97話 ラング入城
使者が持ってきた書状。
俺への美辞麗句から始まるその文章は冗長この上ない。
その長さに反し、内容は実に簡潔だった。
「この戦争の全責任は大王・大将軍に有り。この首を差し出すことで、他全ての民の命を安んじて頂きたい、とね」
要は主を裏切るから自分の命を助けて欲しいというわけである。
個人的には全く気に入らない。
だが、俺個人の感情はどうでもいい。
俺の感情なんかで戦争を続けるか否かを判断するつもりなどない。絶対にしてはいけない。
「みんなは、どう思う?」
だから、いつものように問いかける。
「受けるべき、であろうな」
自身も不満なのだろう。
ミサゴにしては珍しく難しい顔をしている。
「私もミサゴ様と同意見でございます」
「俺もです」
ボードとジェンガもそれに賛同する。
それに続くように他のメンバーも次々と同意してくる。
戦争が終わるというのに誰もスッキリした顔をしていない。
皆不満に思いつつ、それでも感情よりも理性を優先した結果だ。
「俺もみんなに賛成だ。この話、受けよう」
俺の言葉を聞いて、ミサゴたちも吹っ切れたような顔になった。
これでいいのだ。
ではあとは返事をするだけか。
「そういえば、使者には会った方がいいかな?」
「いえ、それには及びません。陛下の御前は恐れ多いということで、お目見えは辞退するとのことです」
「あれま」
恐れ多いときたか。
でもまあ、仕方ないか。
使者なんて殺されることもある役目だし、あまり敵陣深くに入りたいとは思わないもんかね。
「じゃあ、使者には降伏を受諾すること伝えておいてくれ。頼んだよ」
承知しました!という顔をしたトトカが一礼してから去っていく。
うん。今のは理解できた。
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降伏宣言から開城まではあっという間だった。
まるで開城することが予定通りだったかのように。
「このような形でラングに戻ってくるとは、夢想だにしておりませなんだ」
開門準備が始まった城門を前に、ハンニバルが嘆息している。
「不満?」
「正直申せば、その通りにございます」
やっぱりね。
祖国に敵として戻ってきたのが不満なのだろう。
「最後にこの城門を出たときは、次は騎士として散り亡骸として運び込まれることになるだろうと思っておりました」
へ?
俺の困惑をよそにハンニバルの言葉は続く。
「そして陛下のお仲間にして頂いた後は、この街を、我が生まれ故郷を火の海にするつもりでおりました」
…マジで?
敵として戻ってきた躊躇とかないの?
「それが、このようなことになろうとは…」
深いため息。
その深さは俺の想像の範疇を超えていた。
そんな悲壮感に満ちた未来に反してこんな平和的に入城できたのだ。
もっと喜んで欲しい。
だが、それができないのがこの老騎士なのだろう。
考えが理解できなくても、彼という人間は理解していこう。
考えが理解できないことはもう慣れてるからね。
だって俺の周り、頭のいい人が多すぎなんだもん。
みんなの考え、全然俺にはわかりません。
「リク様、間もなくです」
「お、おう」
ジェンガの言葉通り、城門が開き始めた。
開くと同時に先遣隊が中に入りチェックを行う。
罠はなし。
その合図と同時に次々と我が軍の兵士たちが入城していく。
都市内の重要拠点が次々と制圧され、その報告が届きだす。
そしてついに、残るは王城だけとなった。
「では、リク様」
「ああ、行こうか」
ジェンガに促され、立ち上がる。
目指すは王城
目指すは、玉座の間
降伏の条件が果たされるのを、見届けるために。
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都市の中は、静かだった。
今までのように大歓迎ということもなく
侵略者として恐怖の眼差しを向けられることもなく
ラングの民は淡々と新しい支配者を受け入れていた。
「皆、疲れているのでしょう」
理由を聞くまでもなく、ハンニバルが答えてくれた。
「実際にラングが戦場になるのは初代大王の時代以来のことでございます。平和を謳歌してきたラングの民にとって、この街が戦場になるという心理的負担は想像を絶したのでしょうな。祖国が敗北したという現実も、その恐怖から解き放たれたことに比べれば小さいものでしょう」
最近は籠城に備えて食料も配給制になっていたのだろう。
今まで人類最大最強国家の首都として繁栄を謳歌してきたここの民にとって、これらのストレスは耐えられるものではなかったということか。
一番連邦の恩恵を受けていた民が連邦の滅亡をこんなにも悲しまないとは、なかなかの皮肉だ。
そんなことを考えていると間もなく城の入り口だ。
近くで見るとさらに武骨で、都市を制圧できてもこの城を攻め落とすのは更に苦労したことだろうと思わされる。
さて、ここでドルバル達が出迎えるはずだったのだが…
「リク!」
ミサゴがこちらに寄ってくる。
「これ以上は進むでない。ドルバルがおらぬ。何かが、あったのやもしれぬ」
城の入り口は無防備にも開いている。
だが、そこで俺たちを迎えるはずだったドルバル達がいない。
予定では彼らの先導で入城し、玉座の間へ向かうはずだった。
ヒュドラ連邦三代目大王クレス・ヒュドラ
ヒュドラ連邦大将軍エキドナ・カーン
この二人の最期を看取るために。
罠か?
仲間割れか?
単に時間を間違えたのか?
いやそんなはずはないとざわめきが起きている。
だが、それらは一瞬で止まった。
空から落ちてきたものを見て。
ドサドサと大きな音を立てながら地面叩きつけられたそれらは
人の首と、体
それも、複数人の
豪奢な衣服をまとったそれらは、どう見ても一般人のそれではない
「連邦の現役大臣達、にございますな」
あくまで冷静沈着なハンニバルの声
ただの事実だけを述べた声
さらに落ちてくるそれらは、もはや顔の分別もつかないほど傷つけられていた
あまりの凄惨さに吐き気をもよおした文官たちもいる中、武官たちは全員が一点を見つめている。
そこは、これらが落ちてきた場所。
これらを落とした犯人がいる場所。
そこには、漆黒の騎士がいた。
漆黒の鎧に身を包み、黒剣を血で濡らした騎士。
長い黒髪を翻しながら、城内へと入っていく。
エキドナ・カーン
やつはまだ、戦っている。
評価にブクマ、ありがとうございます。
なかなか外に出られない日々が続きますが、楽しんでいただけると嬉しいです。




