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Legend of kiss4 〜太陽の王子編〜  作者: 明智 倫礼
8/23

過去と現在

 燈輝は意識が深い眠りの底から戻ってくると、頭が激しい痛みに襲われた。


(脳の疲れが、取れなかったのか?)


 起き上がろうとしたが、鉛のようなだるさを全身で感じて、


(なぜだ?

 なぜ、こんなに体が重い?)


 いつも通り、気を研ぎ澄まそうとするが、


(………。

 ………。

 ………。

 出来ん)


 武術の達人は、なぜか気を読むことが出来なった。

 目を開けると、見慣れない天井が。それは茶色の木目ではなく、金色に光っていて、


(見間違いか?)


 燈輝は自分の目をこすろうと、右手を上げようとして、


(重い……)


 重りでも付けられたかのように、自由に動かすことができなかった。もう一度、神経を研ぎ澄ますが、


(気が探れん。

 ……仕方がない)


 武術の達人はそう思って、体に起きている異変を、普通の人と同じ感覚で探り始める。


(頭が痛い。

 目が回る。

 気持ちが悪い。

 体全体がだるい。

 背中が痛い。

 何もかぶっていない)


 重力に逆らえない右手が少しだけ動き、何か硬いものに触れた。燈輝は力を入れるのも困難な右手で、何かをつかんで、見極めるために、だるい腕を自分の前へ持ってきて、


(何だ?)


 普段見慣れないもので、武術の達人は不思議がった。


(石……?

 黄色い、透き通った石……?

 腕が……重い……)


 あまりにもだるくて、燈輝は床に腕をだらっと落とした。すると、腕の下にゴツゴツするものが当たった。床に大の字で転がったまま、彼は、


(ん?)


 不思議に思って、自分の右側を見ると、床に色とりどりの綺麗な石があたり一面に散らばっていた。


(何だ、これは?)


 だるい首を百八十度動かし、反対側へ。そこにも、同じように石が転がっていた。


(なぜ、石がこんなに床に転がっている?)


 突然、燈輝の右側から、年老いた声が響いた。


「ーー王子、お目覚めでございますか?」

(王子……?)


 武術の達人が呼ばれる名ではない。違和感を強く持って、だるい首を右へ向けると、小さな人じいさんがちょこんと立っていた。


「……!」

(誰だ?)


 聞きたかったが、声が上手く出ず、


(のどが渇いてる)


 今やっと、その感覚に燈輝は気がついた。


「こちらを、どうぞ」


 じいさんは、トレイに乗せてあった、水の入ったコップを差し出した。


「…………」

(すまない)


 燈輝は受け取りたかったが、声を出すことも、それを手に取ることも出来なかった。あまりにも、体の状態がひどい。自分の思う通りに動かせない。


(目が回っている)


「失礼いたします」


 小さなじいさんは、185cm以上もある、燈輝の上半身をひょいっと起した。その反動で、王子は胃から何かが上がってくるのを感じて、


(気持ちが悪い)


 そのまま、じいさんは何もかぶらず、床で寝ていた王子を、壁へもたれかけさせた。燈輝に、グラスを再度差し出し、


「どうぞ」


「………」

(すまない)


 何とかグラスを受け取って、燈輝は一口飲んだ。


(冷たくて、うまい)


「王子、あまり飲み過ぎると、体に良くのうございますよ」


 じいさんは優しく注意した。それなのに、燈輝はなぜか異常にイライラした。そして、ぼうっとしていた体がふいに熱くなり、頭に熱い気が上っていくのを感じて、


(いかん)


 頭に血が上った状態になったことに気づいたが、燈輝は自分の意思で肉体を止めれなかった。同時に、右手に痛みが走り。そのあと、すぐに遠くで、ガシャーンと何かが砕け散った音が鳴り響いた。


 燈輝はふと、自分の右手に違和感を抱いて、


(……ない)


 自分の右手を見ると、さっきまで持っていたグラスがなかった。


(何をした?)


 魂だけ移動しているため、ある誤差が生じている。過去世の記憶が消えてしまい、時は再び動き出し、スメーラ神殿で、危惧していたことが現実に。燈輝がついていけていない状態。年老いた注意する声が、


「王子……物を投げるのは、危のうございますよ」

(グラスを壁に投げつけて、割ったのでございます)


 普段の燈輝なら、絶対にやらない。怒って、物に当たるなんてあり得ない。


 さっきまで自分の右隣にいたじいさんは、いつの間にか、左側に移動していた。二度目の注意の意味がわかるか、わからないかのうちに、燈輝は次の熱い気が頭にのぼり、


“指図するな!”


 自分とは違う声が、体の中で響いた。だるいはずの体が勝手に動いて、右手で、じいさんの胸ぐらを掴みそうになって、


(してはいけない)


 燈輝は自分の意思で、何とか衝動を抑えようとした。


(何が起きている?

 肉体が、言うことを利かない。

 自分の行動を止めることが出来ない。

 なぜだ?)


 自分の内側に、別の声がまた。


“殴らないと、気がすまない。”


 再び、だるい体を動かそうとした時、小さな人は目の前からぱっと消えた。


(?)


「新しい水を持って参ります」


 年老いた声が聞こえて、燈輝はまた一人取り残された。しばらく、壁にもたれかかったまま、ぼんやりする。


(夢か……いや、違う。

 さっき痛みを感じた。

 では、何だ?)


 右へ顔を向けると、まぶしい光に目がくらんだ。


(ん? 庭……か?)


 鮮やかな緑の植物が、刺すような日差しに照らし出され、地面には赤紫の花が絨毯のように広がっている。そっちへ行って確かめてみたかったが、体がだるくて、どうにも出来なかった。


(なぜ、こんなことになっている?)


 燈輝は右手で左手をつかみ、


(……自分。

 肉体が違うということか?

 なぜ、この体は扱いづらい?

 王子……? 今のは誰だ?

 ここはどこだ?)


 そこまで考えた時、左から誰かの声が聞こえてきた。


「お持ちいたしました」

(気配が感じられなかった)


 不思議に思いながら、庭から顔を戻すと、さっきの小さい人がグラスを持って、立っていた。


「……すまない」


 燈輝は素直にお礼を言った。じいさんは、丁寧に頭を下げ、


「どういたしまして」


 燈輝は何杯か水を、一気飲みした。そして、一息ついて、


「誰だ?」

「じいやのパルでございます」


 年老いた声でゆっくり応えた。燈輝は口の中だけでリピート。


「パル……?」

(聞いたことがある……気がする)


「パル プレインでございます」

(覚えていらっしゃるでしょうか?

 記憶がなくなると、聞いておりましたから)


 再び、自分に向かって丁寧に頭を下げたパルに、燈輝は強い引っ掛かりを覚えた。


「そう……か」

(やはり、聞いたことがある。

 俺の重要な人だった……。

 ずっと、側にいた……いや、いてくれた)


 燈輝は普段の癖で、気を整え始める。


(腹に手を当てて、深く息を吸う。

 感情から来る衝動を防ぐには、腹の意識を高めることが最初に出来ることだ)


 『手当て』という行為があるが、手を当てると気の流れで、傷が癒えたり、意識を強く持ったりできる。これを、燈輝は今やっている。


 修業バカな王子を見ながら、パルは、


「トムラム様?」

(こちらは覚えていらっしゃるでしょうか?)


 燈輝は、五千年前の自分の名前をつぶやく。


「トムラム……?」

(……懐しい名だ)


「トムラム アラガン、あなた様のお名前でございます」


 パルはある法則で、過去世の記憶が残っている。その上、スメーラ神も言っていたように、総合撃を受ける可能性がある以上、もたもたしている暇はないのだ。


 メインになった王子にはやることがふたつある。だが、トムラムには三つある。


 体の自由は利かず、内側から別の声が響き、困惑し、混在している中で、ぼんやりしている王子を、じいやはそっと見つめて、


(あの方の名前は、覚えていらっしゃるでしょうか?


 あなた様の、愛する方のお名前を)


「そう……か」

(トムラム アラガン)


 王子は途切れ途切れに言って、少し微笑んだ。そこで、誰かの名前を思い出しそうになって、


(リ……カリア……。

 何だ? 懐しい……何か)


 しばらく考えていたが、結局、思い出せなかった。その姿を、パルは静かに見守って、


(いずれ、お会いすることになります。

 その前に、あなた様には、知っていただかなければならないことがございます)


 じいやは、トムラムの体に何が起きているか、気づかせ始めた。


「本日は、いかがなさいますか?」

(どのように、お答えになりますか?)


(修業をしたい)


 トムラムは心の中で強く願ったが、自分の口から発した言葉は全然違うものだった。


「一日中、寝てる」

(‼)


 王子は珍しく困惑した。


(なぜだ?

 なぜ、自分の思っていることと、違うことを言う?)


 パルは真剣な面持ちで、王子を見つめ、


(魂と、肉体がずれているのでございます。

 油断すれば、その肉体に魂は支配され、あの方の呪いを解くことは出来ません。

 全てが終わってしまいます。

 たくさんの人々の明暗がかかっています。

 そのために、トムラム様には、少し、辛い想いをしていただくことになるかと存じます。

 それをご承知で、生まれ変わったのでございますから。

 私めは、あなた様の心の成長になるのなら、どのようなことでもいたしましょう。

 それが、私めがスメーラ様から仰せつかった役目でございますから)


 その間、トムラムは自分の肉体と戦い続けていた。


(イライラ感が……胸を強く揺さぶって……上にあがってこようとしている。

 冷たい気の流れを頭に作って……抑える。

 もしくは、首のあたりで、壁を作り、上に上るのを遮る。

 ……出来ん)


 首のあたりで、胸の熱い気をシャットダウンする壁を作るのも、頭に血が登らないようにする手段のひとつ。


 トムラムはまた熱い衝動に駆られ、


(胸の熱い気が頭にのぼった。

 いわゆる、『頭に来る』だ)


 『頭に来る』は、感情任せに怒ること。普段のトムラムなら、『腹が立つ』なのだ。落ち着いて魂で判断出来ても、体中に広がるイライラ感を消すことは出来ず、


「……パル」

(避けろ)


 そう言うのがやっとだった。パルは遠くへ一瞬にして移動。


 次の瞬間、トムラムは側にあったグラスをひとつ壁に投げつけ。ガシャーンと派手な音が、鋭い陽の差す空間に響き渡った。


(体が制御、出来ん。

 自分の体なのに、思っていることと違うことをする。

 胸の意識だけが異様に強い。

 その分、手を使うことに関しては、ものすごい強さを発揮する。

 物を投げて壊すことは簡単だ。

 人を殴ることも。

 破壊することで、自分を満足させようとしている)


 胸に意識があると、その近くにある腕を使うことに長ける。だが、激情の渦に飲み込まれ、破壊したり、人を傷つけたりしやすくなる。


 じいやは、自分の内側と対峙する王子を黙ったまま、


(やはり、魂の意思が、肉体の欲望に勝ることは難しいのかも知れません。

 欲望に支配され、判断力が鈍っている証拠でございます。

 私めが持ってきた水を、そのように何の疑いもなしに、お飲みになるとは。

 本来のあなた様なら、気づくはずでございます)

 魂が肉体に勝つのはとても難しい。人間はそういう風にできている。肉体を持つだけで、修業なのだ。

 トムラムは次のことを考えようとして、自分の視界がおかしいことに気づき、

(右に傾いていく……。なぜだ?)


 肉体に支配され始め、修業で身につけた魂が飲み込まれそうになっているトムラムに、パルはそっと告げた。


「睡眠薬でございます」

(今は、少し休まれた方が、よろしいかと存じます。

 心身ともに疲労しておられます)


 パルが持ってきた水の中に、睡眠薬が入っていたのだ。修業をし続けてきた、トムラムなら、本来気づくはず、その水には意図ーー異様な気の流れがあるのだから。 トムラムは遠のいていく意識の中で、


(……気づけなかった)


 王子の視界は真っ暗にーー無防備な状態になった。

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