2 おっこちた王女様
「きゃあああああ!」
つんざくようなメイドの悲鳴がラヴィニディアの王城にとどろきました。
ティータイムのお茶とお菓子をもってきたところで、翼竜の背にのり飛び立つ王女を見たメイドが、驚きのあまり叫んだのです。
「ポーリン王女様っ!危ないっ!」
鞍もつけずに竜の首元に危なげにしがみつき空に飛び立った王女を見てメイドは顔面蒼白になりながら叫びました。
手に持っていたティーポットやカップも投げ出し、食器の砕ける音がガシャーンと響きました。
驚いて城を守る衛兵や、召使たちがその声と音のする方を振り向きメイドが見上げるその先の光景に思わず固まりました。
鞍もつけていない翼竜の首に王女がしがみついて空に!
それは、いかにも不安定で心もとなく、いつ振り落とされてもおかしくないように見てとれた。
そして、声と音に驚いた翼竜チャムもびくっと首をふって振り向きました。
ポーリン王女も何事かとメイドの姿をみた瞬間です。
王女は、するりとチャムの首から手を滑らせて、バランスを崩しました。
「えっ?きゃっ!きゃあああ」今度は王女の声がとどろきました。
そう、王女と翼竜チャムは、心配のあまりあげたメイドの悲鳴と食器の砕ける音に驚きバランスを崩し、王女はチャムの背中からまっさかさまに落ちていったのです。
「「「王女様ーっ!」」」
落ちていく王女を目で追いながらその落ちていく方向に騎士たちが走りだしましたが、谷から吹き上げる風に小さく軽い王女は吹きあげられとんでもない方向に飛ばされ落ちていきます。
チャムも慌てて落ちていく王女を追いかけます。
そして王女と翼竜のチャムは雲の下の国まで強い風に流されながらも確実に落ちていきました。
「ひょええええ!」
めまぐるしく景色が変わり風に攫われるように空中を縦に横にと乱気流に吹き飛ばされて崖の向こうに吹き飛ばされた王女は思わず変な声をあげながらどんどん落ちていきます。
ポーリン王女はひたすら落ちていき、チャムはひたすら王女を追います。
高い高い雲の上の国から山の途中の雲を突き抜けてどんどん下に落ちていき、チャムはすごいスピードで追いかけ、地上にたどり着く寸前で王女の体をつつみこむように抱きかかえ、チャムは背中から地面にたたきつけられました。
チャムの背中の羽は折れ、たくさんの血が流れました。
そしてポーリン王女は、チャムに護られ無傷でしたが落ちたショックで気を失ってしまったのでした。
***
一方、王城では王女が、下界まで落ちていったとそれはもう大騒ぎでした。
声をあげたメイドは自分の叫び声に驚いてポーリン王女が手を滑らせて落ちたことに、責任を感じ、死んで詫びると泣き崩れているのを王が叱ります。
「落ち着きなさい!其方が死んでもポーリンが悲しむだけだ!」
他の召し使いや騎士達も、うんうんと首を縦にふります。
「王様!で、でも私のせいでポーリン王女様が!」
ドロシーの目には、大袈裟な声をあげてしまった後悔に涙がとまりません。
風にあおられ落ちていった王女の姿はあっというまに消えていってしまい、到底助かるなどとは思えず狼狽えて怯えていました。
どう前向きに考えても王女様は死んでしまったに違いないとしか思えないからです。
そんな、ドロシーの考えを王様は否定しました。
当然です。
事実はどうあれ目に入れても痛くないほどに可愛がっていた愛娘の死など、そう簡単に受け入れられる筈もないからです。
「まだ、死んだとは決まっていない!今、翼竜隊の騎士たちを捜索に出している。早まるでない!ポーリンを乗せていた翼竜のチャムもポーリンを追いかけていったのであろう?」
「うっ…うっ…で、ですが、チャムはまだ飛べるようになったばかりの子竜で…王女様をお助けできるとは到底思えません…一緒に落ちてしまったに違いありません」メイドのドロシーがぼろぼろと涙を流しながら答えると、王妃がそっと肩に手をおきました。
「ドロシー、貴方が声を思わずあげてしまったのは仕方のない事よ。ポーリンを心配するあまりに出た声でしょう?それに、私にはわかるのよ。私の娘ポーリンは死んでなどいないから安心なさい」
「ア、アーシャ王妃様…?」
「アーシャ、それは真か?」国王がすがるような目で王妃を見た。
「陛下、本当ですわ!私と娘は魔力で繋がっておりますもの。分かるのです!娘は…私達のポーリンは生きております!怪我ひとつしておりませんわ!」
「「「おおお」」」周りの召使たちからも安堵の声が広がった。
「大丈夫、きっと翼竜隊の騎士たちが見つけて連れ帰ってくれます!それに、ポーリンはこの山の精霊に愛され加護を賜りし王女ですよ?そんなに簡単に死んじゃう訳がございませんわ!ほほほ」と落ち着き払って笑ったのでした。
そう、王妃様は強い魔力を持った魔法使いでもありました。
今でこそ王の妻となり王妃としておしとやかに過ごされていますが、なんと王妃様は昔は下界の国の名の知れた魔導士…いわゆる魔法使い様だったのです。
国王が、まだ王子だった頃、お妃さがしの旅に出て下界の国で、その時まだ独身だったアーシャ様と恋に落ち二人は結婚したのです。
その魔力は王女にも引き継がれ、その魔力と無垢な魂によりこの国、ラヴィ山の自然に宿りし精霊たちに、ことのほか愛され加護を生まれながらに注がれていました。
それ故に、森のあらゆる動物たちにも懐かれ愛されてしまいます。
人より何百年も多く生きると言われる竜たちにすら愛しまれるポーリン王女です。
「大体、このラヴィ山の精霊や神々に愛されまくっているポーリンが風に吹き飛ばされたくらいで、そんな簡単に死ねるはずもないのよね~。加護が絶大すぎるくらいの子なのだから大丈夫!大丈夫!むしろ翼竜のチャムちゃんの方が心配なくらいよ。ポーリンが、無傷という事はチャムちゃんがポーリンを庇って怪我をしているかもしれないわ!そっちがホントに心配よね」
と、まぁ、そんな風に、お妃様がポーリン王女の無事をあっけらかんと断言するとメイドのドロシーはようやく泣き止み、王様や王妃様とともに王女の無事を祈りながら待つことにしたのでした。
そして国王夫妻とドロシーや召使たち、そしてこの国の国民達は王女の帰るその日まで毎日、山の頂の神殿に祈りを捧げる事にしたのですがその祈りは王妃の命で主に聖獣である翼竜のチャムの無事を祈るものでした。
王妃いわく、「ポーリンは大丈夫!」とのお言葉でした。
「チャムがポーリンの側にいる限り何年かかっても必ず私達の元に戻って来るから!」と言いきったのです。
不思議な力を持つ王妃様の自信たっぷりのお言葉に、皆は従い、それから毎日心を込めて祈り、二人の帰りを待ち続けるのでした。
もちろん、翼竜騎士達の捜索も引き続きした上でですが…。