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89話 予期せぬ来訪者・後

 次の瞬間、ウェルキンは動いていた。


 鍛え抜かれた鋼の肉体

 その巨体が弾丸のごとく飛び出す


 その姿はまるで重戦車

 城門をも粉砕すると言われる戦士の突撃


 最強の戦士の最強の拳

 電光石火のごとくその一撃が放たれた


 ドンッッ!!


 辺りに轟く巨大な打撃音

 腹の底まで響き渡る


 腹に突き刺さる拳

 体はくの字に曲がり、胃の中身をぶちまける


 勝敗は一瞬で決した。


 ()()()()()()()()()



「がっ、はっっっ……!!!」


 声にならない声


 無慈悲に宙を舞った必殺の拳

 突き出したままの体勢で

 魔王にもたれかかるように崩れ落ちる



 刹那、ボードの突きが放たれた。


 ウェルキンの陰を利用した、完全な死角

 まるでこの結末を予期していたような絶好の立ち位置


 剣の切っ先が魔王の心臓をとらえる


 こんどこそ

 そんな淡い期待は次の瞬間打ち砕かれた。


「ぐはっ…!」


 魔王は剣を掌でつかみ取り、ボードごと地面に叩きつける

 武器の意味をなさず、傷をつけることすらかなわない剣

 まるで飴細工のようにひしゃげている



 南方最強の戦士、ウェルキン

 ルゥルゥ国二番手の剣士、ボード

 人類でもトップクラスの使い手達


 その二人がまるで子供のようにあしらわれた

 たった一人の手によって

 瞬くような一瞬で


 これが、魔王

 人類の天敵



 ---



「先輩、力を貸してください」


 二人が倒された姿を見ても、馬路倉は微動だにしない。

 まるで彼らの敗北が当然であるかのごとく

 苦り切った顔のまま、俺に助けを求めてくる。


「申し訳ありませんが、二人相手では勝てません…!」


 馬路倉が敗北を覚悟するような存在

 俺なんかが追加されても誤差の範囲だ

 話にならない


 どうすればいいのか

 何を言えばいいのか


 何か言おうと口を開いたとき、言葉を紡いでいたのは魔王だった


「逆に言えば、一対一なら勝てるということでしょうか?その清々しいまでの自信、相変わらずですね ランシェル」


 言葉からは先ほどの慇懃さは消えていた。

 それは古馴染みへの気安さか。


「別に。一度倒した相手なんだから、当然じゃない?」


 対する馬路倉の口調は苦り切っている。

 若干嫌味を交えているが、精いっぱいの虚勢といったところか。


「ははははははははははは!」


 突然の笑い声にビクッとしてしまった。

 驚くこちらなど意に介することなく魔王は笑い続けている。


「本当に相変わらずですね、ランシェル!それでこそ我が好敵手!再びあなたに出会えたこの僥倖、心から御礼申し上げます」

「…そう。私は全然うれしくないけど」

「そのつれない態度も、相変わらずです。私は悲しい」


 さほどショックを受けた様子もなく、再び慇懃に頭を下げる。


「改めまして、お久しぶりです ランシェル。ご壮健で何よりです」

「あなたも元気そうね、トルストイ。何も変わってない」

「それはもう。私たちにとって数百年程度はあっという間ですから」


 つまり馬路倉と魔王が戦ったのは数百年前ということか。

 話のスケールが違うな。



 二人が言葉を交わしたことで場の空気が少し緩む

 戦闘にはならないかもしれない


 だが


「無駄話ハ、ソレクライニシロ」


 人間とは思えない低音の声が響く

 いや、実際に人が発した言葉ではない


「大魔王様ノ御命令ヲ忘レタカ」


 口を開いたのもう一対の魔王


 人とはかけ離れたその姿

 巨大で凶悪な魔獣

 かつて見た魔物とは格が違う


 狂魔獣、アズラット


 その言葉で、再び場は緊張に包まれた



 ---



「もちろん、忘れてなどいませんとも」


 口ではそう言いつつ、少しばつが悪そうだ。

 戦闘で乱れた身だしなみを整えている。


 埃を払い、服装を整え、向き直る。


「申し訳ありませんがランシェル、此度の目的はあなたではありません」


 俺に向かって。



「我ら”名有り”の魔王が二柱、目の前にしても微動だにしない」


 驚きすぎて固まってるだけです


「眉一つ動かさないとは、もはや歯牙にもかけておられないと言うべきか」


 蛇に睨まれた蛙状態なんです


「人類最強の王、リク・ルゥルゥ陛下」


 リク・ルゥルゥさん、呼ばれてますよ


「我らが主、大魔王様の言葉をお伝え申し上げます」


 聞きたくないと言っても、許されないんだろうな…




「「魔界統一の日は近い」」


 魔王たちの声が醸し出すハーモニー

 それはまるで歌でも歌っているかのよう


「「人間界統一も間もなくだろう」」


 間もなくなのだろうか

 できればそう思いたい


「「我らの雌雄を決する日が来ること、楽しみにしている」」


 …全然、楽しみじゃない。




 魔王の言葉が終わり、場は静寂に支配される。


 続きはないのかと待っていたが、むしろ俺の返事を待ってるらしい。

 何か言わねばと慌てて口を開く


「えっと、了解」


 そして出たのはそんな言葉だった。

 咄嗟すぎて気の利いた返事もできなかったとはいえ、これはあまりにあんまりな返事。


 さすがにやばいと思ったが、反応は上々だった。


「ナルホド」

「ええ。まことに」


 何を納得してるんだろう?


「十三柱の魔王を下し、史上最強とも謳われる大魔王様。あの御方より挑戦状を叩きつけられてのその余裕、やはり貴方様も規格外でおられる」

「当然。先輩は、大魔王なんかに負けたりしない」


 俺の代わりに馬路倉が答えてくれた。


「先輩こそ、この地上で最強なんだから」


 いや、そこまで持ち上げないで…

 そんな俺の想いとは裏腹に、会話は続いていく


「確かにその魔力量、尋常ではございません」

「初代大魔王様ニスラ、匹敵スルヤモシレン」


 アルカの魔力がこもった魔法の首飾り

 今日もこれをつけてたおかげで勘違いしてくれているらしい


「あのワーズワースが跪いたというのも納得ですよ。思わず私もそうしたくなりました」

「だったら跪いてもいいのよ?先輩に勝てると思うほど、あなたたちも愚かじゃないでしょう?」

「モチロン」

「むしろ喜んで跪いていたでしょうね」


 やはりアルカの魔力はすごい

 魔王すら跪かせてしまうこの力

 一生ついていきます!


 だが


()()()()()()()()()()()()()()()


「今ノ我々ハ大魔王様ノ配下」

「あなたのおかげで王者の威厳を手にされた大魔王様は、我らを滅せず配下に加えてくださったのですよ」


 もしかして


「それに何より、大魔王様はあなたよりも恐ろしい」


 アルカの魔力を宿した俺よりも、大魔王の方が強い


「魔王ではあなたには勝てません。だが、大魔王様は違います」

「如何ニ貴様ガ強大デアロウト、我ラヲ見クビラヌコトダ」


 自信に満ちた姿。

 大魔王の勝利を微塵も疑っていない。


 馬路倉はショックを受けている。

 俺ならば絶対に勝てると信じていたのに、より強い存在がいる可能性に衝撃を受けたのだ。


 倒された二人も、せっかく起き上がろうとしていたのに膝をついてしまった。

 俺こそはと信じていたのに、さらなる絶望に叩きのめされている。


 魔王たちはもう用はすんだとばかりに去ろうとしている。

 このまま去らせていいのだろうか。

 みんながショックを受けたままでいいのだろうか。


 いいはずがない。

 ならば言い返すのは、俺の役目


「命拾いしたな、お前ら」


 その言葉で、再び俺に視線が集中する。


「俺の可愛い部下たちを傷つけて、無事に帰れるとでも思っていたのか?」

「お、お館様…」

「英雄王陛下…」


 できるかどうかはおいといて、お前たちを傷つけたやつを許すつもりはないとも。


 トルストイの顔に緊張が走る。

 別に戦うつもりはないから安心しろ。

 そもそも勝てん。


「だが、お前らは大魔王のやつに俺の言葉を持っていってもらわねばらん。だから今回はその命、見逃してやろう。ありがたく思え」


 見逃してもらったのはこちらだ

 だが、そんなことはおくびにも出さず虚勢を張る


「”俺が勝つ”

 そう伝えておけ」


 勝てるかどうかなんてわからない。

 自分なんてとても信じられない。

 でも、みんなのためにも断言する。


 そうなって欲しいという思いを込めて、言い切った。


「オ言葉、頂戴シタ」

「今日の貴方の全てを、大魔王様へとご報告いたしましょう」


 先ほどの自信は薄れている。

 警戒しつつ、再び慇懃に頭を下げてくる。


「それでは、失礼いたします」


 そうして二柱の魔王は去っていった。

 来た時と同様、あっという間に。



 ---


 崩された車列を整え、再出発の準備が進んでいる。

 魔王出現という衝撃をうけてなお、皆懸命に着実に自分のできることを頑張ってくれている。


「兄様…」


 魔王に直面した最後の一人。

 今まで一言も発さなかったカルサが、俺の手を握り締めてきた。

 その手はいまだに震えている。


「どう、なっちゃうのかな…?」


 不安げな問いかけ


 俺だって不安だ。

 俺だって怖くて誰かを頼りたい。


 でも


「俺が、勝つ」


 自信をもって断言する。


「俺たちが、勝つ」


 カルサを引き寄せ、強く強く抱きしめる


「兄様…」


 カルサの手が俺の背中へとまわり、抱きしめ返してくれた

 震える体は少しずつ収まってきている


 安心してくれたのか

 俺を支えようとしてくれてるのか


 どちらかはわからない

 両方かもしれない


 どっちだろうと


「勝たなきゃいけないんだ」


 でなければ、全てが終わる

お待たせして申し訳ありません。

年明け早々寝込んでおりました。ちょっと体調悪いかな?と思ってたら入院寸前までいってしまっておりました。

文章書ける状態にまで回復したのが今週で、前後編なのに失礼しました。


最近不摂生が続いていたので生活改善して頑張ってまいります。

みなさんもどうか健康にはお気を付けください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎話、楽しませていただいてます。 リクのラストの台詞、主人公していますね。 出来るかどうかではなく、やるだけだ…ですね。 次話も楽しみに待ってます。
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