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幕間 副官ハミル視点(80話)

 間もなく夜が明ける。


「準備は、どこまで完了した?」

「将軍がご指示された内容は、全て」


 部隊の兵数や配置は当然として、このダラス平原の地形まで全て把握された上でのご指示。

 準備というのはただそれに従うだけのこと。

 できない方がおかしい。

 …通常ならば。


 我々は今深い深い魔法の霧の中にいる

 リク・ルゥルゥの超絶した魔力によって生み出されたこの濃霧。

 腕を伸ばせば己の指先すら見えない。


 まっすぐ歩くことさえ困難な状況下で我々が準備を完了できた理由。

 それももちろん、将軍の御業。


 将軍の瞳にはこの霧が映っていないのではとすら思えてきた、あの的確な指示。

 ただの一つも問題は起こらず、ただ将軍の指示をなぞるだけで再編成は完了した。


「そうか。よく、やってくれた」


 ご本人こそが一番お疲れであろうに、我らをねぎらってくださる。

 なんというお方であろうか。



 ラクス・ヒュドラ

 狂王と呼ばれた、かの大王による大粛清。

 諫言した忠臣は全て殺され私利私欲に満ちた佞臣が蔓延り、その佞臣もまた次々と殺されていった地獄のような時代。


 大王の周りにいる者たちは生き残ることすら困難だった。

 機嫌を損ねれば殺され

 反論すれば殺され

 黙っていれば殺され

 失敗すれば殺され

 何もしなくても殺された。


 あの狂乱の時代を、連邦軍の頂点に立ち続けながら生き残った。

 それはつまり、一つの失敗も犯さず、ただの一度も負けることがなかったということ。


 腐敗しきった官僚機構

 それと同様に根本から腐りかかった連邦軍

 それを守り続け、支え続ける偉大な守護者。

 文字通り、連邦軍の支柱。


 これこそ、ハンニバル・トルストイ将軍。



 奇跡の体現者、リク・ルゥルゥ

 やつを倒せるのは、このお方しかいない。




 ---




 それは、ほぼ夜明けと同時だった。


「ルゥルゥ軍、東西より出現いたしました!」


 一気に司令部が慌ただしくなる。


 東西南連合軍による挟撃。

 将軍が気づいていなかったらと思うと、ゾッとする。

 こちらは五里霧中の大混乱に陥り、瞬く間に壊滅していただろう。


 だが、そんな未来は来なかった。

 全ては将軍の手のひらの上。


「西側前線部隊の混乱を見てやつらは油断しておろう

 前線を突破してきたところで、一気にすり潰せ」


 西側前線、そこは元々我軍の最後方

 司令部からも遠く命令を行き届かせるのが難しかったため、あえて捨て石としたのだ。


「…決して、無駄死ににはさせん」


 軍の一部を助けるために全滅しては意味がない。

 たとえ無慈悲と言われようと、勝利のために手を尽くす。

 これがハンニバル将軍が勝ち続ける理由の一つ。



「東方の防備は、予定通りか?」

「はい。混乱してるように見せかけ、一部を緩めております」

「ならばよい」


 こちらは少し解せない。

 なぜ防備を緩める必要があるのだろうか?

 つい先程五天将が一人ナーランが突貫してきたという情報が入ってきた。 

 なぜわざわざあの烈火の如き男を誘い込む理由がわからない


「不服そうじゃな?」


 思わず背筋が伸びた。

 顔に出ていたのかと慌てて表情を引き締める。


「なに、簡単なことじゃよ」


 まるで生徒に教える教師のように将軍は語りかけてくる。

 このような口調を聞くと、エキドナ、今では大将軍となった彼女とともに昔将軍に教えを受けていた頃を思い出す。

 今ではすっかり立場に差がついてしまった。


「あちらには強力無比な魔法使いが二人おる

 魔法王、ランシャル・マジク

 そして、リク・ルゥルゥ」

「は、はい」

「方や魔軍を蹴散らし、方や大地を引き裂く化け物よ

 やつらはその気になれば霧の中にいる我らを焼き払うこともできたはず」


 言われてようやく気づいた。

 一人にして一軍と対峙できるというのは、我らが大将軍の専売特許ではないことに。

 敵には、それができるのが二人もいるのだと。


「だが、やつらは昨夜それをしなかった

 それで儂は考えたのじゃ

 できなかったのではないか、とな」

「できなかった…?」

「そうじゃ

 挟撃を行うためやつらは何かしらの魔法を使った

 そしてこの霧も起こした

 これほど大規模の魔法を立て続けに使えるとは思えぬ」


 人知を超えた二つの魔法。

 いかに英雄王と言われる男でも、こんなことができるとは思えない。


「魔力が尽きて魔法が使えなくなった

 だが、それはどの程度か?」


 ここまで言われてようやく私も気づけた。


「我軍を焼き払うことができない程度か?

 それともこちらの本陣ならば焼き払える程度か?」

「…試された、ということですね」


 物分りの悪い生徒がようやく正解を導けたのを見て、満足そうに頷かれる。


「焼き払える魔力が残っているならば部下を突撃させる理由はない」


 ナーランが突貫してきたことが、証明となった。


「司令部の防衛のために準備させておった魔法使い達へ知らせるのじゃ

 直ちにこの霧を晴らせ、とな」

「はっ!」


 伝令を飛ばすため、将軍に背を向ける。

 そのとき囁くような声が聞こえたきた。


「そろそろ、反撃させてもらわんとな」



 ---



「霧の拡散に成功いたしました!」

「そうか。魔法使いたちを儂からの感謝の言葉を伝えておくれ」

「ははっ!」


 本陣の雰囲気が明らかに変わってきた。


 すでにナーランの部隊は撤退した。

「猪武者ではなく引き際もわかっているとはのう…。やりおる」と将軍は不満そうだったが、十分だ。


 東側は一進一退。

 だが西側は一気に情勢が変わる。


「南方と戦争ごっこしておった西方の雑兵どもに、本当の戦争を教えてやれ」


 今でこそ南方の戦士たちは手強くなった。

 だがかつて、大戦士ウェルキンが現れるまでは戦争と決闘の区別がつかない蛮族にすぎなかった。

 その頃の戦士たちとの勝利に酔っていたようなやつらなど、我らの敵ではない。


 大陸中央の戦乱を勝ち抜いた精鋭

 連邦中央軍重装歩兵部隊

 彼らによって、西方騎馬隊は壊滅していった。



 だが、敵もさるもの。


「各戦線で伏兵が現れました!

 被害は大きくはありませんが、混乱が起きています」

「大戦士ウェルキンが出現しました!!

 いま一歩のところで西側の西方騎馬隊の殲滅、阻止されました…!」


 負けてはいない。

 ただ決定的な勝利ももぎ取れてはいない。

 そんな状況が続いていた。


「ハトゥッシャめは西方一の大国の主

 やつの首を取れてればのう… 残念じゃ」


 死んでいれば敵の戦意喪失に繋がっていただろうが、救われたことで逆に戦意を高揚させてしまった。

 しかもハトゥッシャが抜けたことで西側戦線の指揮権は五天将ズダイスへ移った。

 騎馬を効果的に使った撹乱線で我らは前線を交代せざるを得なくなっている。


「不敗の宿将の二つ名、伊達ではないということか…」

「何をおっしゃいますか!

 所詮は軟弱な東方で勝ち続けていた男に過ぎません!

 大陸中央を平定した将軍とはものが違います!」


 しかし私のそんな言葉に将軍は苦笑するだけ。


「儂は、たまたま勝利の女神が微笑んだだけじゃよ」


 いつもの自嘲。

 そんなお姿が口惜しい。

 世界最高の戦術家にして戦略家たる将軍が、なぜそのような顔をしなければならないのか。


「ところで、()()()はどうなっておる?」


 一瞬なんのことだかわからなかった。

 少しの逡巡の後、思い出す。


「敵軍の服装のこと、でしょうか?」

「そうじゃ 報告書はあるか?

 まとまってなくてかまわん

 むしろ生の情報をそのまま見せとくれ」


 急いで資料をかき集めてくる。


 各戦線の敵兵がどのような服装をしているか

 混在はしていないか

 混在していればどのような服か

 そんな何でもない情報


 敵が東西南の連合軍であることはわかっている。

 兵種の特徴がわかればどこの軍かはだいたい判明する。

 にもかかわらず、なぜ服装などを調べる必要があるのだろう?

 将軍のご命令だからと調べさせてはいたが、資料の存在を忘れてしまっていた。


 まとめられていない、生の資料たち

 それを将軍自ら確認される。

 雑多な情報に一通り目を通してから顔を上げる。

 その顔は、決意に満ちていた。




「リク・ルゥルゥの場所はここじゃ」


 地図のある一点が指さされる。

 そこは司令部としてふさわしいかと言われるかと疑念が生まれるような場所。

 だが、その指に迷いはなかった。


「敵のあらゆる部隊に、ある一つの特徴をもった兵どもがおる」


 敵は連合軍、ゆえに同じ特徴など持つはずはない。


「その特徴は軍服に黒と赤と金が含まれていること」


 あるとすれば、それは何者かの直轄部隊。


「これは、ルゥルゥ近衛兵の軍服の特徴と一致する」


 ルゥルゥ近衛兵の主、それはつまり…


「近衛を手足のように使える者など、リク・ルゥルゥただ一人」


 何が調べる必要があるのだろうだ

 何が雑多な情報か


「ゆえにこやつらが集まる場所、ここがやつらの総司令部よ」


 まさに核心

 戦況を一変させる決定的な情報だ



「竜騎兵を準備させよ」


 竜騎兵

 エキドナ大将軍によって生み出された魔法騎士団

 大将軍直下の、連邦軍最強部隊


 連邦軍最強

 それはすなわち、大陸最強


「この戦、これで終いじゃ」

ハンニバルではなく副官ハミルの視点でした。

次の更新はダラスの戦いの後編の予定なのですが、来週の日曜から一週間ぐらいネットのできない環境に行くことになってしまいました。

土曜までに更新できなければ次回は二週間後となります。すみません。

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