98話 王の間
耐えきれなかったのだろう。
女性官僚の悲鳴が場に響き渡る。
それを合図にするかのように、混乱が一気に爆発した。
あまりの凄惨な現場に腰を抜かす者。
震えあがって歯をガチガチならす者。
失神して倒れこむ者すらいる。
先ほどまで平静を保っていた武官たちも動揺し始めた。
エキドナ・カーンという怪物を前に、彼らにも恐怖が伝搬したのだ。
だがそれでも冷静であり続ける者達もいる。
まずは指示を待っていますかのような視線を送ってくる二人
ボードとミサゴ
「ボード、お前をこの場の最高責任者に任ずる。混乱を収束して、みんなをまとめあげておいてくれ」
「承知いたしました」
「ミサゴ。申し訳ないがお前はボードの補佐を頼んだ。伏兵がいるかもしれないし、警戒は緩めないように」
「謝る必要などないぞ、リク。妾に任せるがよい!」
ボードは丁寧に
ミサゴは堂々と
二人ともいつも通りで安心する。
この場はこれでいい。
では次。
場の混乱など全く意に介せず、いつ突入しようかと待ち構えている者たち。
「ジェンガ、馬路倉、ハンニバル。お前たちは俺についてこい。一気にケリを付けるぞ」
「喜んで!!」
「もちろんです、先輩」
「全ては御意のままに」
三者三葉の返事。
どれも力強く、心強い。
ではこれで待機班と突入班が決まったわけであるが
俺の裾を心細げに掴む感触を忘れてはいけない
「カルサは、もちろん俺と一緒だとも。あ、できればアルカもお願いね?」
「カルサとリクさんが行くなら、止めても付いてきますよ?」
アルカがにこやかに答えてくれる。
いろいろ不安もあったが、乗り越えてくれたのだろうか。
ありがとう。
心から頼りにさせてもらう。
「兄様は、大丈夫なの…?」
自分が震えているのに、俺の心配をしてくれている。
なんと優しい妹か。
自慢の妹だ。
「大丈夫だよ」
そっとカルサの頭に手を添える。
手が震えるということもなく、優しくなでることができた。
「俺は頑張らなきゃいけないんだ。だから、大丈夫だよ」
カルサは一瞬だけつらそうな表情をした。
だが次の瞬間にはいつもの力強い光が瞳に戻っていた。
「わかった。兄様が頑張るなら、あたしも頑張る」
それは、まるで決意表明だった。
手の震えは止まり、力強く俺の手を握り締めてくれる。
「行きましょ。みんなで」
「お、おう」
逆に気圧されてしまった。
そのまま引っ張られるように前へ出る。
動揺してた人々も、俺の顔を見ると驚いたように場所を開ける
そして俺の前には道ができ、それは城門まで続いている
城の入り口めがけて突き進む。
後ろにはジェンガ、馬路倉、ハンニバル、アルカが付いてくる。
道を開けたみんな以外も気づき始めた。
何かが起きると
俺が、何かをすると
期待の眼差しを一身に受け、城の入口にたどり着いた。
見上げるような城門などはなく、あくまで質実剛健な機能に特化した入口。
今から、ここに突入するのだ。
儀礼用にと腰にさげた剣を引き抜き、高く掲げる。
「残る敵はエキドナ・カーンただ一人!他の雑兵にはかまうな!行くぞ!!」
「「「はっ!!」」」
さあ、突入だ。
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扉を蹴破って、などはしない。
まずは馬路倉が扉の隙間から火炎魔法を放射し、安全確保してから突入する。
入口付近にあった罠は機能する前から焼き尽くされていた。
その後も入る部屋入る部屋、全てを焼き尽くしながら突き進む。
先導者はハンニバル
文字通り勝手知ったる我が家の如く城内を最短ルートで進んでいく。
だが
「解せませんな」
「ええ、理解できません」
順調な進軍。
だが、俺ですら気づく違和感に百戦錬磨の彼らが何も思わないはずがない。
「抵抗が、少なすぎる」
そう、少なすぎるのだ。
都市部にもそれなりの数の兵士はいた。
だが、連邦首都の兵士があれで全部だとも思えない。
少なくとも大将軍直下の部隊は目にしていない。
なにより、エキドナ・カーンが手塩にかけて育てた竜騎兵がいない。
ダラスの戦いで敗北したが、全滅したわけではないしあれで全てとも思えない。
だが彼らの姿はなく、散発的な抵抗が所々であるぐらいだ。
そのような抵抗で人類最強とも称される三人を阻むことなどできはしない。
瞬く間に制圧され、時間稼ぎにもなってはいなかった。
「敵も困惑しているようですね」
また新しい部屋を制圧した。
敵兵にとどめを刺さずに少し尋問したようだが、何も情報は得られなかった。
「降伏したはずだったのに突然抗戦しろと命令が下ったと言っています。その命令を誰が下したのかも知らず、大臣たちが皆殺しにあったことも今知ったようです」
ずいぶんと混乱しているようだ。
いくつかの部屋ではこちらの姿を見るだけで逃げた兵士たちもいたが、これを聞くと仕方ないようにも思える。
次の場所に移ると、そこには投げ捨てられた剣が置き捨ててあった。
こちらの噂が広まり、もはやこれまでと逃げ出したのか。
「…終わる時は、あっけないものですな」
ハンニバルが苦笑している。
自分の祖国、つい先日まで世界最大最強と呼ばれたこの国が、このように滅んでいくのをどう思っているのだろう。
感傷にふけっている暇はない。
頭をふって余計な思いを振り切る。
「終わりじゃない。人類の新たな時代の始まりだ。行くぞ」
「…はっ!」
その後、組織的な抵抗はなかった。
いくつかの罠を打ち破りながら突き進み、ついに城の中心地へとたどり着く。
「この先が、王の間となります」
「エキドナがいるとすれば、ここですか?」
「そうですな。大王の居住空間は王の間の裏手となりますゆえ、彼女がいるとすれば今までたどってきた道のどこかか、こことなりましょう」
つまりここまで来て会わなかったのだから、ここにいるはずというわけか。
「馬路倉なら魔力で場所感じられたりしないの?」
「普通ならできるのですが…。この城の中はジャミングがあるようで、魔力が読み取れなくなっているんです」
「じゃみんぐ、が何かはわかりませぬが、この城にはそのように魔法使いの力を妨害するような仕掛けがあると聞いたことはございますな」
なるほど。
ずいぶんと凝っている城だ。
「いや、いますよ」
そんな俺たちの会話へ一刀両断するかのように口が挟まれる。
ジェンガだ。
「やつは、ここにいます」
確信に満ちた声
そのまま扉に近づき、手をかける。
「俺にはわかります。感じますよ、楽しい相手がいるってね!」
まるで友人の家に遊びに来たかのように
ジェンガは、勢いよく扉をあけ放った
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王の間
何百人もの人間が入れる大広間
今はずいぶんと閑散としている
そこにいるのはたった二人の女
一人は壮麗なドレスを身にまとった女
一人は漆黒の鎧に身を包んだ女
片方は倒れ伏し、もう片方は玉座に座っている
「姫様…!」
ハンニバルが倒れ伏した女を見て思わず呟く。
彼女が、大王か?
彼女が何者であろうと、もう一人は見間違えるはずもない。
玉座に鎮座する漆黒の女
「待っていたぞ」
女が口を開く。
初めて会ったときは叫んでいた。
次に会ったときは冷笑するような口調だった。
そして今回は、落ち着き払っている。
まるでこの場の主が自分であるかのように。
だが次の瞬間、その考えが間違いであったことを知る。
「我が名はエキドナ。連邦の新たな主、エキドナ・カーンである」
自らが主だと、僭称したのだ
世の中どんどん危なくなってきますね…。
部屋にいる楽しみの一つにとたくさん更新したいのですが、時間がとれずすいません。
そして話もなかなか進まずすいません。
ちゃんと進んだとこまで書こうとすると更新ペースがまずいことになりそうなので、ちょっと時間かかっています。連邦編はもう少しなので、今しばしお付き合いをお願いいたします!




