84話 忙しい日
その日は忙しかった。
いつものように
---
朝、普段よりも早く目が覚めた。
こんなこともあるかなと散歩に出る。
すると中庭にジェンガがいた。
いや、ジェンガらしき人物がいた。
ひと目見た瞬間、全身が硬直する。
冷や汗が出る?
とんでもない。
まるで毛穴すら硬直したかのよう。
指一本、毛先一本すら動けなくなった。
そして次の瞬間、姿が消える。
視界から消えたことでようやく金縛りが解けた。
そして今度こそ汗が吹き出す。
まるで全力疾走を繰り返した後のようだ。
そして音が聞こえた。
音の方を見ると、一抱えはある巨木がある。
その巨木が袈裟斬りに斬られ、倒れる音だった。
木の向こう側には人がいる。
手にする刀よりも遥かに太い木を真っ二つに切った男がいる。
男が振り向く。
刀に手をやり、構えをとりながら。
次は自分か。
また全身が硬直する。
と思ったが
「リク様じゃないですか!?」
そこにいたのはいつものジェンガだった。
人懐っこい笑顔で走り寄ってくる。
しっぽがあれば振り回しているだろう。
「リク様も鍛錬ですか?朝からそんな汗だくになるほど…。俺も、負けてられませんね!」
「いや、君のせいです」
とも言えず、言葉につまる。
「しかしあの状態の俺に気配を感じさせないなんて…。さすがリク様ですね!」
「単に弱すぎてそこらの虫と同じように感じたんだと思います」
そう言いたいけど、まだショックで口が思うように動かない。
「そうだ!リク様から見て俺の剣技、いかがでした?ぜひご指導、お願いいたします!」
そう言って頭を下げてくる。
だが指導も何も、目にも留まらぬ速さだった。
「超すごかったよ」
で済ませたいが、ジェンガが求める言葉はそんなものではないだろう。
ジェンガの期待に満ちた瞳。
そうこうしてる間に口も動くようになってきた。
こんなときは、あれだ。
あの一言
「踏み込みが甘い」
できるだけ重く言ってみた。
どうだろう?
どうでしょう?
「…」
絶句している。
ずいぶんとショックを受けていたようだ。
もしや…
「踏み込みには、自信があったのですが…」
そっちだったかー
自信があるところを指摘されたらつらいよね。
だが大丈夫。
パターンBに移行だ。
「確かにお前の踏み込みは天下一品だろう」
「リク様…?」
「世界広しといえど、人間界魔界を含め、お前以上の踏み込みができる男はいない。そうだな?」
「はい…。そのつもりでおりました…」
やべえな。
そんなすげえ踏み込みに甘いとか言っちゃったよ。
だが
「だが、それで満足していいのか?」
「満、足…?」
「そうだ。確かにお前の踏み込みは世界最高だろう。だが、史上最高と言えるだろうか?」
「史上、最高…」
ジェンガに背を向け、朝日を見上げる。
なんとなく格好いいシーン
だと思う。
「お前は万の敵をもものともしない男だ」
「は、はい!」
「そんなお前に、俺は現状で満足して欲しくはない」
「…!!」
「お前ならば百万の敵をも倒せるようになる。そして、世界最高ではなく史上最高の剣士になれる。そう、俺は信じている」
「り、リク様…!」
ジェンガの声が震えている。
先程まで俺を気配だけで硬直させてた男が俺の言葉なんかで震えないでほしいのだが…。
「ジェンガ、高みを目指せ。誰も到達したことのない新世界へ。お前だけがたどり着ける頂きに」
振り向くとジェンガは跪いていた。
近寄って肩に手を置く。
決まった…。
と思う
「お前ならば、それができる」
「はい…!」
いつものように鼓膜が破れるような声かと身構えていたが、絞り出すような声だった。
ずいぶんと感激してくれてるようで申し訳ない。
だが俺の言葉なんかでジェンガが奮い立ってくれるなら
それはとてもとても嬉しいことだ。
ジェンガは、俺の恩人なんだから。
---
その後部屋に戻って朝食を食べ、午前中の政務を行った。
午前中はだいたい報告を聞いている。
まあ、今日は聞いていたというか、読んでいた。
まるで目の前で答案用紙の採点を受けている生徒のような顔をしているトトカ
彼女がつくった報告書の束を読んでいた。
トトカの報告書は実に読みやすい。
パソコンで入力して印刷なんてことができないこの世界では、当然報告書は手書きだ。
刊行物なら活版印刷ができるが、俺専用の一枚しかない報告書にそんなことは時間の無駄だ。
以前そのような手間をかけようとしてたからお願いだからやめてくれと中止してもらっている。
報告書なんてものはね、時間かけちゃいけないんだよ…。
そこでトトカの報告書だ。
彼女は実はいいとこのお嬢様で、たいへん字が綺麗だ。
しかも絵もうまく、わかりやすい絵もつけてくれたりする。
さらにはどこで覚えたのかグラフまで活用する始末だ。
俺のリーマン時代の経験を活かして資料作りぐらい異世界転生無双がしたかったのに、それすら阻まれた。
いいことなのだだ。
だが俺はとても寂しかった。
話は戻ってトトカの報告書。
要点がまとめられており、経緯と結果がよくわかる。
どれも素晴らしいのだが、俺が一枚読んでる間ずっとトトカは先程言った採点中の生徒の顔をしている。
次の報告書へ行くと一瞬だけホッとするが、また生徒の顔になる。
傍で見てるととても可愛いのだろうが、見られる俺としては非情に困る。
どれも素晴らしいのだから安心してほしい。
「トトカ」
「…!」
トトカが無言で直立不動の姿勢をとる。
無口な子で俺はトトカの声を聞いたことがない。
ミサゴやカルサは表情でわかるらしいが、そもそも表情の起伏があまりない。
生徒の顔といっても長い付き合いだからわかるのであって、たぶん初対面だったら何も思わなかっただろう。
「素晴らしい報告書だ。いつもありがとう」
「…!?」
とても感激してくれているようだ。
あたふたしていてとても微笑ましい。
知らない人が見るとなんとも思わないだろうが、俺も少しずつトトカのことがわかってきたぞ。
「あとは読んでおくよ。自分の仕事に戻りなさい」
顔を引き締め、敬礼をしてから退出していった。
もちろん報告書は他も全て素晴らしい内容だった。
パソコンがあっても、俺にはつくれないぐらいに…。
---
午前に最新情報をインプットし、午後からはそれを踏まえて判断を下していく。
今日も俺の部屋の前は大行列だ。
「イスター将軍、いらっしゃいました」
イスター・ロブズ。
彼女は偽王に家族を殺され復讐のためと反乱に参加した。
死に急いでいたのだが、俺の手紙で考え直してくれたらしい。
「陛下、ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
目に涙を浮かべながらそう言ってくる。
俺を恩人として非情に慕ってくれるのだが、反応に困る。
影のある美人がそんな顔をしたら、なんというか、その、卑怯だ。
「イスター。お前の働き、いつも感謝しているぞ」
「陛下…!」
感激でさらに涙が溢れてきた。
このままでは会話が終わりそうにないのでパトリに目配せをする。
彼女の主であるボードは別件対応中だ。
「イスター将軍は連邦内部へ撹乱戦をしかけており、たいへん効果をあげております」
そうらしい。
連邦が北方方面軍で我が国にやろうとしていたゲリラ戦。
それを逆にこちらがやっているのだが、軍の再編成が完了していない連邦には驚くほど効果があがっているようだ。
「そこで戦線を広げるかどうかご相談に参ったとのことです」
そんなこと、俺に聞かれても困る…。
こちとら素人なんですよ。
「イスター、お前はどう思う?」
だから玄人に聞いてみよう。
「陛下の大御心のままに」
そんな答えは望んでおりません。
「イスター、私はお前の考えを聞いているのだ」
「…失礼いたしました。私は、広げるべきではないと考えております」
「なぜだ?」
「今は連邦にとって苦々しいですが、あくまでその程度。やつらには無傷の西方方面軍と南方方面軍がございます。その気になれば私の部隊を叩き潰すことは容易いでしょう。ゆえに、真綿で首を絞めるかごとき現状が最善だと考えております」
なるほど。
そういうものなのか。
「なるほど。だがそのような考えならば、なぜ戦線拡大の相談に来たのだ?」
「…そう望む声が、高まっておりましたので」
なるほど。外圧か。
効果が出ているのだからもっとやれと思う奴らはたくさんいるだろう。
そういう門外漢が適当なことを言っており、それを彼女も無視できなくなったというわけか。
「委細承知した。私はイスター、お前の考えを支持しよう。何か口を挟む者がいれば伝えるといい。私の勅命だ、とな」
「ははっ!」
これで一件落着かと思ったら、再びイスターが色っぽい泣きぼくろのある瞳で見つめてくる。
「陛下、私の考えを認めて頂き、ありがとうございます…」
「お前が正しい。当然だ」
そんな目で見ないで。
「陛下、なんと御礼申し上げればいいか…」
にじり寄ってくる。
どうしよう。
パトリ的にも上位の人間だから止められそうにない。
「陛下…」
こんなときは
「はい、謁見終了!用件終わったらさっさと出てく!そして次の人間呼んでくる!パトリ、早くなさい!」
さっきまでの雰囲気をぶち壊してくれた。
さすがカルサ。
我が国の裏番。
---
夕食後、今日はもう何もないかと思ったらボードが現れた。
「お館様、ご相談が…」
ボードが悩むことを俺が解決できるとも思えないが、とりあえず聞いてみる。
そして確信する。
俺には無理だと。
連邦の奴隷制度。
都市部では比較的奴隷も自由であり、ある意味二級市民のような扱いだったようだ。
売り買いはされるが自分でお金を貯めることもでき、それで自分を買い取って自由になる者もいたらしい。
それに対して軍の奴隷はもはや家畜に等しかった。
生殺与奪権まであり、徹底的に迫害され酷使されていた。
これは連邦の国家拡大の経緯によるものらしい。
戦わずして連邦に組み込まれた国の民は一般国民。
少し戦火を交えたが、早々に降伏した国の民は都市奴隷。
徹底抗戦して滅ぼされた国の民は軍奴隷。
このような階級社会になっていた。
奴隷同士すら分断して対立させることで、一般国民への反発を軽減させていたのである。
これらをどうすべきかと相談されてしまった。
そりゃボードでも悩むだろうさ。
そして俺に解決できるはずがないじゃないか。
「お館様、いかがすればよろしいでしょうか…?」
だから俺は言ったのだ。
「ボード、お前の中にすでに答えはあるはずだ」
「私の、中に…?」
「そうだ。お前はすでに答えを持っている。だが、自信がない。それで不安になり、俺に答え合わせをしに来てしまったんだよ」
「そんな…」
いや、きっとそうだ。
ボードは賢い。
めちゃくちゃ賢い。
あらゆることを瞬時に判断して自分の中の回答をつくってしまう。
だが、なぜか少し自信が足りない。
自分の答えに自信が持てない。
これでいいのだろうかと悩んでしまう。
そういったとき俺に相談に来るのだ。
だから俺のすべきことはただ一つ。
「お前の信じる道を行け。その先に、答えはある」
背中を押してあげるだけ。
決して具体的な指示などしない。
当然だろう?
俺が指示なんかしたら、明後日の方向に吹っ飛んでしまう!
「…ありがとうございます。自信はありませんが、私の考えを実行に移してみます」
ほらね。
やっぱりボードには考えがあったのさ。
これで眠れると席を立とうとするが、ボードはまだそこにいた。
「お館様。いつも私を導いてくださり、ありがとうございます。頼ってばかりいてはいけないとわかってはいるのですが…。本当に、感謝申し上げます」
心からのお礼。
具体的な指示もなく応援してるだけなのにたいへん申し訳ない。
「むしろ俺がいつも支えられているよ。いつもありがとう」
「そんな…。とんでもございません。私などお館様の足手まといにならないようにするのが精一杯で」
どこをどうやったら足手まといなどという発想が生まれるのか…。
今度じっくり話し合う必要があるようだ。
「今日ももう遅い。しっかり休め。そして、明日からも頼りにしているぞ」
「はいっ!」
本当にちゃんと休んでくれるか心配だが、そこは信じていよう。
我が国の屋台骨なのだ。
倒れられたりしたら一大事だ。
---
今日も実に疲れた。
さっさと寝てしまおう。
寝る準備をすませ、足早に寝室へ向かう。
俺が元の世界で住んでたワンルームのアパートよりもはるかに大きい部屋。
むしろベッドが一部屋分あるのではないかというぐらいの広さだ。
こういったベッドに寝始めた直後は喜んで飛び乗ったりもしていたが、もうそんなことはしない。
のそのそと入って寝てしまおう。
絨毯もふかふかだ。
足を踏み出すと沈みこむ絨毯ってどんだけだよ。
しかもチリ一つなく掃除が行き届いている。
と言いたいとこだったが、残念。
今日はゴミが落ちていた。
いかんねえ。
優しい俺がこっそり捨てといてあげよう。
そう腰を曲げた瞬間、後頭部を何かがかすった。
腰を少し曲げた状態での後頭部
そこは、立っていれば首があったであろう場所
すぐ横にあった燭台が崩れ落ちる。
俺の首の高さで、真っ二つになって。
それはつまり
「なぜ気づいた」
俺の首が、斬り落とされかけたということ。
「私のワープは、魔力の痕跡を発生させず、残さない。気づくはずがない」
さっきまで誰もいなかったこの部屋に。
そいつは、いつの間にか存在していた。
「これが、貴様の力というわけか?」
そこに立っているのは、漆黒の鎧を身にまとった女。
その顔には、見覚えがある。
忘れるはずもない。
「何か言ったらどうだ?リク・ルゥルゥ」
ヒュドラ連邦大将軍、エキドナ・カーン。
いるはずのない女が、そこにいた。
前話から一週間以内に更新したかったのですが、なかなか難しく…。
今回は次話へ続く形となってしまって申し訳ありませんが、今しばしお待ち下さい。
ブクマと評価、ありがとうございます!
最近また増えておりとても励みになっております。




