94話 俺たちの敵
人は危機が迫った時、風景がスローモーションのように見えるらしい。
理屈はわからない。
ただそれが事実だったことはわかった。
なにせ今、体験してる。
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目の前に迫る老人
ハンニバル
通常の俺ならば、それこそ目にもとまらぬ速さなのだろう
最小の動きで、かつ確実に己が敵を切り伏せる
それは、芸術の域にまで達した剣技
純粋に見惚れてしまう。
どう見ても老人であるのに
老いを全く感じさせないその太刀筋に
その見事さに
本来なら死の恐怖でも感じるはずなのに我ながら暢気なものだ
何故だろうと考えると、ああなるほどと納得した
ジェンガだ
この老人の姿は、ジェンガを連想させる
姿かたちも太刀筋も全くもって違う
だがただ一つの共通点が二人を強く結びつける
それは、人の域を踏み越えたその強さ
それは、魔王にすら勝つ可能性をもつ力
やつらに勝つために、この力が必要だ
そう思うが早いか、俺の口が勝手に動いていた。
「俺たちの、仲間にならないか?」
そして、スローモーションが終わった。
瞳に映った全てのものの動きが止まる。
首を落とされたかと思ったが、どうも違うらしい。
誰も彼もが動きを止めていた。
目の前の老人も
「自分が何をおっしゃられたか、わかっておいでか?」
怪訝な顔で
俺の首の皮一枚を切り裂いてところで刀を止めて
その口だけを動かしていた。
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「総員、戦闘停止!!」
ハンニバルの背中越しに動こうとしていた兵たちを一喝する。
俺の首に剣を突き付けている以上、彼らが動くのは当然だ。
だが今ハンニバルは動きを止めている。
俺のあの言葉で、動きを止めた。
ならば、停戦する理由としては十分すぎる。
と思ったが、当の本人も不満らしい。
「今この瞬間にも我が剣はあなたの首を斬り落とせる。なぜ、部下を止められるのか?」
「斬れるのに、斬らなかった。今も斬っていない。理由は、それで十分だ」
「…」
納得はしないが理解はしたといったところか
これ以上、反論するつもりはないようだ
「で、俺たちの仲間になってくれるのかな?」
「貴方は良いかもしれない。だが自分の同僚を切り捨てたこの老人を、貴方の部下たちは受け入れられようか?」
確かにそれは一理ある
俺がハンニバルを仲間として迎え入れても、周囲が迎え入れなければ意味はない。
だが、
「お前、誰も殺してないじゃないか」
そうなのだ。
ハンニバルは多くの近衛兵を切り捨てたが、皆息がある
戦闘不能には陥っているが、動かない者はいない
偶然にしては出来すぎている
ならばこれは、彼の意図通りということだろう
「殺すよりも戦闘不能にした方が敵戦力を削ぐのに効果的。戦の定石にすぎず、他意はござらん」
死んだ仲間には祈るぐらいしかできないが、戦闘不能の場合は助けるのが当然だ。
そうすれば一人の戦闘不能に対して一名ないしは数名がかかりきりとなる。
それを見越しての行動らしい。
「目的はどうあれ、結果的にこちらの死亡者がいないならば問題はない。うちの治癒魔法使い達は優秀でな?手足の一本や二本斬られても元通りに治してくれるんだよ」
「金色の癒し手、アルカ・ルゥルゥ…!」
アルカにそんな二つ名がついてたとは
今度本人にも教えてやろう
「そういうわけで、誰も死んでないし死なない。死者が出ず後遺症もないとなれば、決定的なまでの禍根にはならないさ。その上で、返事はいかがかな?」
俺の言葉に、ハンニバルは表情一つ変えずに即答する。
「大恩ある連邦を裏切り、宿敵ルゥルゥの軍門に下り、大王陛下に剣を向けろと、本気でおっしゃっているのか?」
表情一つ変えずに、彼は感情を露わにしている。
その感情は、怒り。
彼は顔色一つ変えず、憤怒している。
普段の俺ならビビってしまうところだ
だが、今の俺はこれくらいじゃびくともしない
何故か?
何故なら、俺も怒っているからだ
「敵を見誤ってんじゃねえ!!」
周囲のみんなが驚いている。
あまり怒られない俺が怒ったのだから当然だろう。
そしてハンニバルも驚いている。
何を怒られてるのかわからないという感じで、驚いている。
「大恩ある連邦?お前をそんなボロボロにして使い捨てるような祖国になぜそこまで義理立てする?そんな国に君臨する大王に、なぜお前が命をはらなきゃいけないんだ!?」
こんな立派な男を
こんな忠義に厚い老兵を
こんなボロボロにした国が、王が、俺には許せない
ハンニバルの返答も待たずに畳みかける
「そもそも、すでに大勢は決した!お前が今俺を殺そうと、連邦が敗北する未来は変わらん。ちょっと先延ばしになるだけだ!それで一番喜ぶのは誰だ?大王か?大将軍か?お前か?どれも違う!」
顔が苦渋に満ちる。
同じ答えにたどり着いていたのだろう。
「大魔王だよ!!」
ただ、受け入れられなかっただけだ。
「連邦が国家総動員でやろうとしてる督戦も、俺の暗殺も、全て大魔王を利するだけだ!人間同士で争って、魔族を笑わせて、お前はそれで満足か!?お前がしたいのは、そんなことなのか!?」
返事はない。
だが、先ほどまで微動だにしなかった体が小刻み震えている。
それが、何よりも雄弁に物語っていた。
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「改めて問おう ハンニバル。俺たちの敵は、誰だ」
またも返事はない。
だがすでに体の震えは止まり、真剣なまなざしが俺に突き刺さる。
静寂が場を支配するなか答えを待ち続け
ようやくハンニバルの口が開く
「大魔王に、ございます」
何も言わずに大きくうなずき、次の問いを口にする
「ならば、お前の進むべき道は?」
チン、と
音がしたかと思ったら俺の首は解放されていた。
目にもとまらぬ速さで、俺を殺さんとしていた剣は鞘の中へ納まっている。
そして剣の持ち主は跪き
己が分身である剣を差し出す
「我が剣、英雄王陛下に捧げます」
正式な騎士の挨拶など知らない。
だから、俺は俺がすべきと思った通りにやらせてもらおう。
差し出された剣を手に取り、剣の腹でハンニバルの首を軽く打つ
「今ここに、かつて連邦大将軍であったハンニバル・トニトルスは死んだ」
剣を持ち替え、ハンニバルへ差し出す
「もはや何者でもないハンニバル 一人の男として問いたい。俺と共に、大魔王と戦ってくれるか?」
恭しく剣が受け取られ、重々しい言葉が響く
「この命尽きるまで、貴方様の剣となることを誓いましょう」
場が大歓声に包まれる。
最恐の敵が最強の仲間となった瞬間に皆喚起した。
では、そろそろ
「全軍、帰還する!」
人類最後の戦いを、始めよう。
次はハンニバル視点で幕間書こうかと思っていたのですが、普通に本編かもしれません。
皆さん、どうか体調にはお気を付けください。
私は用事があって外出しなければならないのですが、なかなかマスクも手に入らず困っております。。




