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幕間 エキドナ視点・中

 パキン

 ひと目で高価とわかるカップが、手の中で粉々に砕け散った。


「あ、す、すいません」

「いいのよエキドナ。あなた、とっても力持ちなのね!」


 傷は癒えた。

 だが以前のように動けるわけではない。

 凝り固まった関節のおかげで経って歩くこともままならない。

 さらに問題なのは、力加減ができないこと。

 化け物のような力で先程のように様々なモノを壊してしまった。


 だがそんな私を気味悪がるどころか、姫様はいつも笑って許してくださった。


 そう、姫様。

 彼女は私がいる国を治める大王の一人娘であり、次の大王。

 外見だけはない、文字通りのお姫様なのだ。


「早くエキドナが元気にならないかなー」


 天使のような笑顔。

 ときに癇癪を起こして周りを困らせることもあるが、そんなことが全く気にならないほど愛おしい。


 一日に何度も見舞いに来てくださり、その度に笑顔を見せてくださる。

 そんな夢のような日々はあっという間に過ぎ去り

 私の体はどんどん回復していった。



 ---



 それはいつものように姫様の笑顔に見つめられる中で朝食を取り終えた後のことだった。

 姫様が去ったのを見計らったかのように

 いや実際見計らったのだろう

 彼らは突然現れた。


「エキドナ様、陛下がお呼びです」


 有無を言わさぬ呼び出し。

 数名の兵士に連れられ出向いた先は王宮の中庭。


 そこには一組の男女が待っていた。


 二人共初めて見る。

 だが直感した。

 女の方は以前声だけ耳にした、姫様の母親。

 つまり、この国を支配する大王その人。

 生ける威厳のような存在感に身がすくむ。


 男の方は完全に初めてだ。

 豊かな白い髭が特徴的な老齢の人物。

 一見すると物静かな老人だが、只者ではないのだろう。

 こちらのすべてを見透かすような視線を送ってくる。


「ハンニバル、この娘の相手をしなさい。殺さないようにね」

「御意に」


 大王はこちらを一瞥もせず、老人に命令を下した。


「この剣を使いなさい」


 そして老人は当然のごとく自分の剣を差し出してくる。

 以前冒険してたときに使ってた物とは明らかに違う。

 名工が打った名刀。

 ものすごい存在感だ。


「当たれば、儂の体など容易く寸断できるであろう。そうすればそなたの勝ちじゃ」

「あなたは…?」


 丸腰で、真剣を持った相手を前にしてどう戦うと言うのか。

 混乱する私を優しく諭すように語りかけてくる。


「そなたが気にすることはない。かかってきなさい。()()()()


 背筋がゾクリとする。

 手加減など許さないという強い警告。


 わけも分からず、かつて冒険で戦っていたときのように構えをとる。


「いつでもかかってきなさい」


 花畑の中にいるその姿は、決闘の直前とは思えないほど落ち着いてた。

 それなりに距離はある。

 だが女神によって強化された私にとって、それは一歩にすぎない。


 本当にこの老人を殺してしまって良いのだろうか?

 疑問で頭がいっぱいになるが、私に選択権はない。

 背中に感じる大王の視線。

 早くやらねばとんでもないことになると本能が教えてくれる。


 改めて老人を見る。

 構えも取らずにがら空きの胴。

 間に障害物もなく、老人の手前にはしっかりとした大地がある。


 剣の間合いを考えればあそこがちょうどいい。

 一気に距離を詰め、そのまま胴を両断する。

 そう覚悟を決めた。



 ドンッ!


 石畳に穴をあける勢いで一気に間合いを詰める。

 そして老人の胴体に向けて剣を叩き込む。

 勝負は一瞬で終わった。


 私の敗北で。



 目の前が美しい青色に染まっている。

 それが空の色で、自分が大地に寝転んでいることに気づくのは少し後のことだった。


「素晴らしい身体能力じゃ。大陸広しといえど、ここまでの者はそうはおるまい」


 どこからか老人の声が聞こえてくる。


「だが、動きは素人そのもの。視線で次の動きが丸見えじゃよ。だから儂のような老いぼれにも避けられ、あまつされ脚まで取られてしまう」


 体育の授業で習った柔道を思い出す。

 達人になると相手をまるで空気のように投げ飛ばしてしまうという、アレだ。


 ありえないほどの力の差に愕然となる。

 何が英雄か。

 何が女神の力か。

 もしもこの老人に悪意があれば、私は永遠の牢獄の中で捉えられていたではないか。


「どう?使い物になりそう?」


 いつの間にか近くまで来ていたらしい。

 大王が老人に問いかける。


「魔法王に匹敵する素材かと存じ上げまする」

「そう…。あなたがそこまで言うの」


 大王は少しだけ考え、命令を下す。


「あなたが教育しなさい」

「全ては大御心のままに」


 この瞬間より、私はこの老人の弟子となった。


 大王の右腕にして、連邦軍の支柱

 ヒュドラ連邦大将軍ハンニバル・トニトルス


 偉大なる、我が師



 ---



 それからは、実に楽しい日々だった。

 師は戦士としてだけではなく将軍としても抜群に優秀であった。

 個々の戦いだけではなく、軍の指揮まで教えてくださった。



「ハミル。さっきの先生の授業、あなたはわかった?」

「なんだいエキドナ、君が理解できないとは珍しい。僕で良ければ力になろうじゃないか。なあに気にするな。たまには先輩ヅラをさせてくれ」


 私とともにハンニバル先生に教えを受ける彼の名前はハミル。

 少し年下なのだが、抜群に頭がいい。

 珍しいなどと言ってくれるがとんでもない。

 彼が補足してくれるおかげで何とかついていっていけているのだ。



「はぁ、はぁ、はぁ…。エキ…ドナ…、もう、勘弁、してくれ…」

「じゃあ、今日はこのへんにしときましょうか」


 逆に体を動かす方では私のほうがずっと上だ。

 決してハミルが弱いわけではない。

 私の身体能力が高すぎるだけだ。

 今彼が横たわっているのは単に体力の差にすぎない。


 何より、ハンニバル先生にはいまだ遠く及ばない。

 もっと、もっと強くならなければ。


「エキドナ…。君はいつでも全力だね」


 ハミルはようやく呼吸が整ったようだ。


「ええ、もちろん」


 彼の無邪気なときに、私も無邪気に応える。


「僕だっていつも全力のつもりだったが、君を見ると自分はまだまだだって思い知らされたよ。いや、世界は広いもんだ」

「そう?逆に私はあなたを見てると自分がもっと頑張らないとって励まされるけど」

「そう言ってもらえると光栄だね。じゃあ、そろそろ再開しようか」

「そういうとこがすごいって言ってるの」


 そうやって日が落ちるまで鍛錬し、そしてまた勉学にも励む。

 優秀なライバルとの切磋琢磨できる幸せ。


 そして何より



「エキドナーーーーー!!!」

「姫様!」


 毎夜毎夜、就寝前には姫様との時間がある。

 朝と夜、必ず一日二回は顔を見せてくださるのだ。


「エキドナ、今日もご本読んで」

「任せてください、姫様」


 そうやって読む絵本はいつも一緒

 解放王ヒイラギ・イヅルの英雄譚


「見て見て!解放王は黒髪黒目なのよ!エキドナと一緒!」

「そうですね、姫様。とても光栄です」


 美しい金髪碧眼の姫様

 周りを見れば皆色とりどりの髪や目の色をしている。

 私の故郷の人々のような髪や目の色の人々はほぼ皆無だ。


 それはつまり、我々が異邦人であることを如実に表している。


 解放王も、おそらく異世界転移者。

 もしかしたら、もっと多くの転移者がいるかもしれない。


「エキドナ、続き続き!」

「はい、姫様」


 だが、今は全てがどうでもいい。


 愛する人との唯一無二の時間。

 この幸せが永遠に続けばいいのにと願いながら


 そんなことはありえないと、私は理解していた。

体調はずいぶん良くなりました。やはり睡眠時間は大事ですね。

本来は前回の更新でここまで書く予定でした。すみません。

異世界転移者として苦労しつつも頑張ってるエキドナ、次回も彼女の話となります。

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