95話 将の将たる
ハンニバル墜つ
連邦軍の支柱と呼ばれた男の去就は、連邦全土を震撼させた。
まず語られたのはその言葉の意味
生きているのか、死んでいるのか
生きているのなら何が起きたのか?
死んだというなら誰に討たれたのか?
錯綜する情報は、すぐに真実にたどり着く
ハンニバル健在
それはつまり、連邦への裏切り
あのハンニバルが
あの忠義の老臣が
あれほどの男が連邦を見限る時が来たのかと人々は驚愕する
それとほぼ同時期に、ある檄文が各地の連邦軍に届く。
それは、ハンニバル直筆の署名が入ったもの。
曰く
連邦の未来はすでに断たれた
まもなく人類の未来すら閉ざされる
もはや人同士が争っているときではない
人類は一つとなり大魔王に立ち向かうときがきた
全人類よ、人類史上最大最後の大戦に備えるのだ
”英雄王リク・ルゥルゥの名のもとに”
それからは、雪崩のようだった。
連邦西方方面軍は指揮官自ら投降した。
徹底抗戦を唱えた連邦南方方面軍の将は部下に討たれ、後を継いだ副官によって降伏宣言が執り行われた。
各地に潜んでいたダラスの戦いの生き残りも次々と恭順する。
各都市はルゥルゥ軍を侵略者ではなく解放者として迎え入れ始めた。
歩みを進めるルゥルゥ軍。
目標は、連邦首都ラング
まるで無人の野を行くがごとく進軍する。
彼らを阻むものはもう、存在しない。
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とまあ、びっくりですよ。
まさかハンニバル一人が仲間になってくれただけでここまで劇的な効果があるとは。
少しは期待してたけど、その百倍ぐらいすごかった。
むしろ百万倍すごい。
そもそも本人がすごい。
人望ヤバイ。
歴戦の勇士といった風情の老兵たちがガンガン集まってきた。
そしてハンニバルの顔を見たら皆一斉に男泣き。
事情はよくわからんが、すごい慕われてることはよくわかった。
というか老若男女問わず兵士が集まってくる。
受け入れてるこちら側がパンクするレベルで集まってきてる。
南方と西方の国境沿いの軍が揃って降伏したせいで、あっちは進軍するどころじゃなくなっちゃったよ。
連邦の作戦かと思っちゃったぐらいだ。
あと忠義に溢れた元副官もやってきた。
本人だけでなく、ハンニバルの家族も連れて。
連邦中が混乱してる中、南方国境沿いからここまで非戦闘員を移動させるなどなかなかできることではない。
たいしたもんだ。
ちなみにハンニバルの奥さんは上品な老婦人。
そして娘さんはかなりの美人。
しかもお淑やか。
できる男は部下にも家族にも恵まれている。
こんなにすごかったら態度が偉そうだとしても仕方ないだろう。
それだけの実績と人望がある。
だが実際は偉そうどころか実に謙虚。
自分が傷つけた兵士たちに謝罪に回るぐらい謙虚。
「全ては私の無明が招いたこと。弁解の言葉もありませぬ。本当に申し訳ない」
「勝敗は兵家の常と申します。まして今やあなたは我らのお味方。どうかお気になさらず」
「しかしお怪我が…」
「戦場に身を置いた以上、死んでも文句は言えません。そして傷は男の勲章です。ハンニバルにつけられた傷だと誇れますよ」
「かたじけない…」
ハンニバルとハイロの会話。
これを皮切りに、ハンニバルとの戦いで傷つけられた兵士ほぼ全員に会いに行った。
なんでも将軍時代は自軍の戦死した兵士の家族に毎回直筆の手紙送ったりしてたらしい。
人間ができすぎている。
なおこの会話だけだとハイロも大人物のように見えて困る。
傷つけられたのがミサゴだったら全然話が違ってたのに。
人望があって人間ができている。
そんな新しい仲間ができて俺は大歓迎なのだが、周囲はそうでもないらしい。
特にボード。
ずいぶん警戒しているようだ。
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「降伏した連邦軍は完全に解体し、我が軍へと編入いたします」
ボードによる連邦軍編入の概要説明。
既存の連邦軍内の指揮系統を完全に破壊し、東西南連合軍に組み込むというものだった。
連邦軍内の職位は維持する。
だが上司や部下、周囲の同僚は縁もゆかりもない者達ばかり。
そのように組み替えて編入させるのだ。
人間関係がないため元連邦兵同士の横のつながりが作りにくくするのが目的なのだろう。
確かに元連邦兵の数は膨大だ。
万が一があった場合、とんでもない脅威となる。
反対意見はなく、そのまま話は進んでいく。
このままだと連邦軍は解体されてズタズタになるだろう。
だが何と言うか。
俺としては、こうもあからさまに反乱を警戒するのはちょっと…
「俺は反対だな」
思わず口に出てしまったかと口を抑える。
だが、どうやら俺ではない。
声の主、場の視線を一身に集めているのは我らが元帥。
ジェンガだ。
「連邦軍は洗練された戦闘組織だ。大魔王、魔軍との戦いで大いに活躍してくれるだろう。それを破壊しつくすなど、それこそ敵を利することになる。ゆえに連邦軍の組織はそのままにしておくべき。俺は、そう考えている」
「獅子身中の虫になる可能性のある存在だとしても?」
「そうだ」
「その虫が、我らを内部から食い破る力を持っているとしても?」
「そうだ」
「なるほど。私には受け入れらない選択肢ですが、あなたの考えは理解しました」
ジェンガとボード
我が国の2トップ。
この二人の意見が正面からかち合うとは珍しい。
そして口に出していなかっただけで、ボードの意見に反対だったのはジェンガだけではなかったらしい。
ジェンガの発言を皮切りに、会議の参加者が賛成意見と反対意見をぶつけ合い始めた。
「連邦兵に反乱を起こされたら魔軍との戦いどころではありませんぞ!?」
「連邦兵ではない。もはや我が軍の一員だ!」
「本心から従っているかどうかなど誰もわからんだろう」
「ではあなたも二心ありということですか?」
「き、貴様!我らを侮辱するつもりか!?」
「貴公の発言がそういう意味ということだ。まずは自らを省みられよ」
段々と個人攻撃になってきた。
ディベートって難しいよね。
さてどうやって収束させよう。
たぶん俺が言えばすべてが決まる。
でもあっちを立てればこっちが立たないしで、後々しこりができるかもしれない。
はてさてどうすべきか、と思っていたら助け舟が。
「皆様のご懸念は至極当然。ただ、どうも誤解がある様子ですな」
ハンニバル
渦中の組織たる連邦軍
その元トップがやってきた。
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「陛下の御厚意でこの会議を拝聴する機会を頂きました。儂に発言の権限がないことは重々承知しておりますが、しばしお時間いただけますかな?」
今度は俺にみんなの視線が集まる。
確かに「打ち合わせ、参加する?」ってかなり軽いノリで誘った記憶があるぞ。
まさかこんな重い話題になるとは想像もしていなかったけど。
「俺が許す。話せ」
「ありがたき幸せに存じます」
深々と俺に頭を下げた後、口が開かれる。
「まず皆様にお伝えしたいのは、儂はいかなる職位もお受けしないということ。一人の剣士として、陛下に仕えます」
元ヒュドラ連邦大将軍ハンニバル・トニトルス
世界最大の軍の頂点に立っていた男が、あらゆる地位を放棄するという。
その言葉に誰もが驚愕する。
俺だって驚いた。
大将軍って地位を作ろうかと思ってたぐらいなのに。
「陛下と、そのようにお約束いたしました」
え?俺?
全く心当たりがないよ?
と思ったが、そういえば「もはや何者でもないハンニバル」とか「一人の男として」とか言って勧誘したな。
とらえようによってはそうとらえることができる
のか?
混乱する俺をよそにハンニバルの話は続いていく。
懸念の要因は連邦軍の反乱。
統合の副作用として小規模な反乱は起こりうるもの。
それらは仕方ないとして、問題は連合軍そのものの反乱。
だが、そのような大規模な反乱を起こすためには精神的な支柱が必要不可欠。
「軍組織から、その支柱となりうる儂を排除いたします。旧連邦兵との個人的なよしみも、必要であれば全て断ちましょう」
ゆえに、その支柱を排除する。
己の過去全てを断ち切って、それを実現するというのだ。
なぜ彼がそんなことを言わねばならないのか。
そこまでしなければならないのか。
それは
「全ては、来るべき魔軍との決戦のため。旧連邦軍も十全に活用いただき、万全の態勢でもって立ち向かっていただきたい。でなければ、我ら人類に勝利はござらん」
人類の未来のため
「無論、旧連邦兵による大規模反乱が起きた場合は儂が先陣をきって鎮圧にあたりましょう。責任をとれと申されるならば、いつでもこの首を差し出します。どうか、お願いいたします」
そうして皆に頭を下げる。
そんな彼の後ろ姿が、見てるだけでつらくなる。
「皆の懸念が旧連邦兵の反乱によることはわかった。だがつまり、それが解決されるならば問題ないということだな?」
「御意にございます、お館様」
「俺は、ハンニバルの言葉でその懸念はなくなった。だがまだ説明が必要な者は言ってくれ。どんな小さいことでもいい。全ての懸念を今この場で払拭しようじゃないか」
できるだけ皆が委縮しないように呼び掛ける。
そのおかげかいくつかの質疑応答が行われていく。
先ほどまでの互いを傷つけあう言葉の応酬ではなく、同じ目標に進むための話し合いだ。
「では、旧連邦兵の組織はそのまま。将官以上の副官には必ずルゥルゥ軍出身者をつけること。あといくつかの付帯条件はありますが、概ねそれでよろしいですね?」
「「「異議なし」」」
時間はかかったが、皆が納得してくれた。
俺が押し付けたわけではなく、一方がもう一方をねじ伏せたわけでもない。
皆で出した結論だ。
ハンニバルが再度頭を下げる。
同じ後ろ姿なのに、なぜか今は見てて晴れやかだった。
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「リク様、ありがとうございます!」
会議の後、ジェンガに呼び止められた。
「リク様が取りまとめてくださらなかったら今日はとても結論が出ないところでした。本当に助かりましたよ!」
俺じゃなくてハンニバルのおかげだと思う。
「しかしまさかあのハンニバルを個人的に仕えさせるとは…。さすがリク様ですね!」
俺も驚いてるよ。
「これぞ将の将たる器!一番最初に仕えることができた自分を誇りに思います!」
むしろ一番最初に認めてくれてありがとうございます。
全ては君のおかげだと思います。
その後もジェンガの俺への賛美が続いている。
ところでそういえば
「ハンニバルって、やっぱ強いの?」
かつての人類最強
そしてジェンガを彷彿させる太刀筋
強くないはずはないのだが
「まあ、強い、ですね」
ジェンガの歯切れは悪かった。
どういうことだろう?
「なんというか、言葉にするのは難しいんですよね…」
何か悩んでいる。
そんな悩むことなんだろうか?
「試しに戦ってみれば、わかるんじゃない?」
考える前にやってみればいいじゃないか。
その方がジェンガらしい。
だが、そんな俺の何気ない提案は
「いや、それはできません」
あっさり否定される。
「もし俺とハンニバルが剣を交えたら」
ジェンガの顔が笑顔で緩む。
「どちらかが死ぬまで、止まれませんよ」
心の底から、楽しそうに。
ハンニバルが無事みんなに受け入れられました。
ジェンガは特に喜んでいるようです。
前話更新からすごい評価が伸びてとてもうれしいです。
ありがとうございます!
たくさん更新できればいいのですが、なかなか時間がとれず申し訳ありません。。




