 五つの炎がハンニバルに襲い掛かる。

 ハンニバルは当然避けた。

 だが、その炎は追撃する。


 絶体絶命という瞬間、強烈な吹雪が炎をかき消した。


「魔法王陛下が氷魔法で相殺しました」


 何とはなしに言ってるが、一歩間違えれば逆にハンニバルを凍てつかせたり熱湯を生み出したりしてたはずだ。

 相手の魔法だけを打ち消すなんて相当高等な技術。

 馬路倉の魔法コントロール力を思い知らされる。


「それと同時に魔法王陛下の攻撃が始まりましたね。

 魔法使いとは思えないほど見事な格闘戦ですよ。

 そしてそれを全て受け流すエキドナさんも大したものです。

 あ、惜しい!

 今のが直撃すれば勝負は終わってたかも…。

 でもエキドナさん、瞬間移動で避けちゃいましたね。

 真後ろに移動しての反撃。

 逆に陛下が距離をとる羽目になっちゃいました」


 地面を滑るようにして馬路倉が後退する。

 地面を滑るというのはあくまで比喩。

 床を削り取りながら動くことをどう表現すればいいのか、俺は知らない。


 そして次の瞬間、エキドナのいた場所にはジェンガがいた。


「あら残念。ジェンガ、また空振りですね」

「へ?」


 思わず声が漏れてしまった。

 あの、ジェンガの抜き打ち

 それが簡単に避けられてしまっている?


「あ、ちょっと誤解を生む言い方でしたね。

 エキドナさん、ジェンガが攻撃態勢をとったら迷わず瞬間移動で逃げちゃうんですよ。

 どこに逃げるかわからないから、当然攻撃は当たりません。

 だからジェンガは空振りばかりなんです。

 そして当然他の二人との攻防中は攻めあぐねる。

 斬鉄剣があるから当たれば一発で勝負が決まるんですけどね。

 攻撃が当たらなくてはどうしようもありません」


 ジェンガの放つ必殺の一撃

 神速の一撃も、瞬間移動の前では形無しか


 その後も目にもとまらぬ攻防は続くが、エキドナの動きを止めることはできなかった。



 ---



「どうした?三対一だというのに、貴様らはこの程度か?」


 勝ち誇るエキドナ

 いまだ息一つ乱れていない。


「腕を、上げられましたな」


 ただただ純粋に称賛するハンニバル

 エキドナとは対照的に肩で息をしている。

 もう先ほどまでのようには動けないだろう。


「もちろん。私の目的を果たすためには、もっともっと強くならねばなりませんので」


 ”女神に一矢報いる”

 かつての彼女の言葉を思い出す。

 神と戦うため、彼女は力を求め続けているのだろうか。


「…その力、あなた自身の力だけではありませんね?」


 馬路倉の疑念

 それに対してエキドナは冷笑を返す


「それがどうした?己の力だけで戦えなどとぬかすつもりではあるまいな?良き道具を持っているならば使うのが当り前よ」

「それは、人の手には余るものです。だから、禁じたのです」

「それで?禁呪だ禁具などと、そんな枷には興味はない」

「自らを、滅ぼす力だとしても?」

「滅ぶのならそれまでの女だったということ。それだけよ」


 馬路倉の歯を食いしばる音が聞こえてきそうだ。

 エキドナは全く動じない。


 そして同じく動じない男がいる。


「全く同意見だね。例え負けても、道具の差のせいにするつもりなんて毛頭ねえ」


 斬れぬものはないと言われる名刀、斬鉄剣

 それを構えながら男は言う


「だからもちろん、勝ったら全部俺の手柄さ」


 目にもとまらぬ抜き打ち

 瞬間移動で避けられても、二の太刀三の太刀と続いていく


 息の上がったハンニバルと馬路倉は戦線を離脱


 ジェンガとエキドナ 


 一対一の攻防が、始まった。



 ---



「エキドナの剣、靴、小手、鎧、たぶん全部斬鉄剣と同じようなものだと思う」


 俺の体の後ろ隠れているカルサ

 戦いが始まってから初めて口を開いた。


「伝説級の武具ってこと?」

「うん。たぶん」


 たぶんと言いつつその顔は確信に満ちている。


「靴が瞬間移動で、小手が魔力増大、鎧は無尽蔵の体力、かな。剣はよくわかんないけど、たぶん、あれもすごいんだと思う」

「全身伝説まみれかよ…」


 そりゃ強いわけだ。

 むしろ剣一本で互角に戦えてるジェンガがおかしい。


 ジェンガとエキドナの攻防。


 瞬間移動なみのスピードで攻撃を放たれるジェンガの攻撃を、本物の瞬間移動でエキドナが避ける。

 そして放たれるエキドナの反撃

 まるで背中にも目があるかのように避けるジェンガ


 大広間のいたるところで、床も壁も天井も関係なく、そんな攻防が行われているのだ。


「伝説には伝説で対抗するしかないんじゃない…?」


 この場にあるもう一つの伝説の武具

 先ほど馬路倉がローブと共に投げ捨てた魔法王の杖を手に取る。


「馬路倉に、これ使ってもう一回参戦してもらおうか」


 杖の先端が光り始めた。

 魔法の首飾りのおかげで、俺でもまた使えそうだ。

 前回はわけもわからずとんでもないレーザー光線を出してしまったが、今なら少しコントロールできるかも


「よっと」


 試しにビームを打ち出す。

 お、大成功。

 無制御だった前回とは違い、ピンポイントで放てたぞ。


 しかも威力は絶大

 さらに目標にも命中


 そう


「何、だと…!?」


 驚愕の表情を浮かべながら崩れ落ちるエキドナ


 目標に、当たってしまった



 ---



「どうやって、私の移動場所を予見した…!?」

「俺が攻撃したところに、お前が来ただけさ」

「そんなバカなことがあって、たまるか…!貴様、やはり未来視を…?」


 そんなこと言われても困る。

 事実だから仕方ない。


 しかし魔法王の杖から放たれたのはアルカの魔力

 魔軍を焼き払うこの力を真正面から受けてまだ話せるのはさすがと言おうか


 それでも、もはや戦闘続行は不可能だろう。

 しまらない決着となってしまった。

 ジェンガに怒られないだろうか。


「さすがリク様!!」


 なんか大喜びしてくれているぞ。

 よかった。


 これで後顧の憂いはなくなった。



「決着の時だ、エキドナ」


 杖を持ったまま、エキドナの前に立つ。

 ボロボロですでに立ち上がることも難しいのだろう

 それでも目の力は失わずにこちらを睨みつけてくる


「貴様はいったい、何者だ?いったいどれだけの力を、持っている?」

「俺は俺だ。何の力も持たない、ただの男だ」


 より一層強く睨まれる。

 だが、これで怯むわけにはいかない。


「俺たちの軍門に下るか、ここで終わりにするか、決めるがいい」


 エキドナも、他の皆も驚いている。

 確かに誰にも相談していなかった。


 元々そうしようと思っていた。

 おして今回の戦いを見て更に強く確信した。

 これからの大魔王の戦いでは、彼女の力はきっと助けになる。


 彼女さえ同意してくれるなら、過去は水に流して共に戦いたい。

 そう思い、声をかけた。


「笑えぬ冗談だ」


 言葉とは対照的に笑みを浮かべながら、彼女は答える。


「私は血塗られた女だ。国民を殺し合わせ、官僚どもを血祭りにあげ、王位を簒奪した逆賊だ。そんな女を味方につけては、英雄王の名に傷がつくぞ?」

「俺の名なんてどうでもいい。俺は、お前の意思を聞いている」


 再度問う。

 だが、首は横に振られる。


「私はエキドナ・カーン。この連邦の最後の大王。そのことを、ゆめゆめ忘れるな」


 全てを悟ったような顔

 まさか


「貴様らの勝ちだ。…さらばだ」


 そう言うと、彼女は姿を消した。

 自決するかもという予感は外れた。

 だが、仲間にするという目的は果たされなかった。



 エキドナが姿を消すと同時に、入口から漆黒の鎧をまとった兵士の集団が現れる。

 すわ戦闘かと警戒するが、全員が一気に跪く。


 俺とアルカ以外は気配を感知していたのだろう。

 突然の登場にも驚くことなく、戦意を感じないのか警戒もしていない。


 代表者だろうか

 先頭の男が口を開いた。


「今ここに大王エキドナは命運は潰え、同時に我が連邦の運命も潰えました」


 下げられた頭がより一層下げられる。


「我らの全て、この日この時より全てリク・ルゥルゥ陛下に捧げます」


 天を仰ぐ。

 目の前に広がるのは青い空ではなく王の間の天井。

 連邦の国章だろうか、巨大な紋章が描かれている。


 栄枯盛衰。

 世界は変われど、その真理は変わらない。


「わかった。全ての戦闘行動は終了し、民を安んじることを約束しよう」


 人類最大最強の国家、ヒュドラ連邦

 人類統一に最も近いと言われたその国が


「この、リク・ルゥルゥの名の下に!」


 今、その幕を閉じた。




以上で連邦編終了となります。

四人が戦うシリアスパートとリク視点のギャグパートのような構成となってしまいました。

完全シリアスを望まれていた方はすいません…。


コロナは本当に恐ろしい状況となってしまいました。

皆さんもどうか不要不急の外出を避け、健康にお気を付けください。

健康が一番です。

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