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86話 名有りと名無し

「エキドナ・カーンに襲われたぁ!?」



 いつものように俺を起こしに来てくれたカルサ。

 ショックを与えないようにとできるだけ自然に

 朝一の何でもない話題のように昨夜の出来事を語ってみた。


 だがそんな俺の努力は無駄だったらしい。

 ずいぶんと驚かせてしまったようだ。


「え?あの、エキドナよね?ヒュドラ連邦大将軍の?」


 カルサにしては珍しい慌てぶりだ。

 まあ、たしかにレアな出来事だもんね。


「え?なんで兄様、生きてるの?」


 あ、そゆこと



 ---



「まさかエキドナも異世界から来てたなんてねえ」


 昨夜の詳細を聞き終えたカルサ

 しみじみと呟きながら一人納得している。


「それなら殺されなかった理由もわかるってもんね」

「いや、めっちゃ死にかかったよ?」

「結果的に生きてるんだから同じことでしょ」


 にべもない。

 まあ、たしかにそうではあるのだが…。


「でも、本当によかった」


 優しく笑いかけてくれる。

 こんな優しい笑顔を見せてくれるなんて、明日は雪だろうか。


「兄様がエキドナと相対して生き残れるなんて、本当の本当に奇跡なんだから」


 そこまで言わなくても…。


「エキドナと対等に戦えるなんて、人間じゃ魔法王陛下と聖王とジェンガぐらいだもんね。魔界の魔王でも名有りの連中、あとは今の大魔王くらいだろうし」


 人間だと三人だけか…。

 改めてそのスケールにビビる。

 そしてその三人の中にいるジェンガの場違い感よ。

 本当に強いとは最近わかってきているのだが。

 でも


「名有り、って何?」


 名有りの魔王?

 むしろ名前のないやつがいるのか?


「え、兄様に言ったことなかったっけ?」

「たぶん、ない」


 忘れてるだけだったらどうしよう。


「まあ、魔界のこと話す機会なんてあまりないしね。私も色々伝えられてなくてごめんね」


 そんな殊勝なこと言ってくれて申し訳ない。

 本当にこの世界は、どんだけ住んでも知らないことばかりだよ。



 カルサの説明によるとこうだ。


 魔王とは資格があるものではなく、名乗れば誰でも魔王となることができる。

 つまり一口に魔王と言っても、中身は玉石混交。

 雑魚に毛が生えた程度の者から伝説に謳われるような存在まで全て魔王と呼ばれている。


 ゆえに、格付けが生まれた。

 数多いる魔王の中でも真に魔族の王として君臨にするふさわしい者たち。

 彼らには二つ名が与えられ、別格の存在として扱われる。


 たとえば

 ”魔王の中の魔王”ワーズワース

 ”魔界軍師”アイスキュロス


 彼らの総称が”名有り”

 真に魔王と呼ばれるべき存在。


 人類の、天敵




「ワーズワースって、やっぱすごいやつなんだ…」


 なんで俺があんなのを部下にできたのか不思議でならない。

 人間、調子に乗るととんでもないことをしでかすという好例だ。


「単に魔王って言ったらワーズワースを連想する場合もあるぐらいだし、知名度じゃ別格よね」

「魔王の中でも最強ってこと?」

「魔王の強さはよくわかんないよね…。魔界にまで行って確かめる物好きなんてそうはいないし…」


「私が戦った中では最強でしたけど、あれから三百年も経ってますからね…」


 そんな声が、死角から飛んでくる。

 カルサと同時に振り向くと、そこには笑顔の少女。


「新参でも強力な魔族もいますし、今の順位はわかりません。でも、そんなことより」


 少女は持っていたお盆を机に乗せると、ジトッとした視線を送ってくる。


「まずは昨夜の話をすべきじゃありませんか?先輩」


 エキドナと同じく俺の同郷人

 異世界転移仲間にて元の世界では部活の後輩だった少女

 馬路倉貝那


 いや、魔法王ランシェル・マジク


 美味しそうなお茶とクッキーを手土産に、彼女がやってきた。



 ---



「朝一で城全体をスキャンしたら見慣れない魔力の残滓があったから来てみたのですが、まさかそのような…」


 絶句する馬路倉。

 そして


「あ!兄様、それあたしの分」

「残念、早いもの勝ちって、あー!それ、俺が最後に食べようと!」

「早いもの勝ちなんでしょ?美味し~い!幸せ」


 朝ごはんも食べずに語り合い、腹を空かせていた我ら兄妹

「遠慮なくどうぞ」と言われるがままクッキーとお茶をもりもりいただいている。

 このクッキー、マジうまい。


「馬路倉、これどこで買ったの?」


 連邦産の菓子、侮れんやも


「へ?いや、それは私の手作りで…」

「手作り!?馬路倉、クッキーつくれんの!?」

「は、はい。元の世界にいたころから趣味だったので…」

「さすが魔法王陛下!お菓子作りの腕も一級品なんですね!」


 こうしてあっという間にクッキーはなくなった。

 お腹が膨れて頭も落ち着いてくる。


「そろそろ、本題に戻ろうか」


 お茶を片手に優雅に言ってみるが、二人の反応は薄い。


「兄様、口にクッキーついてる」


 あ、やべ




「ワープ、ですか…」

「ああ、あいつはそう言ってた」


 エキドナの言ってたことを改めて二人に伝えた。

 馬路倉はやはりワープにずいぶん反応している。

 言葉自体もそうだが、魔力を使わない転移が気になっているようだ。


「おそらく、何らかの特殊なアイテムを使っているのでしょう。それが、彼女が女神様からいただいた力かも…」

「それだとあの怪力は元からってなるぞ?」


 戦場で多くの兵士を薙ぎ払った人外の力

 あれを一般人がもつなど、それこそありえない


「となると、他の転移者達が残した物を使っているのかもしれませんね」

「他の、転移者?」

「はい」


 馬路倉は悲しそうに目を伏せる。


「この世界で儚く散っていった、名もなき転移者達です」



 ---



 俺はこの世界に転移してすぐ、魔物に襲われた。

 たまたまアルカに助けられていなければ、間違いなくそのまま死んでいた。


 馬路倉は転移してすぐ、魔法使いの仲間達と出会えた。

 だがすぐに魔法使い狩りに襲われ、仲間は皆殺しにされた。

 一歩間違えれば彼女も同じように死んでいただろう。


 二人共運良く生き延びて今この場にいる。

 だが同じような幸運に巡り会えなかった者たちは?

 ほんの少しだけ不運だった者たちは?


 女神からもらった力を使うこともなく、この大地に永久の眠りについているだろう。


「そうして、この世界には女神によって与えられた特別なアイテムが散らばってるってわけか」

「はい。私も、いくつか集めました」


 …俺なんて、そもそも何ももらえてないのに。


「神の力と考えれば、魔力なしでワープってのも納得がいくな」

「女神様の力は我々の力の範疇を超えるものです。これに対抗するには、先輩の力を貸していただくしか…」

「「へ?」」

「え?」


 俺とカルサは同時にキョトンとする。

 だが何か変なことでも言っただろうかとばかりに、馬路倉も驚いている。


 馬路倉、もしかしてまだ俺の「女神の力なんて必要ない」っていう強がりを信じてたのか…。

 もしかして世界最強の魔法使いという誤解もまだ解けてないかも…。


 まあそれはいい。

 訂正する機会はこれからいくらでもある。

 それよりも


「馬路倉」

「は、はい」

「魔力の残滓が発見できたということは、魔力をもった本人がいれば見つけられるということだな?」

「はい、ですがワープは…」

「それはいい。ワープを見つけようとするから問題なんだ。ならば、ワープは無視する」

「え?」

「ワープは無視して、見慣れない魔力反応に集中する」


 神の力に対抗しようなんて無駄にもほどがある。

 ならばそんなことは諦めてできることをしよう。


 馬路倉はどうしてここにきた?

 自分の知らない魔力の残滓があったからわざわざ来てくれたんじゃないか。

 城全体のチェックを彼女は軽々とやってのけた。


 ならば、それを恒常化してやろう。

 この方が、よっぽど現実的だ。


「馬路倉、カルサ、城内に魔力反応を常時監視することはできるか?」

「魔法陣とか使えば、た、たぶん」

「魔法の術式は簡単です。魔法陣の開発はすぐに始められるかと」

「ありがとう。今回は挨拶だったが、次はうちの幹部を暗殺してくるかもしれん。可能な限り早めに、頼む」


 さすが天才二人組。

 この二人ならできないことなんてないんじゃないか?


「承知しました。カルサちゃん、行きましょう」

「は、はい!」


 そうして二人が慌ただしく出ていった。

 俺も準備を済ませ、いつものように執務を始めよう。


 エキドナ・カーン、お前の真意はわからない。

 だが、お前は言った

「戦場で会おう」と。


 ならば、俺は負けない。

 そのためにも


「やってやろうじゃないか」


 自分のできることを、始めよう。




 そのとき俺は気づいていなかった。

 同じ説明を今日幾度となく繰り返させられることに。


 カルサに、事前説明をお願いしておけばよかった…!

久々の本編でした。

本編を楽しみにしてくださっていた方がたくさんいらっしゃったようで、お待たせして申し訳有りません。

そして楽しみにしていただきありがとうございます。


前話はたくさんの評価をいただき、とても喜んでおります。

また評価いただけるような話が書けるよう、頑張ってまいります。

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