幕間 エキドナ視点・後
「バケ…モノ………!」
断末魔にそう言い残し、男が倒れ伏す。
これでこの戦場に立つのは私一人。
敵は全て討ち取ったか、逃げ去った。
味方はいない。
己が身一つでここに来た。
「身一つは、言い過ぎか」
手元を確かめる。
そこにあるのは一振りの黒剣。
師より託され、ともにこの戦場を戦い抜いた相棒。
刀身だけで数メートル。
大の男が数名がかりでやっと持ち運べる、そんな規格外の代物。
一般人が使うことなど全く想定されていない。
先ほどの男の言葉を反芻する。
「化け物、か」
化け物にしか扱えない武器で
化け物のごとく人を屠った。
これを化け物と言わずして何と言うのか。
いろんな思いがこみ上げてくる。
身を汚すのは全て返り血なのに、まるで体を斬り刻まれたかのごとく痛む。
だが、それら全てを振り払って前を向く。
もう戻れぬ道を歩き始めたのだ。
ならば、ただ突き進むのみ。
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「大手柄ね」
謁見の間。
こちらの戦勝報告に対し、大王がもらしたのはその一言のみ。
だが、効果は劇的だった。
「何かの間違いにございます!!」
青筋立てて叫んでいるのは官僚の最大派閥に属する男。
戦場に行く私を見送ったニヤニヤ顔とは打って変わり、目が血走っている。
まあ、それも当然だろう。
死ぬはずだった女が生きて帰った。
蹴落とされた女が勝利と共に凱旋した。
彼には、とても受け入れられるものではないだろう。
だが、それが事実だ。
「ただ一人で敵軍を殲滅した。そこにどんな間違いがあるとおっしゃるのですかな?」
男とは対照的な冷静な語り口。
この場で自由に発言できない私に代わり、ハンニバル先生が反論してくださった。
「ど、どんなとは、誰だってわかるだろう!?人一人で一軍を殲滅するなどありえない!何かの間違いだ!?」
「そうなりますと、あなた方はそもそも不可能なことを我が弟子に命じられたということでしょうか?」
「そ、そのようなことを言っているのではない!話をすり替えるな!」
そう、私があの戦場に行ったのは目の前の男達のせいだ。
やつらは私を殺すために、戦いに向かわせたのだ。
次期大王である姫様の寵愛を一身に受ける女。
当初はその意味がわかっていなかったが今なら十全に理解できる。
それはイコール、次代のナンバー2。
現在最大派閥として権力を謳歌する彼らにとって、そのような存在は認められなかったのだ。
このヒュドラ連邦という国において、それほどまでに大王という存在は絶対的だ。
専制君主としてありとあらゆる法の上に存在し、その言葉がそのまま法となる。
ほら、今も
「つまり、私がありもしない手柄を認めたと言いたいのね」
「へ、は…?」
真っ赤に紅潮していた顔。
それが一気に真っ青になる。
「連れて行きなさい」
「お、お待ち下さい陛下!誤解です!誤解でございます!!」
大王の側に控えていた兵士達が男を連れて行く。
当然だ。
あの一言で判決は下った。
弁護士もいなければ裁判官もいない。
弁明する機会も擁護する人間もおらず、ただ宣告された刑が執行されるだけ。
そんな強大な権力を持つ者。
それがラクス・ヒュドラ
ヒュドラ連邦第二代大王
男は哀れになるぐらい泣き叫んでいるが、大王は一顧だにしない。
そして彼の派閥の者達も、そのに人がいないかのごとく、彼など最初から存在していなかったかのごとく振る舞っている。
「エキドナ様の前人未到の大手柄、皆で讃えようではありませんか!」
その言葉を合図に、謁見の間が私への喝采で包まれた。
大王自らが認めた大手柄を讃えるのだ。
むしろ讃えなければ次が自分が連れ去られるとばかりに、次々と私の前に人が現れては去っていく。
どいつもこいつも貼り付けたようなうすら笑いをしながらやってくる。
この場でそんな顔をしていないのは四人だけ。
まず私
そんな私を暖かく見守ってくださるハンニバル先生
この場の全員を冷たい目で見下す大王
そして
「エキドナ様、本当におめでとうございます」
「ドルバル様にそのように言っていただき、たいへん光栄です」
「とんでもございません。我ら軍と官と立場は異なりますが、大王陛下の臣下であることに変わりがありません。ともに陛下のため、連邦のため、励んで参りましょう」
「ええ、もちろんです」
心から称賛するような顔をしている、この男
先程率先して私を讃える声をあげた、この男
陰から最も強烈に私を攻撃してきた、この男
ドルバル
どれほど腹の中が濁っていたらこんなことができるのだろう。
吐き気を必死で押さえ込みながら、上辺だけの称賛を受け続けた。
この後に訪れる幸せな時間を夢想しながら。
「エキドナーーー!!」
部屋に訪れると同時に、姫様が私の胸に飛び込んでくださった。
心に溜まった濁りが全て消え去っていくようだ。
この瞬間のために戦い、この瞬間のために生きている。
それを、強く実感した。
「エキドナ!聞いたのよ!すごいの!すごい!あなた、本当に解放王みたい!!」
私の手柄の内容をメイド達から聞いたのだろう。
言葉にならないくらい興奮なさっている。
「見て!見てエキドナ!」
いつもの絵本。
何百回、もしかしたら何千回も読んできた物語。
「解放王はね、女神様からいただいた力と武器で、魔族の大群を蹴散らしたの!エキドナも敵の大軍を、蹴散らしたんでしょう!?一緒!一緒なの!」
人類最大の国家の姫として生まれた姫様にとって、王侯貴族の物語などは日常にすぎなかった。
どんな絵本も、彼女には感動をもたらさなかった。
ただ一人を除いて。
それは、人類史上最も偉大な人物
全人類を魔族のくびきから救った真の英雄
史上唯一の人類統一国家の建国王
解放王、ヒイラギ・イヅル
「はーーー、本当に解放王はすごいなー!そしてエキドナは同じくらいすごいの!すごいね!?」
「ええ。そうですね、姫様」
「ね!!」
姫様。
私の最愛の人。
その愛くるしい視線が私に向けられる。
だが、見つめているのは私ではない
姫様は、私を通して解放王を見ているのだ
だが、それでも、視線を向けられていることには変わりはしない。
愛する人が、私の方向を見つめている事実に変わりはない。
ならば、私はいくらでも修羅となりましょう。
化け物とも呼ばれましょう。
あなたのために。
あなたに見つめてもらうために。
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「ゴホッ!ゴホッ!」
ここは大王陛下の寝室。
かつて全てを見下していた絶対権力者は、病魔に蝕まれ驚くほど小さくなっていた。
「エキドナ、ハンニバル、揃ったようね」
二人の名前が呼ばれた。
ただ、いつもとは順番が異なる。
もしかして、いやまさかという思いが交錯し、次の瞬間それは現実となる。
「エキドナ、今この瞬間よりあなたが我が連邦軍の大将軍よ。ハンニバル、エキドナをよく支えなさい」
「な…」
「御意に」
私の狼狽は先生の力強い一言で遮られる。
「大将軍、くるべき時が参りました。これよりはあなたを支え、ともに陛下と祖国に尽くすことをお許しください」
ついさっきまで弟子だった者に深々と頭を下げる。
これこそ連邦軍の支柱、ハンニバル・トニトルス。
彼がここまでしてくれるのに、私が何か言う資格はない。
「ありがとうございます、将軍。ともに陛下のため、連邦のため、力を尽くしましょう」
「ははっ!」
「話は済んだようね。ハンニバル、あなたは席を外しなさい。色々準備もいるでしょう。すぐに始めるように」
「承知仕りました。では、失礼いたします」
将軍に連れられるようにメイド達も部屋を出て行き、私と陛下だけが部屋に残る。
特に指示もないのにいったい何が…
「私の意図を感じられるぐらいでなければ、大王付きの侍女はやっていけないの」
自分の考えを読まれたのかと心臓が飛び出るくらい驚いた。
「そして、あなた程度の考えを読めなければ、この国の大王はやっていけない」
その声は、初めて聞くようなトーンだった。
いや、違う。
私を治療してくれたあの人と話してたときと同じ。
「だから、このままではあの子は大王としてやっていけない。誰かが守ってくれないといけない」
いや、あれとも違う。
あのときはまるで一人の少女のようだった。
「どうかあの子を守ってあげて。主従ではなく、あの子を愛する同志として、どうか私のお願いを聞いてください。お願いします」
今の彼女は、愛する娘の未来への不安で怯える
一人の母親だった。
その後正式に就任式が執り行われ、私は大将軍となった。
魔法王、聖王と並び称される人類最強の一角
その大将軍就任に国内は沸き立った。
もはや世界に恐るるべきものはない
連邦による人類統一は近い、と
「エキドナ、もうすぐだね!」
「そうですね、姫様」
だが、そんなことはどうでもいい。
私の目的は、この愛するお方を守ること。
その特等席を得られること。
ただそれだけだ。
興奮する姫様を優しく抱きしめ、さらに想いを強くする。
姫様、私はあなたをお守りします。
「エキドナ!さあ、始まりよ!」
その笑顔を守るためなら
私は命をも投げ出しましょう
以上でエキドナの過去編終了です。
次はエキドナ視点の本編開始後の話を書く予定です。
エキドナ編は評価が微妙なようで、楽しんでいただけてなかったらすいません。
もう少しお付き合いください。




