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82話 優しい嘘

 ダラスの戦い


 人類史上最大の決戦

 人間界の命運を決める戦

 天下分け目の戦い


 色んな呼ばれ方をしていて始まる前はずいぶん緊張したが、終わればあっけないものだった。


 結果は我らルゥルゥ軍の勝利。

 連邦大将軍エキドナ・カーンの獅子奮迅の活躍

 総司令ハンニバルの巧みな撤退戦

 これらによって完勝とまではいかなかったが、十分な戦果を上げることはできた。


 常勝軍団と呼ばれた連邦軍

 数ではこちらを上回っていた連邦軍

 彼らを敗走せしめたというだけで民心は大いに揺らぐ。


 連邦の民はいつ自分達の街が戦場になるのかと夜も眠れない。

 逆に東西南の人々は今こそ人類統一のときだと歓呼の声をあげ、各地で志願兵が相次いでいる。

 滅ぶか否かと言ってた頃とは段違いだ。

 むしろ一気に連邦に攻め入るとき。


 そんなことを考えていたのだが…



 ---



「連邦の結束力、想像以上でした」


 幹部が揃った大会議室。

 美化200%された己の肖像を背にし、皆の話を聞く。


 今話をしているのはボード。

 勝ち戦の後だというのにずいぶんと難しい顔だ。


「前大王の晩年に行われた大粛清

 それに伴い徹底した中央集権化が行われたのは周知の通り」


 一度でかく勝てば国内の有力者がどんどんなびく。

 彼らを取り入れ、連邦を内部から瓦解させようと考えていたらしい。

 実際今まではそれで上手くいってた。

 というか連邦以外の国ならどこでも上手くいってただろう。


 そう、連邦以外なら


「"各地の有力者は排除され、現地にゆかりのない官僚が地方を統治する"

 前大王の置き土産

 まさかここまで効果的だとは…」


 各地を支配するのが地元に縁もゆかりもある有力者だったら話は簡単だ。

 その有力者を口説き落とせば終わり。

 自分達の大将が言うのならばと、その地方丸ごとついてきてくれる。


 だが連邦は違う。

 各地を支配するのは中央から派遣された高級官僚。

 彼らの地位の根拠は連邦中央の力によるもの。

 見捨てられては自分の命が危ういと、逆により一層こちらに対して頑なになっている。


 これをチャンスとばかりに自分の支配地域を手土産にしてくるやつらもいるにはいるが、数はそんなに多くない。

 胡散臭いやつばかりで信用もできない。


 あれほどの勝利だからと雪崩のごとく鞍替えしてくるのを期待していた面々は大きく失望しているようだ。


 俺?

 俺はもちろん失望なんてしていない。

 何しろ、とりあえずは勝てたのだ。

 それだけで万々歳。


 次の次のことなんて頭の良い人たちが考えればいい。

 俺は目先の勝利に大喜びだ。


 鼻歌でも歌いたい気分だが、さすがにそれは自重。

 でも本当に気分がいい。

 あれだけ皆を煽っておいて、負けたらどうしようかと思ったよ。

 いやー、本当に良かった!!



「リクよ、ずいぶんと余裕であるな?」


 気付いたらミサゴの顔が目の前にあった。

 触れそうなぐらいの距離。

 いつの間にこんな近くに。

 椅子から転げ落ちそうだが、少しでも動いたら触れてしまう。

 何が?

 ナニが


「ミサゴ近すぎ」


 カルサがミサゴを引き離してくれた。

 ようやく一息つける。


「だか皆も気になるであろ?

 我らが主君が何を考えているのか

 なぜここまで余裕なのか」


 その言葉と同時に一気に場がざわつく。


「確かに…」

「陛下ならばこの事態など容易く予測できたはず」

「そう考えればあの余裕は必然」

「一体次はいかなる策を…」


 予測なんてできてないし、むしろ先のこと考えてないから余裕なんであって次の一手なんてなにも持ってません。

 でもそんなことは言えない雰囲気。

 皆の期待の視線が痛い。


「勝利。それだけなら簡単だ」


 期待に応えるため、何とか口を開く。


「馬路倉、魔法王の力があればどんな大軍でも敵ではない」


 そんなことはない。

 馬路倉は魔軍を焼き払ったあの魔法を連発できない。

 体への負荷が大きすぎるのだ。

 普通の国なら一撃で勝敗は決するが、連邦軍ほどの大軍では馬路倉だけの力では勝てない。


「無論、俺自らが出てもいい」


 そんなことはない。

 そもそも俺の力はアルカの魔力と馬路倉の杖の借り物。

 コントロールもうまくできず、むしろ自軍を焼き払う可能性すらある。

 諸刃の剣どころか味方殺しだ。

 冗談ではない。


「だが、それでは意味がないのだ」


 何の意味がないのだろう。

 自分でもわからない。

 でもノリで言ってみた。


「勝ち方が重要、ということでしょうか?」


 ボードが何か思い付いたらしい。

 素晴らしい。

 僕は全力で君に乗っかるよ。


「その通りだ」

「やはり…」


 いやいや、一人で納得せずにこの場にいる皆へ説明してくれ。

 特に俺へ。


「ボード、どういうことだ?」


 ジェンガ!

 実にいいタイミングだね!


「お館様は戦後のことも考えられている、ということだ」


 つまりはこうだ。


 これは人類統一の戦いである。

 馬路倉や俺が一人で戦って勝利しては、それはただの虐殺である。

 圧倒的な力の前に連邦は平伏すだろうが、マグマのような不満は溜まる。

 いつかそれが爆発したら

 それが魔軍の決戦の最中だったら

 それは決定的な敗北へと繋がるだろう。


 人と魔の戦いで裏切る者がいるはずない?

 とんでもない。

 だからこそ、裏切るのだ。

 それが自分の死に直結しようとも

 人という種の滅亡に結びつこうとも

 己が憎む相手が最も嫌がることを実現するために、全てを投げ打ってくる。


 そんな魔物よりも恐ろしい者達を生み出す可能性があるのだ。


 もちろん戦争でも犠牲者はでる。

 だが、悲しいことにこの世界はずっと戦乱が続いていた。

 だから慣れきってしまっているのだ。

 普通の戦争に

 大切な人が戦場で死ぬことに


 だが、虐殺にはなれていない。

 愛する人が、大切な人が、一方的に徹底的に殺戮されることに慣れている人など誰もいない。


 だから、正々堂々と戦わねばならない。

 次の戦いのために。

 人と魔が、雌雄を決するときのために。

 その戦いで、人が勝利するために。



 なるほどなーって聞いていると、ジェンガがキラキラした目で見つめてくる。


「さすがリク様!

 あの戦いの前からそこまで考えておられたのですね!」

「もちろんだとも」


 もちろんそんなことはない。

 だがここで真実を言うのは逆に野暮というもの。

 俺は涙を飲んで優しい嘘をつこう。



 ---



 そのまま流れで解散となった。

 最初は若干沈痛な雰囲気があったが、最後は皆の表情が実に晴れ晴れとしていた。

 きっと次回は素晴らしいアイディアを持ってきてくれるだろう。


 さて俺も、と思ったら呼び止められた。


「先輩、ありがとうございました」


 振り向くとそこには馬路倉が。

 お礼を言われるような覚えはまったくないのだが。


「先輩のネックレスをつけていれば魔力は無尽蔵

 ですが私如きではあの魔力は使いこなせず…」


 転移魔法に移動が終わった直後、馬路倉は魔法のネックレスを返してきた。

 いっそずっと貸してあげようかとも思ったのだが、つけ続けていると精神がもたないとのこと。


 俺はそよ風程度も感じないのだが、馬路倉さんぐらいになるとあれはとてもとてもすごいものらしい。

 己の魔法に関する才能の無さに枕を濡らすことになるのだが、それはまた別の話。


 そういうわけで、馬路倉はもうネックレスをつけていない。

 ゆえに無尽蔵の魔力はもっていない。

 残念ながら。


「魔法王。そう呼ばれる私の顔を立ててくださり感謝しております」


 …そういうことか。

「魔法王の力があればどんな大軍でも敵ではない」という俺の言葉、あれの意味を勘違いしているらしい。


 全然感謝されるようなことはないのだが、わざわざ否定することもないだろう。

 それこそ馬路倉の顔を潰すことになる。


「お礼を言うのは俺だよ、馬路倉

 いつもありがとう。頼りにしている」

「先輩…」


 心の底からのお礼を伝え、颯爽と去っていく。



 しかし本当にみんなには頭が上がらない。

 なのに俺はどこまで持ち上げられてしまうんだ。

先週末は更新できず申し訳ありませんでした。

今回の話はもう少し進んでから切る予定だったのですが、今週末も時間がとれそうにないのでここで更新させていただきます。


台風19号、すごいらしいです。

どうか皆様お気をつけください。

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