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幕間 ハンニバル視点

 ヒュドラ連邦建国の母、ヘラス・ヒュドラ

 完全無欠と讃えられ、大王の称号を得た女


 一つの都市国家を大陸中央最大の国家へと成長せしめたその実績を否定できる者など誰もいない。

 多くの国々と同盟を結び得た外交力。

 今にも続く連邦諸制度の礎を築いた内政力。

 数多の敵国を攻め滅ぼした軍事力。

 それら全てを併せ持つ傑物。

 それがヘラス・ヒュドラ


 さらに彼女の名声を高めたのは、母としての力量。

 一人娘を次代の大王として完璧に育て上げた。

 決して長いと言えるものではなかった彼女の人生。

 だがその死後、彼女の娘の元でヒュドラ連邦は更なる栄華を手に入れることとなった。



 ヒュドラ連邦第二代大王、ラクス・ヒュドラ

 母の作り上げた連邦をさらに強く、さらに大きく育て上げた偉大な女王。

 彼女の治世において大陸中央はほぼ統一される。

 連邦の国家体制も進化させ、巨大な官僚機構が築かれる。

 外敵を廃し内政を充実し、連邦の国体は盤石となった。


 ただ一つ、彼女に子がないことを除けば。


 血縁

 それはこの世界で王を名乗るのに最も重要な要素。

 魔法王以外の全ての王族が解放王ヒイラギ・イヅルの血を引くことがそれを端的に、何よりも明確に示している。


 ゆえに第三代大王は彼女の子であることが望まれた。

 だからこそ彼女は子を成すようあらゆる努力を尽くしたが、それは果たされないまま母が寿命を迎えた歳と迎える。


「もはやこれまで」

 己の限界を悟った彼女は、連邦の未来のためにと新たな手を打つ。

 連邦傘下に入った国家の王族から優秀な子供を集めて教育を施したのだ。

 彼ら彼女らの中から、次代の王を選ぶために。


 未来の王が育ち始め連邦の未来は明るいと誰しもが考えたとき、運命は流転する。


 それは神の恩寵か悪戯か

 もはや子を宿すことなど絶望的だと思われた年齢で、彼女は身ごもる。



 そして、ラクス・ヒュドラは()()した。


 狂おしいほどに喜んだ?

 いや違う。

 喜び、狂ったのだ。



 次代の王となるべき集められた子供達。

 それらは全て処分された。

 理由はただ一つ。

 己の愛娘の立場を脅かす可能性があるから。


 国のためにと子供達を差し出した旧王族たちは怒り狂う。

 そんな彼らも瞬く間に消されていった。

 理由はもちろん、愛する娘のため。


 それらを非難する者、抗議する者、諫言する者、全てが処刑された。

 連邦内部に吹き荒れる大粛清の嵐。


 旧王族、大貴族、外戚、軍閥、それら特権階級と呼ばれる人々

 次期大王の立場を脅かす可能性がある者たちは全て粛清された。


 ラクスが築き上げた官僚機構が、それを実現した。

 そしてその狂気のような粛清が、皮肉にも連邦の中央集権化をより強固にする。

 一君万民、専制君主国家ヒュドラ連邦の誕生だ。


 全ては娘のために。

 愛する娘、クレス・ヒュドラのために。


 全ての敵を排除し尽くし、己に忠実に従う下僕だけを引き連れて、彼女は狂ったまま玉座に座り続けていた。

 かつて連邦に栄光をもたらしたその英知を全て己が愛娘の保身のために使いながら、彼女は連邦に君臨していた。




 自分がこんな狂気の時代を生き残れたのは、たまたまだ。

 たまたま大王が狂う前からの腹心だった

 たまたま腹心だからと増長することなく、大王の行いに余計な口を挟まなかった

 たまたま政に興味がなく、そもそも関わる気も起きなかった

 たまたま戦争が続いており、軍の力が必要とされていた


 これらの偶然が重なり、生き残ることができた。

 そして更に勝利の女神の微笑みという幸運が合わさって、大将軍と呼ばれる地位につき続けた。


 それが、ハンニバル・トニトルス

 儂は、その程度の男だ。



 ---



「お伝えしたいことは以上です、ハンニバル将軍

 なにかご質問は?」


 丁寧に問いかけてくる、娘か孫かというほど歳の離れた女性。

 彼女は儂の秘書でもなければ部下でもない。


 彼女こそ、至尊の冠を戴く御方を除けばただ一人の我が上官。

 当代の大将軍、エキドナ・カーンその人だ。



 出自は不明。

 まだ幼く即位前だったクレス姫のお側近くに突如現れ、その寵愛の下一気に頭角を現した。


「あなたが教育しなさい」


 ラクス陛下にそう言われたことが昨日のように思い出される。

 儂が育てたなどと言う輩がいるが、とんでもない。

 元々優秀すぎたのだ。


 石を宝石に磨き上げたわけではない。

 たまたま金剛石の原石を手にしていただけだ。

 それも極上の。


 剣を持たせれば鬼神の如き強さ。

 一軍を相手にしても引けを取らず、瞬く間に大陸最強へ名を連ねた。


 さらに剣だけではなく魔法にも長ける。

 竜騎兵は彼女がいたからこそ結成された。


 そして頭も切れる。

 教えることは全て真綿のごとく吸収し、いつの間にか教えることなどなくなってしまった。


 大将軍とその右腕などと言われていたが、全くの逆だ。

 ラクス陛下に長く仕えていたから、たまたま大将軍でいられただけだ。

 立場などとうの昔に逆転していた。

 

 その証拠にラクス陛下がお隠れになりクレス陛下の御代となったと同時、大将軍の地位はすぐに失ってしまった。

 彼女こそ、我が上官にふさわしい。



 にもかかわらず、いまだに彼女は儂ごときに敬意を払ってくれる。

 今も命令してさっさと退出させればいいものを、わざわざ問いかけまでしてくださっている。

 申し訳なくていたたまれない。


「…将軍?どうされましたか?」


 なんということか。

 この老いぼれが思い悩んでいることで大将軍に気遣わせてしまった。


「とんでもございません

 東方侵攻のお下知、たしかに拝命いたしました

 全ては陛下と大将軍のみ心のままに」


 深く頭を下げる。

 しかし何か他に懸念があるのだろうか、ため息をつかれている。


「…何か、ご懸念が?」

「いえ…そうですね

 リク王にはどうかお気をつけください

 油断のならない男、と聞いております」

「はっ。承知いたしました」


 その言葉を最後に退出した。

 あのような当然のことを指摘されてしまった自分に恥じ入りながら。


 英雄王、リク・ルゥルゥ

 生ける伝説とも言われる男を前に、どうして油断などできようか。

 浅学非才な身で恐縮だが、全身全霊で立ち向かおう。


 全ては連邦のために

 我が、祖国のために




 ---




 連邦軍を総動員して形成された東方侵攻軍。

 だがその目論見は瞬く間に崩される。


 リク・ルゥルゥの手によって。



「…南方が、陥ちたか」


 不倶戴天の敵であった南方と西方。

 復讐に燃える南方の戦士たちを西方へとけしかける、その作戦が狂うことなど考えられなかった。


 ()()()()()()()()()()


「まさか、己の身一つで片を付けるとは…」


 これが英雄王と言われる所以。

 生ける伝説の恐ろしさを対峙する前から見せつけられた。


 しかもそれだけでは終わらない。


「奴隷を解放すると?」

「は、はい。そのように宣言したそうです」


 東西南同盟の経緯について報告内容の一部に、聞き捨てならない文言があった。


「南方方面軍と西方方面軍は直ちに国境沿いへと帰還させよ

 ただし、奴隷は全て置いていくように」

「ど、奴隷どもいなければ行軍に支障が出ますが…」

「構わん。儂の厳命だと徹底させるのだ」


 ”奴隷解放”

 この言葉を聞いて心が踊ろない奴隷などいるのだろうか?

 いるはずがない。

 必ず皆考えるだろう。

「自分たちも、解放される」と。


 そうすればどうなる?

 当然、反乱だ。


 本国にいれば話は違ったかもしれないが、ここはすでに敵地。

 しかも軍の中ならいくらでも武器は転がっている。

 偉そうにしている自分の主の寝首をかけば、いつでも武器を手にして逃げ出せる。

 そう考える不届き者が大勢いるだろう。


「将軍、奴隷頭ともを集めてございます」

「助かる。すぐに伝えてくれ」


 さすが我が副官ハミル、儂の考え程度お見通しというわけか。

 優秀な部下がいることに感謝の念でいっぱいだ。


 被害を最小限にするため、動かねば。


「これから起こるであろう奴隷共の反乱

 それを鎮圧した暁には、奴隷頭の解放を約束しよう

 反乱に参加した奴隷共は、参加しなかった奴隷たちにくれてやろう

 生かすも殺すも、好きにさせるのだ」


 非情と言われようと、非道と言われようと、徹底的に。

 連邦の敵は、排除する。


「分割して、統治する

 奴隷同士で骨肉の争いを繰り広げさせるのだ」


 全ては、連邦の勝利のために。



 ---



「奴隷の反乱、鎮圧完了いたしました」

「…被害は?」

「反乱勃発時に幾人か死者が出ましたが、反乱鎮圧による一般兵士の犠牲者は0です、予定通り、全て奴隷同士で解決いたしました」

「それは何よりだ」

「将軍の作戦通りです

 裏切れば罪には今まで通りの待遇を約束すると餌をまいた結果、反乱側で同士討ちが始まりあとはあっという間でした」


 所詮は欲に目がくらんだ烏合の衆。

 訓練された軍隊の敵ではない。


「西方方面軍と南方方面軍は?」

「予定通り、秩序だっての転進に成功いたしました

 反乱の残存処理完了後、直ちに東方侵攻軍全体の再編成を開始いたします」

「順調だな」


 順調すぎるほどに、だ。

 あのリク王を相手にして、ここまで順調でいいのだろうか?


 この懸念は、数日後に現実のものとなる。




「霧?」

「はい。ずいぶんと濃い霧が出ております」


 ハミルと共に外に出てみると、確かに霧が平原全体を覆っていた。


「…再編成はどこまで終わっておる?」

「東側はほぼ完了しており、あとは後方の西側のみとなっております

 もちろんルゥルゥの奇襲に備え、防備は万全です」

「防備は、東側のみか?」

「は、はい。もちろんです」


 ハミルは優秀だがまだ若い。

 年寄りがたまには役に立ちそうだ。


「直ちに西側からの攻撃に備えさせよ

 本陣から西側は全兵士を叩き起こしてでも防衛陣を形成するのだ

 西端は捨てて構わん」

「こ、この霧の中でですか?」

「霧だからだ」


 そう、この霧が問題だ。


「ダラス平原は大陸有数の穀倉地帯

 そんなところで、原因不明の霧が発生することなどありえるわけなかろう?」


 さすがに気づいてくれたか。

 ハミルの顔が真っ青になる。


「霧が多ければ作物は育たぬ

 明らかに霧ができる天気なればわかるが、霧が突如発生する?

 それもこのような濃霧が?

 そんなこと、ありえんのだ」

「ぎ、ギーマン砦陥落時にも、濃霧が発生していたと…」

「如何にも、じゃ

 さすがはリク・ルゥルゥ、世界最高の魔法使いよ

 天候さえ操るとは、もはや目の前にやつが飛んで現れても驚きはせぬ」


 己の前に立ちはだかる敵の強大さ

 十分にわかっていたはずなのに、それを更に上回ってきた。


「今この瞬間にもルゥルゥ軍が挟撃してくる!

 そう考えて直ちに準備せよ!

 寝ているやつは殺してでも叩き起こすのじゃ!!」




 一気に陣地が慌ただしくなった。

 しかしそれは事情を知っているものだからこそ。

 深い深い濃霧が全てを隠し、知らない人間であれば何も気づけはしないだろう。


「攻撃が明朝だとすれば、まだ時間はある…」


 鬼が出るか蛇が出るか


「かかってこい、リク・ルゥルゥ…!」


 長い長い一日が、始まる。

ダラスの戦いの後半の前に、敵将ハンニバル視点の幕間となります。

前半の前に書くべきだったとも思ったのですが、後半の後では蛇足になりそうなので今入れさせていただきました。

次回は後半、もしくはハンニバル視点の前半の予定です。


体調はずいぶん良くなりました。

ご心配おかけして申し訳ありませんでしたが、今後もがんばります。

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