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番外編 副将

 俺は()ヒュドラ連邦南方方面軍第一軍将軍、ヘイメス

 上官をこの手にかけ敵に寝返った、裏切り者だ。




 ハンニバル将軍の檄文

 これを読んだ俺は茫然自失となった。


 天才的戦略家にして戦術家

 一部の者しか知らないが、剣を持てばいまだに一対一ならエキドナ大将軍にも後れは取らない最強の騎士


 尊敬などという言葉では生ぬるい

 軍神として崇めてると言っても過言ではないハンニバル将軍

 あの御方がいる限り、連邦に敗北の二文字は存在しない


 そう信じていた

 疑うことなどなかった


 そんなハンニバル将軍が裏切ったと知り、俺は目の前が真っ暗になってしまったのだ。


 そして、ハンニバル将軍が敵に回ったにもかかわらず徹底抗戦を唱える上官

 目の前にそんな愚か者が存在することが許せず、激情のまま手にかけたのだ。



 自分が南方方面軍の新たな長だと名乗る気概もなく

 この手で殺した上官の副官に半ば脅迫する形で全てを押し付けた。


 どうせ上官殺し

 どう考えても処刑される


 そんな予想は大きく外れることになる。

 俺は処刑どころか罪に問われることすらなかった。

 将軍職すら、維持されたのだ。



 ---



「あんたが俺の上官殿ですな!これから、よろしくお願いしますよ!」


 第一印象は、山賊だった。


 強面に伸ばし放題の髭

 筋肉ではちきれんばかりの両腕

 軍服を腕まくりし、服装過程など知らん顔

 なれなれしく人の背中をバンバン叩いてくる


 自分が生かされてる理由がわからなかった。

 だが今、ようやくわかった。


 俺は、この山賊が起こす問題の責任の取らされ役なのだ。


 この山賊が我が伝統ある連邦軍をめちゃくちゃにする。

 完膚なきまでに破壊しつくす。

 俺はその混乱の責をとるため処刑され

 ルゥルゥ軍が従順になった連邦兵を支配する。


 そんな見え見えの筋書き

 それに何の抵抗もできない自分


 本当に、嫌になる。


 と思ったのに




「上官殿!兵卒どもの鬱憤がたまってそうですな!俺にお任せください!」


 そう言うと突然相撲大会を始めだした。

 部下たちも何が起きたのかわからなかったが、勢いのまま参加させられた。


 相撲なんてバカバカしいと思っていたのだが、驚くほど盛り上がった。

 飛び込み参加がどんどん出て、皆が砂まみれになっていく。

 誰もが笑顔になっていく。


 なぜか俺も参加することになり、気づいたらあの山賊に投げ飛ばされていた。


 そしてその夜は当然のように宴会が行われ

 当然のように山賊が中心となって大騒ぎをしていた。


「…このような物資、どこから入手したのだ?」


 連邦中央から物資が届かなくなって久しい。

 南方方面軍の備蓄を切り崩しながらの生活で、このような宴会などできるはずはなかった。


「物資など、たくさんあるではありませんか!」


 飲み勝負で百人切りをした山賊が酒臭い息で話しかけてくる。


「どこにあるというのだ?我が軍の備蓄にこんな酒や肉などどこにもないぞ」


 肉は干し肉程度

 酒など論外だ


 だが山賊は本気でわからないという顔だ


「? たくさんあるではありませんか。あそこに」


 そうして指さすのは、ルゥルゥ軍の備蓄倉庫

 我々の支配者から、食料と酒を分捕ってきたという


 その現実に言葉も出ないほど驚き、開いた口が塞がらない


 まさかこの罪で俺を追い落とすのか?

 俺が食料泥棒などという汚名で処刑されるのか?


「向こうに知り合いがおりましてな!気持ちよく譲っていただきましたとも!」


 だが、どうもそうではないらしい。


「ささ、上官殿!どうぞ一献!」


 そして俺の顔ぐらいありそうな杯を押し付けてくる。

 もはや何もかも考えるのがめんどくさくなり、一気に飲み干した。


「おお、いい飲みっぷり!」


 ルゥルゥの酒は、悪くない。




 その後も山賊の活躍は続いた。


 宴会だけにはとどまらず、ルゥルゥ軍から様々な物資を融通してくれた。

 その結果、兵士たちの生活環境は劇的に改善する。

 特に薬の援助は本当にありがたかった。

 南方特有の疫病で寝込んでいた部下たち。

 彼らが回復していくのは本当にうれしかった。


 その豪放磊落な性格は誰からも好まれた。

 頼りになる兄貴のような存在と、兵卒からはたいそう慕われている。


 我が軍を支配するような素振りを見せることはなかった。

 むしろそんな手管を使えるような人間にはとても見えない。


 いったい何を考えているのか

 そう考えているある日、事件が起こった。


 ---


「閣下、我が軍の兵士とルゥルゥ軍の者が諍いを…」


 いったい何が起きたというのか。

 最初のころはたいそう気をもんだが、ルゥルゥ軍は我が軍をほぼ対等に扱っていることはわかっている。

 諍いがあればきちんと裁けばいい。

 それだけのはずなのに。


「どうも相手が、自分が近衛の幹部の子息を名乗っているようで…」


 近衛

 それはダラスの戦いでも活躍した、英雄王リク・ルゥルゥ直属の最精鋭部隊

 率いるのは解放王ヒイラギ・イズルの直系、ミサゴ・イヅル


 近衛の一兵卒は一般の軍にすれば隊長格

 近衛の隊長格となれば、将軍格

 近衛の幹部となれば、それはもはや…


 大慌てで現場に急行する。


 そこには、俺より先に到着していたやつがいた。

 そいつはあろうことか


「この、馬鹿者があああああああ!!!!」」


 近衛の幹部の息子を、殴り倒していた。



 無抵抗でいたぶられたのだろう、傷だらけの我が軍の兵士数名がいる。

 その犯人であろう男は、うちの山賊に殴られ吹っ飛んでいた。


「己が悪いにも関わらず!己が地位を利用して!無抵抗な者を!殴るなど!」


 怒り心頭のまま一歩ずつ踏み出していく。

 殴られた男は必至で逃げようとあがくが、足腰が動かず全く進んでいない。


「貴様それでも、誇り高きルゥルゥ軍兵士かあああああ!!!!!」


 そして再び吹っ飛ばされる。

 死ぬんじゃないかと心配になり、早く止めねばとようやく気付いた。


「お、お前、何をしている!?」

「おお、上官殿!不届き物がいたようですので成敗しておりますぞ!」

「おま、お前、近衛の幹部の御子息に、そんなことしていいと思っているのか!?」

「生まれなど問題ではございません!悪さをしたのなら成敗されて当然でございます!」


 こんな調子で全く己の非を認めない。

 全く言葉が通じない。


 そうこうするうちに、男が口をはさんできた。


「ぼ、僕の父上は、近衛将軍ミサゴ・イヅル様直属、ザド閣下の副官、リーブだぞ!?お前ら、絶対に許さないからな!」


 その言葉を聞いて、血の気が引いた。

 ザドといえば、ルゥルゥ軍元帥ジェンガ・ジェンガが最も信頼する男の一人。

 信頼するがゆえ、元主君であるミサゴ・イヅルに仕えさせたのだ。

 そして同時に、あの英雄王リク・ルゥルゥの最古参の部下の一人。

 英雄王本人にも直言する資格を持つという、まさにルゥルゥ国最高幹部。


 そのような男の副官となれば、支配下の国家の王家を取り潰すことも可能であろう。

 ましてや将軍の一人や二人、首を刎ねることなど造作もない。


 この山賊に悪気がないことはもうわかった。

 だが結局、俺の懸念通りになるのか。


 そう思ったのに


「貴様がリーブのバカ息子か!?親に代わって、成敗してくれよう!!」


 さらに追い打ちをかける、こいつは本当に馬鹿なのか!?


「おま、やめろ!そもそもリーブ様を呼び捨てにするな!」


 腕にしがみつくが、全く止まる気配がない。

 口も止まらず動き続ける。


「リーブめは我が副官!副官の恥は我が恥!上官殿、止めてくださるな!!」


 …副官?


「お前、名前なんて言うの?」


 山賊はキョトンとし、次の瞬間大笑いし始めた。


「これはこれは!自己紹介を忘れておりました!俺の名前は、ザドと申します!」


 ルゥルゥ国最高幹部が、ここにいた。



 ---



 その後近衛数人を引き連れたリーブ様ご本人が現れ、息子を逮捕していった。

 厳しく処罰すると約束してくださり、何度も謝罪してくださった。


 そしてこの山賊がザド閣下であることが、明確となってしまった。



 今までのように接しようとしても、無理だ。

 目の前の男が山賊どころかはるか格上の存在と知ってしまい、全身が緊張している。


「やはり、疑われておられますかな?」


 話しかけられてびくっとする。

 疑うとは、何のことだ?


「俺がルゥルゥ軍から密命を受けていると、そう思われてるのではないですかな?」


 ああ、そのことかと気づく。

 だが今さら疑うも何もない。

 彼は自らの力で我が軍の兵卒の信頼を勝ち得た。

 その人柄で皆に愛された。


 そんな男を疑うなんて笑い話にもならない

 だが


「実際、受けておりました」


 それは、懺悔だったのだろうか


「誰からかは秘密とさせてください。ですが、あなた方を監視し、ルゥルゥ軍に都合よく組織を作り替えることを俺に指示した人間はいました」


 彼ほどの男に命令できる人間など一握りだ。

 だが彼が秘密だと言う以上、俺も詮索はやめよう。


「正直、気は進みませんでした。だますのもだまされるのも、俺は嫌いです。でも命令だからと我慢しようとしたとき、”いつものザドで大丈夫だ”と言ってくれた御方がいらっしゃったのです」


 彼を呼び捨てにできるほどの男


「英雄王陛下、ですか?」


 いつも大声の彼が、はにかむように頷いた。


「あの御方の言葉に励まされ、陰気な命令のことは忘れていつものようにふるまっていました。そして、皆と仲良くなれたと思っています。俺と皆の友情は、個人個人のものです。でも、それがいつか国同士の仲にも広がっていくんじゃないかと、俺はそう信じているんです」


 まるで子供のようなことを言う。

 俺より一回りも二回りも大きい大男の言葉とは思えない。


 だけど


「俺も、そう思います」


 上官を討った血塗られた手

 一瞬躊躇したあと、その手を差し出した

 もうこの手で何もつかむことはできないと思っていたが、


「じゃあ、改めて」


 力強く握りしめられる。


「近衛で閣下とか呼ばれてますが、元々は辺境の村人やってました。ザドっていいます」

「生まれも育ちも平民ですが、軍では出世出来て将軍になりました。ヘイメスといいます」

「「どうかよろしく」」


 こうして、俺は新しい友達ができた。




 ---




「ザド、大丈夫かな…」

「何か心配なの?兄様」

「いや、だってザドっていいやつじゃん?副官で送り込まれた人間ってきっと密命とかあると思うんだよ。そんな腹芸できるタイプじゃないし、俺心配なんだよ」

「…あきれた。本気で言ってるの?」


 カルサが冷たい。

 ザドは村の頃からの仲なのに、心配じゃないんだろうか?


「ちなみにザドのことは好きよ。村に住んでたころはたまに蜂の巣をとってきてくれたしね。子供たちの英雄だったんだから」

「そりゃすごい」


 ならもっと心配してくれても…


「どうせ兄様のことだから、ザドに腹芸なんてできないとか思ってるんでしょ?」


 うん


「ザドは意外とできる男だから、たぶんやってのける。でも、兄様がそれを否定しちゃったじゃない」


 へ?


「わざわざ出発前のザドを呼び出して、”いつものザドで大丈夫だよ”って言ったでしょ?」


 言いました


「ってことはザドにとっては兄様の命令が上書きされてるに決まってるじゃない。兄様の命令以上に優先すべきものなんてこの国にないんだから」


 マジか

 でも言われてみればその通りか

 ただの激励だったのに、密命打ち消しちゃってたよ


「だ、大丈夫かな?」


 突然不安になる。

 ザドのことは心配だけど、命令を消しちゃったことはそれはそれで心配だ


 でも


「大丈夫でしょ」


 カルサはあっけらかんとしている


「兄様のやったことだもの。きっといい結果になるんだから」


 それが当然であるかのように

 

幕間ではなく番外編でした。久々の平日投稿です。

06話で登場した”どう見ても村人っていうより山賊なおっさん”が再登場です。

”俺の太ももより太い腕のおっさん”は登場していませんが、元気に活躍しております。


週末は時間とれれば本編更新いたします。

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