90話 次の戦い
「一人目は、魔人貴人トルストイ。解放王以前から存在する、"古き魔王"の一人です」
居並ぶ東西南連合軍最高幹部の面々。
誰もが苦渋に満ちた顔をする中、淡々したボードの説明が続く。
「二つ名の通り魔人の脅威と貴人の品位、両方を兼ねそろえてるのが最大の特徴です。魔王にも関わらず弱者への慈愛に満ち、その対象は人間すら含まれます。…古き魔王の時代、唯一彼の勢力範囲でのみ人類は安寧を与えられ文化を保つことができました」
あの慇懃さは地ってことか。
分け隔てなくあの態度となると、下手な人類よりよっぽど立派だな。
「無論その態度を良しとしない魔王は大勢います。だがやつはそれらを跳ね除け、魔王として君臨し続ける力を持っているのです。お恥ずかしい話ですが、私では全く歯が立ちませんでした…」
「同じく。己が無力を恥じ入るばかりだ」
ボードとウェルキンが謝罪するかのように頭を下げる。
だが、責めるものなど誰一人出てこない。
むしろこの二人を凌駕する存在に圧倒されている。
「やつに勝利した魔法王陛下の偉大さ、改めて噛み締めております」
馬路倉へと話題がふられた。
「やめてください」
皆の畏敬のまなざしを一身に受けつつも、その顔は緩むどころか一層険しくなる。
「私はただ一度の戦闘で彼に勝っただけ。滅ぼすまでには至りませんでした。そしてあれから数百年、私もやつも力を増しています。次命を懸けた戦いをしたとき最後にどちらが立っているかは、誰にもわかりません」
希望を抱いた本人にそれを打ち砕かれ、皆の顔はまた曇る。
だが
「ただ言えるのは、戦うまでもなく彼らに敗北を悟らせた我らが陛下は、やはり別格だということです」
彼女が口にした言葉で再び生気が呼び戻された。
期待に満ちた視線を一身に浴びるのは最近何度も味わっているが、全くなれない。
「さすが陛下…」
「魔王すら恐怖するとは」
「まさに人類最強にふさわしい」
「いやいや、人類どころか大陸最強であらせられる」
話の方向性がまずい。
軌道修正しないと。
「ボード、もう一人の魔王の説明を頼む」
「はっ、承知いたしました」
緩みかかった皆の顔が引き締まる。
「英雄王陛下は一切慢心なさらない」などと聞こえてくるが、俺は君たちより弱いからね?
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「二人目は、狂魔獣アズラット。トルストイと同じく古い魔王の一人です。やつの最大の特徴は、魔獣であることです」
魔獣とは何か
それは、魔物の突然変異体
突然変異体はごくごく稀に生まれ、通常の魔物に対して桁違いの力を持つ。
それは文字通り桁違いであり、たった一体の突然変異が数百数千の同族を滅ぼすことすらあるという。
…今の言葉に、違和感を抱かないだろうか?
”同族を滅ぼす”
何故そのようなことをするのかと
何故そのようなことが起きるのかと
それは、突然変異体は理性を持たないから
あらゆる突然変異体は生まれながらにして桁違いの力をもち、かつその代償であるかのごとく理性を失っているのだ。
理性を失い、本能のまま力を使い、親兄弟どころか同族を滅ぼしつくす。
それが、突然変異
それは、災厄と同義
「アズラットは魔獣です。にも関わらず、やつは理性を持っている。例外なく狂気に支配されている魔獣の唯一の例外。それはつまり、魔獣としては狂っているということ。ゆえに、狂魔獣。それがやつの二つ名の所以です」
理性があるからこそ狂ってると言われるとは何たる皮肉か
やつの理性的な物言いを思い出し、苦笑する。
「一つ追加で」
馬路倉が口を開く。
「戦闘時のやつは、魔獣そのもの。いえ、むしろ他の魔獣を凌駕するほど本能のままにその力を奮います。魔獣すら震え上がる狂気の持ち主、そういう意味でもやつは”狂魔獣”と呼ばれるのです」
「…寡聞にして、それは存じ上げませんでした。さすが魔法王陛下」
ボードだけでなく、他の面々も感嘆している。
さすが人類の生き字引、魔法王ランシェル・マジク
俺の部活の後輩、馬路倉貝那と同一人物とは思えない。
「戦ったことが、あるのか?」
「はい。ただ当時は仲間と共に戦ったので圧倒できましたが、一対一ならば勝敗はわかりません。…一つ間違いなく言えるのは、トルストイとアズラットの二柱相手をした場合、私に勝機はないということです」
「…そうか」
人類最強の一角とも言われる彼女にそこまで言わせるとは。
彼女に匹敵する人類は数名程度
だが魔王は十柱以上存在する
…人類と魔王の戦力差、絶望したくなるな。
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「ボード、ご苦労だった」
報告が終わりざわめきがまだあちこちから聞こえる中、口を開く。
これが合図になったのか、ざわめきは消え去って注目が集まった。
「魔王がわざわざ出向いてくれたおかげで、皆の意識が改められたのは僥倖というものだ」
その出現に驚愕させられたことなどおくびにも出さない
皆の不安を払拭するため、大法螺をふく。
「今の連邦との戦いは前哨戦に過ぎない」
総力戦にも関わらず、前哨戦とはな
自分で言ってて自嘲してしまう。
「我々の真の敵は、大魔王。魔軍との決戦の勝利こそ、我らの最終目標である」
かつて魔法国で見た地平線を埋め尽くす大軍を思い出す
あの数倍、いや数十倍の数と戦わねばならない。
そして、勝たねばならない。
「魔王に比べれば、連邦など恐れるに足らず!魔王と立ち向かわんとする我らの中に、連邦を恐れる者はいるか!?」
先ほどまでの自信を失った顔が嘘のよう
誰もがはっきりと前を見据えている。
ならば、よし
「では、まずは全力をもって連邦を叩き潰す!征くぞ!!」
「「「ははっ!!」」」
次の戦いへと向かおう
それが連邦との局地戦なのか
それとも魔軍との総力戦なのか
どちらを指すかは自分でもわからない
ただ言えるのは
「勝つのは、俺たちだ」
ただそれだけ
魔王達の紹介がメインの話でした。
体調が安定してきたので更新も再び安定できそうです。
また次の話もお楽しみにいただければ嬉しいです。




